カルチャーショック 第 1部 2

キルギスのカルチャーショックⅡ     2013年5月

カルチャーショックとして書き始めたらたくさん出てきました。本当に驚いたというものから日本にはないちょっと面白いものまで、いろいろ書きました。

書くきっかけは日本語の授業で学生に「キルギスのカルチャーショックは何でしたか」と聞かれたことです。いろいろあるけど、と思いながらなかなか出てきませんでした。生活に慣れてしまったのでしょう。これではいけないと書き始めました。(Ⅲを執筆中)

 

1.日本は特殊な国

日本との習慣や考え方が大きく違うので、来たばかりの頃はショックでした。どうしてこんなに違うのか、と悩んだりしました。そのうち、日本が特殊な国でキルギスなど中央アジアは世界的には一般的な国だ、と考え始めたのです。

日本人は親切、嘘を言わない、時間を守るなどいい所がたくさんあります。しかし、世界からみるとこれは一般的ではない。どうしても日本の感覚で考えてしまうので、相手の国を疑問視している。これは見方が逆なのです。

逆転の発想まで何年かかかりましたが、「あーそうか」と眼から鱗でした。

この発想が最大のカルチャーショックだったかもしれません。

 

2.クーデターが2回も

2005年と2010年に大統領追放クーデターがあったことは、ショックとしてもっと早く書かなければいけませんでした。2005年は初代大統領アカーエフをバキエフが追放。2010年はバキエフをアタンバエフ(現大統領)が追放。アカーエフは、政治について何もしない私腹を肥やす無能な大統領で、2代目は初代のように私腹を肥やしたいと出てきました。2005年は無血で終了したのに、2010年は大統領側がいきなり発砲、狙撃手が20人近くいて群集を狙い撃ちし、500人以上の死傷者が出ました。

2005年のクーデターを知っている人は、まさか発砲するとは思わず大統領府の近くにいました。デモ隊ではなく単なる通行人も撃ったのです。大統領一族は国家財産を盗み海外に逃亡。逃亡までの時間稼ぎに地元で民族紛争に見せかけた騒ぎを起こしました。

2回ともクーデターの夜に市内で略奪、放火がありました。高価な商品を略奪、中国人経営の商店などは放火されました。

 

3.大家は泥棒だった

これもショックでした。2軒目のアパートでは大家(ロシア人女性)が泥棒に入ったのです。疑うことなく大家とドアの鍵を共有していたのが間違いでした。大学に行って帰ってきたらドアが開いています。大家が来ているのかと入ったら誰もいなくて、バッグなど荷物が散らばっています。

それからが大変でした。ちょうど学生が来たので警察を呼んでもらいました。警察にはどういう人間が部屋に出入りしていたかと聞かれ、大家と他に2人ほどあげると、室内の指紋を取ってから主な3人を警察に同行し取調べが始まりました。

翌朝、調べられていたキルギス語の先生から電話があり警察に来てくれといいます。昨日からまだ調べていたとは思いませんでした。

警察に行ってみると担当者が(なんかニヤニヤして)「誰かを犯人にしなければならないが、誰を告発するのか」と聞きます。その時はもう誰をという気にはならず、わからないと答えました。担当者はまたニヤニヤしながら、相手がいなければなくなった金は自分で使ったという書類を書いてくれと言います。自分では書けないので一緒にいた学生に書いてもらいました。これで取調べ中の3人が解放されたわけです。

後で考えてみると、大家は何回か理由をつけては部屋に来ていました。その時に金がどこにあるのか目星を着けていたのでしょう。部屋の鍵は壊されていたわけではなく、犯人は決まっていますが告発することは止めました。

これも後でわかったのですが、大家が犯人だと警察はわかったが大家は賄賂を払ったので、警察は告発されないよう私に書類を書かせたのです。

キルギス語の先生と学生には、苦労をかけたお詫びに慰労金を渡しました。その後すぐ引っ越したのは言うまでもありません。このこと以来、引っ越したらドアの鍵を交換しています。

 

4.女性は皆ジーンズ、パンツルック

女性はジーンズ姿ばかり、スカートは全然見ませんでした。何年かしてからもスカートはたまに見る程度。今は多くなったとはいうものの、ほとんどがジーンズなどで日本に比べればはるかに少ないです。

