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ビシケクから列車でイシククリ湖へ

ビシケクから列車でイシククリ湖へ        2019年8月
20年来の懸案?ディーゼル機関車の列車でビシケクからイシククリ湖東端の町バルクチに行きました。列車は6月中旬から夏期のみ運行で一日一往復のみ。7月までは週末だけ8月から毎日走ります。運行時刻は朝6時40分ビシケク発、バルクチ発は午後2時頃か(確認なし)、距離は約180k所要時間4時間30分~40分。時間がかかるし空調がないので暑くて仕方がないと昔言われ敬遠して来たのです。今回はバルクチから少し東のボコンバエフという町まで行きました。
(ビシケク~バルクチ案内図)

ボコンバエフ
鉄道路線の記載がないがほとんど道路と並行している。

8月4日(日)晴れ
ビシケクⅡ駅に6時20分着。事前にキップ購入について聞いたら窓口は6時でも開いていると言われ随分早く開いているのでびっくり。早速窓口でバルクチ行切符を69ソム(約100円)で購入し窓口左横の通路からホームへ。改札なし。ホームには予想以上に多くの人たちが列車を待っていた。運賃が安いから家族連れで出かけるのだ。

ビシケクⅡ駅 19年6月
ビシケクⅡ駅 19年6月

バルクチまでの切符バルクチ行切符 19年8月

乗車風景バルクチ行列車ビシケク駅 19年8月

車内は通路に座席があり反対側は寝台が上下二段に設置されている。石炭湯沸かし器があり利用できるしトイレがあったのは良かった。6時40分、列車は何の合図なしに突然動き出し以後細かく停車を繰り返した。7:55イワノフカ駅停車8:00発、8:25トクモク駅停車8:30発、9:15ブイストロフカ駅停車9:20発。これ以外にも短い停車あり。

石炭湯沸かし器

列車内 石炭給湯記19年8月

車内でジュースや茹でトウモロコシ、揚げパンなどを売りに来た。鉄道関係者以外の人も売っている。キップの検察があり見せたら手で千切られた。

車内販売バルクチへの列車内販売 19年8月 

ビデオ  車内からの風景と音

9:25ジリアルク駅停車9:40発。このあたりから上りになり速度は落ち10:15峠の駅停車10:20発。10:30チュー川を横切り川は右へ。11:22バルクチ駅着。駅前は何十台ものタクシー、ミニバスが客を待っていた。

バルクチ駅 駅舎バルクチ駅 19年8月
駅から歩いてミニバスが通る街道へ出てバスを待ったが通らない。バルクチのバスターミナルに行き乗らないとダメだったのだ。これは予定が狂った。ターミナルまでタクシーで20ソム(約30円)1分で着いた。聞いたらボコンバエバ行きミニバスはいつ来るかわからないというので乗合タクシー(150ソム)に乗車12:15発、13:40ボコンバエバのミニバス乗り場(ターミナルか)に着いた。

CBT案内所ボコンバエバ 建物中央がCBT事務所19年8月

お昼を食べようと店を探したら横にCBT案内所があったので(写真中央)ゲストハウス「クララ」を紹介してもらった。案内所の裏通りにあるらしいがタクシーを勧められたので乗ったらほんの1分で着いて50ソムと言われた。これでは20ソムだと言ったらタクシー会社の規定で市内はどこへ行っても50ソムだという。CBTの案内は不親切だ。

ゲストハウス クララ 入り口

ボコンバエバ ゲストハウス入口 19年8月

ゲストハウスは綺麗でシャワー室、トイレが1か所ずつ、シャワー・トイレ兼用室が1か所ある。4人、3人、2人の部屋があり食事は大テーブルで食べる。朝食付きで700ソム、無料WIFIがあるのは助かった。最初の客は私だけだったが何故か日本人が投宿。氷河の調査に来ていた新潟大学の教官と学生で明日はビシケクに行くという。こんなところで日本人に会うなんてとお互いにビックリした。

8月5日(月)晴れ 30度C  朝15度
朝は涼しくビシケクより15度位低い。8時新潟大学の人たちと朝食。私は先にバス乗場へ。タクシーにボズ・サルクン~パノラマ~ボコンバエバはいくらか聞いたら1500ソムという。昨日聞いたら1200ソムだ(これは本当)と言ったらその値段になった。9時半発、10時ボズ・サルクン着。キルギス映画「ボズ・サルクン」(直訳は灰色の冷気、意訳は変化の予感?キルギスの花嫁誘拐婚を題材にした映画)の撮影があったボズイ(テント)や草原を所有者に教えてもらった。映画監督とは知人だそうだ。

