月別アーカイブ: 2019年8月

ビシケクから列車でイシククリ湖へ

ビシケクから列車でイシククリ湖へ        2019年8月
20年来の懸案?ディーゼル機関車の列車でビシケクからイシククリ湖東端の町バルクチに行きました。列車は6月中旬から夏期のみ運行で一日一往復のみ。7月までは週末だけ8月から毎日走ります。運行時刻は朝6時40分ビシケク発、バルクチ発は午後2時頃か(確認なし)、距離は約180k所要時間4時間30分~40分。時間がかかるし空調がないので暑くて仕方がないと昔言われ敬遠して来たのです。今回はバルクチから少し東のボコンバエフという町まで行きました。
(ビシケク~バルクチ案内図)

ボコンバエフ
鉄道路線の記載がないがほとんど道路と並行している。

8月4日(日)晴れ
ビシケクⅡ駅に6時20分着。事前にキップ購入について聞いたら窓口は6時でも開いていると言われ随分早く開いているのでびっくり。早速窓口でバルクチ行切符を69ソム(約100円)で購入し窓口左横の通路からホームへ。改札なし。ホームには予想以上に多くの人たちが列車を待っていた。運賃が安いから家族連れで出かけるのだ。

ビシケクⅡ駅 19年6月
ビシケクⅡ駅 19年6月

バルクチまでの切符バルクチ行切符 19年8月

乗車風景バルクチ行列車ビシケク駅 19年8月

車内は通路に座席があり反対側は寝台が上下二段に設置されている。石炭湯沸かし器があり利用できるしトイレがあったのは良かった。6時40分、列車は何の合図なしに突然動き出し以後細かく停車を繰り返した。7:55イワノフカ駅停車8:00発、8:25トクモク駅停車8:30発、9:15ブイストロフカ駅停車9:20発。これ以外にも短い停車あり。

石炭湯沸かし器

列車内 石炭給湯記19年8月

車内でジュースや茹でトウモロコシ、揚げパンなどを売りに来た。鉄道関係者以外の人も売っている。キップの検察があり見せたら手で千切られた。

車内販売バルクチへの列車内販売 19年8月 

ビデオ  車内からの風景と音

9:25ジリアルク駅停車9:40発。このあたりから上りになり速度は落ち10:15峠の駅停車10:20発。10:30チュー川を横切り川は右へ。11:22バルクチ駅着。駅前は何十台ものタクシー、ミニバスが客を待っていた。

バルクチ駅 駅舎バルクチ駅 19年8月
駅から歩いてミニバスが通る街道へ出てバスを待ったが通らない。バルクチのバスターミナルに行き乗らないとダメだったのだ。これは予定が狂った。ターミナルまでタクシーで20ソム(約30円)1分で着いた。聞いたらボコンバエバ行きミニバスはいつ来るかわからないというので乗合タクシー(150ソム)に乗車12:15発、13:40ボコンバエバのミニバス乗り場(ターミナルか)に着いた。

CBT案内所ボコンバエバ 建物中央がCBT事務所19年8月

お昼を食べようと店を探したら横にCBT案内所があったので(写真中央)ゲストハウス「クララ」を紹介してもらった。案内所の裏通りにあるらしいがタクシーを勧められたので乗ったらほんの1分で着いて50ソムと言われた。これでは20ソムだと言ったらタクシー会社の規定で市内はどこへ行っても50ソムだという。CBTの案内は不親切だ。

ゲストハウス クララ 入り口

ボコンバエバ ゲストハウス入口 19年8月

ゲストハウスは綺麗でシャワー室、トイレが1か所ずつ、シャワー・トイレ兼用室が1か所ある。4人、3人、2人の部屋があり食事は大テーブルで食べる。朝食付きで700ソム、無料WIFIがあるのは助かった。最初の客は私だけだったが何故か日本人が投宿。氷河の調査に来ていた新潟大学の教官と学生で明日はビシケクに行くという。こんなところで日本人に会うなんてとお互いにビックリした。