ただし、以上のことは若い女性で、中年(というより30過ぎ)になると急に太るのでスカートになります。

5.小学生からピアス、マニキュア

女の子は幼稚園くらいで耳にピアスを付けます。全員が幼稚園からではありませんが、耳に開けるのはイスラムの風習のようです。それにマニキュアをして、学校に行くので先生に怒られます。指輪や手首にする飾りも学校にしていきます。

化粧はもちろん、付けまつげやマスカラなどもしている子供がいます。私の日本語の生徒(小学生)はマスカラをしてました。日本では小学生でマニキュアなどしない、祭りの時くらいだというと驚かれます。

 

6.花嫁は誘拐して

花嫁は盗む、これが忌まわしい伝統です。全く相手の同意なしに車などを使って複数の人間で誘拐します。その後、花婿の家に連れて行き初めて対面。逃げ出すことはできず、そのまま生活することになります。オシュ方面では村の女性以外でも誘拐するとか。地方の村だけではなく都会のビシケクでも行われます。しかし、その後共同生活が続くかというとそうではなく、別れて別の人という話はよく聞きます

これは立派な犯罪です。しかし、キルギスだけでなく中央アジア遊牧民の風習のようです。このような略奪婚がどう始まったのか、まだ調べたことはありません。

 

7.生徒が突然消えてしまう

アパートで日本語を教えていますが、生徒が突然来なくなるのにはびっくりしました。勉強が嫌で来なくなったのではなく、学校や仕事が忙しくなったなどの理由。「次は何日に来ます」と言って帰ったのに待っていても現れない。今日は都合が悪くなったのだろう、と次の予定日に待っていても来ない。電話番号を教えてあるのに連絡が無く辞めてしまいます。そうかと思うと半年くらい経って電話が来て、「また勉強したいです」という。

休む時は電話しろ、と言ってあるのに、小学生から社会人までどの生徒も皆同じ。伝統的に親が子供に教育していないのでしょう。

 

8.肉はキロ単位

来たばかりの頃、バザールに行って肉を買いました。そんなには要らないので、300グラムと言ったら変な顔をされました。その時はわからなかったのですが、肉はキロ単位で買うのが普通でした。骨付きで売っているので、実質は半分くらいになります。それと骨付き肉を切るのも一苦労、日本では親切に細切れですから切ったことなどありません。

馬肉の新しいのを薄く切って馬刺しで食べたこともあります。しかしこれは、血抜きや病気の関係で危険でした。肉は黒くなるくらいよく焼く、時間をかけてよく煮るのが原則です。

 

9.焼き肉は石炭焼き

カフェやレストランの串焼き肉(シャシリク)は石炭で焼いています。低温で燃える石炭があるので、木炭ではなく石炭焼きです。店の外で足の付いた細長い箱に鉄串を並べて焼いているのがそうです。

 

10.バックします

向かいの店に肉か何か納入に来た車から「バックします」という声がします。車体に「~肉屋」と書いてある日本からの中古輸入車からです。突然の日本語で、ここは日本かと一瞬錯覚します。しかし、車からの声は誰も理解できませんね。「いつも出るけど何の音か」と思っていることでしょう。

パキスタン人が日本からたくさん輸入販売しているので、車体に「~神社」「~販売」などと貼ってある車が目に付きます。

 

11.電気もガスも強力

電気の電圧は220V、ガスは天然ガスなので日本よりずっと強力です。電気ポットの湯はすぐ沸くし、ガスにかけた水もすぐ熱湯になります。とはいってもガスの自動点火がないのは不便です。マッチか電池式の火花を出す点火器かチャッカマンを使うしかないです。しかし中国製チャッカマンはすぐ壊れます。早いのは2日、2週間以上もったのはありません。

デパートやバザールで探しても自動点火式のガス台は売っていません。ソ連時代は宇宙ロケットを打ち上げても自動点火は考えなかった?