映画に使用したボズイボズサルクン 映画に登場したテント19年8月-2

向かいにあるパノラマ台へ10時半発、同45分登り口着。30分ほど歩いて登りパノラマ台に着きイシククリ湖を展望。来る途中、馬で下って来るグループがいた。後で運転手が言うにはボコンバエフ市内のホテルのツアーで一日かけてホテルから乗馬で往復するそうだ。

乗馬旅行者 パノラマ 旅行者19年8月

イシククリ湖展望パノラマ台からイシククリ湖19年8月

11時45分タクシーに戻ってボコンバエフへ。戻る途中2人の旅行者を乗せた。持ち金が少ないらしく運転手は2人で500ソムと言ったが240ソムと格安になった。12時20分ボコンバエバ着。 運転手にマンジェル・アタ(願掛け母神)、スカースカ(奇岩)、タムガ(抑留者資料室)からボコンバエフに戻るといくらか聞いたら2000ソムというので頼むことにした。13時カフェを出てマンジェル・アタへ13時15分着。街道からの入り口がわかりにくい。マンジェル・アタと書いた湧水の近くにウマイ・エネと書いた湧水があった。どちらも塩水でマンジェル・アタの方が濃い味だ。地蔵のような石か何かあるのかと思ったが何もなかった。女性が何人かボズイ(丸いテント)に入って行った。そこで子供や健康のことを祈ってもらうのだ。外で祈祷らしい声が聞こえた。(ウマイ・エネの伝承は当ホームページ キルギスの昔話その4 第6話を参照)

マンジェル・アタ入口マンジェルアタ 入場口19年8月

マンジェル・アタ13時50分発、スカースカ駐車場に14時20分着。入場門で私の入場料50ソムを払った。奇岩地帯は板のような赤い岩が2枚並んで200m以上つながっていて間を歩かれるようになっている。しかし歩く通路は高低差があり砂があって歩きにくい。暑いし疲れたので途中で脇道に出て写真を撮り最後までは行かず帰って来た。

頂上に人が 奇岩地帯スカースカ 奇岩地帯3 19年8月

人が見えますか 奇岩地帯2スカースカ 奇岩地帯2 19年8月

15時30分駐車場発。16時15分タムガの軍人用保養所着。タムガ村の隣のバルスコン村にある。20年前に来た時の入り口のままだったので様子を思い出した。日本人の資料室を聞いたら入場門を入りすぐ右に曲がり途中をまた右に曲がった奥にある映画クラブという建物二階にあった。たまたまカギを持っている女性がいて開けてくれた。帰りに抑留者が建てたという診療棟、食堂を見て向かいにある桜も見た。桜は何年か前のシンポジュームの際に日本から持って来たそうだ。

日本人が建設した食堂タムガ 抑留者建設食堂19年8月
16時30分保養所発、17時30分ボコンバエバ着。CBTでB&Bを聞いたがわからなくて昨日のゲストハウスに向かった。今日はあちこち回って疲れたので早く寝てしまった。
8月6日(火)晴れ ビシケク40度c  朝ボコンバエフ15度C
8時朝食後バス乗場へ。ビシケク行のミニバス代250ソムを運転手に払って9時発。バルクチターミナルは寄らずに通過、10時過ぎドライブインで休憩。ビシケクが近くなったら急に暑くなった。12時30分西バスターミナル着。運転手は結構飛ばしたので早かった。       (この項 写真、ビデオは大滝による)

キルギス詩人 オスモノフ 1

キルギス詩人 アルクル・オスモノフ  1

オスモノフはキルギスの200ソム札紙幣に描かれています。以下の作品等は学校教科書に載っていたキルギス語によるものです。
キルギス語はソ連の関係からロシア文字を使っていますがロシア語のように変則な読みはないのでロシア文字をご存知なら文字の通りに読めばいいです。ただしキルギス語は3文字多く、それらは(ң)、(ө)、(ү)でこれら3文字は(Н)、( О)、( У)として読めば近いでしょう。
訳は大意が合っている程度とご理解ください。
(当初訳2003年ころ、2018年改訂)