8月5日(月)晴れ 30度C  朝15度
朝は涼しくビシケクより15度位低い。8時新潟大学の人たちと朝食。私は先にバス乗場へ。タクシーにボズ・サルクン~パノラマ~ボコンバエバはいくらか聞いたら1500ソムという。昨日聞いたら1200ソムだ(これは本当)と言ったらその値段になった。9時半発、10時ボズ・サルクン着。キルギス映画「ボズ・サルクン」(直訳は灰色の冷気、意訳は変化の予感?キルギスの花嫁誘拐婚を題材にした映画)の撮影があったボズイ(テント)や草原を所有者に教えてもらった。映画監督とは知人だそうだ。

映画に使用したボズイボズサルクン 映画に登場したテント19年8月-2

向かいにあるパノラマ台へ10時半発、同45分登り口着。30分ほど歩いて登りパノラマ台に着きイシククリ湖を展望。来る途中、馬で下って来るグループがいた。後で運転手が言うにはボコンバエフ市内のホテルのツアーで一日かけてホテルから乗馬で往復するそうだ。

乗馬旅行者 パノラマ 旅行者19年8月

イシククリ湖展望パノラマ台からイシククリ湖19年8月

11時45分タクシーに戻ってボコンバエフへ。戻る途中2人の旅行者を乗せた。持ち金が少ないらしく運転手は2人で500ソムと言ったが240ソムと格安になった。12時20分ボコンバエバ着。 運転手にマンジェル・アタ(願掛け母神)、スカースカ(奇岩)、タムガ(抑留者資料室)からボコンバエフに戻るといくらか聞いたら2000ソムというので頼むことにした。13時カフェを出てマンジェル・アタへ13時15分着。街道からの入り口がわかりにくい。マンジェル・アタと書いた湧水の近くにウマイ・エネと書いた湧水があった。どちらも塩水でマンジェル・アタの方が濃い味だ。地蔵のような石か何かあるのかと思ったが何もなかった。女性が何人かボズイ(丸いテント)に入って行った。そこで子供や健康のことを祈ってもらうのだ。外で祈祷らしい声が聞こえた。(ウマイ・エネの伝承は当ホームページ キルギスの昔話その4 第6話を参照)

マンジェル・アタ入口マンジェルアタ 入場口19年8月

マンジェル・アタ13時50分発、スカースカ駐車場に14時20分着。入場門で私の入場料50ソムを払った。奇岩地帯は板のような赤い岩が2枚並んで200m以上つながっていて間を歩かれるようになっている。しかし歩く通路は高低差があり砂があって歩きにくい。暑いし疲れたので途中で脇道に出て写真を撮り最後までは行かず帰って来た。

頂上に人が 奇岩地帯スカースカ 奇岩地帯3 19年8月

人が見えますか 奇岩地帯2スカースカ 奇岩地帯2 19年8月

15時30分駐車場発。16時15分タムガの軍人用保養所着。タムガ村の隣のバルスコン村にある。20年前に来た時の入り口のままだったので様子を思い出した。日本人の資料室を聞いたら入場門を入りすぐ右に曲がり途中をまた右に曲がった奥にある映画クラブという建物二階にあった。たまたまカギを持っている女性がいて開けてくれた。帰りに抑留者が建てたという診療棟、食堂を見て向かいにある桜も見た。桜は何年か前のシンポジュームの際に日本から持って来たそうだ。

日本人が建設した食堂タムガ 抑留者建設食堂19年8月
16時30分保養所発、17時30分ボコンバエバ着。CBTでB&Bを聞いたがわからなくて昨日のゲストハウスに向かった。今日はあちこち回って疲れたので早く寝てしまった。
8月6日(火)晴れ ビシケク40度c  朝ボコンバエフ15度C
8時朝食後バス乗場へ。ビシケク行のミニバス代250ソムを運転手に払って9時発。バルクチターミナルは寄らずに通過、10時過ぎドライブインで休憩。ビシケクが近くなったら急に暑くなった。12時30分西バスターミナル着。運転手は結構飛ばしたので早かった。       (この項 写真、ビデオは大滝による)

キルギス詩人 オスモノフ 5

2019年 月日配信

キルギス詩人  アルクル・オスモノフ 8

以下はキルギス語の作品です。        (2018年~19年 月訳)

