カルチャーショック 第 2部 5

キルギスのカルチャーショック第2部 5          2018年2月

第2部も頑張ってシリーズが増えてきました。

今年の冬は何十年振りかの寒さでした。暖かくなったとはいえまだ雪は降ります。ご用心。

 

1.灰色の町がカラフルに

今のビシケクやオシュの町を見ているとわかりませんが私が来た頃町は灰色にくすんでいま

した。走っている車はソ連製とアウディなどドイツ製、ニッサンなどの中古日本車でした。

夜になると町は真っ暗で歩道を歩くのも大変。道が崩れたりマンホールの蓋がなかったりす

るので下を向いて歩きました。2005年のクーデター辺りから町は少しずつ明かりと色が

増えました。しかしドギツイ色もありますね。

 

2.市役所の方から来た詐欺師

知り合いのキルギス人の話です。市内の電信柱やバス停などに求人、仕事斡旋などの紙を糊

で貼ってあり、バス停の広告が見えなくなるほど多いですがその関係の詐欺事件。

知り合いが開催する講座の貼り紙を読んで市役所の方から来たと言う2人連れが来ました。

市役所で貼り紙を失くす活動をしているので新聞、テレビで知らせるから費用を出してくれ

と言ったそうです。2人の事務所に電話したら人がいたので金を渡したと。聞いたら結構な

金額でした。しかし新聞にもテレビにも宣伝が流れることはなかったとか。

市役所でそんな活動をするのかがまず問題だし確認は事務所ではなく市役所に電話しなけれ

ばだめなのに。だんだんこの手の詐欺が増えてくるのでしょうね。日本でも市役所の方から

来たと言って消火器を売りつける商売がありました。

 

3.キルギスの医者は算術家

キルギスの医者は金儲けのため患者を食い物にする俗物と化しています。給料が安いので患

者から取るしかないのです。

病院に入院したら患者の家族は食事の用意をし交代で24時間付き添いますが担当の医者や

看護婦に付け届けの金を渡さないと碌に診てくれません。

外科関係の医者はやたら手術をしろと迫ります。手術をすれば自分に金が入るからで病気が

改善されるからではないのです。

産婦人科では出産後3日で次の産婦を入れるため病院を追い出されます。もちろん次の産婦

から金を取るためです。さらに切開手術をやたら勧めます。9か月を過ぎたらもう出産が遅

いとかいい加減な理由をつけて。一度手術すると次の時もしないといけないので一粒で二

度おいしいことになります。

4.ビシケク・イシククリ汽車の旅

ビシケクからイシククリ湖のバルクチまで汽車が出ています。単線でディーゼル車、時間が

かかる、空調がないので夏は暑い、というのでまだ乗ったことがないです。とにかく一度乗

ってみようと駅で聞いたら冬は運行がなく5月からで1日1往復、料金は片道40ソムとか。

実はこの鉄道敷設には日本人が大きく関係しています。終戦後抑留者としてソ連各地に配属

された日本兵がキルギスにも来て建設に関わったのです。

終戦後、戦勝国の日本分割統治を主張するロシアに日本兵の労働力を提供するという密約を

示しました。戦争で数千万の若年労働者を失っていたロシアはこの密約を受け入れ日本兵の

抑留が行われました。

キルギスへの抑留者は鉄道だけではなくイシククリ湖東南のタムガ保養所建設と近くの製材

工場作業、ビシケクのオペラバレー劇場などにも関わっています。

鉄道敷設中に亡くなった方も多いでしょう。線路脇の土地にある土盛は名も知れず亡くなっ

た方の墓かもしれません。鉄道線路を見たらそんな思いを馳せてほしいです。

 

5.キルギス大統領考

ビシケクでスカーフをかぶった女性のイスラム風俗が見られます。今は結構増えましたが2

005年の第1回クーデター前は全然見ませんでした。 クーデターを起こし第2代大統領に

就いたのは西のオシュ州出身の議員だったのでクーデターに参加した人たちがビシケクに住

み始めた結果でしょう。オシュ州はウズベクに国境を接する地区でイスラムの戒律がビシケ

クより厳しいです。家でパーティーなどがある時も女性は男性と同席を許されないのです。

イスラム教は女性蔑視の宗教ですね。

 

6.小学生もピアス、マニキュア

私が顔を出している学校では女生徒たちは皆ピアス、マニキュアをしています。赤ちゃんで

ピアスをしているのを見たことがありますからしないといけないのかも。昔教えていた小学

生はマスカラもしてました。学校では禁止になってるでしょうけど監視が緩やかだから放任

状態です。日本だったら学校がパニックになります。

 

7.ドルの交換レートが違っていた

ずっと前は50ドル以上とそれより下の少額ドル札で交換レートが15%以上違っていまし

た。今どうなのか知りません。1998年には日本から持ってきたトラベラーズチェック

(小切手式引出し)が一般の銀行ではできなくて焦りました。チュイ通りの国立銀行に行き

やっと交換できました。

 

8.キルギス人は偏食家

キルギス人の食事品目が5つしかないのは前に書きました。当然食材も決まったものだけ。

野菜はジャガイモ、ニンジン後はキュウリ、トマトくらい。キャベツもキノコ類も食べま

せん。調味料は塩だけでコショウも使わない。もちろんしょう油、ごま油など見たこともな

いです。

キルギスの料理番組を見ると野菜を切って皿に盛り、茹でたジャガイモか焼いたソーセージ

を添える程度で何も参考になりません。

 

