カルチャーショック 第 1部 6

キルギスのカルチャーショック Ⅵ    2015年2月

このシリーズはキルギスでのカルチャーショックとして書き始めましたが別の内容が多くなっています。キルギス情報として読んでください。

つれづれなるままにひぐらし こころにうつりゆくよしなしごとを そこはかとなくかきつくれば あやしゅうこそものぐるをしけれ の心境です。

 

1.ルーブルが下がってソムも下がった

去年8月はキルギス通貨のソムは1ドル51~52ソムでした。それが9月に53~54ソムと動き始め、1月になったら60ソム台に今は61ソム台です。ロシアルーブルと連動していてルーブルが下がった結果です。

ドルの両替にはソムが増えていいですが、流通商品はほとんど輸入なので物価が

上がりました。

 

2.硬貨は嫌い

7,8年前、通貨に1、3、5、10ソムの硬貨が登場し、2,3年前までにすっかり紙幣に取って代わりました。それまであった1,5,10ソムの紙幣は探すのも大変なくらいです。同じ時期に20、50、100、200、500、1000ソムの紙幣は少し小ぶりに新しくなりました。

不便なのは硬貨の大きさ、色、形がほとんど同じこと。10ソムは少し大きくて8角形ですが1ソムと3ソムは数字が刻印されていてもほとんどわからない。色は全部日本の1円玉の色なので困ります。安く作るためにこうなったか大臣が賄賂を受け取ってこうなったかは不明です。紙幣の方が良かったのに、財布がジャラジャラして硬貨は嫌いです。

不思議なのはソムの下の補助通貨トゥイィンも紙幣から硬貨になって使われているのです。といっても一般的ではなく郵便局の支払いや銀行の両替に使われるくらいですが。日本で言えば1銭、2銭の単位です。15年前は紙幣で使われていたもののもう消えてしまったと思っていました。

 

3.通りにゴミ箱が増えた

ここ1,2年でしょうか町の歩道沿いに小型のゴミ箱が増えました。ゴミを道に捨てるのは日本もキルギスも同じ。ゴミ箱はどこのバス停にもあるし商店の前には自分たちで用意した箱が置いてあります。これで町がきれいになればうれしいです。しかし捨てられるタバコとひまわりの種は減りそうもないです。

 

4.大型乾燥機

台所が狭いため暑くなるので換気扇を買いました。通り側の窓に外向き送風にしたら効果なく、内向きにしたらガスの炎が消えそう。少し考えて風呂側の窓ガラスをはずして枠に置いたら今度は良かった。しばらくして風呂側に乾燥した風が送られるので乾燥機代わりになると気がつきました。伸縮棒に洗濯物をかけて送風して風呂場は大型乾燥機に変身。

洗濯機がないので洗うのは手ですが乾燥機が欲しいと思っていたのでちょうど良かった。

 

5.大学の副学部長

日本でいう副学部長とは大違い、学部長の事務担当という役です。女性がほとんどで学部の教室割りや成績書類作成などの雑務をこなして忙しいです。学部長は学生や親から賄賂を受け取りますが副学部長には回ってきません。

 

6.あなたの仕事は私のではない

大学でも官庁でも仕事の担当は独立していて、隣の席でもまるで関知せず、担当がいなければ何もわからない。ある担当がバタバタしている横で何も手伝いません。これは日本関係機関の現地スタッフでも同じでしょう。ソ連時代はリーダーに従えとなっていた、しかし今リーダーはいない。交互に補佐しあうようになるのはいつのことやら。

 

7.アパートのガードマン

アパート前にいつも3,4台個人タクシーが停まっています。私が来てから5年以上、その前はいつからたむろしているのか。毎日、朝6時から夜10時まで1年365日、日曜祝日関係なしで停まっています。こんな朝からどうしてと思うのですがわかりません。

私がどの部屋に住んでいるかを運転手はみんな知っています。私が台所など窓側に立つとこちらが見えるのでしょう。あんたは何をしていた、とか言います。うるさいなと思っていたのですが、ふと考えたらアパートのガードマン役をしていると気がつきました。朝から晩まで人がいたら泥棒は入ってくる暇がない訳です。

これで少しは騒がしさに我慢できます。

 

