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キルギスのカルチャーショック -3

キルギスのカルチャーショック 第3部10 

キルギスのカルチャーショック 第3部10  2019年11月配信

2019年9月~10月作成

今年の降雪は遅いです。雪はだいたい二分の一の確率で10月に降ります。2年連続して降ったり降らなかったりしますが20年間の記録で平均すると確率二分の一です。雪が降らないということは集中暖房が入らないので電気ヒーターなどで温まりましょう。追記)昨日(11/1)暖房が入りました。雪が降らないのに早い。とはいえもうすぐ初雪の予報が出ていますね。

1.前大統領が逮捕

8月上旬アタンバエフ前大統領自宅に治安部隊が侵入、前大統領が逮捕されるという事件がありました。どういう容疑か知りませんが通常選挙で交代した後の事態なので驚きました。これでキルギスでは初代、2代目大統領がクーデターで国外追放、3代目の臨時大統領は何もなかったですが4代目アタンバエフ前大統領は逮捕という異常事態が続いています。ソ連崩壊後、ソ連共産党第一書記が大統領に横滑りしなかった唯一の国がキルギスでしょう。当時のキルギス第一書記は高齢であったため大統領に立候補できなかったそうですがそれで急遽大統領候補選出となり当時科学アカデミー総裁で有力部族出身だったアカーエフ氏を初代大統領にしたわけです。

キルギスは部族社会、大統領が変われば大臣、省庁の局長、大学の学長などすべて大統領出身地の部族に変わります。ニュースでは分かりませんが今までの経過は同じです。19世紀帝政ロシアと同盟する前は部族抗争が絶えなかったと言いますから今も部族抗争が続いて入ると言えます。

 

2.オシュバザールでスリに遭いました

もう15年以上前ですが今もいろいろ被害報告があるオシュバザールでスリに遭ったことがあります。未遂でしたがバザールの売り手が日本人がいると大きな声で周りに伝えたことでした。それをスリが聞いたのでしょう。私が歩きだすと一人が行く先を邪魔して立ち止まるスキに金銭を盗ろうとしたのです。前が邪魔だなと思いながらふと後ろに人の気配を感じたので振り向くと男が立ってまずいなと言う顔をしていました。

もう一つはトロリーバスの中で実際はスリだったかどうかわからないですが。私の周りに4人ほどの男性が後ろ向きで立ちました。そして段々範囲を縮めてくる・・ような気がしたので体を反転させ囲みからすり抜けました。あ!変だと思ったらすぐ動いた方がいいです。

 

3.カルティーナとリスーナク、スタンツィアとバグザール

ロシア語のカルティーナとリスーナクは日本語に訳すとどちらも「絵」です。ある時郵便局で「カルティーナ」を送りたいと言ったら税金がかかると言われました。生徒が書いた絵ですがカルティーナという言葉しか知らなかったのでそう説明したら係員からそれはリスーナクだと言われました。カルティーナは額縁に入っているような絵画でリスーナクを訳せば「図画」でしょうか。一方キルギス語で「絵」は「スロット」ですが写真も同じ言葉なのでこれはこれで困ります。

これもロシア語ですがスタンツィアとバグザール。スタンツィアは駅、バグザールはバスなどのターミナルと覚えていたら少々違いました。スタンツィアは駅でも小さい停車駅、ビシケクなどの大きい駅はバグザールと言うようです。タクシーでスタンツィアまでと言ったらどこだ、と言ってなかなか通じません。辞書の訳だけでは通じないのがよくわかりました。

 

4.ロシア語でстоは数字の100か

道沿いの看板に「сто」と書いてあるのをジベックジョル通りなどでよく見ます。「сто」はロシア語で「100」ですがどうして看板にと思いますね。実は100ではなく「自動車修理所」のロシア語頭文字をとったものです。一緒に「ттс」と書いてあったりします。これも修理所の頭文字でしょうが詳しくは知りません。

 

5.中国製バッグの注意点

キルギスで売っている製品は中国製が大半で検査落ちや品質が悪く在庫品となったものなどが大量に持ち込まれます。よほど注意して買わないとひどい物を手にすることになります、とはいえチェックにも限度があります。私のバッグはまずチャックの可動部が壊れ、次にベルトのつなぎ糸がほぐれ、チャックの糸が取れていき買った値段以上に修理代がかかりました。シャツや靴下は糸のほつれ、色落ちはいつものことです。中央アジアは安ければ買うと中国から低く見られている訳でこれが修正されるのはいつのことでしょう。

 

6.不味い物 ハンバーグ・ケンタッキー・寿司

私の味の好みで仕方ないでしょうか。ハンバーガーは肉がパサパサだし、ケンタッキー・フライド・チキンは辛いだけで素材の味がない、ひどいものです。キルギス国民は肉をたくさん食べるのにあのハンバーガーやケンタッキー・フライド・チキンでいいんですかね。その内舌が肥えてくれば売れなくなるでしょう。持ち帰り寿司は酢が効いてなくて米の味がない。寿司はミツカンの業務用の酢を使って硬く握ったり巻いたりするのでだめ、職人に握り方を教えてあげたい。モスクワで食べたこれら3種類は同じ味でした。レシピはチェーン店の方針なんです。

 

7.丁髷(ちょんまげ)が流行っている?

ちょんまげと言っても頭の後ろで短く縛って丸めてある形です。女の子ではなく男子生徒がしているのを何人か見ました。ロシア人風の生徒でしたがどこかの民族の習慣かも。

 

8.流しの職人

ここで言う「流し」は洗面台ではなく集団に属さず個人で家の建設修理などをする職人です。日本の個人大工は道具などちゃんと持っていますがキルギスの職人は何も持たず材料を始め依頼主が用意します。オシュバザール近くの大通りなどにいて仕事の依頼を待っている。こういう人はだんだんいなくなるでしょう。

 

9.海外へ出稼ぎ100万人

出稼ぎ者100万人かどうかわかりませんが私が聞いたのは50万人でした。カザフスタン、ロシア、トルコ、ヨーロッパ、アメリカへもキルギスから多数の人たちが働きに出ているのは確かです。家族のため働きに出て、しかし長期になると行った先での生活になり帰らなくなることもあります。主人が別の女性と暮らし始めついには離婚という話も聞きます。

 

10.キャッチセールスが出てきた

先日ビシケクパークデパートで知人とカフェに座っていました。後から隣におばさんが座り何かの支払いカードの宣伝を始めました。海外のホテルなどでも使えると言います。知人は電話番号など教えていたので後で電話が来ても会わないように伝えました。会えばカードが欲しいということになるし他の商品の売込みもあるでしょうから。ついにビシケクでもキャッチセールスが出てきました。どうもフィラルモーニアの事務所で会おうと誘うようです。皆さんはこういう人と接触しないでしょうけど気を付けてください。

11.三重駐車はお手の物

自動車の数は私が来た頃より10倍どころか20倍くらいに増えました。それで中心部は時間帯や工事で渋滞、さらに違法駐車の車がそれを倍加しています。さすが中央アジアというか二重駐車さらに三重駐車も当たり前というビシケクの大通りです。デパート前で三重駐車をしている車があってトロリーバスや大型バスが通れずクラクションを鳴らしました。しかし動く気配はないので怒った運転手が降りてきてドアを開け駐車中の運転手に怒鳴っていました。しかしどこ吹く風で駐車したいからここにいると言う態度でした。アメリカ辺りだったら銃で撃たれてるかも。やはりレッカー車で強制撤去、罰金しか方法はない。

 

12.塩と酢の力は偉大です

調味料に使っている塩と酢ですが効力はそれだけではありません。ご存知の方には釈迦に説法ですが一応。まず塩ですが海水か少し薄いくらいの濃度にして肉を30分~1時間位漬けます。ビシケクで売ってる肉は臭いが気になりますがこれで臭みがかなり取れます。漬ける肉は1~2cm厚位でも大丈夫。次に冷凍マグロブロックを美味しくする方法です。水100gに塩4g入れた塩水にガーゼを浸して軽く絞り解凍したマグロを巻き2,3時間置きます。これで数段美味しくなりますね。マグロ対策はNHK「試してガッテン」からの情報です。酢は茶渋や鍋の焦げ付き取りに活躍します。

ついでですが丸パンや角パンも食べるだけでなく野菜を漬けることもできます。深さのあるタッパーにパンを千切って4,5センチの厚みにしてから水をひたひた位に入れます。塩少々と野菜の切れ端を入れ2,3日置くと乳酸菌が繁殖します。後は好みの野菜を漬けてお楽しみください。最初は漬かるまでに2日位かかりますがだんだん短くても食べられるようになります。パンが少なくなったら千切って追加、室温では発酵が早いと思ったら冷蔵庫でもできます。時々唐辛子を入れてください。

ついでのついでですが米を研ぐとき水を少なくすると糠の臭みが消えます。ざっと洗って水をほとんど切ってから研ぎます。私は研ぎ30回を2度やってます。お試しください。

 

13.キルギスの牛乳はどこか違う

日本の牛乳を飲むと冷たいのはもちろん温めてもお腹がゴロゴロしてしまい下すことが多かったです。それで飲まないようにしていましたがキルギスの牛乳は冷たくても問題ありません。最初は恐る恐る飲んだのですが今はごくごく飲んでます。どうして?キルギスの環境や牛が食べる草が違うのか。思うに日本では工場で集めた牛乳の品質を均一にするため高速回転で撹拌します。わかりませんがこの時に質が変わるのかも。とにかく気にせず飲めるのは良いことです。ニンジン・ピーマンなど日本人が敬遠する野菜もそれに色々な果物、肉製品も美味しいしキルギスに感謝です。

 

※私のホームページについてお知らせです。①通常の検索窓にKYRGYZ856 と入力して検索するとフェイスブックKYRGYZ856の案内が出てきます。クリックしてフェイスブックに入りホームページへのリンクボタン【learn more】を押してください。②またはwww.kyrgyz856.go.kgをパソコン画面上部の検索窓に入力、検索すればホームページに入ります。

 

(担当 ビシケク市 大滝)

キルギスのカルチャーショック 第4部1に続く

キルギスのカルチャーショック 第3部 9 

キルギスのカルチャーショック 第3部 9

2019年7月~9月作成

毎朝6時40分に鉄道のビシケクⅡ駅からイシククリ湖バルクチ駅へ向かう列車の汽笛が聞こえます。夏だけ運行で一日一往復のみ、6月中旬から7月は週末だけで8月は毎日運行します。片道運賃は69ソムで安いですが終点まで4時間半かかるディーゼル機関車、エアコンなしで暑いなど条件が悪く20年来の懸案にしていました。しかし8月ついに乗車。この記事は私のホームページにある旅行記のイシククリ州編をご覧ください。ホームページのお知らせはこの最後に記載してあります。(追記)8月末から汽笛が聞こえません。今年の運行は終了のようです。

 

1.生徒が突然来なくなる

時々アパートで日本語を教えています。今まで15人くらいでしょうか小学生から社会人まで教えました。前にもこのシリーズで書きましたが生徒は連絡なしに突然来なくなるのです。じゃ―明日、とか次は何曜日に勉強しましょう、といって終わるのですが次には来ない。今年になってからもありました。今まで一人例外を除いて生徒がみんなそうなので授業料は毎回払いにしています。ある生徒は半年くらい休んでから来てまた来なくなりました。連絡しろと言っておいたのに連絡なし。次に勉強したいと連絡があった時はさすがに断りました。どうして連絡しないのだと思う日本人が特別なんでしょうか。

 