(アルクル・オスモノフについて)
Алкул Осмонов 1915-жылы Панфилов районунда, Каптал-Арык айылында туулган.
アルクル・オスモノフは 1915年 パンフィーロフ地区のカプタル・アルク村で生まれた。

Акын жашында жетим калган. Токмоктогу бал-дар үйүндө тарбияланган.
子供の頃 両親を亡くし、トクモク孤児院で 育った。

Кургак учук  оорусу  менен  ооруп  35  жашында  каза болгон.
結核を患い 35才で 亡くなった。

Акын эмгек, мекен, өмүр, достук жөнүндө көп ыр жазган.
労働、故郷、人生、友だちなどについて 多くの詩を書いた。
小5教科書より

(上記の英訳一部)
Alykul Osmonofv was born on March 21, 1915 in the village of Kaptal Aruk (now part of the Panfilov district ). He lost his parents at the very young age. He joined residence to the Tokmok Childrens home, where he spent most of his childhood.
He died on December 12, 1950, at the age of 35, after a long illness.
He wrote and translated many poems for children as well.

(以下作品)
無題

Кара чыйырчык көрсөңөр,
ムクドリを見ても
Урбагыла таш меиен.
石を投げるな
Жыгачтан уя салгыра,
木で巣を作りなさい
Ала шабырт жаз менен.
春になったら すぐに 行ってしまうから
                     小2教科書より

Пионер ким
ピオニエールは どんな子

Жаш жеткинчек пионер,
ピオニエールに なったばかりの
Комсомолдун бөбөгү.
カムサモールの 弟妹たち
Кичи пейил, тартиптүү
礼儀正しく 規律正しい
Тазалыктын өрнөгү.
純粋さの 手本だ

Жаш өспүрүм пионер,
まだ幼いピオニエールだが
Комсомолдун бөбөгү.
カムサモールの 弟妹たち
Сылык мүнөз, адептүү
礼儀正しい性格で しつけが良く
Жакшылыктын өрнөгү.
社会の 良い手本だ
            小2教科書より
注)ピオニェールはソ連時代の呼び方で8~15歳の
子供たち、16~23歳がカムサモールと呼ばれた。

Куштар кетти
鳥たちは 去った

Кара чыйырчык жакшы эле,
ムクドリは 良かったですね
Жарышып күлүп ойносок.
先を争って 鳴いていて
Кайда кеткен балдары,
鳥の子供たちは どこに
Уясы калган, өзү жок.
巣は 残ったが もういない

Күз келгеңде бардыгы,
秋がきたら みんな
Учуп кеткен алыска.
遠くへ 去ってしまった
Кышкы кийим жок экен,
冬の着物が ないから
Болбойт экен калышка.
残っていたり しないのだ
             小3教科書より

ЖаҢылмачтар — Скороговорка
早口言葉

Көп—көп
たくさん たくさんの
Көпөлөк,
チョウチョが、
Көп болуп
たくさん集まって
Көкөлөп.
舞っている。
Көргүн деп,
私を見てと言って、
Көңүлдү
見ている娘たちを
Көтөрөт.
元気にしてくれる。
Көңүлдү көтөрүп,
元気にしてくれて、
Көк кызыл
青や 赤の
Көйнөгүн
衣装を
Көп кызга
たくさんの 娘たちに
Көрсөтөт.
見せている。
         小4教科書より

Маляр
ペンキ屋

Маляр керди, бир чоң үидү майлады,
ペンキ屋が来て 一軒の大きな家を塗って、
Кабак түйгөн каналыкты айдады.
暗くて元気がなかった 家の雰囲気も塗り替えた。
Ушул адвм, ушул сырдуу кийимчен,
ペンキがついた 不思議な形の服を着た その職人は
Бул дуйнөнүн үстүндөгү каймагы.
この社会の 仕事を担う大事な人。

Кетти, кетти, кетти чоң үй капасы,
大きな家の 暗い雰囲気は なくなって、
Кеткенине кубаңды уул, атасы.
父と息子は 喜んだ。
Ушул адам, ушул эски кийимчен,
古い服を着た その職人は
Бул дүйнөнүн үстүндөгү тазасы.
この社会の 正当な 働き手
                小5・小8教科書より
                1948年チョルポン・アタにて作

