カルチャーショック 第 2部 2

キルギスのカルチャーショック  第2部その2  2016年2月~17年11月

第2部その1は、書き疲れと私の引越しがあって半年かかりました。今回はどうでしょうか。

 

(2017年10月記入)去年6月にロシアへ引っ越して働く予定でしたがビザ手続きの関係でドタキャンしました。このことは以下に書きました。

ロシアのカルチャーショックになるはずだったこの記事ですが引き続きキルギス編になります。

このシリーズは日本にいる知人に知らせるという視点で書いているので個人的内容が多いです。

 

1.8年ぶりの引越し その3

最初のころ引越しを止めようと考えていました。まだ学生がいて引っ越し準備をしている

のを見たとき荷物がごちゃごちゃしてアパートがずいぶん小さく、3畳間くらいに見えたの

に加えて他の理由もあります。

それは1階の部屋でしかも番号が42号室だったことです。1階の部屋は危ないからそれま

で15年間一度も住んだことはありませんでした。42号室というのも日本人には嫌ですね

とはいえ背に腹は替えられず家賃の安さに負けて引っ越しました。

引越して早々風呂場の天井から2度も水が漏れてきました。大学の管理人に来てもらったの

ですがその後修理など何の作業もありません。今まで何回もあったのでしょう。天井に亀裂

が入っています。台所の排水が悪く水を多く流すとパイプから水が漏れてきます。風呂場の

配水管が古くいつも水漏れしています。これらが玄関の方に流れ床板が腐ってぶかぶかして

いる訳です。これも直す気はないようです。

 

2.学校の教室に自費でサッシを

第一寄宿学校という地方からの生徒を受け入れ生活させる寮がある学校に顔を出しています。

地方からの生徒は親が外国に働きに出たり離婚したりして教育に問題がある子供です。

ここに顔を出したのはもう5年ほど前、校長を知っている知人の紹介でビザを取得しようと

したのがきっかけでした。しかし学校に外国人教師はいないのでビザ手続きをやってくれま

せん。必要書類をもらって知人と手続きを始めましたが大変。途中でさじを投げました。

ちょうど別の知り合いの会社でビザを取ることになり救われました。

ビザは関係なくなったのですが顔を出しているうちに学生と違う生徒の反応が面白くなりま

した。それまでは学生に教えていたので生徒の反応が新鮮だったのです。以来、時間を見つ

けて授業に顔を出しています。

さて校舎の2階に日本語教室があり生徒が授業にやってきます。しかし古い木造校舎なので

ガラス戸に隙間があり冬は風が入って生徒は震えています。隙間を埋めようとゴム製テープ

を貼ったり木枠を削ったりしましたが効果は見られません。隣のアラブ語教室は卒業生の父

兄などが金を出し合って窓をサッシに変えたと聞きました。学校がそのうちにサッシにする

だろうと思っていましたが一向にその気配はありません。

それで去年12月、私費でサッシに替えました。まずサッシの業者を探しにタータンという

中国バザールに出かけ、たまたま見つけた工房に頼みました。前金を払って数日後に取り付

け、工事は1日で終了とはさすが専門職人です。

次はカーテンを注文し1週間後職人に取り付けてもらいました。風が入らないので暖かくな

りました。これで生徒がしっかり勉強してくれるといいですが、どうなるでしょう。

 

3.ミニバスは何台

市内を網の目のような路線で走っているマイクロバス。大型バスではないしタクシーでも

ない。ミニバスとでも呼んだほうがいいでしょう。系統番号が100番から始まって101、

102・・と連続して付いています。100番と101番は反対周り、113番と114番、

213番と214番も反対周りです。

市内を走るのは200番台までで例外はあるものの300番台、400番台は長距離です。

仮に100番から299番まで市内バスとして一つの番号あたり20台はあるでしょう。単

純に計算すると4000台くらい市内を走っていることになります。

必要なところに行く系統番号を覚えておくと何かと便利です。しかし番号の横に書いてある

行先は通る順番ではないので困ります。書いてあるので乗ると反対周りでとんでもなく遠

くなったりするので聞いてから乗ります。

立つと頭が天井に着きそうな相当古いバスも多くこれは40年かもっと前の製造かと。

 

4.塩漬けニシン

キルギスに来たばかりのころ、日本では毎日刺身を食べていたのにキルギスは内陸なので

海の魚を食べられない。売っているのは川魚を燻製にしたものくらいです。それで欲求不

満でストレスになりました。そんな時、ある日本人の方から塩漬けニシンを塩出しして切

ると刺身風になると教えられました。塩漬けニシンはどこでも売っています。早速やって

みたら確かに刺身風。ストレスが少し減りました。

今では冷凍マグロなど売っていますが当時は影も形もありません。冷凍シシャモを3枚に

下ろして酢漬けにしたり生魚を食べるように色々やりました。郷に入れば郷にで、そこに

あるもので工夫するしかないのです。

 