2.薬害にご注意を

薬害と言っても私のは風邪薬の副作用です。日本の薬が効かないのでこちらの薬局で買った薬の副作用で苦しめられました。昨年暮れですがヨーロッパ製だったか風邪は一錠で治りましたがその後の副作用で立ち眩み、歩行困難、食欲不振などが襲ってきました。水もまともに飲めず1週間で6キロ痩せました。これで副作用にやられたのは3回目です。3回も?学習がされてませんね。風邪の初期治療には「タイロール ホット」がお勧め。粉末をお湯に溶かして飲むのですがレモン味で飲みやすいです。それか病院に行き注射ですか。

 

3.2017年の猛暑記録を更新

2017年7月下旬から8月初旬は私が経験したことがない猛暑でした。私設温度計では気温38~40度が1週間以上続きビックリ。そして今年もまた猛暑で

7月11日38度、12日39度、13~15日38度、16日~18日40度、19日42度、20日40度、21日38度、22日40度、29日40度、

8月1日40度、2日39度、6~8日40度、12日38度。13日以降は徐々に下がりました。40度近くが続くと本当に大変です。

 

4.初めてづくしの一日

ごく最近、私に起きた出来事です。

オシュに行く予定で空港行のミニバスに乗る時急に背中が痛くなったがやっと乗車。空港に入ったら落とした切符が拾えなくて外国人旅行者に手伝ってもらうほど。やっと待合室に入り冷たい水で背中を冷やしたがこれが悪かったか立ち上がろうとしたら背中に激痛が走り倒れ込んだ。昔経験したギックリ腰の状況が脳裏を横切った(あの時は起き上がれなくて床を這い、立とうとすると背中に激痛が走り痛さで固まってしまった)。搭乗時刻になっても立ち上がれないので搭乗は諦めて職員に切符を渡し乗らないと伝えた。空港の医師が来て担架に乗り救急車で空港の診療所へ。

空港待合室まで行って搭乗しなかったのも担架も救急車も初めて。その後救急車でビシケクの救急センターへ行きMRI検査、これも初めて。検査結果はヘルニアではなくギックリ腰らしいので一安心。大使館の方々に来ていただいたので騒ぎが大きくなり申し訳ない。しかしオシュに着いてから動けなくなったらどうなっていたやら・・考えたくありません。

 

5.市内バス等運行系統図

20年前に買った市内のトロリーバス、大型バスの運行系統図を持っています。流石によれよれになっていますが系統番号は読めます。今走っているトロリーバス等は系統番号も路線も同じようですが車両が故障して動かないこともあり路線図よりかなり間引きされています。運行中のトロリーバスは2、5、8、11、14、17番、大型バスは7、18、21、35、38、48番でしょうか。まだ他にもあるはずです。たまには自家用車ではなくこの路線バスに乗ってみてはいかがでしょう。ただし単独では危ないので地元の誰かに同行してもらってください。

この文を書いていたら急に乗ってみたくなり目に付いたトロリーバスで終点まで乗ってみました。着いたのは東市境にあるバス停。もっと南が終点になっているはずなのでトロリーバスの路線は変更があるようです。近くの終点も路線図にはない番号が停まっていました。どちらの終点も20年前に来た時のままで懐かしかったです。ついでですが、20年前の市街図も持っています。当時デパートと言えばツムデパートしかなかったので記載は一か所のみ。今の市街図ならデパートやビルなどあちこちに並びます。

 

6.ペリペリーンヌイェ・ヤイツァをください

ロシア語ですがどうしてこんな名前になったのかと思うくらい覚えにくい単語です。訳せば「うずらの卵」、12個入50ソム位で売っています。滋養があって体にいいのですが買う時に言いにくくて困ります。以前は紅茶の商品名「ジムチュージナヤ・ニーラ」が呪文のようで買う時に苦労しました。こちらは「ナイルの真珠」。それとロシア語の挨拶「ズドラーストビチェ」も難しかったです。習い始めの頃は毎日何回も練習しました。だんだん慣れてくると発音の強弱がわかって来ます。発音の方法は省エネの方法に動きます。文法書にこの子音はこの母音になどと難しく出ていますが要は話すときのエネルギーが少なくなるようにしているわけです。話す練習をすればわかります。

 

7.腹八分目は科学的

小さい子には特にですが食べるのは腹八分目にしなさいと言います。これは科学的で正しい処方です。肉体的な胃の満腹を脳が感知するまで時間的に15分位の遅れがあるようで胃が満杯になっているのに脳はまだ食べていいと感じる訳です。それで脳に満杯が伝わった頃には食べ過ぎになってしまいます。それにビ-ルや酒を飲むと胃腸の働きが活発になるので胃の満杯が遅れて伝わります。暴飲暴食に気を付けましょう、と言う訳です。昔は腹八分目を正しい意味で言っていたのがいつの間にか節約のような意味合いに変わっていたのかもしれません。先祖代々開けるなと言われていた箱を開けたら中には飢饉の時に蒔く種があったという類です。非常用だから子供などが触らないように開けるなと伝えそれが何世代も伝わるうちに最初の意味が忘れられてしまうのです。

 

8.「Ералаш(エララシ)」

ロシア放送の子供向けテレビ番組に「Ералаш(エララシ)」というのがあって(訳は、大騒ぎ)子供たちが主役で大人を相手に演技をしています。題材は学校、家庭が多く一話3、4分の短い話ですが監督始め役者など大人たちが大真面目になって作っているので見応えがあります。このシリーズは1974年に始まったようで初期の作品はソ連時代の・・というものですがだんだん現代風に変わっています。もう300話以上になっていてユーチューブでも見られるので一度ご覧ください。

キルギスの方は国営放送の子供向けのアニメ番組に「керемет кочо(ケレメット ゴチョー) 」があります。訳は「素晴らしい町」でしょうか。アニメと言っても1秒当たりの撮影コマ数が少ないので動きは単純ですがキルギス語や村の生活を知るにはいいかも。

 

9.失敗しても得をした

市の南部にあるユージナヤ・マギストラリ(訳せば南幹線か南部幹線)とミラ通り交差点にアラアルチャ・デパートというのができたと聞いて行ってみました。

アラアルチャ・デパートの前にアジアモールに行き2階にある「ゆうやと」という店に寄りました。去年6月に盛大に開店したんですね。生活小物用品を売っていますがこの店は中国にもあるようです。インターネットには日本の「ダイソウ」などの売り方を真似て偽の日本製品を売る「メイソウ」という店をさらに真似た店だと出ています。試しに2本入り歯ブラシを150ソムで買いました。日本人デザイナーの作品という売込みで日本企業監修と書いてあります。しかし使用説明の日本語が間違っている。例えば「歯ブラシで水を濡れないままで」「斜めて軽く歯と歯茎の間に」「上の歯を下向いて磨き」など・・読むと頭が混乱してきます。会社の住所は東京都中野区~と書いてあるもののどこかのアパートかも。歯ブラシはまだ使っていますがやはり日本製品の偽物販売です。

次にアジアモールからアラアルチャ・デパートに行きました。マルシルートカの降車場所をまだ先だと間違えて何とBDHX(ロシア語読みはベーデーエンハー、訳は国内農畜産物達成博覧会)の建物まで行ってしまったのです。ソ連時代は博覧会会場として賑わったことでしょうが今は草の中。20年位前には洋服などの販売会場で使われていましたが・・。少し北に下った所にあるホテル・イシククリは門が施錠され、すぐ横のマナス・アイウル(マナス村)公園はペンキや壁が落ち寂しいことになっていました。マナスアイウルは建造物のデザインが独特で異空間の感じがしているのに残念です。入場料20ソムは他に誰も客がいないので無料にしてもらいました。

さらに北へ歩いて行ったらアメリカ大使館を始めアパートなどの建物が並んでいます。アラアルチャ・デパートの周辺は市の中心とは違う様相で新市街地を形成していてビシケクは郊外に延びているのを実感しました。デパートを入ってすぐのコーナーに「ジャポニカ」という日本の商品を売る店があり化粧品、シャンプーを主に売っています。ロシアの会社だが社長は日本人だと店員が言ってました。マルシルートカ(ミニバス)の降車場所を間違えたおかげでいろいろ見られた一日でした。

 

10.ソムとトゥイィン

キルギス通貨の単位はソムですがその下にトゥイィンという単位があります。私が来た頃は紙幣で10、20、50トゥイィン紙幣があり記念に何枚か持っています。もうないと思ったらまだトゥイィンは健在のようです。今年になってから郵便局で公共料金の支払いをしたときにお釣りでもらいました。料金は0.5ソムが記入されているので正しくお釣りが来ました。本当に小さい硬貨でこれは何かと聞いたら50トゥイィンだと。ああ、まだ使用されていたのか。郵便局か銀行で使うだけでその内に消えてしまいそうです。その後料金は切り上げ計算しているようでトゥイィン硬貨はもらいません。この50トゥイィンは記念品になりました。

(担当 大滝 ビシケク市)

(キルギスのカルチャーショック 第3部 10に続く)

カルチャーショック第3部8   2019年7月

キルギスのカルチャーショック 第3部8       2019年7月

今回は後半に国内旅行記が入っています。それとホームページ開設のお知らせもあります。

1.100円ショップ

日本でいえば100円ショップまたは100円均一(100均)ですがキルギスでは50ソムショップ。バザールはもちろん団地の中などで店をよく見ます。「50」という数字を大きく書いた看板が目印です。50ソムだけでなく100ソム、150ソムで売っている商品があったりしますが安かろう悪かろうではなく品質はまあまあと思います。最近気に入っているのがロシア製固形石鹸で商品名はルーシ、ロシア国の古名です。汚れは結構落ちます。

 

2.猫とネズミ

ロシア語で猫のことをコーシカ(кошка)と言い

キルギス語ではムシク( мышык)です。面白いことに

ロシア語でネズミのことをムィシカ(мышка)と言い発音がキルギス語の猫に似ています。

キルギス語でネズミはチュチカン(чычкан)なので猫とネズミが入れ替わりになっていないのが残念です。

 

3.映画と携帯電話

映画やテレビドラマの時代設定がわかるのが一つには携帯電話です。時代が現代でも携帯電話が出てこなければ大体40年以上前、出て来ても大型だと30年位前かなということになります。生まれた時から携帯電話があった世代と違って私の世代は携帯電話を新しい道具の象徴に感じます。携帯電話は進化して今やパソコンと同格。違いは直接電話ができるかどうかだけしょうか。新しい道具としてテレビが登場したのは子供の頃でしたけど白黒がカラーになり液晶になり、もう折り畳み式壁掛けテレビは出ていますか。

 

4.ショロの街頭売り

街頭で売っている「ショロ」を飲んだことがありますか。ショロは各家庭で作り飲んでいた物を商品化したのですが来たばかりの頃自家製ショロを飲みました。第一印象は「糠味噌に水を加えた飲み物」でした。その印象が強く今でも飲みません。新しい商品の「チャラップ」はヨーグルトに塩と水を加えたものですがこれもどうも。もっぱらレモン入り紅茶か黒パンを発酵させたクバスを飲んでいます。

 

5.アルマータとマナス空港への移動方法。自家用車がない場合ですが。

<アルマータへの移動>

1)ツムデパート向かいからミニバス(マルシルートカ)利用

カザフ国境へ行くミニバス285番、333番の始発バス停はチュイ通りとショポコバ通り交差点。ツムデパートの筋向かい、宝石貴金属の店アルティンのチュイ通り向かい側にある。他のミニバスも停まる一般のバス停でチュイ通り沿いなら途中どのバス停でも乗れる。1時間に何本も出ていて運賃は30ソム、予約など必要なし。

チュイ通り~アルマティンスカヤ通りを通って国境へ。始発バス停から国境まで45分~50分(6月晴天時)。季節、天候により変動有。運賃は国境行の時は最後に、ビシケク行では最初に払う。

