カルチャーショック 第 1部 4

キルギスのカルチャーショック Ⅳ     2015年2月

Ⅰ~Ⅲを書いてから時が過ぎました。今月、お客様と豆腐、納豆の話をしていたらまた書く気になったので続編を執筆します。新しいショックやまだ書いていなかったものなどいろいろです。

 

1.ムーシ・ザ・チャス

ビシケクに「ムーシ・ザ・チャス」という会社があります。ロシア語ですが直訳すると「1時間だけの主人」となります。最初は主婦向けのホスト派遣会社かと勘違いしました。派遣は派遣でも実は家庭の電気、水道などを修理する職人を派遣する会社です。

修理屋を頼むと金がかかるから一般には家庭の主人があちこち修理するので、修理職人は「1時間の主人」となります。

 

2.入院は大変

入院患者の食事は家族や親戚が作って持っていきます。それと患者の付き添いは終日必要です。これは交代ですることになります。

それに担当の医者や看護婦には心づけを持っていかないと禄に看てくれません。医者は給料が安いので患者からの収入が頼りなのです。最近は患者にうまいことを言って高い薬や用品を売っている医者がほとんどのようで医は算術を実践しているわけです。手術しても効果はないのにとにかく手術、手術だと言い張り自分の収入を増やそうとする。騙される患者はいい迷惑です

 

3.お産は大変

出産前の検診時から医者に心づけを渡さないとよく看てくれません。それに出産して3日もすると退院だ、と追い出されます。医者は新しい患者が来れば実入りがあるのでどんどん入れようとするからです。それに何かと理由をつけて帝王切開を勧めます。これも自分の収入のためです。妊娠後9ヶ月で産めと医者が言っているとか。生まれないのはおかしいから手術だという言い分です。ひどいものです。

帝王切開後1週間で退院させられたキルギス人を知っています。キルギスで医は算術、医者は収入のことしか考えていません。

キルギス女性は昔の日本人のように出産の直前まで働きます。大きなお腹をしてふうふうしながら大学で働いている人を何人も見ました。

4.ぎっくり腰は大変

もう何年も前ですが重症のぎっくり腰になりました。民間の日本語学校で教えていた時でその日はどうも背中が痛かった。生徒の親に塗り薬を教えてもらったのですが買わずに帰って来ました。

次の日の朝、起きようとしたら体が動かない。金縛りにあったようにどうしてもだめなので、ベッドを転がり床に足を着いて降りました。しかし起き上がれない。這ってトイレに、しかし立ち上がるにも大変。ドアに手をかけてみても力が入らない。しかも何かの拍子に背中を電気が走って、あまりの痛さにしばらく動けない。

当然、学校へは休みの電話をしたものの何があったのか訳がわからず、当惑したまま這ってベッドに戻りました。近くに知合いのキルギス人がいたので電話して塗り薬を買ってきてもらいました。

ちょうど豆腐のお客さんにJICA協力隊員の鍼灸師がいたので電話したら来てくれるといいます。診断はぎっくり腰、しかし原因がわからない。そんなに力を入れた覚えはないし・・。ふと思い出したのが何日か前、公園の腕相撲の機械でよせばいいのに力試しをしたこと。背中の筋が痛んだ覚えがありました。

それから1週間、ひたすらベッドに寝ていました。床を這うのと背中に電気が走る苦しみはもう御免です。協力隊員に教えてもらったストレッチなどをいまだにやっています。私は背中の筋肉が弱いのです。

 

5.風邪薬も一大事件

風邪を引いて日本の薬を飲んでいたのですが1ヶ月すっきりしません。知合いのキルギス人に町の薬局で売っている風邪薬を買ってきてもらい飲んだら1発で治りました。念のためともう1回飲んだら目眩がして、1,2日経って目眩が治まるまで寝ていました。

薬局で売っている薬は日本人には強過ぎです。というより日本の薬が弱すぎるのかもしれません。薬害を心配して弱くしてあるのでしょう。

何年かして、また風邪が治まらないので頼んで買ってきてもらった薬を飲んだらまた副作用が。今度の目眩は強烈で3日ほど外出できず寝ていました。日本人には強い薬を買うなと言ってあるのにまた強いのを買って来た。イギリス製とか書いてあるものの、薬はバザールの路上で密造薬を売っているほどなので薬局の薬も安心できません。風邪で寝ているより副作用で寝ている時間の方が長くなります。

