カルチャーショック 第 1部 3

キルギスのカルチャーショックⅢ     2013年5月

ショックな話と住んでいないとわからない興味深い話を併せて書きました。

 

1.お札で商品をパタパタ

朝早くバザールで買い物をしたとき、渡したお札で売り手が他の商品の上をパタパタ叩きました。「ん!」と思って聞いたら、最初の売上金でこうして、あとでたくさん売れるようにとの縁起かつぎでした。

商売の縁起かつぎでは、最初の売上金にプップッ、とつばを吐く真似をする動作があります。中近東からロシアで見られるそうで、韓国で見たとインターネットサイトにありました。

 

2.「パトーム」と「ザーフトラ」

「パトーム(後で)」・・・買い物をして手持ち金が足りないと言うと、店の人が言います。後で持って来ればいい、と思ったのですが、どうも言い方が違います。足りない分は要らない、負けるから買ってくれ、という意味でした。日本でも「あとでいいよ」と言いますが、やはり持ってくるのが前提でしょう。辞書だけではわかりません。

「ザーフトラ(明日)」・・・何かするべきことがあってもできない時、わからない時に言います。店に欲しいものがなくて「いつあるか」と聞くと「ザーフトラ」。「明日に」ですが、明日になってもあるかわかりません。明日の明日は、その明日は、となっていつになるかわからない、ということで、「いつかわからない」ということになります。

貸した金を請求すると「ザーフトラ」と返事します。明日また請求すると「ザーフトラ」、これで1ヶ月、1年、やがて相手は諦めます。

学生はこれを日本語に訳して「明日、明日」と言うのですが、意味はまったく違いますね。

 

3.酒は密造酒が横行

店で売っているウオッカは、蒸留酒ではなく工業用アルコールをブレンドしたものがほとんどです。しかも同じラベルでビンに入っていても、質の悪いアルコールで作った自家製密造酒が横行しています。公認印紙を貼ってあるのですが、収入印紙は本物をバザールで売っているそうで中身は粗悪品。普通の店で正常なウオッカと一緒に売っているので、飲んでみるまでわかりません。

サマゴンという名前の砂糖から作る蒸留酒があります。個人で作るのはいいのですが売るのは違法です。ソ連時代、身障者に収入を与えるため特例で製造販売を許可していました。2年ほど前までは街頭で売っていましたが、突然街頭から消えました。吟醸酒の味がしておいしいのでよく買っていたのに。販売禁止になったのでしょう、あちこち探してもありません。ロシア人は自家用に作るので、個人的に分けてもらうしかないです。

 

4.電球爆弾

アパートに帰ってきて電気のスイッチを押したら、ボンと音がして何か下に落ちました。電球のねじ込む部分の線がショートし、ガラスが割れて落ちたのです。これは何回かありました。最近は中国製蛍光電球(らせん状に丸い型)を使っているので爆発はありません。

 

5.おからの保冷剤

豆腐のおからを冷凍して保冷剤にしたら、なかなか優れ物です。夏の配達に保冷剤が欲しいとあちこち探しましたがありません。ふと、何年か前にお客さんがおからを冷凍しておくと話していたのを思い出しました。それで、冷凍して保冷剤にしました。

水と違って溶けてもぐちゃっとならないし、形を色々変えられて便利です。買う必要なし、古くなれば交換、廃物利用になって一石三丁。

 

6.中国のゴミ箱か

中国にある外国企業の工場や自国会社の電化製品などが陸路を通って大量に流れてきます。しかし、製品の質は良くありません。年式落ち、在庫、検査落ちなどが持ち込まれています。中央アジアは在庫処分地かゴミ箱扱いです。キルギスには工業製品の会社がないので不良品でも買うしかありません。

チャッカマンは2日で壊れ、電気ポットは分解してしまう、と言った調子でした。最近はだんだん良くなり、ゴム手は長持ち、液晶テレビ、DVDデッキは使えます。

 

6-2.拡大する郊外大型バザール

市の北部郊外にドルドイと言う大型バザールがあります。衣料品から家庭用品、電気製品など多品種の商品を安価で売っているので、安いものを求めて1時間くらいバスに乗って買いに行きます。

しばらく行かないと新しい販売区域ができています。どこも貨車のコンテナーを利用した店舗で売っていて、売り場番号をメモしていないと同じ場所には戻れません。それほど広いのです。中央アジアで一番大きい規模とかで、中国から大型トラックで大量に商品が運ばれています。