8.キルギスの孫

もう10年以上行き来しているキルギス人母子がいて、去年、娘に女の子が産まれました。自分の娘や息子と思えているのでその子供は孫。キルギスで孫の誕生です。子供たちは母親をおばあさん、私をおじいさんと呼んでいるので嬉しいです。ただ困ったことに孫は私の顔を見て泣きそうになるのです。たまにしか行かないからでしょうか。一方、息子の妻はもうお腹が大きく、今年二人目の孫が産まれます。

 

9.自家製ワインは好評

ブドウとパン酵母からワインができます。ブドウを手で潰して砂糖を加え、酵母をパラパラ振っておけば1日で醗酵を始めます。あまり温度が高いと早く進みすぎるので冷蔵庫に置きます。1週間ほどで醗酵が終わるので布で漉して、1週間後に上澄みを分けます。上澄みの分けを3回ほど繰り返せば出来上がり。キルギス人親子にあげたら美味いと好評でした。

 

10.無慈悲な神

市内のバザールで売り場の通路を歩いていたら向こうから子供が青年に手を引かれて歩いて来ます。バザール見物に来たのでしょう。しかし遠目にも何か変。近くなってすれ違う時にチラッと見たら・・目から下の皮膚の色が変質し垂れ下がっています。ライ病とかハンセン氏病というのでしょうか。目は輝きを持っていたので、きっと頭のいい能力ある子供と思いますがあのままでは・・・。無慈悲な神は何十万人か何百万人に一人、このような試練を与えます。

ロシアのテレビ局に生放送番組があって、1ヶ月ほど前この病気にかかっている人が何人かスタジオに来ていました。テレビに出るくらいですから性格は前向き、大学を卒業したりして病気と闘っています。手術で治療する医者も登場したり、モスクワにある学校の校長が出て子供に入学してくれと話したりしていました。

 

11.納豆サンドはいかが

パンにバターかマヨネーズを塗って上に納豆を乗せていただきます。結構いけると思ったので何人かにお勧めしました。しかし食べてみたという話を聞きません。先入観があって食べてはいないのでしょう。いけると感じるのは私だけですか?

 

12.日本人ビザ

2000年から日本人のキルギス入国ビザが不要になり去年2014年まで続きました。入国ビザ不要といっても長期滞在では外国人登録が必要で、それにはビザと同じ手続きが必要でしたけれど。

去年、大使館からのメールでビザと外国人登録が必要になると知り慌てました。最初、外務省は長期滞在者が一度外国に行き、そこのキルギス大使館でビザ手続きを始めるように言ったのです。大使館からキルギス外務省へ交渉して手続きが簡略になり良かったです。隣国カザフに行けばいいと言ってもそれは大変ですから。

現在、2ヶ月以内の滞在ならキルギスへの入国ビザ、外国人登録は不要です。それ以上の滞在は、日本のルギス大使館で滞在手続きをしてくるか一度外国に出てそこのキルギス大使館で手続きをする必要があります。

 

13.超能力学生

日本語弁論大会があるというのでテーマについて学生が相談に来ました。今考えているテーマというのを聞いていて最初は意味がわかりませんでした。

「読む」?「人の考えを」?? えー???!!!その学生は同級生の考えていることが読めると言うのです。じゃ、今私が何を考えているかわかる?と聞いたら、体調が特別な時でないとだめで、ごくたまにだと言います。

それにしても心を読むとは・・超能力です。人間は能力の何分の一、何十分の一しか使っていないと言います。たまに使える人が出てきて驚かせますが。とりあえず学生には弁論大会のテーマとしては合わないよ、と言いました。

私はといえば人の「気」を感じるくらいです。清水にいた時もありましたがビシケクでも、後ろから私を追ってくる「気」を感じて緊張しているとポンと肩を叩いてあいさつがありました。投げ飛ばさなくて済んで良かった。

 

14.超豪華学生

大学の日本語クラブで去年折紙を教えた時です。日本製の折紙を見せて好きな色を2枚ずつ取っていいよ、と言いました。他の学生はオレンジ色や緑色などを取ったのですが、ある学生は1枚ずつしかない金色と銀色を取りました。どこにでもこういう人はいるものだと思わず笑ってしまいました。学生はその折紙で今日の題材の鶴を折っていました。

 

