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キルギスのカルチャーショックⅠ

キルギスのカルチャーショックⅠ           2013年5月

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キルギスに来たばかりの頃、七不思議として様々な驚きを書きました。十数年経って慣れて驚きが薄れてきたので、今までの驚きを思い出しながら改訂、加筆し、続編を書きました。生活や習慣は住んでいないと知り得ません。そんな内容を書いてみました。

1.時間を守らない

キルギス人と待ち合わせを約束して待っていてもその時間に相手は来ない。来ても1時間くらい遅れてくる。今ではだいぶ良くなってきたように感じますが何千年も半日単位で生活してきたキルギス人だからまだ変わりそうにないでしょう。反面、日本は時間に細かすぎるとは思いますが。

キルギスの家庭料理は、ベッシ・バルマック、オロモ、マンティ、ラグマン、プロフ、ショルポ(肉スープ)の六つ。ベッシ・バルマックはお祝いなど特別な時だけなので、いつもは五つ。メニューを考える必要がない。キルギス人の家に1日いれば同じ料理が出てきます。

2-1.キルギス人の食生活は

キルギス人が定住化したのはスターリン時代の1930年代。今はたまたま家に住んでいるだけで生活は遊牧時代と同じ。外で使う大鍋(カザン)を使ってガスで料理を作ります。鍋の底が丸いためガスの火が回りを伝って不経済この上ない。それには全く気がついていないようです。ガスは炎を大きくしてヤカンや鍋からはみ出すほど大きくして使っています。これも野外で薪を使った料理の使い方と思います。

調理器具は少なく、包丁には食事用ナイフを使い、フォークも色々に使っている。まな板は小さく、キャンプに持っていくミニサイズ。調味料はほとんど塩だけ。まれに塩漬け唐辛子を使うだけで、コショウもほとんど使わない。日本はキャンプでもこんなに少なくはないでしょう。

ゴミ箱も鍋も一緒扱いで、普段の料理に使っている鍋に野菜クズや紙などのごみを入れている。他国の文化などを入れようとしないので、いつまで経ってもこのままではないでしょうか。

2-2.野菜を食べない

キルギス人が食べる野菜は、ジャガイモ、にんじん、玉ねぎだけといっても過言ではないです。知り合いにキャベツを食べるように言ったら、食べたらお腹がおかしいとかで続きません。あとトマトは食べます。野菜以外に食べるのは羊肉。骨付きで売っているのでそれを長く茹でて柔らかくします。

ロシア人は、きのこ、野菜をたくさん食べますがキルギス人はきのこ類も怖がって食べません。

3.先生、答えを教えて

大学で教え始めた頃、テストの時に学生が「この答えは何ですか」と聞いた。どういうことなんだ、これには驚きました。それと答えがわからない学生に教え合う、それにカンニングはするわ。小学校時代からわからない人には教えなさい、と言われているらしいのでこうなってしまう。それにしてもテストの時に教えなさい、はないでしょ。

4.紅茶、コーヒーに砂糖を4,5杯

学生が来たりお客に行ったりしてびっくり。みんな紅茶などに砂糖をたくさん入れます。体を悪くするのではと心配するほどでした。これには訳があって、料理に砂糖を使わないので、その分を飲み物で摂るようです。

5.気温の差が大きい

大陸なので前線が通過すると雨や雪になり気温が15度、20度下がる。反対に晴れると急に上がる。フライパンの上で生活しているようだと常々感じています。熱すればすぐ暑くなり、冷めればすぐ寒くなる。

キルギスは天山山脈の盆地にあるので、通常、風はないです。しかし前線の端が来ると突風が吹き、その後天気が変わります。風が吹けば桶屋が、という落語がありますけど、風が吹けば天気が、はキルギスです。

5-1.風呂から出ると寒い

これは湿度が高い日本ではわからない感覚です。出るとき体を拭いていると寒くなります。温度が低いのではなく、乾燥しているので水分がすぐに蒸発して気化熱を奪うので寒くなるのです。体はさっぱりしていいですが、風邪などに注意しないといけません。日本では出ても汗だくになり、もう一度入りたくなります。

6.警察官はゆすり、たかり屋

来たばかりの頃、自分が外国人だという自覚を忘れて繁華街(といっても当時は静かなもの)を散歩しました。すると警察官にパスポートは、と聞かれ、大学にあるので持っていないと答えた。そうしたら近くの詰所に連れて行かれ所持品を調べられた。

