キルギスの昔話  その1

キルギスの昔話  その1               作成2018年4月

以下の題材は、キルギスの昔話 “ARXI” 2005年刊 によります。この本の内容は主に1960~70年代に学生たちが各地方の住民に聞き取り調査を行い収集したもので収録地が偏っているのは地域を指定したためです。

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昔話その1 

(上記地図の表示地名は昔話の題材地または収録地です)

やがてこう呼ばれるようになった(地名の表記はロシア語)

1.アト・バシ  ат баши      ナリン州   1979年 収録地記載なし

昔昔、ある男が長い旅から帰って来て馬が疲れたから停めた。男はどうしたわけか馬を蹴飛ばしてからそこで休んだ。翌朝、馬が見えなくなっていた。遠くに行ってしまって捕まえられなかった。怒った男は馬を撃ち殺して体を分け頭は山のふもとに置いた。この場所がアト・バシ(馬の頭)と呼ばれるようになった。それから男は肉を別の場所に持って行き食べた。ここはのちにナルン нарын(肉料理)と呼ばれるようになった。

 

2.バトケン Баткен     バトケン州   1979年 収録地記載なし

バトケンは昔から風の場所と言われている。いつも風が吹き、大地は乾き、雨はほとんどない。それで「速い」と「いつも」という言葉、つまり「バト бат」「エケン екен」から「バトケン」と名付けられたという。

 

3.スライマン山   Гара Сулейман       オシュ州  1987年 カラスー町で収録

いつの頃だったかオシュにスライマンと言う長老が住んでいた。メッカから戻った人だった。彼は女性の不妊を治すという噂が流れた。これはフェルガナ盆地でも流れた。そして女性たちはこの長老の元に集まった。彼は山頂付近のなだらかな岩肌に女性を乗せ祈り、この後女性たちは期待通り母親になった。この場所はスライマンの山と呼ばれるようになり彼は聖者とみなされた。この岩肌は多くの悩む女性たちが乗ったので磨かれ、今は滑らかになっている。

 

4.チョルポン・アタ(チョルポンの父)山   Гара  Чолпон-ата    イシククリ州   1972年 チョルポン・アタ村で収録

貧乏な家族に明け方女の子が生まれチョルポンと名付けられた。これは明けの明星、そよ風を意味する名前で素晴らしい子供だった。子供は成長し父親は多額の結納金が欲しいので富豪の妻にしたかった。しかし娘は富豪の所にいるアララという家畜番に恋をした。その時、両親には背けないと思い好きでもない人の妻になるより死ぬ方がいいと考えた。ある夜明けにチョルポンは高い山に登り身を投げた。今までと同じ様子で横たわっている彼女の顔に明けの明星の光が射した。父親は死体となった娘を見つけ、ただ一人の愛する娘に顔と顔をすり合わせ落胆し自失した。皆さん、山になった可愛いチョルポンの姿をよく見て。ロシアの円形帽子に似た高い帽子、まつ毛、眉毛、やや反った鼻、唇、あご、首、胸。そして西側の斜面には青年の顔、ふさふさした髪の小さい顔立ちがある。

 

5.ジャラル・アバート Джалал-абад    ジャララバード州  1975年 アフチャンドル村で収録

昔キルギス人がエニセイ(カザフ北部)から天山の麓に移動し始めた頃のこと。富豪と上流階級たちは良い牧草の放牧地や肥沃な土地が得られた。貧乏人にはわずかな植物しかなくガラガラヘビのいる土地が与えられた。わずかな賃金のアコーディオン弾きにも雇われない貧乏人はそこに留まった。貧乏人のジャラルは多いに悲しんだ。彼の元気で強い馬の名手である二人の息子たちは愚かな金持ちの侮辱的な仕事に出かけていたから。夜、彼は束縛から逃れる方法を寝ずに考えた。他の貧乏人から名案が出された。少し離れた土地を自分の力で耕し自分の物にすることだった。ジャラルはこのことを長老に話して答えを聞かずに去った。荒野と死が同一の場所へ。ジャラルは悔しかった。そして仲間とはいかないことに決めた。彼は息子たちと荒れた土地に入り熱心に耕した。幾多の困難や苦しみに耐え続けた。多くの時間が過ぎ畑で栽培できるようになった。次第に貧乏人たちが集まるようになり富豪たちはそれを邪魔した。ジャラルは困窮した人たちを助けた。このような時間を過ぎ困難にくじけずジャラル・アバートつまりジャラルの居住区(町)が造られた。