9.テレビで啓蒙しても

何年も前、国際機関の関係でしょうかテレビで啓蒙宣伝を流していました。2パターンあっ

て、警察官が交通違反車を捕まえたが賄賂を受け取り見逃した。その車で自分の子供が事故

に遭い死んでしまう、というのが一つ。もう一つは医科大学で賄賂を払って卒業した外科医

がミスで患者を死なせてしまう、というものでした。

しかしこれを見て考えを変えるキルギス人はいませんね。自分の子供が死んだにしても賄賂

の受取を止めようとは考えない。患者を死なせてもなんとも思わない、自分の責任ではない

と言い張ります。責任感がない、追及されれば逃げるのがキルギス人の特徴です。

キルギス人は日本人は兄弟だと言いますが兄弟にしても異母兄弟、生活環境が違うし性格な

どは全く別でしょう。

 

10.最初のカルチャーショック

キルギス最初のショックは警察官に賄賂を要求されたことだと第1部に書きました。

パスポートを大学に預けたままモス・ソビエト通りを歩いていたら呼び止められパスポート

がないと言ったら詰め所に連行。見逃してやるからと賄賂を要求されました。持っていない

のは私の落ち度、外国だと言う意識が希薄だったことは確かですが。

今でも外国人から小遣いを稼ごうと狙っていますから来たばかりの方、要注意です。日本と

は違いますから。

 

11.昔、床屋で

昔アパート近くにある床屋に行ったときのこと。髪を切りながら女性理容師が仲間とキルギ

ス語で話していました。何となく聞いていると、自分の親戚かどこかに行った後そこにいた

青年が私の名前などいろいろを聞いていたらしいわ、という内容でした。思わず笑ってしま

ったら、え!わかるの?と言うので少しわかるよと。あなたは良い娘だから青年は気になっ

てしまったんだと言っときました。

 

12.祝日が2日増えた

今日2月23日はロシア革命の赤軍結成日、祖国防衛の日で祝日です。私が来た時この日は

祝日ではなく「男の日」と呼ばれていて女性から男性にお祝いのカードなどを送る行事でし

た。祝日になったのは2010年第2回目クーデターの後だと思います。それと11月7日

の10月革命記念日は2005年第1回クーデターの後から始まったはずです。

他に第1回クーデターの後は夏時間を廃止、通年同じ時間帯にしました。ロシアはまだ夏時

間を採用しているので時差は3月から10月は2時間、後は3時間になります。

夏時間は日本にないので腕時計を始め持っている時計の時刻を変えるのは一苦労でした。夏

時間になった次の日待ち合わせ時刻を間違えたこともあります。

 

13.日本語話者

キルギスは親日国なので私が来た時から日本語学習者は多かったです。日本語クラスがある

ビシケクの高等教育機関は5大学と日本センター、中等教育も何校かありオシュやナリンに

も高等教育機関があります。

不思議なもので学習者の性格により使う日本語の違いが出てきます。攻撃的な性格はなぜか

攻撃的な言葉や話し方になります。本人は普通に話しているつもりでしょうが知っている教

師は攻撃的な話し方で聞いていてムカムカします。他の教師の日本語はそうではないのでや

はり性格でしょう。これは注意しても直りません。さて、私が話すキルギス語は攻撃的?

 

14.重曹を見つけた

来たばかりの頃、気分転換に手打ちうどん、ラーメンなど作りました。うどんはできたもの

のラーメンの麺はブツブツに切れ食べられませんでした。以前「かん水」が嫌なので使わず

卵だけで仕込んだのが失敗した原因と最近わかりました。重曹(重炭酸ソーダ)かベーキン

グパウダーでもできるとか。この材料で作った手打ち麺はしこしこで美味しかったです。

昔、重曹を探して「ソーダ」と書いてあるのを見ましたがどう見ても台所洗浄用にしか思え

ない箱デザインだったのでパス。今回これが食用重曹だと判明。20年近く洗剤と思い込ん

でいたわけで20年前と同じ箱デザインはいい加減変えてほしいです。

 

15.日本語がわからない

これはキルギスの話題ではないですが日本の新しい本やインターネットを見ているとわから

ない日本語が出てきて調べます。外来語を日本語に取り込む日本人の得意技で作られたり社

会現象でできたりしています。

例えば「ハグ(する)」「スルー(する)」、「ツンデレ」「ドキュン((DQN)」「神

対応」など。日本にいればわかるでしょうが私の方は浦島太郎状態。いつの時代もこんな風

に言葉ができているんだと実感しています。昔は何百年もかかって広まっていたのに今は

あっという間です。消えていく言葉もあっという間でしょうけど。

16.キルギス人は自分の意見を言わない

キルギス人に何か相談すると自分で決めてくださいと言います。こちらがわからない、決め

られないから聞いているのに。しかし、相談した内容はなぜか覚えていてこうした方が良か

ったとか後で言います。何人かのキルギス人が同じ対応だったのでもう相談しません。

 

17.日本は特殊な国

インターネットに日本を訪問した外国人が町はきれい、秩序がある、人は親切、礼儀正しい、

ので驚いたと出ています。日本人なら当たり前と思っていることが別世界なのです。私も日

本とキルギスを比べてカルチャーショックでしたが日本は特殊、日本と外国を比べてはいけ

ないと気が付き、前にも書きました。

キルギスでは日本式を忘れないといけません。嘘を言わない、約束を守る、人を騙さない、

など実行している人は少ないですから。

(キルギスのカルチャ―ショック第2部 6 に続く)

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