余談ですが、薬局や路上で注射器と液を買って病院で注射だけしてもらう。または注射できる人に頼んでやってもらうなど行われています。この方が安いからです。

6.ロシア語それにキルギス語も・・

キルギスに来て大学で日本語を教えているとき、学生がキルギス語と日本語は文法が同じですと言いました。そうか、じゃあ勉強してみるかと思いキルギス人の日本語教師に頼んで始めました。しかし文法が同じというのは大きな間違いだとすぐ気がつきました。語順が同じだけであって、名詞の複数形はあるし動詞の人称変化はあるし文法は全く別。学生の言葉に乗ったのは間違いだったと反省したものの後の祭りです。キルギス語で「同じ」と「似ている」は同じ言葉です。学生は「文法が似ている」というところを「同じ」と言ってしまったのでしょう。どちらを言われても勉強したとは思いますが。

キルギス語・日本語の教科書がないので小学校1年生の教科書で始めました。日本にいるときは日本語だけで生活していたので言葉の学習能力は錆付いていました。覚えられなくて頭の中が真っ白になり夢に見たりもしました。

ロシア語で説明してある教科書を使うようになるとまた大変。キルギス語を露和辞典から調べることになりました。ロシア語、キルギス語の両方を覚えることになってしまったのです。キルギスでは生徒のときから両方を勉強していますが私には無理。やはり何度も止めようと思いながら続けたのは何だったのでしょうか。

今では勉強して良かったと思っています。反面、英語は頭の隅に追いやられてしまい、英語で聞かれてロシア語で答えたり、キルギス語でいいですかと相手に聞いたりしています。とはいえキルギス語で買い物するとキルギス人は喜びますね。

 

7.逆転の発想が必要

もう買い換えたらと言われそうな7年前に新古品で買ったノートパソコン(東芝製)を使っていて、以前はよくプログラムが止まりました。最初は不安定な電圧のせいだと思い整流器を買ったりしました。しかしまた止まったので内部の熱が原因と考え小型ファンを買って送風しました。一時は良かったもののまた停止。

ふと思いついて送風の向きを逆にしました。パソコンに向けていたのを排熱口から外に向けたのです。これは大成功。止まらなくなりました。

他にインクジェットプリンターを使っていますがカートリッジは交換が必要です。

日本で買ったり送ってもらったりしたもののいつまでもこうではいけないと考えていました。こんな時、中国ショップでキャノンの詰め替えインクを見つけました。試しに買って入れようとしたらカートリッジに注入口がない。せっかく買ったのにと思いつつ、裏返しにしてインクが出るスポンジから試しに注入して印刷してみたらうまくできました。これも大成功。逆転の発想でうまくできた例です。

8.キルギス15年記念に禁断の食べ物を

昨年の初めにふと考えたら1999年2月にキルギスに来てから丸15年経とうとしていました。それで何か記念のことをと考え、それまでキルギスでは一度も食べたことがなかった生卵を食べることにしました。最近は卵を洗って売っていますが以前は産みたてを汚れたまま売っているのが多く、とても生で食べる気がしなかったのです。少し前から何人かの日本人から生で食べているとちらほら聞いていたのも決心するきっかけになりました。

自家製として売っている新しい卵の殻を熱湯で洗い念には念を入れ、いざ禁断の食べ物に挑戦。熱いご飯にかけて食べました。腹は痛くならなかったのでそれ以来よく食べています。

日本では一般的な食事で生卵を食べますが世界的には特別な食べ方と思います。キルギスではオペラ歌手が声の調整用に食べる程度のようです。

9.サマゴンに再会

去年、知合いのキルギス人にサマゴンを造っているロシア人を紹介してもらい飲むことができました。何年も探していたので美味しかった。

 

10.日本食にも必ずパンを食べる

大学で教えていると学生をアパートに呼んで日本食をご馳走したりします。しかしどうしてもパンを食べたくなるようで、寿司を食べてもカレーを食べても自分たちで買って来たパンを食べます。

食習慣は変えられないようで日本人からみるとえー!となります。パンを食べないと食べた気がしないのでしょう。とはいえ、パンは日本よりずっと美味しいのに米でないと食べた気がしないのは日本人の食習慣といえますが。

11.キルギスは呪術の国か

知合いのキルギス人は病気になった人の話を聞くと悪い人がその人をじっと見たからだと言います。自分が病むと誰かが見たからだとも。みんながこう言うか知りませんが一般的な言い方に思えます。