キルギス語はソ連の関係からロシア文字を使っています。ロシア文字をご存知なら文字の通りに読めばいいです。ただしキルギス語は(ң )(ө)(ү)の3文字多くこれらは(Н)、( О)、( У)として読めば近いです。訳は大意が合っている程度とご理解ください。

オスモノフ記念館がビシケクにあります。記念館と言ってもオスモノフが何年か住んでいた平屋の家ですがボコンバエバ・カリカキエバ通り交差点を少し南に入った所にあります。

 

Уйгум  келет

眠りたい

Абаке  ай,  кече  күнкү  биз  жеткен  эт,

おーい! 昨日  たくさん 食べた 肉だけど

Андай  эт  майга  оролуп  күндө  келет.

あのような肉は 脂身に 包んで 陽に 置いた方がいい

Кандайдыр,  биз  билбеген  күчү  бар  бейм ?

みんな知らなかったと 考える方が いい

Ыксырайм ,  уйкум  келет…  уйкум  келет …

へとへとだ 眠りたい・・眠りたい・・

 

Уршпа,  сага  бир  кеп  айткым  келет,

怒らないで あんたに言うことがあるから

Ал  этти,  парыз  бекен  дайым  жемек ?..

あの肉はイスラム式なのか いつもそうしているのか

Жаштардын  кол-аягы  ичке  болуп,

若者の 手足は 内側が 太い

Кыздарга  кайдан  бүткөн  одоно  бет?

娘たちは 乱暴な顔なのか

 

Кейибе,  эмнени  айтып  дөөдүрөйт  деп,

怒ってるかい どうして しゃべり過ぎるかと

Эт  жемек  өнөр  бекен,  күндө  тердеп ? ..

肉は わざと 手で作ったから 陽に 作らせる方が良いか?

Касымкул  неге  жалкоо ?  Билесиңби ?

カスムクルは どうして怠け者か 知ってるかい?

Дале  жок,  ана  келет,  мына  келет…

まだ いない、向こうに 来るさ、ほら 来るさ

 

Максат  жок,  эт  жебегин,  аба  демек:

望みはない 肉は食べなくて いいなら 食べないで

Мен  жүрөм,  күчүбүзд ү дайым  ченеп,

私は心配する 自分の力を いつも 計ることを

Таарынба,  чычалаба,  ачык  сөзгө —

気を悪くせずに 私の言葉に 道を開けて

Эмне  үчүн  биздин  элдер  борпон  делет ?

どうして みんなは 太って 弱い と言うのか

 

Муну  айтам  эгер  берсен,  мага  кезек:

私に 言わせてくれるなら 理由を 言おう

Орстун  көп  даамына  уруксат  этсек,

ロシア料理は とてもおいしい それは認める

Кара  көз,  чымыр  дене  көркүн  алып,

私たちは 黒い瞳 頑丈な体の 美しい 勇士になるだろう

Бир  сонун  гүлдөр  элек..  гүлдөр  элек…

そして一本の 美しい花を 咲かせる しかし花は まだ

 

Кой  дебейм,  эмне  берсең   өзүңдө  эрк,

主人は 自分に合った 人を 呼ぶだろう

Менде  жок  эт  жебейм  деп  кесирленмек,

肉を 食べないなどと 自慢する ことはない

өзүмчө  бир  байкаган  сырымды  айттым,

一つの 考えが あんたと 同じだ つまり

Негедир  уйкум  келет…уйкум  келет…

なぜか 眠りたい 眠りたい

1944年12月3日作 コイサル(イシククリ)にて

 

上記作品をWalter  May訳詩

I  want  to  sleep

Dear  old  friend,  we  yesterday  ate  much  meat ,

Every  day  they  bring  come,  and  then  bring  more.

What  kind  of  magic  charm  there  do  we  eat?

I  want  sleep…to  sleep…  and  softly  snore!

 

Pray  don’t  be  cross,  I’ve  something  I  must  say:

Is  one  obliged  to  eat  meat  all the  time?

Why  have  our  lads  thin  arms  and  legs  today?