キルギス側検査所へは建物右側から入る。カザフ側検査所との間に国境のチュー川が流れている。カザフ側検査時に小片の入国書類に氏名、生年月日、パスポート番号等記入、スタンプをもらう。この小片は出国時に必要なのでなくさないように。国境を出たらアルマータ行ミニバス、タクシーが停まっている。ミニバスは1500テンゲまたは300ソム、相乗りタクシーは3000テンゲくらい、2時間半~3時間でアルマータのバスターミナル(名称サイラン)着。

2)西バスターミナルからミニバス利用

西バスターミナル向かって右にミニバス乗り場がありアルマータ行は5番乗り場。ナリンやイシククリ湖方面に行く乗り場と並んでいる。料金は一人400ソムでサイラン・バスターミナルまで行く。

3)西バスターミナルからタクシー利用

ターミナル入口東側路上にタクシーが客待ちしている。アルマータのサイラン・バスターミナルまで一人800ソム、一台4人から6人の相乗りで行く。およそ3時間で着。

なお、西バスターミナル建物内の料金所でタシケントやモスクワ行大型バスの切符を売っていて、乗り場は建物裏側。タシケントへは一人1000ソム、毎日9時、16時50分、23時30分発、モスクワへは一人4500ソム、月曜11時、水曜10時、金曜11時、21時発他の便がある。

<マナス空港への移動>

1)ミニバス利用

ミニバスの番号は380番、乗車場所はチュイ通りとマラダヤグバルディヤ通り交差点の西側(オシュバザール側)で10mほど北側。ターミナルでもバス停でもない道路脇の所なので380番を探しましょう。料金は一人40ソム、大きい荷物があれば50ソム、空港まで30分位。朝7時から夜9時まで毎日運行していると運転手。空港からビシケクまでの便もあり到着場所が乗車場所と同じ。

2)タクシー利用

空港まで400ソム位。タクシー会社に電話して呼ぶのが安全。外で拾う場合、車の屋根にタクシー会社の表示灯を付けていてもほとんど白タク。バザールで売っている表示灯(本物です)を使っているので料金メーターがあるか聞きましょう。メーターは「ショーチク」なので「ショーチク バルブ?」(キルギス語)、「ショーチク イエスチ?」(ロシア語)と聞いてください。ない車は断るのが良。

 

(以下6.7は旅行記)

6.アクベシム、ブラナの塔、ウスカタへ           2019年6月

1)アクベシム遺跡(アクベシムは遺跡のある村の名前。キルギス語で日没後の薄暮、イスラムの祈りをする時間帯)。7世紀に三蔵法師が立ち寄り、また唐の詩人李白が産まれた素葉城(スイヤーブ)があった所とされる。

2)ブラナの塔(11世紀の町バラサグン遺跡にある塔)

3)ウスカタ(ロシア語はイスカタ。キルギス語でウスク・アタ、熱い泉つまり温泉) 温泉(冷泉)プール、診療所、宿泊所がある保養所。

ビシケク東バスターミナルから10時前トクモク行き353番ミニバス乗車発。時刻表はなく満席になれば出発。料金所がないので料金50ソム(約75円)は直接運転手に払った。11時トクモク市バスターミナル着。アクベシム、ブラナへミニバスが出ているものの本数が少ないのとアクベシムへは降りて4キロ歩くというのでタクシーで行くことにした。最初は1000ソムと言われ700ソムで交渉したが900ソムで妥協。ついでにウスカタまで行こうと距離を聞いたら50kありそちらも回ったら2200ソムだと言う。それは高いと言ったらウスカタまでの道は上りでガソリンが多くかかるとか。後で地図を見たらトクモクからだいぶビシケク方面に戻った山中だった。この値段は無理もないか。後でわかったがビシケク東バスターミナルからウスカタへミニバスが出ていた。

11時20分アクベシム着。発掘はソ連時代から独立後も様々な団体により行われていたが現在は中止。発掘についてインターネットサイトに出ているので見てください。発掘された遺跡は柵で囲まれていた。周辺は固い土の荒野。写真を撮って11時40分ウスカタに向かった。真っすぐな一本道だが途中から少し上り道になる。タクシーのエンジンは古くて力が出ない。

12時40分ウスカタ着。20年前に来たが入り口の様子はそのままだ。昔の宿泊施設は残っていて新しい施設もできている。湧水すぐ奥の岩に彫られた仏陀の像は金色に塗られていて興ざめ。ウスカタを13時45分出発しブラナの塔には14時半に着いた。入口の料金所は誰もいないのでそのまま通過。団体のドイツ人?観光客が来ていた。古い資料館は残っていたがすぐ横にガラス張りエアコン付きの新しい資料館ができていた。

15時10分ブラナの塔発、15時半トクモクバスターミナル着。ビシケク行353番ミニバスに乗って待っていると客がすぐ集まって40分発。料金50ソムは運転手に。ビシケクには16時40分着。

 

7.バルクチから塩湖(キルギス語はトゥズ コル Туз көл)へ   2019年6月

朝9時50分ビシケク西バスターミナルからボコンバエバ行ミニバス595番で出発。時刻表はなく満席になれば出発する。窓口でボコンバエバまでの料金250ソム(約370円)は運転手に払ってくれと言われた。11時半ケミン通過、バルクチを過ぎバルクチ駅西側の道をボコンバエバ方面へ向かう。このあたりから急に道が悪くなった。運転手に塩湖の入り口で降りると言ってあったのでアイディンという店の前で降ろされたのが13時半。塩湖まで何キロかと聞いたら12キロあるという。歩くつもりだったので、え!と驚いたらそこの店でタクシーを聞いてくれと。それでここで降ろしたのか。

店は子供たちが店番をしていてタクシーを聞くと親に電話した。料金は片道1000ソムだと言われまたビックリ。1980年代ソ連製のジグリタクシーが来て、話したら往復1500ソムにまけてくれた。塩湖への道は少し東に行った所から入った。舗装なしの凸凹道で塩湖まで15キロ、30分くらいかかるという。ジグリの内部はボロボロだがエンジンは元気。途中、宿泊用のボズイ(移動式テント)やコテージが何棟か並んでいた。塩湖の入口で入場料を取られなかったのはタクシーが地元だからか。

14時10分塩湖着。湖の大きさは横400m縦200m位だろうか。中央の深さは20mから30mあるらしいが詳細は不明。水は地下から湧いて地下に流れていくそうで入る川も出ていく川もない。イシククリ湖まで500mほどだとか。しかし行って確認しなかった。家族連れが車で何組か来ていて体に湖の泥を塗った人や泳いでいる(浮いている?)人に頼んで写真を撮らせてもらった。

14時45分塩湖出発。運転手がどこからだと聞くから日本だと答えた。キルギス語の「サラーム」は日本語で何かと言うから「こんにちは」だと教えて日本人が来たら挨拶してほしいと伝えた。バス停まで送ってもらいボコンバエバから来た595番のミニバスに15時20分頃乗車。バルクチのバスターミナルに16時着。塩湖からのミニバス運賃は途中乗降車で100ソムだった。

 

8.ホームページ開設のお知らせ

キルギスに来て20年と以前書きましたが急にホームページ開設を思い立ちました。アドレスはwww.kyrgyz856.go.kg です。検索は通常の検索窓ではなくhttp//・・とある窓にhttp// を消して入力してください。まだ見る人がいないので通常窓口では出てきません。メニューでは以前のカルチャーショックシリーズや配信したキルギス昔話、キルギス詩人の作品、他に旅行先やビシケクの写真など見られます。上記の6、7はホームページ用記事でホームページには写真が付いています。

(キルギスのカルチャーショック第3部9 に続く)

キルギスのカルチャーショック 第3部7 

キルギスのカルチャーショック 第3部7     2019年6月 日配信

2019年4月~6月

キルギス20年記念の続きを少し。

1.動物の不思議な行動

①子猫が10キロ以上の旅を

知人の家に子猫が2匹もらわれてきましたが手がかかるので友達の家に頼むことにしました。行った先は車で30分ほどもかかる所でしたが何と子猫たちは歩いて戻って来たのです。行った先が嫌だったのでしょうか、途中車や野良犬の危険もあったのによく戻ったと驚いたり感心したり。

②元の家が恋しくて涙を流す犬

近所で犬が欲しいと言われ自宅の犬をあげた知人がいました。庭も広いし環境が良くなったはずなのに元の家に戻りたいと毎晩鳴いて涙も流すほどだったとか。ついに近所から返されて元気になりました。どうして狭い庭の方がいいんですかね。

③私の膝に乗って寛ぐ猫

知人の家に産まれて間もない子猫が拾われて来ました。撫でてやったらいつの間にか私の膝に乗って休むようになりました。最初はチョコンと乗っていたのに段々大きくなって私の太腿からはみ出す位になっても乗って来ます。落ちそうになると爪を立てて掴まるのでイテテ・・。

 

2.中央アジア日本語弁論大会

先日4月27日に第23回中央アジア日本語弁論大会が開催されたと聞き20年前の第3回大会を思い出しました。ちょうど私が来た年ですが大会を開催することになっているというので日本語教師が集まって打ち合わせをしました。打ち合わせ最初の話題はどうしてキルギスで大会を開催することになったのか、ということでした。どうも中央アジア大会はタシケントの大学がロシアのCIS弁論大会に対抗して第1回を実施、第2回はカザフだったので第3回がキルギスになったことがわかりました。

とにかく会場は民族大学、実施は4月下旬の土曜日と決め、会場横断幕の字は民族大学美術担当がメモ書きの日本語を見ながら拡大手書きするなどまさに手作り大会でした。当時まだ日本語教師会がなかったので大会開催を機に設立。大会前日まではポカポカ陽気で当日なんと雪が降って10cmくらい積もったのです。これはキルギスでの驚きの始まり、ショックの始まりでした。

 

3.大通りから見えるバザールは撤去された

モスソビエトと呼ばれるソビエト通りとモスクワ通り交差点に深夜営業のバザールがありました。2000年代の初めころ当事者の反対を押し切って撤去され警官隊と揉める様子がニュースで流されていました。それとミラ通りとアフンバエバ通り交差点近くにあったバザールもマナス通りとボコンバエバ通り角のミニバザールも撤去されました。大通りから見えるバザールは撤去ということでしょうか。キオスクも同様撤去され数が減りました。

(ここからはいつものシリーズです。)

4.腰痛予防

私は疲れると腰が重く感じ危険信号とわかるので休養します。ユーチューブでたまたまNHKの番組「試してガッテン」を見たら腰痛対策が出ていました。寝る前に4種類のストレッチ体操をすれば良くなる又は予防になるようです。詳しくは「試してガッテン 腰痛」を検索してご覧ください。

 

5.ロシア語のニエット

ロシア語で「いいえ」という意味で否定を表現する言葉「ニエット нет」があります。この発音は「ニエットゥ」が正しいですが「ニエッ」と語尾を「ト」それもはっきり言う例が多くなりました。テレビやビシケクの会話でもよく聞きます。モスクワ市民の間で使用が増えてきたからでしょうか。首都から地方に広がるのはどこの国でも同じですね。それとモスクワの「イーイー弁」というのがあって「ヤ」と発音すべき「я  ヤ」を「イ」と発音します。例えば「日本」は「ЯПОНИЯ」で「ヤポーニヤ」ですが「イポーニヤ」になります。モスクワ方言というわけです。

 

6.日本ではあり得ないテレビ番組

ロシアのテレビ番組で生放送番組や裁判番組を毎週放送しています。生放送番組では少女を妊娠、出産させた男が出演し少女の両親に張り倒され、一方、女性の子供は俺の子だと言い張る青年が出演し相手の青年にやはり張り倒されていました。裁判番組ではスタジオに裁判法廷を作り原告、被告が登場、本物の裁判官が判定を下します。争いを好まない、争いの姿を見せたくないという日本ではあり得ない番組でしょう。