 

7.授業は生徒が移動

第一学校では授業毎に生徒が移動します。日本語教室で待っていると生徒がやってくるわけです。しかし、授業と授業の間が5分なので、生徒は移動に忙しいです。授業以外で生徒はどこにいるかというと、学年の教室があってそこにいます。

生徒の成績は5段階評価、学期ごとに生徒の手帳に記入します。授業後、生徒が書いている学科のノートにその日の評価を記入したりします。1クラスで生徒の数が5,6人なのでいいですが、それでも面倒です。

大学で学生が教室を移動するのは日本も同じですね。大学では毎月月例テストがあり、成績は学期ごと手帳に記入するのは生徒と同じ。卒業証書は、見開きになった厚い表紙の冊子で成績が記入してあります。

 

8.「はい」は1回だけにしろ

大学にいた頃、学生が「はい、はい、はい」と続けて返事をします。日本でも言いますが、単なる同意の「はい」と意味が違ってきます。これはロシア語の影響でした。ロシア語は同意・承諾の意味でも「ダー(はい)」を3,4回繰り返してもいいのです。

 

9.パンが美味しい

日本のパンは小麦粉を漂白しているので、小麦粉の味がしません。それでジャムやクリームなどを入れないと美味しくないのです。こちらのパンは薄い茶色、焼いた小麦粉の色です。外国人が日本のパンを見たら驚くでしょう。どうして白いんだ、と。

こちらのパンは、小麦粉の味がして美味しいのでよく食べています。丸いパン、四角いパン、もちろんリンゴやイチゴなどのジャムパンもあります。パンを始め、野菜、果物、ハムなど美味しい物を食べに来て欲しいです。

 

9-2.笑顔がない売り手

店やカフェなどどこでも売り手は笑顔なし、無表情です。最初は売りたくないのかと思いました。買っても無表情、おつりは手渡しではなくカウンターに置くだけ。日本のマニュアルを読ませてあげたい。レストランではハイアットホテルのウエイトレスだけ笑顔を見せます。

 

10.傘がない、帽子がない

雨が降っても傘をささないで歩いている人が多いです。日本と違ってあまり降らないし、降っても小雨で長くは降らない、というので持ち歩かないのでしょう。買う余裕が無いのもあるでしょうけど。それで、たまに強く降った時は、ずぶ濡れになりながら歩いています。

傘をしまう時には干さないで、たたんだままです。それで布がくっついて

すぐ悪くなります。

それと、夏の強い日差しでも帽子をかぶりません。日本人なら、病気になるぞ、と注意されるところです。「カルパック」という民族帽子があるのに、かぶらないのは何故でしょうか。来たばかりの頃、普通の帽子が売っていなくて探すのに苦労しました。

 

11.キルギスは夫婦別姓

キルギスでは、結婚しても夫の姓になるかは選択できる夫婦別姓の制度です。夫の姓になる人がほとんどのようですが、最近は別姓の人も多いとか。別姓でも子供の姓は父親の姓になります。

 

11-1.結婚式は交通事故の元

アメリカ式、ロシア式でしょう、結婚して登録署名を済ますと新郎新婦を乗せた車が町へ繰り出します。飾りを付けた仲間の車が隋送してクラクションを鳴らしながら走ります。しかしスピード違反や信号無視をするので、一般の車と事故を起こした現場をよく見ます。車が少なかった昔と違い、今では危ない行為です。

新郎新婦用の車は、アメリカ製の長ロングボディーの車が使われています。

 

11-2.蒙古班

実際に見たことは無いですが、キルギス人の乳児にも蒙古班があるそうです。モンゴル系の遺伝子があるわけで、チンギスハン以後モンゴル人がウズベキスタンやロシア方面に進行していますから、その辺の関係でしょうか。

 

12.子守は男の仕事?

キルギス人でもロシア人でも若い男性が一人で乳母車を引いて散歩しているのをよく見かけます。夫婦の場合も男が引いています。日本では見ないでしょう。

そうかと思うと、小さい子が赤ちゃんをお守しているのもよく見ます。自分と同じ大きさくらいの赤ちゃんを抱っこしたりしています。感心しますが危なくないの?