無  題

Арнап айтам бул сөзду
この言葉を 賢い子供たちよ
Акылдуу балдар силерге.
君たちに 贈る

Ким китепти кирдетсе,           Ким китепти сүйбөсө,
本を汚したり                  本を好まないで
Китеп баркын билбесе,           Кадырна күйбөсө,
本の 大切さを知らなかったり          本の大切さをわからなかったり、
Жулуп алып барагын,            Чылым ороп, шарт айрыи,
本を破って                   考えずに本を破って たばこを巻いて
Орой койсо бир нерсе,           КалтаҢ-култан сүйлөсө,
何か 包んだりしたら              無駄話をするだけなら
Ал китептин душманы.            Ал китептин душманы.
その人は 本の 敵だ。             その人は 本の敵だ。
                                     小5教科書より

Ата журт
祖国

Жылуу кийин, жолуң кыйын үшүүрсүң ,
 困難に備えよ、道は 厳しく 凍えようとも
Кыш да катуу ・・・ бороон улуп, кар уруп,
 冬が 厳しく・・・吹雪は 吠え、雪は 叩きつけても
Суугуңду өз мойнума алайын.
 私は 困難に 立ち向かう
Жол карайын, токтой турчу Ата Журт!
 祖国よ! 自分の道を 見つけるまで 見守って。

Жаз да башка, жел тийбесин абайла,
 今度の春は 厳しい、 新たな困難に 備えよ
Көпкө турбас мобул турган сур булут.
 困難は 雨雲のように 去っていくが
Бүт дартыңды өз мойнума алайын,
 私は どんな困難にも 立ち向かおう
Сен ооруба, мен ооруюн, Ата Журт!
 祖国よ! 君のために 私の身を捧げよう
                    小6教科書より
                    1948年チョルポン・アタにて作

Физкультура
スポーツ

Футбол теп, шахматты бил, чебер жүрүп,
サッカーもして チェスもして なんでもできるようにしなさい
Жеңип чыгып, жигиттерди четке сүрүп.
相手と戦って 勝つ力を持つように
Жарышкын секиришкин, диске көтөр,
走ったり 跳んだり 投げたりしなさい
Антпесең теңтуштарың жүрөр күлүп.
しなければ 仲間に 笑われてしまう
Жарашпайт жабык жүрүү жаш мүүнга
自分を表現しないのは 若者に 似合わない
Ачык бол өнөр үйрөн, бекер турба.
いろいろ 自分の才能を試しなさい
Ооруну соолор сүйбөйт, оору жаман.
スポーツをする人は 健康だ、 病気は悪だ
Соолуктун атасы ким ? — физкультура.
健康の源は? それはスポーツ。

小6教科書より

カルチャーショック目次編 第3部~第4部

目次の番号をクリックするとリンクします

キルギスのカルチャーショック 目次編1  第3部1~第4部10

 

第3部1   2018年10月

1.10月と4月は部屋が冷える  1-1.10月には雪が降る  1-2.春分、秋分の日の楽しみ  2.日本食カフェ  3.キルギス製本革ベルト  4.健康体操  5.包丁の添えては猫の手で  6.母親は14歳  7.サッカーリーグの選手交代で  8.一升瓶を、マグロブロックを機内へ  9.オリンピックのボランティア  10.「う」がありますか  11.寿司バーの日本酒は  12.自家製ワインのお勧め  13.ロシアドラマとウオッカ  14.新築アパートもトラブル続き  15.慣れは怖い、道路の渡り方  16.犬は好きですか  17.パン漬けの作り方  18.コンピューターグラフィック(CG)  19.ロシアに先行できるか 歌手の口パク禁止  20.目次を作成

第3部2   2018年10月

1.集中暖房の開始、停止日等  2.宇宙船  3.日本ではロボット犬と散歩する?  4.キルギス蕎麦  5.サンタクロースはキルギスから?  6.景品のグラスが割れていた  7.自動販売機  8.村の土地を売ったのは誰?  9.カルパックは正しくかぶれ

第3部3 2018年10月~11月

1.酷寒、酷暑の日は  1-1.去年から温度差が大きい  2.ロシアの歌手 アラ・プガチョウワ  3.丸亀製麺  4.白菜が通年で出現  5.キルギス国歌  6.一番最後の商品をどうぞ  7.ロシア語の「世界」と「平和」  8.色の「青」と「緑」  9.キルギスでは何が起こっても不思議ではない  10.キルギスにもスミレが  11.カレーの香辛料  12.ファレーリをどうぞ  13.キャッチセールスではなかった