15.建築ブーム

もう5年以上前からビシケクは建築ラッシュ。あちこちでクレーンが動いています。アパート南側も10階建ての大きなマンションを建築中。すぐ隣にある古いアパートには日が当たらなくなりました。通り一つ向こうにもマンションが完成。しかし造っている所を見ていましたが材料、施工は感心しません。

ホテルも何箇所か、JICA事務所や体育館近く、私のアパート近くにも建ちました。こんなに必要かなどと考えてしまいます。

 

16.カルパック(民族帽子)は便利

2年前、半年ほど外国人登録が切れていました。頼んであった知合いのキルギス人が手続きを進めないのです。それで、町で警察官に尋問されないようカルパックをかぶることにしました。登録が切れている時は精神的に良くないです。幸い尋問されることはなく登録更新ができました。

それから何か癖になってしまい毎日カルパックをかぶっています。白い羊の毛で作ってあるのでかぶっていると汚れて灰色になってきます。洗うのが面倒とほっておいたらキルギス人に交換しろと注意されたので洗いました。

前に洗ったカルパックは縮んでしまったのですが、今回洗ったのは山高帽の形を保っています。

 

17.日本との時差は3時間

2005年のクーデターの後、ロシアに合わせていた夏時間を廃止しました。それで日本との時差は夏3時間、冬2時間でしたが常に3時間となりました。ロシアは夏時間、冬時間を採っているので2時間、3時間の季節による差はあります。

3月と9月の最終日曜日だったと思いますが時間を直し忘れると大変でした。約束した時間に会えなかったり授業時間に遅れたりしますから。

 

18.日本語学校が消えた!

もう10年位前ですが民間の日本語学校で2年くらい教えていました。キルギス人、日本人の夫婦が学校を始め日本からの中古コンピューター、中古車輸入の会社を創ったのです。学校の1年目は順調でしたが2年目、経営はいいもののキルギス人学校長はじめ事務スタッフの仕事がどうもちぐはぐです。無責任な行動が多くなり、どうもおかしいなと思い始めました。

夏休みに日本へ1ヶ月ほど行って来て学校に電話すると聞きなれない声で学校はない、と言います。驚いて学校に行ったらもう別の会社が入っていました。学校はどこへ移転したと聞いても知らないという返事。学校が突然消えてしまった。

あとで経営者夫妻に聞いた話では校長やスタッフが突然閉鎖したと言います。仕事にやる気をなくして閉めてしまったのでしょう。自分が経営する学校ではないのに無責任な話です。

 

19.すごい確立だった

気に入った床屋を探すのも一苦労です。今はアラミジンバザールの床屋ですがその前はアパート近く、その前はソビエト・キエフ通り交差点の店でした。

日本と違って床屋と美容院は分かれていなくて同じ店で男女の場所が違うだけです。女性専用という店も増えていますね。外国人や金持ちが行く高級な店がたくさんできましたが高くていけません。

キエフ通りの店は女性理容師が頭の後ろを短くしてくれるのですっきりします。それで気に入って通っていました。半年くらい続けて行って次に行ったら別の人。今日は休みかと思い次に行ったらまた別の人。

後で聞いたら一日おきに来ていると言います。ということは半年以上たまたま行った時その人だったのは、2分の1掛ける6か7というすごい確率で当たっていたことになります。毎日来ていると思っていました。

その理容師はしばらくしていなくなってしまったので、また店探しをしました。

 

20.1階は食料品店

アパート1階にテナントで食料品店が入っています。アパートに来たばかりの頃は洋品店でしたが1年ほどで代わりました。最初は品数が少なかったもののだんだん充実してきて便利になったので、私はパンを買うくらいでしたが利用していました。いつもお客が一杯でこれは成功したなと。

もう一軒、すぐ通り向かいにも食料品店があって、この店も朝7時から夜11時頃まで営業、同様にいつも込んでます。2軒ともセブン・イレブンですね。

1年ほど前、いつのまにか1階食料品店の経営者が代わりました。心なしか客が減ったような、どうなんでしょうか。

 

21.テレビ局の取材が

最近、JICA事務所の方からテレビ局の取材打診があるがどうかと聞かれました。世界の辺境地を扱っている番組から納豆を販売している日本人がいるそうだからというのです。日本への近況報告になるかもしれませんが面倒なので今回も今まで通り断りました。

 

(カルチャーショックⅦ に続く)

 

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