 

6.オシュ市  Ош(オシ)     オシュ州     1987年 カラスー町で収録

今オシュ市と呼ばれている所にいつの頃か流通の道が通じていた。そこをキャラバン隊や家畜の群れが通った。家畜番は群れを追い立てるときにオシ、オシと叫んだ。それで町は後にそう呼ばれた。

 

7.ジェティ・オグス  Джети-огуз     イシククリ州  1972年 グリゴリエフ村で収録

昔イシククリに体の大きい欲張りな富豪が住んでいて家畜をジャイロー(高地草原)に持っていた。そこに家畜を移動させたときそれらを数えたら赤い7頭の雄牛が足りなかった。富豪は雇人の若者たちに探すよう厳しく命じた。若者たちは探して人々に聞いたりしたが7頭の雄牛は見つからなかった。ある人々が7頭の雄牛が渓谷に沿って行ったと答えた。若者たちはいくつもの渓谷にやって来て森も探したが足跡はどこにもなかった。とうとう彼らは別方向の川に雄牛の足跡を見つけた。川にやって来て森から見た物は岩になった7頭の赤牛だった。狼が牛を襲ったとき牛たちはお互い並んで狭く押し付け合い頭を前方に傾けた、ちょうどこの岩のように。そして7つの赤岩になってそれからここにいるのだった。岩になって見つかった7頭の赤い雄牛はやがてジェティ・オグス(7頭の雄牛)と呼ばれるようになった。

 

8.40人の娘と40人の若者 Сорок девушек и сорок   жигитов             イシククリ州   1975年 ボコンバエバ村で収録(キルギスの国名、キルギス語でクルグズの謂れについての話です。)

昔、君主がいた時代のこと。君主には唯一の相続人である一人娘がいた。名前をアイクムシと言った。君主には他に子供がいなかったので娘を結婚させないと決め自分のただ一つの喜びとした。娘の世話に40人の娘たちを付け塔に住まわせ警護に40人の若者たちを置いた。君主の娘は気楽に暮らし毎日湖で泳いだ。君主の領地に一人の農民が住んでいた。彼には二人の子供、息子と娘がいた。息子はメン、娘はアナールと言った。ある時妻が死んで男は子供たちが孤児にならないよう再婚した。その妻は最初の日から子供たちを憎んで彼らを遠ざけるために偽りを言った。妻は夫に息子は妹を兄としてではない愛情で好きで彼らは結婚したがっていると告げた。不名誉にならないように主人は密かに子供たちを殺し焼いた。その灰は風が川に吹き飛ばした。ところで40人の娘たちはいつものように湖にやって来て泳いだ。そこであり得ないことを見た。湖の中央に泡が現れそこから若者と娘の声で「私は無実だ。彼も無実だ。」と聞こえた。娘たちは泡を呑み込むと3~4か月後には身重になった。君主は大変驚いて警護の若者たちを疑って彼らを罰した。娘たちは君主にでき事を語り彼に「メンとアナール」と書いてある指輪を見せた。君主は指輪を理解した。そしてとうとうメンとアナールの父親を見つけた。彼は君主に自分の子供たちを殺したことを語った。君主は父親を厳しく罰した。その後君主は40人の世話役の娘たちを解放し40人の若者たちと結婚させた。さらに自分の娘は最愛の人と嫁がせ大規模な宴会をして祝った。40人の娘たち(クルック クズ)からキルギス(クルグズ)の民族が始まった。(注)(クルック クズ→クルグズとなった)

 

9. 不思議な起源 Чудесное Происхождение

イシククリ州  1975年 ボコンバエバ村で収録(キルギス民族の始まりについて上記7と同じ収録地で40人の娘たちが出ている。)

ある村に40人の娘たちが住んでいた。そこに兄と妹が住んでいて村に川が流れていた。ある時そこに泡が現れた。兄と妹が泳いでいる時に泡が口に入った。そのあと妹は妊娠した。村の住民はそのことで兄弟を断罪しその重大な罪により彼らを殺し亡骸を川に捨てた。兄弟の亡骸は「彼は無実だ、私も無実だ」と叫んだ。どの位か時が過ぎて40人の娘たちは川で遊んでいて泡を口にしたら身ごもった。彼女たちからキルギスの民族が始まった。

 

(キルギスの昔話その2 に続く)

 

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