5.ソ連時代は人間不信

大学で授業をやっているか検査に来る人がいます。今の大学でも前にいた大学でもそうで

した。学生の試験を予定通りやっているかも検査に来ます。ソ連時代にロシア人、キルギ

ス人は授業をしないことがよくあったのでは。日本では考えられないシステムです。人間

不信というより人間が不真面目だったわけです。

 

6.キルギス人は突然行方不明に

キルギスに来たばかりの頃大学でのことです。日本に招待されるプログラムで行き何ヶ月か

して帰ってきた学生は夏休みということもあって家族で出かけました。いつも一緒にいた

同級生が探して私に聞いたのでいないのがわかったのです。あんなにいつも一緒にいたのに

言わずに行ってしまったのかと驚きました。後で聞いたら東にある湖に家族で出かけていま

した。こんな調子で外国に行くにも連絡なしというのはよくあります。

7.キルギス人は突然行方不明に  その2

あるキルギス人が故郷で公共事業の請負を始めました。学校の校舎建設ですが故郷なので

工事業者は知り合いだからとビシケクにいて現場を見に行きませんでした。その結果、業者

は工事材料を横流したので設計よりずっと少ない材料で施工、完成検査がパスしません。

検査が通るようあちこち賄賂を払っているうちに払う相手がどんどん増えていきました。

みんな賄賂を欲しいですから。結局賄賂も尽きて裁判になりましたがその前に工事業者、

会計責任者は海外へ逃亡。逃げ足は速いです。2回のクーデターで2人の大統領が家族を

連れてロシア、ヨーロッパに逃亡しました。国家財産を盗っていったので生活は安定して

いることでしょう。

以前に書きましたが借金の返済を迫られてアパートの電話を切って雲隠れした人がいました。

何年かして町でばったり会いましたがこういう風にキルギス人は状況が悪くなると逃亡する

のが普通です。これは日本人も同じですけど。

 

8.朝8時から、昼12時からの授業

学校もそうですが大学も授業は朝8時始まり、冬は寒くて大変です。それに昼休みがなく

12時からの授業があります。学生も先生も忙しい、少しの時間を見つけて食べたり飲ん

だりしないと疲れます。

9.ある法則

よく買いに行っているバザールの肉売り場で割引してくれました。え!と思ったら、私が

買うと品がよく売れるからと言われました。へーそうなんだ!しかし、お客さんはたくさん

来るだろうから私がというのは当たっているのかな。そうだとしても私と売れ行きの関係

に気がつくまでだいぶ時間がかかったでしょう。買いに行くと喜ぶのでこちらも嬉しいです。

9-1.ある法則その2

もうひとつの法則は、床屋に行こうとすると雨や雪が降って急に寒くなることです。今月(3月)もそうです。暑いくらいの日が続いていたのでじゃあと思ったら雨が降り寒くなり

ました。

 

10.ロシアに引越し

大学の教え子から翻訳の仕事を手伝ってほしいと正月にメールが来ました。私が行かなけれ

ば誰か紹介してほしいようです。アパートは向こうで用意し光熱水費も持つというので好条

件ですがこの申し出をしばらく考えました。豆腐、納豆の営業を中止することになるし、知

人や学生ともお別れとなる。

しかし受けることにして返事をしました。ビザで毎年頭を悩ましていて特に去年は大学が

ビザ手続きを間に合わせなかったので罰金を払う結果になった。あんなに早くから言って

あったのにどうして罰金か、と精神的におかしくなって1ヶ月以上ヒゲを剃らなかった。

それに去年引越しの後の疲れが取れず休んだりして疲れが先行するようになっているので

ちょうど潮時かと判断しました。

4月末で休業し5月に引越し準備、ビザが切れる6月9日前にロシアに行くと予定を

たてました。

11.今年は春が早い

2月下旬に気温20度から25度になったので3月になったら草や樹の新芽が伸びだして

います。いつもより1ヶ月以上早い春です。今日(3月11日)見たらタンポポが花を咲

かせています。スミレの花も見ました。

 

12.緑色の豆腐、納豆があった

もうありませんが中国スーパーのゴインに緑色の大豆がありました。いつも大豆を買ってい

たのにそれが大豆とは気が付きませんでした。店の人が大豆だというので買ってきて豆腐、

納豆を作ったらできました。豆腐は味が濃くゴマ豆腐のよう、納豆も粘りが強いものの味で

お客さんの好き嫌いが分かれました。

好きになったお客さんからは毎週ほしいとの注文。何年かして緑大豆が姿を消し緑豆腐、納

豆も終わりました。

13. ロシア行きは中止に                 (2017年10月記載)