第3部4   2018年11月

1.今日はお祭りです  2.スターリン時代の闇  3.息で袋をフー  4.即席ラーメンの作り方  5.マグロの刺身もどき  6.日付が10.10.10  7.日本語の難しさ  8.中国製品は重さでチェック  9.懐中電灯は枕元に  10.中国からの寄贈バス  11.熱供給センターの責任者  12.アジの開きもどき  13.キルギス語を習いましょう  14.しめ鯖

第3部5  2019年 2月

1.日中の月間平均気温(2000~03年、15~18年)   2.99~02年の出来事  3.物価

第3部6 2019年 4月

1.変化したこと  2.変化しないこと  3.危なかったこと  4.キルギス七不思議  5.カルチャーショック第1部1の序文

第3部7   2019年 4月~6月

1.動物の不思議な行動  2.中央アジア日本語弁論大会  3.大通りから見えるバザールは撤去された  4.腰痛予防  5.ロシア語のニエット  6.日本ではあり得ないテレビ番組  7.幼児の勘は鋭い  8.キルギス文字、ロシア文字  9.今年は熱水停止が早かった

第3部8   2019年7月

1.100円ショップ  2.猫とネズミ  3.映画と携帯電話  4.ショロの街頭売り  5.アルマータとマナス空港への移動  6.アクベシム、ブラナの塔、ウスカタへ  7.バルクチから塩湖へ  8.ホームページ開設のお知らせ

第3部9     2019年9月  

1.生徒が突然こなくなる 2.薬害にご注意を 3.2017年の猛暑記録を更新 4.初めてづくしの一日 5.市内バス運行系統図 6.ペリペリーンヌイ・ヤィツァをください 7.腹八分目は科学的 8.「ЕРАЛАШ」エララシ 9.失敗しても得をした 10.ソムとトゥイィン

第3部10  2019年11月

1.前大統領が逮捕  2.オシュバザールでスリに遭いました  3.カルティーナとリスーナク、スタンツィアとバグザール  4.ロシア語でCTOは数字の100か  5.中国製バックの注意点  6.不味い物 ハンバーグ、ケンタッキー、寿司  7.ちょんまげが 流行ってる?  8.流しの職人  9.海外へ出稼ぎ100万人  10.キャッチセールスが出てきた  11.三重駐車はお手の物  12.塩と酢の力は偉大です  13.キルギスの牛乳はどこか違う

 

カルチャーショック第3部8   2019年7月

キルギスのカルチャーショック 第3部8       2019年7月

今回は後半に国内旅行記が入っています。それとホームページ開設のお知らせもあります。

1.100円ショップ

日本でいえば100円ショップまたは100円均一(100均)ですがキルギスでは50ソムショップ。バザールはもちろん団地の中などで店をよく見ます。「50」という数字を大きく書いた看板が目印です。50ソムだけでなく100ソム、150ソムで売っている商品があったりしますが安かろう悪かろうではなく品質はまあまあと思います。最近気に入っているのがロシア製固形石鹸で商品名はルーシ、ロシア国の古名です。汚れは結構落ちます。

 

2.猫とネズミ

ロシア語で猫のことをコーシカ(кошка)と言い

キルギス語ではムシク( мышык)です。面白いことに

ロシア語でネズミのことをムィシカ(мышка)と言い発音がキルギス語の猫に似ています。

キルギス語でネズミはチュチカン(чычкан)なので猫とネズミが入れ替わりになっていないのが残念です。

 

3.映画と携帯電話

映画やテレビドラマの時代設定がわかるのが一つには携帯電話です。時代が現代でも携帯電話が出てこなければ大体40年以上前、出て来ても大型だと30年位前かなということになります。生まれた時から携帯電話があった世代と違って私の世代は携帯電話を新しい道具の象徴に感じます。携帯電話は進化して今やパソコンと同格。違いは直接電話ができるかどうかだけしょうか。新しい道具としてテレビが登場したのは子供の頃でしたけど白黒がカラーになり液晶になり、もう折り畳み式壁掛けテレビは出ていますか。

 