 

13.ドルが消えた

10年以上前ですが、アパートからドルが消えてしまいました。消えたと言う表現がぴったりします。誰もいなかった、何も異常は無かったのに、1回に何千ドルが消えたのです。当時、銀行は毎年倒産するところがあって危なかったので、現金でアパートに置いてありました。寝る前に確認して、朝にはなくなっている、ということが何回かあって、合計一万ドル以上が消えました。それも子供の誕生日に、です。

全く訳がわからずショックでしたが最近になって思うに、あれは運命の神様が一時預かりしてくれたのではないか、ということ。金を持っていれば使ってしまう私の性格を知っていて預かった。そして、近年になって豆腐、納豆などの注文が増え、預かり金を還元しているのです。

神様の配慮は有難いことだ、そう考えているこの頃です。

 

14.静岡のビニール袋が

だいぶ前ですが、バザールで買い物をしたらビニール袋をくれました。ふと見ると「生活倉庫」と書いてあります。静岡センター近くにあったデパートのもので、はるばるキルギスまで運ばれて来たのです。

これに限らず、時々日本の袋を見かけます。ひらがな、カタカナはどの国の文字か誰もわからなないでしょう。

 

15.引越しは10回近く

これはショックではないものの、少し関係します。

  • 最初のアパートで何千ドルか消えたので引っ越しました。
  • 引越し先で大家が泥棒をしてまた引越し。
  • 次のアパートは大家夫妻が離婚してアパートを売ることになり、2ヶ月でまた引越しに。泥棒大家と離婚大家のアパートは、ダミーラに探してもらった場所です。また頼むと良くないことになりそうなので止めました。

次は、④ちょうど三井先生が一時帰国するというので留守番を兼ねて同居しました。次のアパートを探していたら、

  • たまたま人文大学の先生から紹介があり引越し。そこは半年の約束だったので⑥次はアスカルの母親が持っているアパートに行きました。2年位してアスカルの両親が離婚、母親と娘たちが住むことになり突然の引越しになりました。当時、民間日本語学校で教えていたので、
  • 学校で探してもらい市の東端地区のアパートに引越し。1年位して、日本へアルバイトに行くためアパートを引き払い、荷物を彼女の家に頼みました。

⑧帰ってきて人文大学の教師用アパートに引越し。そこは氏原氏が入居していることになっていたのですが、大学に又貸しがばれ、移転を余儀なくされました。

次を探しているところで、

⑨たまたま今のアパートが空いていたのです。日本人教師が住んでいたのですが、一時帰国中に発病して国外には出られなくなりました。在住日本人からの情報で滑り込みセーフ、いい所が見つかりました。神様が用意してくれた気がします。

交通や生活に便利な場所なので、もう4年住んでいます。これは今までで居住の最長記録です。

 

16.逮捕者や裁判風景を放送

逮捕された人物を取調べる様子や裁判が行われている様子をテレビニュースでよく放送しています。手錠をかけての写真撮影やインタビュー、調書作成風景などです。ソ連時代からの慣習なのでしょうが、日本ではあり得ません。

 

16-1.変に長く映す

テレビニュースの記者会見では変な撮り方をしています。会見している人より取材に来ている関係者をよく撮っているのです。美人系の取材者が多く、たまに撮影している他局のカメラマンを撮ったりします。しかも時間が変に長い。

ロシアのニュースもそうなので、ソ連時代に教えられてそうなったのでしょう。時間が余ったからと思ってしまいます。ニュースの違和感は未だに消えません。

 

17.キルギスにあって日本にないもの

日本にあってキルギスにないものはたくさんありますが、キルギスにあって日本にないものは。

1.トロリーバス(バスの天井に架線を付けた型式の電車)

2.マルシルートカ(乗合の路線マイクロバス)。バス停以外でも停車

3.バザール         4.ボズイ(移動式テント)

5.プレハブのキオスク

6.カイマック(ロシア語はスメタナ)、(サワークリーム)

7.セミチカ(ひまわりの種を炒った物。ペットではなく人が食べます。)

8.密造酒(ウオッカ等)、密造薬    9.氷河を抱く高山

10.東西180kmの湖や標高3000mにある湖

11.交通警察(賄賂徴収)

12.市内のアパートに熱水を送る熱供給センター

13.路上でタバコ一本、ガム1個売り

14.路上で木樽に入れた飲料水のコップ売り(ショロ社)

15.料金メーターがない個人タクシー

16.石炭で焼いて売る串焼き肉

17.美味しい生ハム、乳製品、釜焼き丸パン

18.通常湿度50%前後の気候

19.10カ国以上の人種が居住する町(キルギス、ロシア、カザフ、ウズベク、

トルコ、中国、韓国、ドゥンガン、ウイグル、タジク、パキスタン等)