私は教師でパスポートは大学だと言っても承知せず、開放してやるからと言って財布の中にあった金を要求された。なぜ金をと言うと本当ならもっと多く必要だと、多分そう言ったと思います。大学にパスポートを預ける時、コピーを取るように言ってくれれば良かったがもう遅かった。

金を払って?開放されたがいろいろな意味でショック。金を払えば何でも許されると知ったのは後のこと。

7.交通警察も賄賂要求

道路に警察官らしき人が立って車を停止して調べています。車内に定められた書類や器具などがあるかを調べて、ないと金を要求します。これはロシアやカザフでも同じ事で、日銭が入るから希望者が多いとか。

賄賂は以前20ソム、次に30ソムになり、今はいくら?

7-1.電気、ガスメーターの改ざんは当たり前

アパートの電気、ガスメーターはなぜか部屋の中にあり、毎月の使用量はドアの前に書いて貼り出します。水道、熱水は頭割りの請求なので書きません。このメーターを該当会社の検針員や技術者が賄賂をもらって逆回しさせるのです。アパートでは少ないようですが、一戸建てでたくさん使う家ほど悪事をします。これを毎月やっているので会社に入る料金は少なく、経営が悪化します。

7-2.私腹を肥やしたバキエフ前大統領

2010年4月のクーデターで国外逃亡したバキエフの政権時代、ダムの貯水量が少なく発電量が足りなくなったと言って計画停電をしました。曜日、時刻で停電になり、豆腐、納豆の製造であたふたでした。しかし、これは関係者が賄賂をもらいウズベキスタンに電気を売ったために生じたことだったのです。

政権末期に電気料金を2倍以上にするとしていました。アパート代は電気料込みだったので大家は値上げすると言いました。その直後クーデターがあり政権が代わり、電気料金は値上がりせず却って安くなりました。バキエフは何らかの私腹を肥やすつもりだったのでしょう。追放して良かった。

7-3.就職にも賄賂

就職は、試験があるわけでなく知人がそこにいるか紹介する人がいないとだめです。そして、いざ就職となったら上司に賄賂を払います。これは日本や外国系の会社、組織では関係ありませんが。

収入が多い仕事は賄賂も当然高くなります。警察や官公庁も同じで、ホワイトハウスの就職は6000ドルとか聞きました。

8.期限を過ぎても返さず雲隠れ

大学にいた頃から金額の多少はあるものの金貸しを頼まれました。学生や卒業生の顔見知りからですが、心配なので借用書を書かせました。しかし返さないのが多い。個人的な借用書は全く気にしないようで、請求されれば、今はない、と平気な顔です。

三井先生から何百ドルか借りていたスルガク(人文大)は、先生が帰国する直前に呼び出して請求したらアパートの電話を切りどこかへ雲隠れ。何年か経って町でひょっこり顔を合わせましたが、三井先生のことはもう終わったと言う訳かすっかり忘れていました。

日本人はいつか帰国するから、それまで引き伸ばしていれば返済しなくていい、という意識なのです。そんなことですから、金を貸す時はくれるつもりで、返ればもうけものと思うのがいいでしょう。

日本人に顔が似ていて日本語を話していると、私もそうですが、どうしても日本的な感覚を持っていると思ってしまいます。歴史や生活環境が違う別の人種と理解するのは時間がかかります。

9.信号のない道路を渡るな

来たばかりの頃、車は年式が古く量は少ないし、道路はでこぼこで早く走る車は少なかったです。そうはいっても、道路を所構わず渡るのは危ない。母親が子供の手を引いて渡るのを見ると、どういう感覚をしているのか、それとも心中かと思ったものです。

慣れとは怖いもので、今では私も横断するようになってしまいました。運転手は人が横断するのを承知しているので事故は少ないようです。上手に渡らないとクラクションを鳴らされますけど。赤信号、皆で渡れば・・ですが日本ではすぐ病院行きです。

9-1.信号はどう渡る

最近は赤信号の間隔が伸びたものの、以前は道が広い割には信号の間隔が短く10秒くらいしかなかったです。信号が黄色になった時に渡り始めないと向こう側に着かないため青でも構わず渡るので、最初は渡るタイミングがわかりませんでした。仕方がないので他の人と一緒に渡るのですが、青なのに渡っていて車が来たりするので何も参考にならなかったです。