Why  are  girls’  faces  rather  coarse ,  not  fine?

 

Now  don’t  get  angry  if  stupid  words  I  chew:

Is  eating  meat  some  kind  of  daily  task?

Why  is  Kasimkul  so  lazy,  do  you  now?

All  wait  for  him,  when  will  he  come  at  last?

 

Don’t  eat  much  meat,  old  friend,  if  there’s  no  need.

I  always walk,  and  my  strength  I  measure out.

Don’t  be  offended  by  my  frank  words  indeed –

But  why  are  our  folk  so  weak,  and  far  too  shout?

 

If  you’ll  allow  me,  I  will  tell  you  why:

Russian  dishes  would  suit  us  better,  it’s  plain.

Then  we’ll  be  supple-bodied,  and  clear  of  eyes,

Then  we’ll  bloom  with  life,  and  bloom  again…

 

The  host  may  feed  his  guests  as  he  thinks  fit,

And  I  don’t  boast  that  I’ll  eat  meat  no  more.

Only  one  thought  I’ll  share  with  you,  to  wit –

I  want  to  sleep… to  sleep…and  softly  more.

(1995年ビシケクにて訳)

 

 

Каркыра          (訳 2019年8月)

Бала  кез,  көктөм  убак,  жазгы  баар,

子供の頃 春早い 緑の時期

Асманда  карк-карк  этет  каркырлар.

空には 鶴たちの 鳴き声がした

Мен  анда: < Эй,  замандын  калыстары—

私は言った <おーい、時間を 公平に

Көрсөтчү,  канатыңда  не  жазуу  бар ? >

見てる鳥よ 羽に 何が 書いてある?>と

 

Уккандай  дал  үстүмдө  тегеренет,

めったに 聞こえないが 私の頭上で 回って

< Ал  мына,  окуп  кал > … деп  белги  берет,

ほら この 黒い所を 見て と合図をする

Карасам,  канатында  төрт  сап  ыр  бар,

見ると羽に 4行の詩がある

Эсимде  ал  төрт  сап  ыр  мындай  делет:

私の記憶では その4行詩は このように書いてあった

 

< Турмушта  бакыт  да  бар,  байлык  да  бар,

<人生には 幸運もある 財産もある

Болушкан  бирин-бири  көрүүгө  зар.

それらは いくらかの 黄金を 与えた

Мына  эми  биздин  күндө  кошулат  дейт,

ほら それらに 我々の日々を 加える と言う

Сен  да  кел,  ошол  жакка  биздин  сапар > …

私たちは 飛んで行き また来る>と・・

 

Аз,  көппү,  санабадым  күн  эсебин,

多いか少ないか 日と時間を 数えなかった

Колхоздо  бир  нече  ирет  орулду  эгин;

集団農場で 少しずつ 何回も 振るい落とした穀類の粒

Арадан  күндөр  бат-бат  алмашылып,

日々は 早く わからないうちに過ぎた

Айланып  Каркыра  аттуу  жерге  келдим.

日々は巡って 私はカルクラ(鶴)村に来た

 

Көйкөлүп  мент-мент  этет  жайык  бети,

流れに きらめく 広い顔

Көрсөтүп  чон  боз  үйдү  берки  четки.

遠く 近くの 大きなボズイ(テント)を見て

≪Туугандар,  бул  үй  кимдин  үйү?≫ – десем,

《皆さん この家は 誰のですか?》と聞くと

≪Колхоздун  койчусунун  үйү≫ дешти.

《集団農場の 羊番の家だ》 と声をそろえる

 

Кыргызда  адамдык  парс  салам  айтмак,

キルギスでは 人の本当のもてなしが ある

Четки  үйгө  салам  айтып  кирип  барсак,

遠くの家に 挨拶して来て

Төрүндө  Бакыт,  Байдык,  койчу  менен

入り口で 幸福や財産は 羊番と

Каткырып  кымыз  ичип  отурушат.