 

12.キルギス式マッサージ

マッサージなるものを2回、別の人にやってもらったことがあります。どちらも

ぎゅうぎゅう力任せに体を揉んで筋をグリグリいわせます。もう少し別のやり方があるだろうに、と言いたくなります。

去年の秋から大学の職員相手に週1回ほど指圧をしています。指圧を日本式マッサージと説明してもマッサージと聞くとグリグリやるイメージがあるのでしょう。知らない人に指圧しますかと聞くと、えー!という顔をします。

 

13.町のエチケット

ソ連時代からの町のエチケットで非常にいいことがあります。タバコを建物の中で吸わない。バスでお年寄りや妊婦に席を譲る、などです。

日本ではタバコを職場で吸うなと最近うるさくなったでしょうが、吸わない人にとっては迷惑千万な状況でした。しかし、バスの運転手は今でも運転中に吸っているし携帯電話をかけて運転してます。これはどういうことか。労働者の権利というやつですか。

 

14.町の交通量

ビシケクに来て何年かしてから大通りの舗装工事がありました。それまでは穴だらけでしたが、交通量が少なく道を渡る時左右を見なくてもいいくらいでしたから影響は少なかったです。それに車は古く、ソ連時代の「ラダ」、「ニバ」製中古車、ドイツのVW、ベンツ、日本のニッサン、マツダの中古車も走っていました。

交通量は今では10倍くらいになったし車の年式が新しくなりました。ビシケクの中古車は地方の町や村に売られていったのでしょう。車の量が増えたので事故や工事があるとすぐ渋滞に。以前は多少工事していても渋滞にならないほど車は少なかったです。今いる人は昔からと思うでしょうがこの7,8年で随分増えました。

 

15.町のトイレ考

公衆トイレを始め大学のもそうですが仕切りが低く膝の高さしかありません。

隣に座った人と話しながら用が足せます。女性用トイレも同じように仕切ってあるそうです。

ある公衆トイレでは便が床中に高く積もっているトイレがあって入る気にはなりませんでした。もちろん男性用小トイレには仕切りはありません。シドニーの高級デパートの小便器は円形に向かい合って用を足していたのを思い出しました。

 

16.町の生活は何語で

ソ連時代はロシア語主体だったので、独立以前はキルギス語で勉強する学校はビシケク市内に1校しかなかったそうです。今はキルギス語主体ですが当時の教育を受けた親はキルギス語が苦手、ニュースや番組はロシア語で見ます。その子供たちはロシア語主体が多く、世代が代わって状況が変わるには時間がかかります。

もっともこの話は首都ビシケクでのことで、地方ではキルギス語主体です。村から働きに来たバス運転手にロシア語で停車を伝えても「はー?」となります。

アパート向かいにある店でのこと。ロシア語で買い物をしたら、どうしてキルギス語ではないのかと注意されました。そうか、と思いキルギス語に切り替えましたが、外国人でキルギス語を話す人はまずいないと言いたい。キルギス語はマイナーだから勉強する人は少ないでしょうに。

公共放送は同じニュースをキルギス語、ロシア語と2回放送しています。取材を受けた人で両方話せる人は多くないので、その場合は放送で翻訳音声をかぶせています。

 

17.キルギス人は算数が苦手

人文大にいた頃、旅行の費用を幾通りか比較しようと2人の学生と計算しました。学生2人がそれは違う、これが正しいと言い合っています。何かと思ったら1日の総計を出すのにどれを足した、まだ足してないと言い合っているのです。そんな事は表を作って項目を書いていけばすむ事で、日本では小学生か中学生の授業です。

別の大学でのことです。日本語の授業は何曜日の何時間目か教えて欲しいと言ったらメモをくれました。しかし、見ても何年生がいつなのかわかりません。これも表を作ればわかり易いことなのにと教えてやりました。大学を卒業した人間2人がいたのにわからないメモしかくれませんでした。キルギス人は表を作らないようです。

 

18.家造りは苦手

遊牧時代のイメージがあるのでしょうキルギス人が造る家のトイレは外です。日本も昔はそうでしたけど。一方、客用のホールはやたら広く豪華に造ります。ところが台所は貧弱。これはキルギス人が経営するカフェやレストランも同じで、客席は多いのに厨房に入ると驚くほど設備がありません。さすがに中国、韓国の店では揃っています。