車は右、人は左の逆転思考に適応するにも時間がかかりました。日本が特別なのですけど、最初に左を次に右を見る習慣は難しい。今は日本でつい逆を見てしまい慌てます。

ところで、市内モスクワ通りは、車は一方通行でもトロリーバスが交互通行になっています。あるとき車に気を取られ道を渡ったら、反対方向からトロリーバスが来て私の前で急停止。女性運転手が大きく手を広げ叫んでいました。トロリーバスを2回も止めてしまいました。モスクワ通りは道路計画の間違い、一つ北側は反対方向の一方通行なのでこちらをトロリーバスが通るはずだったのでしょう。

9-2.バスの運転は運転手の都合で

市内の公共交通機関は、トロリーバス、大型バス、マイクロバスです。トロリーバスはバスに架線が付いたもので線路は無し。マイクロバスは路線が決められている乗合いワンボックスカーです。

困るのはバス、マイクロバスの運転手が運転中にタバコを吸う、バスを停め途中で自分の飲み物など買い物をする、携帯電話で話すことです。それとマイクロバスで乗車客が少なくなると近くに来ている同じ系統のバスに移らされます。休憩か食事をするのでしょう。こういうのはお互い様になっているようで別運賃は取られません。労働者はソ連時代の慣行で自分の都合優先で仕事するのでこうなります。

反面、便利なところもあります。マイクロバスは停留所以外でもどこでも止まりますが、トロリーバス、バスでも信号で止まっている時に運転手に「降りてもいいか」と言えばドアを開けてくれます。日本はバス停だけですからね。

10.間違い電話が毎日

最近は減ったものの以前は毎日。原因は番号の押し間違いか電話局の接続ミスらしい。最初はロシア語で「もしもし」と出ていたものの、相手が早く話すので意味がわからず、日本語で「もしもし」と言うことにしました。

知らない、変な言葉が聞こえれば相手が切るだろうとの計算。「電話番号が違います」という言葉が最初に覚えたロシア語です。しかし、同じ人からすぐにまた間違い電話がかかって来るのはどうしてでしょうか。

11.歌手は口パク

来て少し経ってからテレビで歌手の口と言葉が合わないことに気がつきました。口は「あ」なのに「う」と声が出たり、口を開けていないのに声が出たりしている。おかしいなと思っていたらロシア、カザフの番組もそうでした。

しばらくして、昔は録音テープ、今はCDで曲を流しているからと判明。いつからこんなことになっているのかは不明です。独立後、ヨーロッパから入ってきたと言う話を聞きましたが。

12.生徒はウルトラマン

学校で生徒が手を挙げる格好は、ウルトラマンがスペシューム光線を出す時にそっくり(例が古いですが)。挙げる反対の手は机につけ、挙げる手の肘を机から離さず手先を左右に動かしている。はい、はい、と上に挙げる日本とは、随分違う。

13.車を止める時は手を横に

バスやタクシーを止める合図は、手の甲を上にして自分の横か車に向かって手を伸ばします。最初はどうも違和感があって、つい上に挙げたくなりましたが、今は慣れて普通になりました。

14.お金のジェスチャーは

お金の話をする時は、親指と人差し指をこすり合わせて数える仕草をする。ロシア人も同じ動作をするのでロシア式かも。

自分のほほに人差し指を当てて下に動かすのは「恥ずかしい」意味。日本では「悪い奴」ですが。

首の横に手を持っていき水平に動かすのは「もう満杯で要らない」ということ。首切りの動作ですね。

手の甲を上にして相手の方に向けて伸ばし、親指以外の指で握る動作を繰り返すのは「さようなら」。どうしても「こっちに来て」と間違えます。

所変わればジェスチャー変わる。

15.お元気ですか、を何回も

これはショックではありませんが。大学にいた頃、同じ学生が何回も「お元気ですか」と声をかけてきます。さっき会っただろうと思いつつ返事をしていました。これはキルギス語、ロシア語も「お元気ですか」に相当する言葉は同じ人に何回でも使っていいからです。

母語に訳しただけで使っているとこうなってしまいます。日本では1回だけだぞ、と注意してもなかなか直りませんでした。

それと祝日のお祝いに「おめでとう」を言います。「ノールズ(春分の日)おめでとうございます。」といった調子です。これもロシア式、キルギス式です。日本は言わないといってもなかなか直りません。