 

7.幼児の勘は鋭い

市内の移動はバスやミニバスを利用しています。車内で親に抱かれた幼児が私の方をまじまじ見ていることがよくあります。どうもいつも見ている人とは違う、外国人のようだ、と感じているのでしょうか。ばー!と挨拶すると喜んでいます。最近、長距離バスに乗った時も同じことがありました。幼児の勘は鋭い、今日は外国人に会ったなどと考えているのか、どうなんでしょう。

 

8.キルギス文字、ロシア文字

キルギス語はロシア文字(キリル文字)を使っていますが ң、ө、ү の3文字多いです。ңは「ング」という音、өは日本語の「オ」の口腔内を広げた音、үは日本語の「ウ」に近いです。言葉を例示すると

жан(ジャン)は「心、気持ち」、жаң(ジャング)は「新しい」

тоо(トー)は山、төө(トー)はラクダ

уй(ウイ)は「馬」、 үй(ウイ)は「家」です。

発音をカタカナで表記すると同じになってしまいますが実際は違います。聞いてもいまだに違いがはっきり分からないので困ります。

 

9.今年は熱水停止が早かった

例年市内の熱水が1カ月供給停止しますが今年は時期が少し早かったです。私の記録では今まで5月20日前後から6月20日前後でしたが今年は5月6日前後から1か月でした。6月は暑くてシャワーを使いたいので早まったのは良かったです(私のアパートには電気温水器がないので)。変更になったのはどうして?来年もそうなのか?ご存知の方は教えてください。

 

(キルギスのカルチャーショック第3部8 に続く)

キルギスのカルチャーショック第3部6 

キルギスのカルチャーショック第3部6

2019年4月作成

キルギス20年記念第2弾です。1999年から今までに変化したこと、しないことを列挙してみます。

1.変化したこと

①車の渋滞、路上駐車が多くなった

市内の車は10倍以上になりました。最初の頃、ソ連、ドイツ、日本の中古車がゆっくり走っていて数は少ないし渋滞など起こらなかったのですが今では少し事故や工事があるとすごい渋滞です。古い車は地方へ売られたのでしょう。ビシケクでは新しい車がたくさん走っています。道路も凸凹だらけでしたが良くなりました。

②物価が上がった

下記の「キルギス七不思議」に物価の例があります。2003、04年頃までは同じくらいでしたが05年のクーデター以来上がりました。アパート家賃や不動産価格も高くなりました。アパート価格は1部屋が3000~4000ドルくらいでしたが今では10倍以上。

③町は明るく鮮やかに、高層の建物も

建物は灰色にくすんで夜は明かりが少なく歩くのに苦労しました。05年の出来事から鮮やかな色が登場しましたがけばけばしい色もあります。以前は高層(?)建築物はツムデパートとアパートが2棟ほどでした。買い物は個人商店やキオスク、後はバザールへ。やがてベータストアやキャラバン、ドルドイプラザが開店しました。

④外国企業の宣伝が急増

最初にテレビで聞いた外国企業の宣伝はコカ・コーラだと思います。さすが早い、一番乗りだと感心しました。

⑤外国人料金

ソ連時代の習慣?外国人からは割増料金を取るカフェやレストランが多かったです。そんな店は早く潰れましたけど今はもうないでしょう。

⑥夏はより暑く冬はより寒く

去年、一昨年は特に暑く寒くなりました。以前は40度の暑さが続くことはなかったし昼間のマイナス10度もそうです。もっとも昔は雪が1メートルくらい積もったそうなのでこれでも暖かいのかもしれません。

⑦キルギス語使用が多くなった

町の買い物などがロシア語主体からキルギス語主体になりました。ミニバスに乗ってロシア語で言うと「え!」と聞かれることが多くなりました。地方から移って来た人たちが多くなりキルギス語への意識が高くなったのでしょう。しかし育った環境からキルギス語は苦手と言うキルギス人は多いです。両親がロシア語で育ち学校もロシア語主体だとやはりそうなります。

⑧イスラム式服装が増えた

05年のクーデターはオシュ州出身の人たちが起こしました。オシュ州はウズベキスタンに国境を接していてビシケクよりイスラム教が厳格です。クーデター前後にビシケクに移って来た人たちが多いのでスカーフ、ロングスカートの女性が目立つようになっています。

⑨バザールは毎日の人出が多くなった

これも05年のクーデター以降人口が増えました。オシュからクーデターに参加した人たちはバザールで働いて決行の時期を待っていたそうです。そのまま残ったり地方から来る人たちも増えて人口が増加。平日は閑散としていたバザールは毎日にぎわうようになりました。キルギス人は遊牧時代の移動テントの感覚でアパート1部屋に10人近くが寝起きして生活するようです。この様式で親戚が集まって来ます。

⑩日本人会が設立、大使館、JICA事務所が

日本人会規約をみればわかりますが設立は2000年と思いました。当時の名簿には20人くらいしか登録してなかったですがその後大使館、JICA事務所が拡大充実して増えました。当初日本大使館はなく日本センターがアルマータの日本大使館への取次事務を行っていました。ビシケクの大使館は当初アッケメホテル内にありJICA事務所はゴイン向かいの建物にあったのを覚えています。

2.変化しないこと

①腹が出ている体型

肉食が原因で若い人でも腹が出ていて男性はズボンのベルトから肉がはみ出しているのをよく見ます。女性もどうしてと思うくらい太りますね。

②席を譲る

これはソ連時代の良い習慣です。バスで老人や幼い子連れなどにすぐ席を譲ります。

③運転手がタバコを吸う

室内で禁煙は良い習慣ですがなぜかバスの運転手が運転中に吸って乗客に文句を言われます。仕事中の労働者は吸ってもいいと言うことでしょうか。最近公共の場での飲酒を罰する法律ができたそうですが運転手の喫煙を罰する法律を作ってほしいです。

④ニュースは2か国語で

テレビニュースは同じ内容でキルギス語、ロシア語と2回放送します。インタビューに答える人が両方話せればいいですが片方だと翻訳されることになります。

⑤信号のない道路を横断

車が増え危険になったのに相変わらず道路を渡ります。私も同様に渡るようになったのは困ったことです。

⑥時間を守らない

キルギス人は半日単位で生活しているのでしょう。約束時間の5分や10分遅れは誤差のうち。時間を過ぎたので電話するとまだ家にいたりします。もっとも日本人が細かすぎると思います。色々な面で日本は世界的にみると特殊な国です。

⑦車の罰金

毎日見る道路警察(略してマイやガイと言います)の検問。昔罰金は20ソムで値上がりして30ソムになったのは知っていますが今はいくらなんでしょう。違法駐車を取り締まってほしいと言っても管轄が違うからだめ。

⑧エイズセンターの証明書

エイズセンターで検査して証明書を受け取る時に20年前と同じで手書きなので時間がかかる。受付はコンピューター入力しているのにどうして手書きなんだと。ソフトがないのか、もしかしたら証明書は手書きでないと無効となっているかも。大学の契約書類は手書きでないとだめですから。

⑨テストの答えを聞く

学校でも大学でもテストの答えを友達や何と先生にも聞く、教え合うことは変わらないです。テストの前は教え合っても当日も教え合うのは何か勘違いしているんじゃない?

⑩バザール商法

バザールなどでいつも同じところで買うと、どうせまた来るだろうということか悪い物を売ったりお釣りを品物で寄こすということはよくあります。そういう店はもう行きませんが日本とは大違いです。

⑪新しい店はできても

カフェや商店など新しい店ができても半年しないで閉店するのは相変わらずです。派手に宣伝して最初に儲けようとするので客は二度と来ませんね。どうなるかわからないから早く儲けようとするのはキルギス人気質でしょうか。

⑫大事なことを教えない、知らないと言わない

キルギス人に質問すると聞かれたことだけ教えて関係する大事なことは言いません。まさかこんなことを言わないなんてと後で驚くのです。それとソ連時代に知らないと言うなと教育したのでしょうか道を聞いても間違ったことを教えます。知らない、わからないと言えばいいのに。

⑬1カ月の温水停止

5月から1か月の温水停止は相変わらずです。5月はもう暑いのでもう少し早い時期にやったらどうかと思いますが。ソ連時代からでロシアも同様だそうなのでキルギスだけ止めることはなさそうです。

⑭歌手の口パク、テレビ番組はロシアのパクリ

歌手の口パクはロシアでもそうなので当分なくならないでしょう。テレビ番組ではタレントがサーカス演技をする、一般人が1分の特技をする、生放送の番組、最近では対談形式の番組をパクっています。形式は似ていますが予算も時間もないのでしょう内容がありません。

3.危なかったこと

ついでに危なかったことです。このシリーズで以前書きました。

1)頭上から街路灯が

2)トロリーバスを2回停めた

3)アパート大家が泥棒だった

4)クーデターの狙撃現場近くを通った

5)知人の飼い犬に噛まれた

 

4.キルギス七不思議

下記はこのシリーズの元となった文章でキルギス紹介のため日本にいる知人たちに送信しました。

キルギス七不思議

1998年8月に初めてキルギスに来てから、不思議だと思った事項です。  1999年10月

1.日本にもいるぞ、という顔がたくさん、でも日本語を話さない。

日本人と似ている、どう見ても日本人、という顔がたくさんいるけれど、キルギス語やロシア語で話している。不思議です。中国や韓国の人より日本人に似ているのは、どうしたことでしょうか。

2.日本にもあるぞ、という物がたくさん。

うどんに似た「ラグマン」、餃子に似た「マンティ」、肉まんに似た「サムス」、おこしに似た「チュクチュク」、炊き込みご飯に似た「プロフ」などがある。楽器のコムスは、三味線と同じ三弦楽器である。米では、オシュに近いウズゲンで作っている「ウズゲン米」は小豆色で、赤飯の色である。この米を見たとき、「赤飯だ」と叫んでしまった。日本人が赤飯にしているのは、これが原型ではないかと思う。

中国系ドゥンガン人の踊りは、盆踊りの手の形にそっくりだ。夏に食べる「アシランフー」は、冷しソーメンという感じがする。ドゥンガン人の作る麺は、手で引き伸ばしていく。ラグマンにはこの麺がよく合う。似ているものがたくさんあって、日本人のルーツを感じてしまう。

3.風が吹くと天気が変わる。気温の変化が大きい。

風は、いつもはあまり吹いていない。そよ風程度しか吹かないけれど、木の枝をゆするほど吹くときがあって、その後に天気が変わる。雨や雪になることが多い。風が吹くと桶屋がもうかる、ではなくて、天気が変わるビシケクである。気温は、昼間でも日が隠れると、10度以上気温が下がってしまう。夏では、昨日は40度、今日は20度で肌寒いことがよくある。

4.車道をどこからでも横断する。信号の間隔は短い。

交通量が多くないとはいえ、信号にはお構いなし、途中からでもどんどん渡る。日本と違って、人間優先だからなのか、また、車はゼイゼイ言いながら走っていて、スピードが出せないし、という条件があるからなのかわからない。母子が手をつないで、道路の途中から渡っていくのを見ると、親子心中かと思ってしまうのは、私だけでしょうか。

信号は、「青」から「青」の間隔が10秒ちょっとくらいしかない。「青」が点滅してから「黄色」に、そして、すぐ「赤」に変わる。人は「青」が点滅すると渡り始める。車は点滅すると停止する。間隔が短いので、このタイミングでないと反対側まで渡ることができない。途中で信号が変わってしまっても、道の中央で待っていれば、車は避けてくれるし、すぐ次の信号になる。渡りはじめのタイミングに慣れるのが大変で、最初は地元の人がいるときにしか渡らなかった。