4.ショロの街頭売り

街頭で売っている「ショロ」を飲んだことがありますか。ショロは各家庭で作り飲んでいた物を商品化したのですが来たばかりの頃自家製ショロを飲みました。第一印象は「糠味噌に水を加えた飲み物」でした。その印象が強く今でも飲みません。新しい商品の「チャラップ」はヨーグルトに塩と水を加えたものですがこれもどうも。もっぱらレモン入り紅茶か黒パンを発酵させたクバスを飲んでいます。

 

5.アルマータとマナス空港への移動方法。自家用車がない場合ですが。

<アルマータへの移動>

1)ツムデパート向かいからミニバス(マルシルートカ)利用

カザフ国境へ行くミニバス285番、333番の始発バス停はチュイ通りとショポコバ通り交差点。ツムデパートの筋向かい、宝石貴金属の店アルティンのチュイ通り向かい側にある。他のミニバスも停まる一般のバス停でチュイ通り沿いなら途中どのバス停でも乗れる。1時間に何本も出ていて運賃は30ソム、予約など必要なし。

チュイ通り~アルマティンスカヤ通りを通って国境へ。始発バス停から国境まで45分~50分(6月晴天時)。季節、天候により変動有。運賃は国境行の時は最後に、ビシケク行では最初に払う。

キルギス側検査所へは建物右側から入る。カザフ側検査所との間に国境のチュー川が流れている。カザフ側検査時に小片の入国書類に氏名、生年月日、パスポート番号等記入、スタンプをもらう。この小片は出国時に必要なのでなくさないように。国境を出たらアルマータ行ミニバス、タクシーが停まっている。ミニバスは1500テンゲまたは300ソム、相乗りタクシーは3000テンゲくらい、2時間半~3時間でアルマータのバスターミナル(名称サイラン)着。

2)西バスターミナルからミニバス利用

西バスターミナル向かって右にミニバス乗り場がありアルマータ行は5番乗り場。ナリンやイシククリ湖方面に行く乗り場と並んでいる。料金は一人400ソムでサイラン・バスターミナルまで行く。

3)西バスターミナルからタクシー利用

ターミナル入口東側路上にタクシーが客待ちしている。アルマータのサイラン・バスターミナルまで一人800ソム、一台4人から6人の相乗りで行く。およそ3時間で着。

なお、西バスターミナル建物内の料金所でタシケントやモスクワ行大型バスの切符を売っていて、乗り場は建物裏側。タシケントへは一人1000ソム、毎日9時、16時50分、23時30分発、モスクワへは一人4500ソム、月曜11時、水曜10時、金曜11時、21時発他の便がある。

<マナス空港への移動>

1)ミニバス利用

ミニバスの番号は380番、乗車場所はチュイ通りとマラダヤグバルディヤ通り交差点の西側(オシュバザール側)で10mほど北側。ターミナルでもバス停でもない道路脇の所なので380番を探しましょう。料金は一人40ソム、大きい荷物があれば50ソム、空港まで30分位。朝7時から夜9時まで毎日運行していると運転手。空港からビシケクまでの便もあり到着場所が乗車場所と同じ。

2)タクシー利用

空港まで400ソム位。タクシー会社に電話して呼ぶのが安全。外で拾う場合、車の屋根にタクシー会社の表示灯を付けていてもほとんど白タク。バザールで売っている表示灯(本物です)を使っているので料金メーターがあるか聞きましょう。メーターは「ショーチク」なので「ショーチク バルブ?」(キルギス語)、「ショーチク イエスチ?」(ロシア語)と聞いてください。ない車は断るのが良。

 

(以下6.7は旅行記)

6.アクベシム、ブラナの塔、ウスカタへ           2019年6月

1)アクベシム遺跡(アクベシムは遺跡のある村の名前。キルギス語で日没後の薄暮、イスラムの祈りをする時間帯)。7世紀に三蔵法師が立ち寄り、また唐の詩人李白が産まれた素葉城(スイヤーブ)があった所とされる。

2)ブラナの塔(11世紀の町バラサグン遺跡にある塔)

3)ウスカタ(ロシア語はイスカタ。キルギス語でウスク・アタ、熱い泉つまり温泉) 温泉(冷泉)プール、診療所、宿泊所がある保養所。

ビシケク東バスターミナルから10時前トクモク行き353番ミニバス乗車発。時刻表はなく満席になれば出発。料金所がないので料金50ソム(約75円)は直接運転手に払った。11時トクモク市バスターミナル着。アクベシム、ブラナへミニバスが出ているものの本数が少ないのとアクベシムへは降りて4キロ歩くというのでタクシーで行くことにした。最初は1000ソムと言われ700ソムで交渉したが900ソムで妥協。ついでにウスカタまで行こうと距離を聞いたら50kありそちらも回ったら2200ソムだと言う。それは高いと言ったらウスカタまでの道は上りでガソリンが多くかかるとか。後で地図を見たらトクモクからだいぶビシケク方面に戻った山中だった。この値段は無理もないか。後でわかったがビシケク東バスターミナルからウスカタへミニバスが出ていた。