16.道につばを吐くな

キルギス人、ロシア人とも外でよくつばを吐きます。誰かを待っている人の周りには、つばの池ができそうです。つばを飲み込めないのでしょうか。私と話していて、人の顔を見ながらつばを吐かれた時は、「俺に何か文句あるのか」と言いたくなりました。相手はいつもやっているので何も感じていませんが、日本人からは「おいおい!」と閉口します。

17.ガスが、電気が止まる

最近はなくなりましたが、以前はガスが年に1,2回、2週間ほど止まりました。輸入先のカザフ、ウズベクに輸入代金を払えないと元を止められて、払えば復活。電気はカザフ、ウズベクに売っているので、使用量を減らすため村では夜中の停電が今でも続いています。

最初に住んでいたアパートでは、前の道路で熱水管の敷設工事を半年ほどやっていました。当然お湯は出ず、そのうちガスが止まり、さらに地区で何日か停電になった三重苦のときがありました。料理ができないのでサラダとパンを買って暗くなる前に食べて、あとは何もできないのですぐ寝ました。

17-1.熱水も止まる

市内のアパートは集中暖房を兼ねた集中給湯式になっています。これが毎年5月に1ヶ月間止まります。経費節約なのか会社の休暇なのかわかりませんが、モスクワも止まるとかでソ連時代からの行事です。

もう暑くなっている時期なので不便です。仕方なく鍋やヤカンでお湯を沸かして行水します。

18.海産物がない

日本では毎日刺身など食べていたのにキルギスでは何も手に入らない。キルギスに来て何ヶ月かして体中の海産物エキスがなくなりストレスが溜まりました。ニシンの塩漬けを塩抜きすると刺身風になると教えられ作ってみたら、刺身に飢えていたのでこれでも結構満足。冷凍シシャモを3枚に下ろして酢漬けで食べたり、いろいろやってみました。

7,8年前、韓国の店でマグロのブロックや蛸、鯖を見つけたときは感激しました。高すぎて手が出ませんでしたが今では昆布、わかめなど韓国店で手に入ります。まだカツオだしは売っていないもののいい生活環境になりました。

19.野菜、果物、乳・肉製品は美味しい

海産物は高価ですが乳・肉製品は日本よりずっと安くて美味しいです。それに野菜・果物が豊富で甘い。

牛や豚、馬、鴨の燻製ハムはバザールでキロ600~1000円くらいです。随分高くなりましたが日本のとは段違いに美味しい。これは伝統技術の違いでしょう。日本の製品は化学薬品の味です。他に自家製チーズ、プレーンヨーグルトも売っていて美味しいです。

蛇足ですが、日本で牛乳を飲むといつも腹を下したのに、こちらの牛乳は問題ないです。何が違うのかわかりません。

野菜・果物は気候が乾燥していて土がいいので甘くて美味しいです。日本の子供たちが食べればピーマン、にんじん嫌いが直ります。ピーマン、にんじんはこんなに甘かったの?と。

出回っている野菜・果物は、国内産だけではありません。きゅうり、トマトなど中国、ウズベク、パキスタンなど、オレンジは中国、イラン、モロッコから、その他陸続きの国から入ります。

スイカ、メロンも甘くて美味しい。キルギスには果物が豊富な夏に来るのがいいでしょう。

20. 町は暗闇の中

以前は街灯があっても切れているか故障していて、店も営業しているかわからないほど明かりを小さくしているので夜になると町は真っ暗に。夜出歩くときはよほど注意しないと水溜りなどに入ります。マンホールの蓋がない所が多いのも困りものです。外出には勇気が必要で、下を向いて歩こう、でした。

(カルチャーショックⅡに続く) 大滝

Kyrgyz 856 の紹介文 (post)

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Kyrgyz 856 の紹介文

1999年にキルギスに来て、気が付いたら20年経っていました。記念にという訳で気が向いたのでホームページを作りました。キルギスの写真や私が今まで書いてきた随筆みたいな文章やキルギスの昔話、キルギス詩人の作品など載せていきます。旅行記ではなく生活している情報です。キルギスや中央アジアに関心のある方にご覧いただければ幸いです。

ビシケク市在住 キルギスの旅人        2019年5月

このホームページの 開設日 2019年6月4日