去年ロシアへ行く予定でしたがトラブル続きでビザ手続きが進まずドタキャンしました。

まず、ロシアビザ申請はインターネットを使って行うことをロシアから知らせて寄越さなか

ったこと。ロシア大使館で申請書に書けばいいと思ったらだめで帰されました。次に観光

業者の証明をEメールで送って来て元を送らなかったこと。ロシア大使館でまただめと言わ

れ帰りました。元をビシケクに送るのに1週間以上かかりました。日本のロシア大使館を調

べたら元は必要なかったと弁解していましたがこれで手続きが2週間以上遅れました。

さあこれでという時に何とロシア首相がビシケク訪問、ロシア大使館のビザ担当部局はそち

らに動員され窓口は1週間閉鎖。首相の訪問は何か月も前から決まっていたでしょうがちょ

うど私のビザ申請とかち合うとは。

これほどトラブルが起きるのはロシアに行くなということと判断し中止しました。無理に行

くとさらに悪いことが起こるのは経験上あります。

ロシア行きの話は、豆腐納豆の製造販売にかなり疲れていたので仕事を中止するきっかけを

運命の神様が用意してくれたのだと思いました。休業したいが待っているお客様がいるので

なかなか踏ん切りがつけられなく時期を延ばしていたのは確かです。

 

14.ロシアのテレビ番組が2局で同じだった      (以下2017年11月記載)

何年も前ですがロシアのテレビ番組で別の放送局が同じ趣向の番組を放送したことがありま

す。俳優や歌手など有名人が男女ペアでスケート演技をして審査員が得点評価するもので放

送開始した時期もほとんど同じ。第一放送局とロシア放送局という2大放送局でぶつかりま

した。

最初面白い趣向だと思って別の放送局を見たら、あれ!同じのをやってる!両局の話し合い

で趣旨や内容を異ならせるという説明になったと思いましたがほとんど同じでした。

 

15.中国海苔は袋の表示より少ない

中国スーパーのゴインやバザールで中国製海苔を売っています。袋には全型10枚入りと書

いてありますが実は7枚しか入っていません。ゴインの売り場責任者に違っていると言った

らその人も承知していました。販売元かどこかに文句を言ったらしいですが改善されないま

まだそうです。

数の違いに気が付いて何年も経ちますがまだそのまま。製造会社は変更する方法を知らない

かできないのでしょう。

 

17.キルギスの地震震度は

キルギスでも地震があり西のオシュ地方ではよく被害のニュースがあります。地震の程度を

表す震度がどの位なのかよくわかりません。ニュースで言う単位は「バール」で9や10ま

たはそれ以上の数字を言います。日本の震度は地震の規模ではないので換算はできませんが

マグニチュードとの関係はどうなっているのか調べてみたいです。

18.今時手書きか

大学の雇用契約の申請書は手書きです。宛名から申請文書まで全部手書き。このコンピュー

ターの時代に手書きとは・・日本ではサインをするだけだと文句を言ってもこういう制度だ

からと聞いてくれません。2枚書いたら手と神経が疲れて汗をかきました。それとボールペ

ンは青色で書け、黒はだめと言います。コピーした時見えにくくなると言ってもだめでした。

 

19.キルギス初の歩道橋

何か月か前、アラミジンバザールとマディーナバザールに歩道橋を造り始めました。アラミ

ジンバザールの方はもう利用できています。何とエレベーター付きですがエレベーターはま

だ使えないようです。キルギスで初めての歩道橋は日本のODAなのでしょうか。歩道橋は

日本にしかないでしょうから。

 

20.国旗掲揚台に兵士がいない

アラトー広場の国旗掲揚台には昼間二人の兵士が立っていました。2代目バキエフ大統領の

クーデター後間もなく(2005年辺り)に始まりました。すぐ後ろの博物館に詰め所があ

ってそこから兵士が交代で出てきます。何か月か前に気が付いたのですが今は兵士が立って

いません。博物館周辺を工事するためでもないようだしもう止めたのか?