 

12.挨拶は、ほっぺにチュ

来て大学で教え初めた頃、女子学生同士がほっぺにキスし合っているのを一日何回も見ました。こちらの習慣を知らないので、二人はレズじゃないか、と他の学生に言ったりしました。それにしては多い。

お互いにほほをすり合わせて軽くキス。相手に向かって左側または右側にキス。観察していると左側が多いようです。ダブルで左と右に、さらにはトリプルの場合、よほど親しいか懐かしい相手でしょう。

この挨拶はロシア人もキルギス人も同様で、年齢に関係なく女同士や男と女でもします。しかし、男同士は握手してから相手の背中を叩きあいます。

そういえば、最初のアパートの大家(男)からほっぺたの挨拶をされた時は、慣れていないので身構えて体が硬くなりました。

 

13.信号手前でグッズ販売

幹線道路の信号少し手前で道路中央に人が立っていて、停止した車から小銭を無心します。大体、身障者やフーテンぽい人が立ってます。事故にならないのが不思議。もう見慣れてしまったので風景の一つになりました。最近は何か小物を売ってる人がいます。

 

14.中央アジアはバザール経済

日本にはない販売様式バザールの、ごちゃごちゃした雰囲気が好きです。大きいバザールが市内に3つ、郊外に1つ、小さいバザールはたくさんあります。売り場がごったなので、慣れないとどこに何が売っているかわかりません。

だいぶ前、中心部にあったバザールや幹線道路から見えるバザールが撤去されて公園などになりました。モスクワ通りとソビエト通り角にあった深夜営業のバザールが撤去されたのは10年位前でしょうか。景観の問題からなのか、わかりません。

それと最近は、幹線道路近くにあるプレハブの店「キオスク」も撤去されています。アパート近くにあったキオスクがかなり減りました。何日か行かないと「あれ!」なくなっています。

 

15.トロリーバス、マイクロバス

大型バスに架線を付けたようなトロリーバスは日本にはありません。タイヤで走るので線路なしです。架線は昆虫の角のように長く伸びて電線と接触しているので、時々外れて運転手が屋根に上って戻しています。

市内を網の目のように多くの路線で走っている乗り合いマイクロバス。これも日本にはありません。系統番号は100番から始まって市内は300番未満、近くの市町やイシククリ方面へも出ている長距離は300番以上の番号です。

面白いのは料金を乗車するとき払いますが、乗車してから人伝いに渡して払う方法があるのです。お釣りは逆方向で渡ります。最初の頃、金を渡されたとき何かわからずとまどいました。面白いことにバス停以外でも止まる場所を言えば停まります。

車内のマナーは良く、老人や妊婦など弱者にはすぐ席を譲ります。これは日本で見習って欲しい。反面、つり革に両手でつかまり通路をふさぐキルギス人、まだ降りないのに出口に陣取る人には閉口します。村から出てきたばかりの人間かなと思われます。

 

16.タバコは外で吸え

タバコを吸わない人にとって近くで吸われるのは困ります。その点、ソ連時代は建物の外で吸ういい習慣を徹底していたようです。ただし、大型バス、マイクロバスの運転手が運転中に吸っているのはどういうことなのでしょうか。携帯で話をするし、ラジオの音楽を大きくかけたりして、聞きたければ客がいないときにしてほしい。

 

17.成績が悪ければ賄賂

成績が悪く留年になりそうな場合、教師や学部長に賄賂を払えば解決できます。大学で教えていた時、留年の成績を付けた学生がそのまま進級していたのは、学部長に払ったからでしょう。卒業も同様で、こんな調子で人材を育てていたらキルギスはどうなる。

 

18.キルギス伝説

キルギスに昔二人の兄弟がいて、魚が好きな方は日本へ行き、肉が好きな方がキルギスに住んだ、という伝説があります。伝説なのか比較的新しい話なのか不明ですが、日本に親近感を持っている訳です。相手が日本人だと聞くとこの話をよくします。

 

19.バカ、はキルギス語で

キルギス語に「バカー」と言うのがあって、「カエル」のことです。「タシバカー」は、「タシ」が「石」で「カメ」のことです。「カイダン」は「どこから」という質問です。

20.テレビ放送が半日休み

ロシアのテレビ局では何ヶ月かに一度、放送を半日休みます。放送局の維持管理のためですが、日本もやったらどうでしょう。それと番組と番組のつなぎ時間が空くと画面に時計が出てきて5~10秒くらい待ちます。これはキルギスの放送局もやってます。日本も見習ったらいいのでは。でもコマーシャル単価が高いからだめでしょう。

 

21.近くにあります

日本からお客さんが来て、学生の案内で旅行した時です。目的の場所は近いから歩いて行きましょう、と言うので出かけたら、30分歩いてもまだ着かない。まだか遠いな、というともう近いです、という返事。結局1時間近く歩きました。キルギスの広い草原や畑を見ていると30分くらいなら歩いても近くだ、ということになるのでしょう。

 

 

 

(カルチャーショックⅢに続く)

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