度数の強い 馬乳を 飲んで 座っている

 

Кандай  март,  Бакыт,  Байлык  кандай  элпек,

どう気前がいいのか 幸福や 財産は どう従順なのか

Жаңы  өмүр  койнунда  экен  кайда  десек

幸福など 新しい 人生は 体の中だろう

≪Заманың  мына  ушундай  таанып  жүр  ≫-

деп,

《時間は ほら こんなと 知って》 と

Асманда  каркыра  үнү  карк-карк  этет.

空では 鶴たちが クークー鳴いている

 

1944年12月5日作 コイサル(イシククリ)にて

 

 

 

 

 

 

キルギス詩人 オスモノフ 4

                         2018年7月配信

АЛЫКУЛ  ОСМОНОВ  アルクル・オスモノフ 7

訳2018年4~6月

下記はキルギス詩人 アルクル・オスモノフの作品です。キルギス語はロシア文字を使っていますがロシア文字をご存知なら文字の通りに読めばいいです。ただしキルギス語は(ң )、(ө)、(ү)の 3文字多く、これらは(Н)、(О)、(У)として読めば近いです。カタカナは読みです。訳は大意が合っている程度とご理解ください。

オスモノフ記念館がビシケクにあります。記念館と言ってもオスモノフが何年か住んでいた平屋の家ですがボコンバエバ・カリカキエバ通り交差点を少し南に入った所にあります。

(下記でカタカナは読み、和文は訳です)

Та ңда

タンダ

日の出に

 

Тентек  желдин  эркине,

テンテック ジェルディン エルキネ

気まぐれな 風が 気ままに吹き

Булуттар  к өч ө баштады.

ブルトゥラプ コチョ バシタルドゥ

雨雲を 追い払い 始めた

Таң  нуруна  бүлбүлд өп,

タング ヌルナ ブルブルドプ

朝の 光が 揺らめき

Жылдыздар  өчө  баштады.

ジルドゥズダル オチョ バシタルドゥ

星たちは 消え 始めた

 

Чыгышты  б өл өп алтынга,

チグシトゥ  ボロプ アルトゥンガ

東方から 黄金が 現れ

Таң  агарган кез  эле.

タング アガルガン ケズ エレ

朝の光は 瞬く間に 白くなる

Таң  нуруна  боёлуп,

タング ヌルナ ボヨルプ

光が 射しこんで

Жылтылдайт  биздин  терезе.

ジルトゥルライトゥ ビズディン テレゼ

窓を 明るくする

 

Ар  биринде  бир  кетмен ,

アル ビリンデ ビル ケトゥメン

人はそれぞれ 分かれ 鍬を 持ち出かけ

Кээ  бирөө  чекккен  араба.

ケェ ビロオ チェッケン アラバ

ある人は 馬を 荷車につける

Колхозчу  эмгек  атасы,

コルホーズチュ エムゲク アタス

コルホーズ労働者の 仕事は 精力的だ

Түбөлүк  бакты  талаага.

トゥボルク バクトゥ タラーガ

いつも 畑で 幸福を見つける

(1932年作)

 

 

 

 

Шамалга

シャマールガ

風に

Элте ң  менен  терезеден

エルテン メネン テレゼーデン

朝早く  窓から

Таза  абаны  желдеттим,

タザー アバヌ ジェルデッティム

清らかな 空気が やってきて

Таза  абадан  таза жутуп

タザー アバダン タザー ジュトゥプ

清らかな 空気から 清らかさを 呑み込んで

Көңлүмдү  дегдеттим.

コングルムドゥ ドゥグデッティム

心は 願いを呼び起こす

Ай!  Унуткам,  мени  ойготкон

アイ! ウヌットゥカム メニ オイゴトゥコン

ああ! 忘れていた、 以前私を 起こした

Шамалы  го  эмгектин!

シャマール ゴ エムゲクティン!

風は 私を 働かせるためだったのかな!

(1932年作)

 

 

無 題

 

Шаарымдын  бир  учунан  бир  учуна  карасам ..

シャールムドゥン ビル ウチュナン ビル ウチュナ カラサム

私の街で 一方から 反対側を 見る

Жаңы  түшкөң  тааныш  эмес,  жаңы  там..