 

21.狂犬病に注意

今年8月初め知り合いの飼い犬に足を噛まれ皮膚が何センチか切れました。野良犬ではない

ので狂犬病はないかもしれないですが危険なのでマナス・トクトグラ通りにある病院に行き

ワクチンを打ちました。皮膚の縫合手術をしてほしいと伝えたら犬に噛まれた時は縫わない

と言われ疑問に思いながらも承知しました。狂犬病の菌は酸素に弱いので縫合しないのが正

しいと後で知りました。

1カ月ほど同じ病院に包帯を交換に通いましたがどうも処置が不安になり病院を替えました。

次の病院で医者は犬の菌が体に入っているかもしれないからすぐ点滴をしろとの指示。前の

病院では簡単な消毒をしていただけでした。抗生物質を5日間点滴してから傷の治療に入り

ました。病院を替えて良かったです。前の病院では診療科が違っていて擦り傷などの所だっ

た。ここは違うと医者は何も言わなかったですが。9月下旬にやっと病院通いが終了。しか

しまだ傷跡が残っています。

犬は好きなので噛まれるなど生まれて初めて、噛まれて痛いよりどうして?とびっくりしま

した。病院の点滴も初めてで貧血症状にも初めてなり初めての経験が多い出来事でした。

 

22.預託金(デポジット)はキルギスでは無理

納豆、豆腐の集金では何年か前から預託金でいくらか頂いています。最初はその都度払いで

したが会えない場合が続いたりしたのでこの方法にしました。これをキルギス人のお客さん

に説明してもどうも受入れてもらえません。注文終了の場合は清算するといってもだめ。

キルギスで先に金を払えば何があってもいろいろ理由をつけられて戻ってこないのが普通な

ので無理もありませんが。

私の経験では長距離タクシーで先に言われた料金を払ったら目的地のだいぶ手前で降ろされ

タクシーが帰ってしまったことがあります。私もキルギス人相手に先に払うことはしません

が日本人相手には大丈夫と思いますがね・・・キルギス人の皆さん。

 

23.キルギス大統領考

今日11月24日はジェーンベコフ新大統領の就任式でテレビ放送していました。独立後第

5代目の大統領になります。ソ連崩壊後にソ連の構成国は共産党第一書記が横滑りで大統領

に就任しています。しかしキルギスは第一書記ではなく別の人物を選びました。その理由は

第一書記が高齢であったため就任できなかったからと聞いています。

初代大統領のアカーエフは化学者で当時科学アカデミー総裁、有力な部族の出身であったこ

ともあり選ばれたわけです。しかし政治的には無能で政策はなく親族などを仕事しなくても

給料だけを得る国や地方の職に就けただけでした。

これを見て俺も儲けようとクーデター(2005年3月)で大統領を追放し2代目大統領に

就いたのがバキーエフでした。政策で工場などを創設させるといって経済が上向いてきたの

は確かです。しかし私腹を肥やす方が忙しかったようで現大統領アタンバエフのクーデター(2010年4月)で追放されました。

追放劇の最中、バキーエフの息子?は国庫から3億ドルを横領して国際手配され現在イギリ

スで公判中です。クーデターではアカーエフ側がいきなり発砲し500名以上の死傷者を出

し、配達で近くを通った私も撃たれていたかもしれなかったと以前書きました。

クーデター後、暫定で1年半ほど女性のローザ大統領(第3代)が就任し、その後の選挙で

4代目大統領にアタンバエフが就任しました(2011年)。今年10月の選挙は平穏の内

に行われジェーンベコフが選ばれました。対立候補のババーノフが選ばれなくて良かった。

彼は実業家で国家を食い物にするバキーエフの系統と思います。

テレビで見ると今日の就任式は迎賓館であったようです。

 

24.バザール経済

ビシケクから西へ車で30~40分の所に車の大規模販売所(バザール)があり今はアザマ

ットという名称です。車を売りたい人は入場料を払い車を持ち込み、買いたい人と直接交渉

します。個人で自分の車だけを売る人、輸入した車を商売で売る人などがいます。その都度

持ち込んでもいいし長期で同じ場所に置くこともできます。ただし保管警備料を払わないと

いけません。

バザールがある場所はソ連時代農場で、独立当時共産党青年組織の代表だった人が譲り受け

バザールを始めたようです。その名称が変わったのは最初の所有者が銃で殺され所有者が交

代したからです。新しい所有者は先の大統領選に立候補したババーノフだと聞きましたがど

うなんでしょうか。

ビシケクの北にあるドルドイバザールも大規模バザールで年々広がっています。ビシケク市

内にデパートを建て、サッカーチームを創りオーナーは幅広く活動しています。キルギスマ

フィアに殺されないよう対策していることでしょう。

 

25.子供の通学

キルギスでは生徒の通学に毎日家族や親せきが送り迎えします。どうしてでしょう?日本に

いるとわからないですが誘拐がよくあるからです。世界的には誘拐があるのは普通で日本ほ

ど安全な国はないのです。誘拐されて外国に臓器を売られると言う話を聞いたりしますが怖

いですね。

(第2部そのⅢに続く)

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