5.食料品は安い。

大体、日本の10分の1から20分の1くらいの値段である。野菜など、きれいにして売ってはいないし、米はごみやシイナが混じっているが、じゃがいも、にんじん1k10円、トマト1k5~10円、米は1k75~100円くらいで売っている。乾めん1k40円、紅茶100g50円。

カフェで、二人で昼食を食べて300円くらいだろうか。ラグマン50円、ペリメニ70円、ナンと紅茶で10円、皿に肉とご飯で120円くらい。レストランは少し高い。食料品以外は、相対的に高くなる。それでも電気製品は、日本より安いものがトルコ、韓国、中国からたくさん入っている。

6.バザールは大小たくさん、キオスクはそこら中にある。

市場(バザール)では、朝市のような形式で食料、日用品、電気製品などを売っている。大きなバザールはルイノックと呼ばれていて、市内に四つある。小さなバザールは、あちこちにある。新聞、飲み物、パンなどは専門のキオスクがあり、交差点やバス停などにたくさん立っている。

7.ホテルの庭で、羊が草を食べている。

首都の大通り、日本でいえば新宿辺りを馬に乗った人が渡ったり、大通り脇の歩道で羊が草を食べている。田舎の雰囲気をたくさん残している。「イシククリホテル」の庭で、牛が草を食べていた。大学近くの歩道で、よく羊や牛が草を食べている。人が歩いているのに、街路樹をリスが行ったり来たりしている。こういう感じは、非常に好ましいと思う。アルマーティでは車や人が多くて、羊がのんびり草を食べるどころではない。

8.道路に穴が開いている。下を向いて歩こう

歩道の真中にあるマンホールのふたがなくなっていて、ぽっかり穴が開いている。それから、橋の踏み板が落ちていたりする。夜は明かりもなく暗いので、落ちる人もいるだろう。夜は特に、昼間でも下を向いて歩かないと危険。

9.町は、ひまわりの種で埋まっている。

歩きながら、ぽりぽりと食べている。最初は、何を食べているのかわからなかった。セミチカという、ひまわりの種を炒ったものを、歯で殻を割って食べる。

上手に食べるが、殻をそこら中に捨てていくのが困る。町が埋め尽くされるのでは、と思うほどだ。

(以上 キルギス七不思議)

5.カルチャーショック第1部 初回序文

以下は「キルギス七不思議」を元にこのシリーズを書き始めた初回序文です。きっかけは学生にキルギスで日本と違う所、驚いた所は何ですか、と聞かれたことでした。たくさんあるよと言いながらすぐには答えられずどうも生活に慣れてしまったなと感じたからです。書き疲れてこのシリーズが停まるとその都度刺激を与えてくれる人が現れて書き続けています。最初は日本にいる知人にキルギスを紹介するという観点で書き始めましたが少しずつ変化しています。

キルギスのカルチャーショックⅠ           2013年5月

キルギスに来たばかりの頃、七不思議として様々な驚きを書きました。十数年経って慣れて驚きが薄れてきたので、今までの驚きを思い出しながら改訂、加筆し、続編を書きました。生活や習慣は住んでいないと知り得ません。そんな内容を書いてみました。       (以上 初回序文)

 

キルギスのカルチャーショック第3部7 に続く

キルギスのカルチャーショック 第3部5

キルギスのカルチャーショック 第3部5                                    2019年2月~3月

今回は私のキルギス20年特集号です。2月にふと気が付いたのですが’99年にキルギスに来て20年経っていました。大使館の方に20年間日記を気温付きで書いていますとお話したらビシケクの気温を20年前と今と比較してほしいと大きな課題を頂戴しました。それで日記を読み返し四苦八苦して作成した次第です。

ただし気温の測定は自前の温度計をベランダの日影などに置いて測ったもので気象台などの資料ではありません。当たらずといえども・・という程度ですので。比較は2000年~03年と16年~18年の期間で12月~2月の冬期と6月~8月の夏期としました。FDにある99年の日記が古くてUSBにコピーできないので2000年からになります。それと夏などあちこち出かけてデータが少ないので一部省略してあります。

1.日中の月間平均気温(注釈をつけた以外はビシケク市内で測定)

2000年  1月不明        2月 5.4度    3月11度

6月29.4度     7月33.3度    8月データ不足

00年 12月 5.2度  01年1月データ不足    2月 6.7度

01年  6月31.5度     7月データ不足    8月データ不足

01年 12月 3.9度  02年1月 5.9度    2月 9.1度

02年  6月28.5度     7月データ不足    8月29.3度

02年 12月 1.1度  03年1月 7.5度    2月 7.8度

03年  6月30.1度     7月28.9度    8月29.5度

15年 12月 6.5度  16年1月 6.5度    2月11.6度

16年  6月27.5度     7月30.3度    8月28.3度(6月~ソクルク)

16年 12月 5.0度  17年1月 3.7度   2月4.2度(12月~アラミジン)

17年  6月31.2度     7月36.2度    8月33.1度(6月~ビシケク)

17年 12月 6.7度  18年1月 1.3度    2月 6.8度

18年  6月28.4度     7月34.2度    8月31.2度

夏は01年6月、17年と18年の7月、8月が目立って高いです。17年18年には38~40度が続きました。01年は35~36度が続き38℃の日はありましたが連続していません。

冬は18年1月が目立ちます。-10度が続きました。01年、03年も-10度の日はありましたが連続していません。

 

2.1999年から02年の出来事

ついでに1999年から02年の出来事を列記してみます。

1999年  4月第3回中央アジア日本語弁論大会 最初のキルギス主催

8月バトケン州日本人技師人質事件

市内のガスが全面停止(この年に限らず毎年2回、1回2週間ほど停止。国が輸入

代金を払えないため供給元が元栓を閉めるのです。これは何年まで続いたでしょうか。)

2000年  1ドル47~48ソム   アパート家賃は1部屋で月50ドル以下

デパートはツムだけだったのが7月にチュイ通りのベータストアが開店。入口が自動

ドアで感激しました。(ハイアットホテルもこの年営業開始?)

市内の銀行一行が倒産

2001年  1ドル49ソム前後

市内のガスが隣国輸入元から1カ月以上停止

市内の大通り沿いにあるバザールやキオスクが次々撤去された(モスソビエトに深夜

営業のバザールがありましたがこれも撤去)

4月マナス通り、5月チュイ通りの舗装工事実施

前年に続き銀行が一行倒産

2002年  1ドル46~48ソム

エルキンディック通り改修。歩道を改装し遊具やゴミ箱を設置

上記期間以外ですが

2005年3月  1回目の大統領追放クーデター(アカーエフ初代大統領を追放)

2010年4月  2回目の大統領追放クーデター(バキエフ2代目大統領を追放)

1回目、2回目ともベータストア、ドルドイプラザを始め市内の大型、中型店舗が略奪放火の被害に遭いました。2回目の後、臨時大統領に女性が就き3代目、2年後の選挙でアタンバエフが当選し4代目、現職は昨年の選挙で当選した5代目大統領になります。

3.物価

物価では99年当時のアパート家賃が旧いアパートなら一部屋月40ドル以下でした。この頃も商品の価格を付けていたのですがデータが見当たりません。記憶では砂糖1k13ソム、紅茶1箱100g15ソム、米1k15ソム、食用油1リットル25ソムだったかと。100ソムあれば使い出がありました。

手元のデータでは07年が一番古いですが砂糖1k25ソム、紅茶1箱100g25ソム、米1k30ソム、食用油1リットル50ソムです。アパート家賃1部屋で50ドルくらいです。

 

カルチャーショック第3部6 に続く

 

 

 

キルギスのカルチャーショック第3部4

キルギスのカルチャーショック第3部4      2018年11~12月

徒然なるままに・・の心境で書いているこのシリーズですが日本人会の読者?を意識して記事がだいぶ変化してきました。今回は食べ物の記事が多いようです。ここで訂正とお詫びです。前回第3部3の9.キルギスでは何が起こっても・・・の項で「西はチムール帝国」と書きましたが「西はコーカンド・ハーン国」の間違いでした。ちゃんと調べないといけません。

 

1.今日はお祭りです

日本語を話すキルギス人に祝日について聞いてください。これはどういう日ですか、と。答えは大体「お祭りです」と返って来ます。お祭り?うーん?となりますがキルギス語で祝日とお祭りは一つの言葉「マイラム」なのです。キルギス人の先生だとしっかり教えないのでしょう。祝日とお祭りを分けて覚えないといけない。

 

2.スターリン時代の闇

11月7日ビシケク市から南に行ったチョン・タッシという所で追悼式があり大統領がお悔やみの言葉を述べました。ここは1930年代スターリンの命令により殺された120人ほどのキルギス人(他民族もいた)を埋葬している場所です。スターリンは当時の社会的指導者を監禁し暗殺する命令を出したわけで作家チンギス・アイトマトフの父親も含まれています。これ以外にもキルギス全体で何千人以上もスターリン時代に行方不明になり帰らなかった人がいるようです。旧ソ連の各国で同様なことが行われ全体では4000万人が殺されたようです。

チンギス・アイトマトフの作品で登場人物がスターリンは死んだか、と待ち望んでいる記述があります。ソ連第一書記は何と終身制だったので反体制派を粛清し続ける恐怖政治を終わらせるには直接殺すか死を待つかしか方法がなかったのです。ソ連の国民がこぞってスターリンの死を待っていたのでしょう。現在、国家指導者の終身制は北朝鮮とトルクメニスタンだけですか。ところで毛沢東は6000万人を殺したそうです。上には上がある。

 

3.袋を息でフー

イスラム教では人の吐く息はきれいなものとなっているのかどうか。キルギス人、ウズベク人など店で品物を渡す袋を息で膨らめますね。パンや菓子などを買った時これをやられると顔をしかめてしまい買うのを止めようかと一瞬考えます。バザールなどではその日最初に売れた品物の代金に息を吹きかける、というか「プ、プ、プ」と唾を吐く真似をします。次も売れるようにと言う縁起担ぎの動作ですがこれを見ると人の息はきれいだと理解しているのでしょうか。

 

4.即席ラーメンの作り方

なんだ即席ラーメンか、となりますがされど即席ラーメンおいしくなる作り方はあります。特別な材料などを使うのではなく麺とスープを別に調理するだけです。しかしこれだけで随分違います。それと麺を茹でる時、湯が沸騰する少し前(30秒か1分か)乾麺を入れて麺に水を吸わせその分だけ時間を短くします。麺は麺、スープはスープで作って合わせる。これをお試しください。もうやっていますか。

 

5.マグロ刺身もどき

市内あちこちで塩漬けニシン(ロシア語はシリョウトカまたはシリョウトキ)が売られています。来たばかりの頃、三枚に下して塩抜きし刺身で食べるとマグロのようで美味いと教えられました。刺身に飢えていたので早速食べたらうーん!美味い。ただし骨が多いので頭、内臓を取ったら背骨を尾の方から頭の方に向けて取ると大きい骨は取れます。小骨はさらに取ることになります。それと塩抜きは2時間以上、水を流しながら浸けて置く必要があります。

他に冷凍シシャモ(ロシア語はモイバ)を開き、頭、背骨などを取って三杯酢に漬けてもイケます。これも骨抜きは尾の方から背骨を外せばいいです。ニシンはキロ160ソム位、シシャモは140ソム位でマグロブロックの1400ソムに比べてずっと安いです。ただし頭付きなので身はキロ300ソム以上になるでしょう。

 

6.日付が10.10.10

昔アパートの大家に家賃を払いに行って領収の記載をしてもらった時です。何気なく見ていたら日付を10.10.10と書きました。おー!そうか、今日は2010年10月10日だったのか。ロシア語、キルギス語の日付は「日・月・年」の順に書きますから日本語と逆になります。しかしこの日はどちらでも同じ数字が並ぶわけです。大家が来年は11.11.11があって再来年は12.12.12があると言いました。気が付かないで生活していたのは良くないと反省しました。