ジャング トゥシコン タアヌシ エメス、 ジャングイ タム

新しく 建った 知らない 家が

Замандардан  замандарга  калкуучу,

ザマンダルダン ザマンダルガ カルクウチュ

過去の時の外で 長く 浮いている

Чөкпөй  турган  кораблдей  салынган.

チョクポイ トゥルガン コラブルデイ サルンガン

まるで沈まない 船のように 浮いている

 

Ал  тамдарда  жашагандар  ким  десе ң?

アル タムダルガ ジャシャルガンダル キム デセン?

そこに住んでいるのは 誰かと 思ったら

Менин  бир  боор  кыргыз  деген  үй-бүл өм!

メニン ビル ボオル クルグズ デゲン ウイブロム

私の兄弟たち キルギス人という 家族が 住んでいた

Жаш  калаага  турактуу  уул  болууга,

ジャシ カラアガ トゥラクトゥゥ ウウル ボルウガ

新しい町で 家を持つために 長い間 遊牧したが

Аз  жыл  болду  тоодон  к өчүп  келишкен.

アズ ジル ボルドゥ トオドン コチュプ ケリシケン

町に住んでから まだ時間は 経っていない

(1940年3月作)

 

上記作品をWalter  May訳詩(1995年)

 

My town from one end to the other I see-

New buildings, homes unknown, all new to me

As if, from out the depths of ages past

A new unsinkable ship had floated free.

 

And who lives in these homes, you’d ask me so?

My kith and kin, Kirghizians I know!

In this young town it’s settled sons they’ll be-

They came down from the mountains not long ago.

 

 

 

 

Менин Жылдызым

私の 星

 

Атамдын  досу  дешчу  эс—эс  билем,

父の友人を おぼろげに 覚えている

Аксакал  чоң  абышка  Касым  деген.

体格のいい カスムという 老人だった

Бир  түнү  койнуна  ороп  алып  чыгып

ある夜 私をコートに包み 抱いて 外に連れて行った

К өрс өтүп  бир  жылдызды  колу  менен.

星を 指さしながら あの星は お前の星だと言った

 

<Таанып  ал,  тээтиги  сеники,  уулум,

「覚えておきなさい あの星は お前の 星だ

Карачы  жаңЫлыгын,  сулуулугун.

見なさい、 立派で 美しい

Билип  жүр,  сен  батканда  кошо  батат,

忘れるな、 お前が死んだら 星も 死んでしまう

Сөзү  ушул  биздин  дагы  мурункунун! >

この言葉は 先祖の時代から 言われている」

 

 

Чоңойдум,  жигиттикке  күндөр  жетти

私は育って もう大人に なった

Ой  басты  тунжураган  эрте-кечти…

静かな 朝や夜 考えるようになった・・

Эрчишип  оюн-күлкү  мастык  менен

友達と 遊んだ 日々は

Эсимден  анын  баары  чыгып  кетти.

もうあまり 覚えて いない

 

 

Калп  эмес  ушул  күнгө  ошол  күнд өн,

嘘ではなく 今まで 過ぎた日

(Аныма  кээде  өзүмчө  ичтен  күлөм )

(時々 誰にも 見られないように 笑ってしまうが)

Көк  түстүү  кең  асмандын  барагынан

青い 広い空(天国)の あちこちで 探しても

Карайм  да  кайда  экенин  таппай  жүрөм.

どこにも 星は 見つからない

 

Ах,  чиркин,  да  бир  жолу  к өзг ө  түшс ө ,

ああ、 残念、 星が また見えたら

Эгерде  ай  кызганып,  күн  түртп өс ө ,

もし 月が 悲しまないで 太陽が 追い払わなければ

Жер  шарын  колгугума  кысып  алып,

私は 地球を 懐に抱いて

Мейманга  барар  элем  эки-үч  күнгө .

私の星に 何日か お客に 行きたい

 

Көрсөтүп  бир  тилектүү  жер  баласын..

夢を持っている 私のような 大地の子供がいると 星に見せて

Болгондо  биз  сыяктуу  эр  даанасын.

私たちの 一人に 似ていると 星がわかったら

Көп  турбай  кайра  түшүп  келер  элем,

長い時間 いなくても 帰って来たい

Таанытып  адилдиктин  заманасын.