20.国内ニュースでも2カ国語(キルギス語版、ロシア語)のニュース。

21.いつも口パクで歌う歌手

22.冷たいのを飲んでも腹を下さない牛乳

23.音程がずれている国立オーケストラ

(2015年2月、12~追加)

 

18.アパートは北向きが良か

ビシケク市は130年ほど前、帝政ロシア時代に都市計画決定されました。公共施設、アパートなど実際の建設は1950年代になってからです。設計は白夜の都市モスクワで行ったので、何千キロも離れた暑い国の様子はわからなかったのでしょう。アパートの向きは東向き、西向きなど様々。北向きもあります。土地は十分にあるのに、南向きではなくわざわざ西向きにして西日が当たるようにしてあるのは何とも不便です。今でも新しく建設するアパートを西向きにしているのを見かけますが理解できません。

19.頭上注意

これはショックな出来事です。大きな交差点で人を待っていた時、広い道をトロリーバスが通り天井の架線が外れて止まりました。その振動が道の向こうから電線に伝わり私が立っている方にやってきて、頭上の街路灯がギシギシと揺れました。何となく危険を感じて数歩移動した途端、つい数秒前に私が立っていた場所に街路灯の大きなランプとカバーがドスンと落ちました。あの場所に立っていたらどうなったことか。

他に人がいなかったのは幸いでした。帰りにカフェでウオッカを飲んで厄払いしました。

 

20.新築アパートは自分で内装を

最近まで日本語の勉強に来ていた生徒(主婦)がアパートを買いました。それで毎日修理に行っていると言います。新築なのになぜ、と思ったら、内装は自分たちで行うというのです。設備のあるアパートは高いので、内装も何もないアパートを買って、電気、ガス、水道も自分たちで設置すると聞いてびっくり。これが一般的な売買のようで、今まで知りませんでした。

生徒が買ったのは12階のアパート、しかもまだエレベーターが動かず毎日階段を上がっているそうです。

 

21.豆腐、納豆作りは「石の上にも4年半」

私の豆腐、納豆作りについて書きます。

キルギスに来た当初から日本の食べ物が欲しくなって何かを作ろうと考えました。今のように日本のカフェはなかったですから。それで豆腐、納豆がいい、と決めました。

まず、作る方法と材料、道具探しから始めてバザールをあちこちしました。当時働いていた人文大学の春休み、夏休みなど長期の休みだけに作ったので、豆腐が固まるまで、納豆が糸を引くまで4年以上かかってしまい、途中何度もやめようと思いました。

できなかった最大の原因は大豆です。バザールで一般的に大豆として売っているのは大豆と何かの掛け合わせなので大豆成分が少なく、韓国大豆という種類でないとだめだったのです。

失敗の原因は他にもいろいろあって、豆腐では大豆の粉砕が弱かったり、納豆では大豆が乾燥しすぎたりでした。豆腐が固まった時と納豆が糸を引いた時は本当に喜びました。

その後、これは売れるかな、と思い、知り合いに声をかけ売り始めてからもう10年です。初期の製品はあまり良いものではなかったものの、珍しさから買ってもらえました。といっても日本人が少なかったので(当時は20名以内)、注文は細々でした。今は150人くらいになって、日本食カフェができたりしているので注文は多くなりました。

常に作り方や容器を改良し、より良いものをと心がけています。カザフやロシアにも売っている人はいないようで、お土産に買っていく人もいます。試行錯誤で悩みましたが途中で止めなくて良かったです。

 

22.エンジンを止めろ

ガソリンスタンドで燃料を入れる際でもエンジンを止めません。爆発でもしないかと心配になりますが、事故はないようです。それより水が混入したガソリンを売っている方が困るかも。タンクの防水が悪く水が混ざっているガソリンを売っていたりします。今はないでしょうが。(2014年3月追加)

 

23.薬を量り売り

薬局に風邪薬の錠剤を買いに行ったらいくつ買うかと聞きます。いくつだって?と聞き返したら薬が入った新しいビンを見せて錠剤をいくつ買うのかと言います。それでビンを開けてから袋に分けてもらいました。何回か買っている薬局ですがこういう売り方は知りませんでした。タバコを一本ずつ売っているのは知っているけど何年いても驚くことは出てくるものです。(2014年10月追加)

 

(カルチャーショックⅣ に続く) 大滝

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