 

7.日本語の難しさ

日本語を学習する人にとって難しいことの一つに助数詞があります。1枚、2本、3台、4個など数字の後に付ける単位ですがロシア語にもキルギス語にもないので覚えるのは大変です。30や40はありますからこれは何を数える時にと分けて覚えるのは無理でしょう。まずは5種類くらいを覚えれば何とか。

日本語の上手な知人がいて外人とは知らせず日本人とメールをしていました。最初は気づかれなかったのですがある時「え、外国人?」と聞かれました。原因は助数詞で日本人なら間違えるはずがない所を間違えたのです。例えば「テレビを1枚」とか「リンゴを3台」という風に。普段使っているので気が付きませんが日本語は難しいです。

 

8.中国製品は重さでチェック

ビシケク郊外のドルドイバザールに輸入され市内のバザールや商店に出回る中国製家電製品。粗悪品、不良品、在庫品などが多くて買う時は余程注意しないといけません。中国に何年か住んでいた人から聞いたのですが中国本土では不良品を重さで見分けているそうです。例えば電気ポット。あまりに軽いのは材料が悪いから止めて少し重いくらいのを選ぶのです。軽いと板金は薄いしコイルも材質が悪い、ということです。全部に当てはまるわけではないですが中国製品は重さで判断するのが一つの目安かもしれません。

 

9.懐中電灯は枕元に

先日起きて明かりを点けたら暗いまま。電球が切れたかと思いましたがどうも停電のようです。いつも枕元に置いてある懐中電灯を点けてろうそくを探し点火。昔は停電が多かったので懐中電灯、ろうそくは常備品になっています。懐中電灯は充電式が使いやすいでしょう。乾電池式は電池が切れたり数が足りないとお手上げですから。もちろん忘れず充電を。

 

10.中国からの寄贈バス

もう10年位前でしょうか、中国から友好の証として大型バスが何十台も寄贈され市内各路線に配備されました。ちょうどいい路線バスがあったので利用していましたがいつの間にか来なくなりました。今運行しているのはたぶん7、21、35、38番の路線だけ。当初の半分くらいです。原因はバスがすぐ故障してしまい直す部品がないからであちこちの駐車場に放置されています。中国は廃車するバスを修理点検もせず寄贈したのです。これでキルギス人の中国嫌いがまた高まったかも。

 

11.熱水供給センターの責任者

ニュースでちょっと見ただけなので確かではありませんが通称「テツ тец」と呼ばれる熱水供給センターの最高責任者はロシア人でした。ソ連崩壊後独立したキルギスからほとんどのロシア人技術者が帰国し、その後釜にあまり知識のないキルギス人が就きました。しかし「テツ」は自前では稼働できなかった。責任者にはキルギス人しか任命されないと言う制度を作ったもののここだけは例外的にロシア人としたのではないでしょうか。ロシア人は技術をキルギス人に伝えなかったか伝えられなかった。設計・建設技術でいえばキルギス人がどの程度の技術を持っているのか疑問なので新しい高層建築物には住みたくありません。

 

12.アジの開きもどき

5.の項で書いたのとは別の食べ方です。塩漬けニシンの頭、内臓を取り除き開いて塩抜きします。背骨を尾の方から頭の方に向けて取るのはマグロもどきの時と同様。刺身より長い時間塩抜きしないと塩っぱくなるのでご注意を。次に天日干し、陰干しします。半日くらい干したらオーブンかフライパンで焼きます。これもなかなか美味いと思います。

 

13.しめ鯖

市内のバザールや魚の店で鯖(ロシア語はスクンブリア)を売っています。以前は魚と言えば塩漬けニシンかシシャモくらいだったのでインターネットで鯖やマグロを売っている店を見つけた時は感激しました。その後バザールでも売るようになったのは歓迎すべきことです。

鯖は解凍して三枚に下してから刺抜きなどを使って小骨を取ります。次にタッパーに米酢(濃度5%位 ゴインに売ってます)と砂糖少々、昆布少々を入れ漬けます。20分ほど置いて酢をこぼし後は冷蔵庫で熟成します。一晩おけば食べられますからお楽しみください。心配な寄生虫のアニサキスは冷凍輸送されてくるため心配ありません。厚生省の基準では-20度以下48時間以上の処理です。

 

14.キルギス語を習いましょう。

キルギスにいるのだから習うのはキルギス語、ですか。挨拶だけでも話せれば相手の印象が違います。ビシケクではロシア語の使用割合が多いですが地方に行けばキルギス語主体です。それにキルギス周辺に仲間の言語がたくさんあるので旅行でも使えます。カザフ、ウズベク、ウイグル、トルコ、アゼルバイジャンなどが兄弟語で30~50%位は共通になります。カザフ語よりトルコ語の方が近いような。

私もキルギス人の先生とキルギス語を習ったのですが教科書はロシア語で記載、先生は日本語を知らない、ということで頭がパニック状態になりました。まずキルギス語・ロシア語辞典で調べて次に露和辞典で引くので学習は進みません。少し慣れるまで半年くらい経ちました。若い頃ならもっと早かったでしょうけれど。

 

(キルギスのカルチャーショック第3部5 に続く)

キルギスのカルチャーショック 第3部 3

キルギスのカルチャーショック 第3部 3     2018年10月~11月

いつものことですが話題のまとまりがなく突然キルギス国歌が出てきました。頭に浮かんできたことを書いているので・・

 

1.酷寒、酷暑の日は

初雪情報などの続きになります。日中気温で-10度以下を酷寒、38度以上を酷暑とした資料です。なお資料は自前の寒暖計によるので公式記録ではありません。

酷寒では

今年1/25 -12℃、1/26 -15℃、1/27~28 -10℃ になりました。

その前は2008年1/19~24 -10℃、2007年 12/26~28 -10℃ でした。15年間を見ても-10℃は少ないです。

酷暑では

今年7/10,11 38℃、7/22,23 38℃、8/11 38℃

2017年 7/4~9 40℃。(これはオシュですがビシケクも同程度です。)

7/23~24 38℃、7/25~27 40℃、7/28~8/1 38℃、

8/7~10 38℃~41℃ (ビシケク)

例年7月、8月に何日か38℃くらいになりますが連続にはなりません。これほど続いたのは1999年から初めてでした。2017、18年は何十年かの気候変動周期のピークにあるのかもしれません。

 

1-1.去年から気温差が大きい

手持ちの寒暖計で10月26日、27日は気温35度でしたが昨日11月1日は4度になり雪が。1週間で30度下がりました。さすがにキルギス人、ロシア人も体調を崩しています。去年から気候変動が大きいです。

 

2.ロシアの歌手 アラ・プガチョウワ

ロシアの人気女性歌手アラ・プガチョウワをご存知ですか。「百万本のバラ」という題名で加藤登紀子が訳した元歌を歌っている歌手で60歳すぎても精力的に活動しています。この私生活が凄くて何年か前はロシアの有名な若手芸人(物真似、司会)マクシム・ガルキンと結婚、その前はウクライナ出身のロシアで活躍する有名な歌手キルコロフと結婚。

3年位前ガルキンと男の子と女の子の双子の子供が産まれました。え!でもプガチョウワは60歳過ぎなのにどうして?それは現代の先端技術を利用したのです。自分の卵子を冷凍保存しておきガルキンの精子と人工受精、出産は代理母という訳です。金があればできますね。子供たち、リザとガリもyoutube に登場しています。

 

3.丸亀製麺

何年か前モスクワに行った時、丸亀製麺と書いた看板を見つけ入りました。味は期待していなかったので一番安い釜揚げうどんを食べましたがやはり旨くない。麺が作り置きで少し湯通ししただけなので何が釜揚げかと言いたくなりました。客は結構いたので知らなければこれが美味いというのでしょう。店員に日本人はいなくて多分ほとんどキルギス人。キルギス語で話して通じましたから。

 

4.白菜が通年で出現

何年か前から白菜が通年で出回っています。以前は10月から1月の限られた期間だけだったので出回るとたくさん買って漬物にしていました。白菜はどこから入って来るのか。ウズベクか中国南部かもしれません。煮物、炒め物、漬物などにしていつも食べられるので嬉しい限りです。

 

5.キルギス国歌

まだ書いてなかったなと突然キルギス国歌が出てきました。旧ソ連からの独立後1992年に制定され歌詞は三番までありますが一番と繰り返しの歌詞を記載します。アラバエバ大の学生と一緒に訳しました。なおキルギス文字はロシア文字を使用していますが(ң )(ө)(ү)の3文字多く、これらはロシア文字の(Н)(О)(У)として読めば近いです。以下のカタカナは読みで和文は訳です。歌ってみましょう。

1.Ак мөнгүлүү  акса  зоолор,  талаалар,

アク モングルー アクサ ゾオロル タラアラル

白い氷河に 覆われた 岩山よ、ステップよ

Элибиздздин  жаңы  менен  барабар.

エリビズディン ジャング メネン バラバル

われらは 共に生きてきた 心は 一つになっている

Сансыз  кылым  Ала-Тоосун  мекендеп,

サンスズ クルム アラトースン  メケンデプ

幾世紀も 氷河を抱く 山々のもとに 住み

Сактап   келди  биздин  ата-бабалар.

サクタプ ケルディ ビズディン アタババラル

我らは 先祖の土地を 守って来た

 

(繰り返し)

Алгалай  бер  кыргыз  зл,

アルガライ ベル クルグズ エル

さあ 進め キルギス人よ

Азаттыктын  жолурда.

アザットゥクトゥン ジョルンダ

自由な 道だ

өркүндөй  бер,  өсө  бер,

オルクンドイ ベル オソ ベル

さあ 発展させよう、 さあ 変えていこう

өз  тагдырын  колунда.

オズ タグドゥルン  コルンダ

自ら 昔からの 運命に

 

6.一番最後の商品をどうぞ

日本語では「一番新しい」ですがロシア語を直訳すると「一番最後の」となります。英語でも「一番最後の」と使っていると思いました。「新しい」という言葉はありますが「一番新しい」とは言いません。言語ごとの表現感覚の違いですか。「一番最後の」商品、では要らないと言いたくなりますね。

 

7.ロシア語の「世界」と「平和」は

「世界」と「平和」は同じ言葉「мир ミール」です。ビシケクの大通り「プロスペクト ミーラ」は「平和大通り」ですね。今はキルギス語で「ТЫНЧ  トゥンチ」、やはり平和通りです。「ТЫНЧ  トゥンチ」は静かな、平穏なという意味もあります。

日本語で「身につける」という意味の動詞は「着る」「履く」「かぶる」などたくさんありますがロシア語は一つです。食べ物に熱を加えて料理する「焼く」「炒める」「あぶる」もロシア語は一つ。それで日本語学習者は苦労します。

 

8.色の「青」と「緑」

学生がキルギス語の「青」という言葉は昔「緑」の意味だったと言いました。今は「青」の意味でも使っているが昔は「緑」の意味だったそうです。これは日本語と似ています。日本も昔、「青」は「緑」の意味でした。

「緑」という言葉は新しいのでどうも変更できないですね。次の単語で「青」は「緑」の意味ですが「緑」に変えると・・。「青果物」「青物」「青果市場」「青くさい」「青海苔」「青信号」「青虫」「青カビ」「青畳」「青葉」「青山」など。

 

9.キルギスでは何が起こっても不思議ではない

これは私が言っているのではなく在留の方からも聞いている言葉です。何が起こるかわからない、何が起こっても不思議ではないと。大きくは大統領追放の2回のクーデターがあったし、小さくは手続き書類や生活習慣など、えー!と思うことが多く起きます。