もう一つ、大きな家なのにどうして風呂とトイレを一つに造るのでしょう。それに2階、3階に客用の寝室があるのに洗面台は1階に1箇所だけです。キルギス人の家に行くと「うーん、不便だな」と思ってしまいます。

 

19.冬の朝の珍入者

何年か前の冬、朝5時頃1階インターフォンから呼び出し音が鳴りました。その時間はいつも起きてますが通常呼び出しには出ません。しかし、その時は何となく出たら女性の声で「隣に来たので開けてくれ」と言います。こんな早く泥棒に来る人はいないと思い1階入り口を開けました。

これで終わりと思ったら次にドアのブザーが鳴りました。ドアの覗き穴から見ると若い女性2人です。返事をすると「隣に来たが寝ていて開かないので休ませてくれ」とのこと。部屋に入れるのはちょっと考えましたが寒いことだし女性ならいいかとドアを開けました。

キルギス人2人でさっきまで飲んでいたらしい様子、酔っています。隣のブザーを鳴らしますが誰も出ません。その内にビールはないか、ウオッカはないかと言い出す始末。ないというと、どうしてないとか言います。人の部屋にきて何を言うかと頭に来たので、ここは私の部屋だと言い返しました。

だんだん疲れが出たらしく休みたいというので2人を私のベッドに寝かせました。

台所で豆腐を作っていると起きだしてきて、やがて隣が開いたのでそちらに行かせました。ドアを開けたばかりに珍入者の侵入でしたが刺激になって少し面白かった。

 

20.乗り合いミニバス

中国から7,8年前に寄贈された大型バスはいつの間にか消えていました。大型バスはバザールや配達に便利な路線があり利用していたのに。聞いた話では故障して部品がないので駐車場に眠っているようです。そういえば床が錆びて穴が空いていたり窓が壊れたりとか不備が多かったです。中国は格好だけで使い古しのバスを寄贈しました。

交通は市内を網の目のように走るミニバス路線があります。ミニバスは便利ですが路線番号を覚えていないとどこに行くかわかりません。行く場所を表示してあっても順番が違う。とんでもなく遠回りということになります。この表示は何とかしてほしい。

ミニバスは車内が込むのでスリが多いです。スリはペアで乗って一人が降りる道を邪魔して後ろから盗るのです。被害をいろいろ聞きます。

 

21.バザールは気をつけて 1

市内のオシュバザールで2回閉じ込められたことがあります。買い物をして帰ろうとしたら門が閉まっています。別の所も同じで閉まっています。来た時に売っている店が少ないし売り手たちが集会を開いていていつもと違うとは思いました。原因はバザールの店賃値上げに対して売り手が反対行動を取り、経営者側は門を閉めたわけです。

門をよじ登って出る方法もありますが落ちたら大変。しばらく待つと門が開いたので良かったです。こんなことがもう1回ありました。

22.バザールは気をつけて 2

やはりオシュバザールですがスリの未遂に遭いました。買い物をしていて売り手がどこから来たのかと聞くので日本だと答えたら、その売り手が大げさに驚いて日本からだってと大きな声を出したのです。それを近くにいたスリが聞いていたのでしょう。私が歩き出したら道を塞ぐように邪魔する人がいます。一度立ち止ってまた歩き出すと邪魔します。その時、肩に掛けていたウエストバックに何かを感じたのでふっと後ろを振り返りました。すぐ後ろにイラン系の男が立っていて困ったような顔をしました。私はその場を立ち去りましたが、その日の財布には100ドル札が入っていて盗られたら被害大でした。

別の日にまた同じ売り手のところに行ったら、あの日不審な男2人が私の後に歩いて行ったといいます。原因はアンタが大きな声を出したからだと言いたかった。

 

22.図書室は気をつけて

人文大にいた時です。大学の図書室で本を読んでいて、図書室の係員がドアの鍵を閉めて外に出て行く音がしました。昼時だったので食事だと思い待っていましたがなかなか帰ってきません。もしかしたらこのまま来ないのかと心配になり自分で出る方法を考えました。窓を開けて外に出るか、しかし3階で足場もない。外で掃除をする人の気配があったので、もう仕方なくドアを叩いて開けるように頼みました。鍵を持ってきて開けてくれた時はほっとしました。

後で聞くと他の人も閉じ込められたことがあったとか。図書室に誰もいないことを確認してから閉めてもらいたい。自分の都合でしか仕事していない係員でした。

 

 

(カルチャーショック Ⅴに続く)

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です