地球には 公平な 人がいると 知らせてから

(1944年12月2日作)

 

 

 

 

 

 

 

 

キルギス詩人 オスモノフ 3

2018年 7月配信

キルギス詩人  アルクル・オスモノフ 3

以下は学校教科書に載っていたキルギス語の作品です。

キルギス語はソ連の関係からロシア文字を使っています。ロシア文字をご存知なら文字の通りに読めばいいです。ただしキルギス語は(ң )(ө)(ү)の3文字多くこれらは(Н)、( О)、( У)として読めば近いです。訳は大意が合っている程度とご理解ください。   (当初訳2003年ころ)

オスモノフ記念館がビシケクにあります。記念館と言ってもオスモノフが何年か住んでいた平屋の家ですがボコンバエバ・カリカキエバ通り交差点を少し南に入った所にあります。

 

Россия

ロシア

Эй,  Россия,  Россия,  Бир  боор  энем!

ロシア ロシアよ、産みの母よ!

Мен  өңдөүү  тоо  кушуна  койнуң  кенен.

私のような 山鳥にも あなたは 心が広い

Чын  сөздү  туура  айтуудан  таймана  албайм,

真実を言うことは 怖くない

Биз  элбиз,  биз  кишибиз — сени  менен.

あなたと一緒だから 私たちには 国があり 人として生きていると

小8教科書より

1945年1月コイサル(イシククリ)にて作

 

Комуз

コムス

Үч  буроо,  жалгыз  тээк,  уч  кыл  комуз,

3個の調弦つまみ、1個の調弦台座、弦3本のコムス

Чертилбейт,  күүгө  келбейт,  чебер  колсуз,

弾く能力がないと 弾けない 調子はずれ

ОпоҢой,  көргөн  көзгө  жөпжөнөкөй,

ただ見ただけでは とても簡単に見える

Бирок  да  өнөрү  бар  айтып  болгус.

しかし、技術は必要ということだ

 

Кылымдан  кылым  самап  көксөй–көксөй,

人々は 時代ごとに 良くなることを 平穏な日々を

Жыргалдуу  биздин  ушул  күндү  көздөй,

この時代も そうなるように 願い続ける

Бул  комуз  көп  сырларды  кечип  келген,

このコムスは いろいろ不思議なことが起こった

Эли  да  комузундай  жөпжөнөкөй.

キルギスの 人々は コムスを楽に弾く

小8教科書より

1946年11月チョルポン・アタにて作

 

 

Күн  белгилери

曜日の意味

Уламышта  ар  күндүн  өзүнчө  белгиси  бар,  алар

мындай  айтылат,

曜日にはそれぞれ 次のような 意味があると 伝えられている

Ишемби —иштин  башы(жолго көбүнчө  ишембиде

аттанат,  бир  чоң  уста устачылык  ишти  да  ушул  күндө  баштаган )

土曜日― 仕事の始まり (土曜日に 道の大部分が 始まる。ある名工が

この日から 仕事を始めたという。)

Жекшемби— жетүүчү  күн  “Жекшембиде  жетемин

“ дейт.

日曜日― 成功する日“日曜日が 始まり”という

Дүйшөмбү—дүйнөнүн  бүткөн  күнү

月曜日― 世界が 終わる日

Шейшемби—жалыгыздын  күн,  ата—енеден

жалгыз  болгон  жигит  бул

火曜日― 孤独の日。両親がない若者が この日に

күнү  жолго  чыкпаса  болот  дешкен

外に出てもいい と言われる

Шаршемби—жеңил  күн

水曜日― 楽な日

Бейшемби—берекенин  күнү

木曜日― 幸運の日

Жума—оор  күн

金曜日― 困難な日

小10教科書より

 

Арча

アルチャ

Алыскы  кар  чүмкөлгөн  түндүк  жакта,

遠く北側に 雪が積もった

Жапжалгыз  өстүп  турат  жапайы  арча.

たった一本で 生えている 山のアルチャよ

Мончоктой  кар  оронгон  бутактары

ビーズのような 雪が 木々に巻きつく

Үргүлөп  көзү  илинет  анда—санда.