ビザ手続きでいえば国の都合で手続きが遅れビザ期限が切れるようになっても罰金を払えと言います。日本では他の省庁と連携措置を取りますがそういう思考ができないのか。キルギスは100年経ってどうなっているのか。

キルギス人は19世紀後半の帝政ロシア時代に自らロシアとの同盟を望み出て国を認めてもらったと言います。当時は西のチムール帝国(ウズベキスタン)、東の中国清国、南のインド、北のカザフと四方の大国に脅かされていたからです。そしてソ連になり1920年代は自治州、1930年代にソ連の構成国になりました。ソ連が崩壊した後はかつて国を創ろうとした精神はどこへやら。特権を利用し公金横領、収賄に一生懸命になっている人ばかり。キルギス人のみなさん、国は消えますよ。ソ連かどこかに吸収されているかも。

 

10.キルギスにもスミレが

毎日忙しく働いて移動は車となると歩道や公園の草花を見る時間がないと思います。道端をよく見ると日本にもある雑草がたくさん茂っています。さすが雑草で風や人・物の移動に紛れて世界中に広がります。スミレやタンポポはお分かりでしょうが他にナズナ(ペンペン草)、オオバコ(カエルっ葉)、シロツメクサ(クローバー)、カラスノエンドウ、スベリヒユ、クズ、オナモミ、ネナシカズラ、ヒルガオなど、まだまだあります。まずは足元を観察してください。

 

11.カレーの香辛料

10何年ぶりにカレー用香辛料を買いました。昔作ったレシピは捨ててしまったので最初からやり直しです。とりあえず1.トゥミン(クミン、ウイキョウ)、2.バディアン(シキミ)、3.クルクマー(ウコン、ターメリック)、4.グバジディーカ(チョウジ、丁子)、5.粉ショウガを買い、あと6.唐辛子、7.コショウで調合。しかしまだ足りないので8.カルダモン、9.カリツァ(シナモン)、10.ローレル、11.ガリツァ(洋辛子)を追加。まだ生ニンニクも必要です。これで調合してみます。香辛料は今回ビシケクシティーで調達しましたがオシュバザールの一角には香辛料売り場が何軒も固まっています。

 

12.ファレーリをどうぞ

何年も前から売っているのを見かけていましたが買ったのは最近です。ファレーリと呼ばれて日本ではニジマスですね。しかし日本よりずっと大型です。トクモク市で養殖してビシケクに出回っています。最初三枚に下してホイール焼きにしたら泥臭さがあってだめ。次は三枚にしてから半日薄い塩水に漬けて置いたら臭みが消え美味しかったです。私が買った店は一匹丸ごとでキロ330ソムでした。

 

13.キャッチセールスではなかった

前回、日本人か?と言って電話が来たのはキャッチセールスだったのかと書きました。しかし違いました。知り合いのキルギス人が日本人から情報を得たいと言う人に教えたのです。言ってくれればいいのに。どちらにしろ会わなかったでしょうけど。日本製品を輸入販売するらしいですが本物が手に入るのか、中国製コピー製品かも。

 

 

(キルギスのカルチャーショック 第3部 4に続く)

キルギスのカルチャーショック第3部 2 

キルギスのカルチャーショック第3部 2          2018年10月

初雪の話題を書いたら本当に降りました。関連して、集中暖房の開始・停止日、最終降雪日など日記を調べて書いてみました。今月初めは気温30度以上だったのに2週間ほどで30度下がったわけです。さすが中央アジア、いつもながら驚かされます。今回も雪の記事があるので早めに発行します。

1.集中暖房の開始、停止日等

下記のデータで降雪の前日気温を書いたのは暖かいのに降るという気温の差を表したかったためです。99年には4月25日頃に降り本当にショックでした。5月に入ってから降ったことがあるとか。その時はイシククリ湖でも降って、栽培しているリンゴの開花期だったため花が落ちてしまい大打撃だったそうです。

次の降雪は今月終わりころでしょうか。いつも2回目は間隔が開きますから。それから集中暖房はもう一度降らないと入らないでしょう。昼間の気温が0度にならないとだめなようです。なお集中暖房の開始、停止は温水配管の関係で地区により多少(2,3日)違いがあります。

(年) (初雪) (前日気温) (暖房始)   (終雪)  (前日気温)  (暖房停)

2018 10/16   14℃     ?        3/16     4℃      3/22

17   9/30    10℃    10/20        4/06      7℃      不明

16   10/18    14℃     不明        3/19      6℃     3/11

15   10/22    18℃    11/1?       4/02      8℃      不明

14   10/27    18℃    10/27       4/13      13℃      3/28

13   10/27(*) 13℃    10/27      3/09      2℃     3/25

12   10/18    14℃     不明      3/19      10℃      3/30

11   10/28    14℃    10/30      4/03     24℃     3/29

10   10/21    20℃    11/13     3月不明    不明       不明

09   11/09     8℃    11/11       3/19     14℃      3/25

08   11/11     8℃     不明      4/17     16℃       不明

07   11/09    19℃    11/09       2/27     12℃       3/27

06   11/21     8℃    11/13      4/09     25℃       3/29

05   11/14     9℃    11/02      4/05     28℃       3/26

04   10/15    24℃    11/06        4/07     10℃       4/01

(注)上記(*)の日付は、前回11/20と書きましたがこの日に雪が舞っていました。

(注)2010年3月の日記がないので日付等不明です。

 

2.宇宙船

現在はロケットで打ち上げている宇宙船ですがなんとも前時代的な物に見えるのはどうしてでしょう。それに打ち上げの度に燃料タンクや付属品を捨てるので宇宙はゴミの山になっています。宇宙ゴミ回収の話も出たり消えたりで進みません。地球の重力を脱出するためにロケットではなく別の方法が開発されればゴミは出なくなります。将来、重力子とでもいうのか重力の粒子を制御できるようになればいいのです。飛行機も重力制御になれば飛行場の滑走路がなくても済みます。

 

3.日本ではロボット犬と散歩する?

日本で試作されているロボットがニュースで紹介されるともう一般的に使われていると思う人が多いようです。日本で町を散歩する人は皆ロボット犬を連れているのか、と聞かれたことがあります。あれは試作だからと説明しましたが納得しない様子。介護ロボットや自動掃除機も登場していますから家のペットもロボット、食事や掃除もロボットが、そんな時代が来るのも近いかも。

 

4.キルギス蕎麦

昔ですが蕎麦を食べたくなってバザールのそば粒(グレーチキ)を挽いてもらい手打ちしたことがあります。つながって麺になったものの・・香りも味もなく不味い。中央アジアでは粒を茹でて食べるので麺にするにはそば粒の保存方法が合わないのでしょう。ソバは世界的に栽培されていますが、食べ方は粒で茹でる、粉にして焼くなどが大半で麺にするのは少数派。今のところ中国製、韓国製の乾麺を利用するしかないです。

 

5.サンタクロースはキルギスから?

サンタクロースはキルギスが発祥の地だ、キルギスでは「アヤーズ・アタ」と言って昔から言い伝えがある。ということでアラトー広場に学生を動員して大規模に宣伝したのは何年前だったか。今でもやっていますか?サンタクロースをキルギスでは「アヤーズ・アタ(寒さの父)」、ロシアでは「デット・マローズ(寒さのお祖父さん)」、その娘は「スニェ・グーロチカ(雪娘)」と呼ばれます。

サンタクロースの起源はキルギスだ!と思い付きで始めてすぐに終わるのではなく何十年も続ければそれなりに効果があるのに。気まぐれですから。

 

6.景品のグラスが割れていた

バザールの路上で紅茶を安売りしていました。欲しかったので買って家で見たら中に入っている景品の小グラスが割れている。これでは危なくて飲めないので捨てました。X線検査で割れているのがわかった不良品を中央アジアに輸出したのです。中央アジアは中国のゴミ箱と思っていますが本当です。バザールの安売りは要注意、何か問題がある商品です。

 

7.自動販売機

日本は自動販売機の展示会のように様々な種類がありどんどん変化しています。音声付きなどは当たり前でしょうか。しかしビシケクでは見たことはないです。空港に飲み物の販売機があったくらい。街頭に設置したら危ないでしょうね。すぐ盗まれるか金を奪われます。治安の良い日本だから設置できるともいえます。

自動販売機は24時間暖・冷の保温状態なので電力の無駄遣いと思いますがどうですか。それと販売機設置は販売会社負担ではなく設置者が機械を買取ると思ったのですが。品物が売れた時に設置者の収入になる訳なので販売会社は損がないようにできている。

 

8.村の土地を売ったのは誰?

キルギスの来たばかりの頃、学生とオシュ方面に出かけました。立ち寄った村で最近ウズベキスタンとの国境が変更になって村の土地が狭くなった。どうして変更になったのかこれについて誰も知らない、と言います。誰も知らないのではなく誰も真実を言わないのだろう。地元の役人が金欲しさに中央を巻き込んで土地を売ってしまったのではないか、などと想像しました。金のために土地を売ったのなら本当の売国奴ですが。

 

9.カルパックは正しくかぶれ

カルパック(キルギスの民族帽子)をよくかぶっています。薄い材質のは夏に、厚いのは冬にと分けていますが薄い材質は中国製の土産用なので本物ではない、本物は通気性がいいので夏も冬も同じカルパックで大丈夫と言います。私がかぶっていると、ほー、と感心して見る人が多いものの、かぶり方が間違っているようでよく直されます。裾の切れた部分を前にして外側に折ってかぶるのは知っていますがそれだけではだめ。折り方がどうの、切れた部分は正面にとか細かいです。バザールなどへ行くと似合うよ、と言ってくれる人もいて自分はキルギス人だと喜んでいます。

 

 

 

(キルギスのカルチャーショック第3部 3に続く)

キルギスのカルチャーショック 第3部 1

キルギスのカルチャーショック 第3部 1      2018年10月

このシリーズがいよいよ第3部に、第2部途中からキルギス情報という内容が多くなりました。頭に浮かんだ事柄を書いているので話題は統一されていません。頭が書くことに疲れたら休刊します。今回はなぜか酒の話題が目に付きます。

 

1.10月と4月は部屋が冷える

最近いらっしゃった方にお知らせです。今年はなぜかまだ暖かいですが市内の集中暖房は雪が降るまで入らないので、10月はアパートが冷えてきます。一雨、二雨降れば気温が15度位下がって冬に入ります。暖房器はオイルヒーターが安全で1500ソム位と思います。

年が明け3月に集中暖房が停まりますが外はまだ寒いのでこの時もアパートが冷え電気暖房器の登場となります。

それと5月の1カ月間お湯が停止するのも困ります。電気温水器の切替えを大家に聞いてください。

 

1-1.10月には雪が降る

上記記事の補足です。私はキルギスに来てから日記をつけていますがそれによると初雪は

2017年9月30日(この日はちらついただけ2回目は11月19日)、

2016年10月14日(郊外のアラミジン地区で)

2015年10月22日、   2014年10月27日、   2014年10月27日、

2013年11月20日、   2012年10月18日、   2011年10月28日、

2010年10月21日、   2009年11月 9日、   2008年11月11日、

2007年11月 9日、   2006年11月21日、   2005年11月14日、

2004年10月15日

もっと前もありますがここ15年で10月末までに降ったのは8回(9回かも)確率50%以上、見かけの暖かさに惑わされないようにしましょう。8月は夏、9月は秋、10月は冬です。

 

1-2.春分、秋分の日の楽しみ

ビシケクの東西道路、大通りのチュイ通り、アフンバエバ通りやそれに挟まれた中規模道路は真東から真西に向け造られています。それで春分、秋分の日にこれらの道路から日の出、日の入りを見ると道路端から上り道路端に沈みます。早起きするか夕方忘れずに観てください。