11時20分アクベシム着。発掘はソ連時代から独立後も様々な団体により行われていたが現在は中止。発掘についてインターネットサイトに出ているので見てください。発掘された遺跡は柵で囲まれていた。周辺は固い土の荒野。写真を撮って11時40分ウスカタに向かった。真っすぐな一本道だが途中から少し上り道になる。タクシーのエンジンは古くて力が出ない。

12時40分ウスカタ着。20年前に来たが入り口の様子はそのままだ。昔の宿泊施設は残っていて新しい施設もできている。湧水すぐ奥の岩に彫られた仏陀の像は金色に塗られていて興ざめ。ウスカタを13時45分出発しブラナの塔には14時半に着いた。入口の料金所は誰もいないのでそのまま通過。団体のドイツ人?観光客が来ていた。古い資料館は残っていたがすぐ横にガラス張りエアコン付きの新しい資料館ができていた。

15時10分ブラナの塔発、15時半トクモクバスターミナル着。ビシケク行353番ミニバスに乗って待っていると客がすぐ集まって40分発。料金50ソムは運転手に。ビシケクには16時40分着。

 

7.バルクチから塩湖(キルギス語はトゥズ コル Туз көл)へ   2019年6月

朝9時50分ビシケク西バスターミナルからボコンバエバ行ミニバス595番で出発。時刻表はなく満席になれば出発する。窓口でボコンバエバまでの料金250ソム(約370円)は運転手に払ってくれと言われた。11時半ケミン通過、バルクチを過ぎバルクチ駅西側の道をボコンバエバ方面へ向かう。このあたりから急に道が悪くなった。運転手に塩湖の入り口で降りると言ってあったのでアイディンという店の前で降ろされたのが13時半。塩湖まで何キロかと聞いたら12キロあるという。歩くつもりだったので、え!と驚いたらそこの店でタクシーを聞いてくれと。それでここで降ろしたのか。

店は子供たちが店番をしていてタクシーを聞くと親に電話した。料金は片道1000ソムだと言われまたビックリ。1980年代ソ連製のジグリタクシーが来て、話したら往復1500ソムにまけてくれた。塩湖への道は少し東に行った所から入った。舗装なしの凸凹道で塩湖まで15キロ、30分くらいかかるという。ジグリの内部はボロボロだがエンジンは元気。途中、宿泊用のボズイ(移動式テント)やコテージが何棟か並んでいた。塩湖の入口で入場料を取られなかったのはタクシーが地元だからか。

14時10分塩湖着。湖の大きさは横400m縦200m位だろうか。中央の深さは20mから30mあるらしいが詳細は不明。水は地下から湧いて地下に流れていくそうで入る川も出ていく川もない。イシククリ湖まで500mほどだとか。しかし行って確認しなかった。家族連れが車で何組か来ていて体に湖の泥を塗った人や泳いでいる(浮いている?)人に頼んで写真を撮らせてもらった。

14時45分塩湖出発。運転手がどこからだと聞くから日本だと答えた。キルギス語の「サラーム」は日本語で何かと言うから「こんにちは」だと教えて日本人が来たら挨拶してほしいと伝えた。バス停まで送ってもらいボコンバエバから来た595番のミニバスに15時20分頃乗車。バルクチのバスターミナルに16時着。塩湖からのミニバス運賃は途中乗降車で100ソムだった。

 

8.ホームページ開設のお知らせ

キルギスに来て20年と以前書きましたが急にホームページ開設を思い立ちました。アドレスはwww.kyrgyz856.go.kg です。検索は通常の検索窓ではなくhttp//・・とある窓にhttp// を消して入力してください。まだ見る人がいないので通常窓口では出てきません。メニューでは以前のカルチャーショックシリーズや配信したキルギス昔話、キルギス詩人の作品、他に旅行先やビシケクの写真など見られます。上記の6、7はホームページ用記事でホームページには写真が付いています。