もうろうとした目に 時にひっかかる

Түшүндө: көз  көрбөгөн  ээн  жакта,

冬 見たことがない 方向に

Ойготкон  алтын  күндү,  күн  чыгышта,

よく晴れた日に 日が東に出て

Бир  курма  кең  жайылып  өсүп  турат

一本のやしが 広く 根を張っていた

Жапжалгыз,  ал  да  убайым,  ал  да  капа.

たった一本でいて 怖いだろう 悲しいだろう

(アルチャは木の種類です。)

小10教科書より

キルギス詩人 オスモノフ 2

(2018年5月配信)

キルギス詩人 アルクル・オスモノフ 2

以下はキルギス語による作品です。作品を探していたら学校教科書に載っていたのを見つけて訳したものです。

(当初訳2003年ころ、2018年4月修正追加)

Китепти  сүй

本を大切に

 

Китепти  сүй,  баркын  бил,

本を大切にして 親しみなさい

Китептин  көп  акылы.

本の知恵は多い

Ким  китепке  дос  болсо,

本と友だちになった人は

Ал — ошонун  жакыны.

本の身近にいられる

 

Сүттөй  таза  тилеги,

ミルクのように 本の願いは純粋で

Деңиздей  кең  талабы.

海のように 本の望みは広く深い

Көктөй  тунук  акыйкат,

空のように きれいな真実が

Анын  ар  бир  барагы.

それぞれのページにある

 

Ошондуктан  баркын  бил,

だから 本を大切に

Кирдебесин  бир  чеги,       .

少しも汚さないで

Сыя  төгүп  булгабай,

インクをこぼさないで

Жакшы  сакта  китепти.

大切に 守りなさい

小7教科書より

 

次の詩は、書き出しの一節が200ソム札(オスモノフが描かれている)に出ています。筆記体なので読みにくいですがよく知られている作品です。(詩 Женишбек(勝利)の冒頭部分)

Ысык—Көл

イシククリ湖

Ысык—Көл  кээде  жымжырт,  кээде  толкун,

イシククリ湖は 時に鏡のように静かに 時に波立つ

Толкуса  толкунуна  тең  ортокмун.

波立てば 私の心も騒ぐ

Турмушта  канча  курдаш  күтсөм  дагы,

人生で どれだけ友だちがいても

Бир  сырлуу  мындай  жолдош  күткөн  жокмун.

あなたのような 不思議な魅力の友は いなかった

 

Ысык—көл  кээде  тынч  да,  кээде  толкун,

イシククリ湖は 時に静かで 時に波立つ

Жарга  уруп,  жаркылдаткан  жаштук  отын.

岩に波が打ちつけ その力を若い人に与える

Турмушта  канча  курдаш  күткөм  дагы.

人生で どれだけ友だちがいても

Бир  кыял  мындай  курдаш  күткөн  жокмун.

いつも変わらずにいる 友はいなかった

小10教科書より

詩 Женишбек(勝利)の書き出し  1945年 コイサルにて作

 

Walter  May による上記部分の英訳(1995年)

Issik-Kul  some times  is  calm,  some  not,

When  its  waves  beat  wild  their  mood  I  share.

Thinking  of  all  the  friends  in  life  I’ve  got,

With  such  a  secret  character,  none  is  there.

 

Issik-Kul  some times  is  calm  some  not,

Beating  on  the  rock,  youth’s  sparks  gleam  yet.

Thinking  of  all  my  friends and  they’re  a  lot,

With  such  a  wilful  character  none  I’ve  met.

 

Михаил  Синельников による上記部分のロシア語訳(2013年)

Иссык-Куль  то  притихнет,  то  грянет  волной,

То  взволнует  меня,  то  обдаст  тишиной.

Сколько  в  жизни  своей  ни  имел  я  друзей,

Всё  же  друга  прямей  не  нашел  под  луной.

 

Иссык-Куль  то  замрет,  то  ударит  волной,

И  обрушит  на  берег  огонь  молодой.

Сколько  в  жизни  своей  ни  имел  я  друзей,

Всё  же  друга  верней  не  нашел  под  луной.