2.日本食カフェ

ビシケク最初の日本食カフェは10年位前に開店した亙(わたり)でしたが残念ながら閉店しました。何年かして新たに3軒開店。それが2軒閉店してしまいました。最近ソビエト通り・アフンバエバ通り交差点からソビエト通りを少し下った所に「のぶのカレー」が開店したのは朗報です。カレーやオムライスが美味しいそうです。日曜は閉店。

 

3.キルギス製本革ベルト

バザールで買ったベルトは薄い皮を何枚か貼ってあるので弱くて切れそうになりました。近くの店に持っていったらキルギス製のベルトがあると言われ中国製ベルトより高いが牛の一枚皮で何年も持つと言います。早速使っていますが使いやすいので満足しています。バザール製品は250ソム、キルギス製は700ソムなので長く使えれば割安です。

 

4.健康体操

体の各部は仕事や家事で動かしていると思っても限られた部位を同じ方向に動かしています。動かさない部位は硬くなり肩こりなどの症状が出ます。下記のような運動で普段使わない部位を動かしましょう。説明図がないのでわかりにくくてすみません。

  • 昔ギックリ腰をやった時、骨盤を動かす運動をマッサージの先生から教えられ今でもやってます。立ち位置で肩幅に足を広げ少し膝を曲げ、手を腰に当て骨盤をゆっくり左右、前後または回転運動をさせます。ギックリ腰の予防に効果あり。
  • 肩甲骨の周辺はあまり動かさないので周りの筋が硬くなると良くないと雑誌にありました。雑誌に載っていたのは立っても椅子に座ってもいいですが両手を両耳に着くようまっすぐ挙げ、次に肘を真横に肩の線まで下します。次に両手をそのままの形にして顔の前で合わせまた戻し、また合わせる動作を2,3回します。もう一度最初のように耳の横まで手を挙げ、これらの動作をゆっくり数回繰り返します。横綱土俵入りのポーズに似ています。
  • 脚の腿は普段、前後には動かしても左右には動かしません。硬くなるので運動が必要です。立っても椅子に座ってもいいですが両膝を左右に開閉して動かします。このとき両手で膝を掴み膝の動きを抑えるような力を加えます。
  • これは体操ではないですが、ジュースなどの空瓶を床に倒して脚の裏で瓶を転がしツボを刺激します。簡単で結構気持ちいいです。

どの運動も1回にたくさんではなく1日に何回か短時間行うのがいいでしょう。余談ですが相撲土俵入りの型は健康体操から始まったと聞いたことがあります。上記①の型はないですが②はあります。③も四股で動かすのと似ています。何となく納得。

5.包丁の添え手は猫の手で

キルギス人の家や料理講座を手伝ったときに包丁の添え手を見たら危ない。日本では「猫の手」の形にしなさい、と指先を曲げるように教えますがキルギス人は伸ばしたまま。危ない、指を切るぞ、と言うと切ったことがある人も多かったです。こんな使い方は世界中でキルギスだけだと言っておきましたが直してくれるかどうか。

 

6.母親は14歳

ロシアのテレビで生放送番組があります。以前、ロシアで14歳の女の子が出産とありました。これは日本のテレビでも人権問題として取り上げられたそうです。女の子の近くの村に住む男性がインターネットで知り合ったとか。番組には女の子の両親と問題の男性が出ていましたが両親はしっかりした人たちに見えました。父親は浮浪者のようなその男性を張り倒していましたね。キリスト教国なので出産するしかない。

 

7.サッカーリーグの選手交代で

キルギス国営放送のスポーツ番組チャンネルがありイギリスや、イタリアのサッカーリーグ戦を流しています。選手は刺青ばかりと書きましたがもう一つ気が付いたことがあります。それは交代で入る選手の仕草です。キリスト教徒は芝に触れ胸で十字を切り、イスラム教徒は両手で天を仰ぐようにします。日本人、韓国人は・・何もなし。

重量挙げの大会でタイかどこかの選手は両手を合わせ拝んでいました。国際試合では日本人もこうする様にしますか。

 

8.一升瓶を、マグロブロックを、機内に

今では信じられないですがニューヨークの貿易センタービルテロ事件が起こる前はこんなこともできました。日本からキルギスに帰る時、土産に持っていけと勧められ一升瓶や生のマグロブロックを機内に持ち込んで持って来たのです。

マグロブロックは、どうせどこかで没収だと思いスーパーのビニール袋に入れ手に提げて行きました。X線検査も通過し機内へ。次には没収だと考えているうちにあれ!キルギス到着。冬の時期でしたがさすがに周りは白っぽくなったものの少し削ってマグロ丼で食べました。美味かった。

一升瓶はナップザックに入れ機内へ。これも無事ビシケクへ着き皆で飲みました。そんなわけでテロ事件を憎む程度が強い私です。

 

9.オリンピックのボランティア

赤字続きだったオリンピック運営を黒字に転換したのはロサンゼルス大会だったはずです。主催者はボランティアを大募集、市民や多くの人たちが応募しました。式典担当の人は制服を自費で買ったと読みました。制服も良い思い出になったことでしょう。

2020年の東京オリンピックもボランティア大募集ですが自己負担は20万円になる?開催が決まってから災害続きの日本なので財政が厳しい、ボランティアに頼るしかない。

 

10.「う」がありますか

日本語を学習する学生などが単語を書く時に必ず質問するのが「う、がありますか。」。たとえば「こうえん」と言った時「う」を書くのか書かないのか、ということです。日本人は慣れていますが日本語学習者にとって難しいです。同じ「お」の発音でも「空港」は「う」、「通り」は「お」になるのも難しい。

 

11.寿司バーの日本酒は

昔ですが韓国系の販売店で日本酒があるけど買わないかと言われました。量り売りで1リットル500ソムだったと思います。喜んで飲んだらどうも味が・・料理酒でした。販売店の隣の寿司バーで出してるのはこれでしょう。

これも昔、キエフ通りビシケクパーク近くの酒店で「SAKE」と書いてある瓶を見つけました。メーカーがCHOYA(蝶矢)とあるので期待できないと思いつつ買いました。4合瓶で1400ソムだったか、高い!しかしこれも料理酒でした。先日この店に行ったらまた蝶矢の酒がありました。純米酒と書いてあっても料理酒かと。値段は1550ソムに上がっていました。

アルマータで飲んだ月桂冠純米酒は50ccで300ソム、高い!日本酒は自分で作るしかないのかも。しかし日本酒の仕込みは難しいです。どぶろくを造って失敗した経験あり。ワインは簡単なので次の項で書きます。

 

12.自家製ワインのお勧め

添加物なしのワインをお楽しみください。手間を惜しまなければ簡単です。ブドウ1キロで700ccくらいのワインができるはずです。ブドウをつぶす時、茎や種はそのままでも取り出してもいいです。そのままは味が強く、取り出すと柔らかくなります。

まず材料は①熟した赤ブドウ1~2キロ位(種ありは味が強くなります)②パン酵母(イースト)一般の店で売っている物で可③砂糖200gくらい④大型タッパー⑤広口瓶1個(2~3リットルの物)⑥漉し布、ガーゼ大⑦漏斗

作り方  ①ブドウをタッパーにいれ手でつぶす。 ②砂糖を加え混ぜ、次に酵母を小さじ一杯くらいふり掛ける。 ③蓋をしてなるべく涼しい所か冷蔵庫に置く。 ④翌日か次の日、酵母が働いて泡が出ているか確認する。泡が出ないと不活性酵母なので別の酵母を買いふりかける。 ⑤一日1,2回全体をかき混ぜる。 ⑥一週間くらいして泡が出なくなったら漉し布で広口瓶に絞る。 ⑦沈殿物が溜まるので一週間に一度、上澄みだけ移し替え沈殿物を捨てる。 ⑧これを4回ほど繰り返すときれいな赤ワインのでき上がり。

 

13.ロシアドラマとウオッカ

ロシアのテレビドラマや映画にウオッカを飲む場面がよく出てきます。友人を会社に訪ねて行ったら友人が職場の机から瓶を取り出し乾杯。これが警察などの職場でも出てきます。一般家庭なら当然ウオッカかサマゴン(自家製醸造酒)の登場です。ロシア人とウオッカは切っても切れない関係でしょう。しかし飲みすぎて平均寿命に影響するのではと心配するほどたくさん飲みます。キルギス人のアル中が多くなったのはロシア人の影響。ドラマや映画に働かず飲んだくれる男がいつも登場します。

 

14.新築アパートもトラブル続き

仕事で赴任され新しく建設されたアパートに住んでいる方から苦情をよく聞きます。それは停電が多い、給排水に問題がある、など基本的な問題ばかり。施工に安い中国製品など使っているか技術が悪いか。ソ連時代に造ったアパートは老朽化でトラブルが多いですが新しいアパートで問題とはキルギスの技術がないからでしょう。

 

15.慣れは怖い 道路の渡り方

最初の頃、信号のない道路を渡るな!と書いたのに今では自分が渡っています。なるべく信号を渡っているものの車が少ないと、つい。信号で止まったバスから降りて反対側へ渡ることもあります。運転手は皆渡るのを承知しているのですが、よそ見している運転手もいるかもしれません。私を真似しないようにしましょう。

 

16.犬は好きですか

学生から「犬は好きですか」と聞かれ、好きと答えたら行きましょうと出かけたのは犬の肉を出すカフェでした。犬肉のサラダ、焼き犬肉など食べましたがタレで食べるので味はよくわからないまま。行ったのはだいぶ昔。カフェの場所はアフンバエバ通りとカールマルクス通り交差点近くですが今でも提供しているのか不明。

 

17.パン漬けの作り方

漬物がお好きな方は試してください。昔、在留の方に簡単に聞いて自己流で続けています。

材料等は ①中型タッパー(漬けるのでやや深いのが適) ②市販のパン(丸パン、角パン、黒パンなど何でも) ③最初は野菜切れ端、次からキュウリなどお好きな物を ④塩少々 ⑤唐辛子1本

作り方 ①タッパーにパンを千切って入れ、湿る程度に水を加え塩少々をふる。③塩で揉んだ野菜切れ端を漬け、唐辛子を加える。 ④タッパーを2,3日涼しい場所に置いてから切れ端を取り出す。⑤次にキュウリなど好みの野菜を漬ける。1日置けば食べられます。

留意点 ①漬けて置けばパンは分解していきます。量が少なくなったら千切って追加してください。 ②水分は上がって来るので時々天地返しをしましょう。③室温では反応が早く進み酸っぱくなるかもしれません。そんな時は冷蔵庫に入れます。

 

18.コンピューター・グラフィック(CG)

私が知っている最初のCG映画は「トロン」という題名で(40年位前か)車が道路を走るだけのものです。これはCGの試作品で何かの映画の付属で上映されました。衝撃的だったのは実写と違い、車、道路などは本当の直線、曲線で絵が動いていました。それからCGは進歩し、今では普通の映画、テレビ番組で実写に相当する精度で提供されています。

 

19.ロシアに先行できるか歌手の口パク禁止

いつもロシアテレビ番組のパクリをしているキルギスです。以前は俳優や歌手などがサーカス演技を披露する番組があり最近では生放送を真似しています。しかし制作費がないのでしょう、ゲストが出演してただ対談するだけ厚みがありません。さてロシアでもキルギスでも歌手は口パク、口と音が合っていません。これをキルギスから変えていったらどうでしょう。ロシアに先行して口パクを禁止するのです。一つくらいロシアより先に実行するのがあってもいいのに、無理ですかね。

 

20.目次を作成

このシリーズが第3部に入ったので第2部までの目次を作りました。シリーズが20ありそれぞれ20前後の記事があるので今まで気にせず書いていましたが同じ内容もあります。よく書いたなと感心してばかりはいられません。これからも情報提供に努力しなければ。

(カルチャーショック第3部 2に続く)