(キルギスのカルチャーショック第3部9 に続く)

ビシケクからアルマータ、マナス空港へ移動

ビシケクからアルマータまたはマナス空港への移動      2019年7月

1.アルマータへ

1)国境に向かう285番、333番のミニバス(マルシルートカ)利用

ミニバス始発はツムデパートのチュイ通り筋向かい、宝石の店アルティンのチュイ通り向かいのバス停(下記地図 赤丸)。他のミニバスも停まる一般のバス停。ミニバスはチュイ通り沿いのバス停ならどこからでも乗車でき予約等必要なし。

ツム ミニバス乗場

上地図)チュイ通りツムデパート向かいの始発バス停(赤丸)

 

ビシケクからカザフ国境ミニバス始発バス停19年6月
ビシケクからカザフ国境ミニバス始発バス停19年6月 後方はツムデパート

チュイ通り~アルマティンスカヤ通りを通って国境へ。1時間に何本も出ていて運賃は30ソム。始発バス停から国境まで45分で着(6月晴天時)だが季節、天候により変動有。運賃は国境行の時は最後にビシケク行では最初に払う。ビシケクへの終点はショポコバ通りのツムデパート手前になる。

 

キルギス側国境検査所 19年6月
キルギス側国境検査所 19年6月

建物右側から入る。写真右後方はカザフ側検査所で間に国境のチュー川が流れている。歩いて国境検査を通過。カザフ側検査時に小片の入国書類に氏名、生年月日、パスポート番号等記入、スタンプをもらう。この小片は出国時に必要なのでなくさないように。カザフ側に出たらアルマータ行ミニバス、タクシーが停まっている。ミニバスは1500テンゲまたは300ソム、相乗りタクシーは3000テンゲくらい、2時間半~3時間でアルマータのバスターミナル(名称サイラン)着。

2)西バスターミナルからミニバス利用

西バスターミナル

 

ビシケク西バスターミナル正面 19年7月
ビシケク西バスターミナル正面 19年7月

西バスターミナル向かって右にミニバス乗り場がありアルマータ行は5番乗り場。ナリンやイシククリ湖方面に行く乗り場と並んでいる。料金は一人400ソムでサイラン・バスターミナルまで行く。料金所は上記地図 赤丸の場所。

ビシケク西バスターミナルミニバス料金所19年7月
ビシケク西バスターミナルミニバス料金所19年7月

3)西バスターミナルからタクシー利用

ターミナル入口東側路上にタクシーが客待ちしている。アルマータのサイラン・バスターミナルまで一人800ソム、一台4人から6人の相乗りで行く。およそ3時間で着。(上記地図 緑四角の場所)

なお、西バスターミナル建物内の料金所でタシケントやモスクワ行大型バスの切符を売っていて、乗り場は建物裏側。タシケントへは一人1000ソム、毎日9時、16時50分、23時30分発、モスクワへは一人4500ソム、月曜11時、水曜10時、金曜11時、21時発他のバスがある。

ビシケク西バスターミナル内部待合19年7月
ビシケク西バスターミナル内部待合19年7月  右後方が切符売り場

2.マナス空港へ

マナス空港への移動は、次の1)2)の方法で

1)ミニバス(マルシルートカ)利用

ミニバスの番号は380番で乗車はチュイ通りとマラダヤグバルディヤ通りの西側(オシュバザール寄り)交差点北側。地図、写真参照。ターミナルでもバス停でもない道路脇の所なので380番を探すこと。(下記地図 赤丸の場所)

マナス空港行ミニバス乗場

ビシケクから空港へのミニバス始発場所19年6月
ビシケクから空港へのミニバス始発場所19年6月

料金は一人40ソム、大きい荷物があれば50ソム、空港まで30分。朝7時から夜9時まで毎日運行していると運転手。逆に空港からビシケクまでの便もあって到着場所は乗車場所と同じ。

2)タクシー利用

空港まで400ソム位。タクシー会社に電話して呼ぶのが安全。外で拾う場合、車の屋根にタクシー会社の表示灯を付けていてもほとんど白タク。バザールで買った表示灯を使っているので料金メーターがあるか聞きましょう。メーターは「ショーチク」なので「ショーチク バルブ?」(キルギス語)、「ショーチク イエスチ?」(ロシア語)と聞いてください。ない場合は断るのが良策。