ビシケクの施設等

ビシケクの施設等       2018年4月配信

(出典は「フルンゼ百科事典」1984年刊によります。訳2000年頃 未完)

銅像・彫刻群「マナス」

「マナス」と名づけられた銅像・彫刻群は、1981年に国立コンサートホール(フィラルモーニア)前の広場に造られました。銅像のひとつは、キルギス民族の叙事詩にある「マナス」という英雄の姿を表しています。銅像は、伝統的な英雄マナスと彼の妻カニケイ、そしてマナスの助言者バカイです。これらの銅像の近くには、叙事詩の伝承者の胸像が置かれています。それらは、カララリエバ・サヤクバイ、オロズバコバ・サグンバイ、ジャプ・トゥヌベカ、バルク・ナイマンバイの4人です。

ビシケク 音楽ホール前のマナス像19年6月
ビシケク 音楽ホール前のマナス像19年6月

銅像・彫刻群の中心は、馬に乗って竜を従えているマナスの像です。像の高さは6.3m、竜の長さは13mです。台座は鉄筋で、外装は花崗岩、高さは14.7mです。カニケイの銅像は高さ4.5m、台座3.5m、バカイは高さ4.5m、台座3.5mです。三つの銅像は噴水の中央にあり、噴水の前は花壇になっています。

叙事詩の伝承者たちの胸像は赤い花崗岩で作られ、花壇の西と東にあります。高さは、ほぼ3mです。

ビシケク マナス像横の吟遊詩人像19年6月
ビシケク マナス像横の吟遊詩人像19年6月

銅像・彫刻群の製作は、彫刻はサドゥコブ、設計はペチェンキンが行ないました。

国立オペラ・バレー劇場

1936年に建てられたときは、キルギス音楽ドラマ劇場という名称でした。41年に音楽劇場、42年にキルギス国立オペラ・バレー劇場、59年にアカデミーオペラ・バレー劇場、78年にA・マルドゥバエバエバ記念キルギス国立オペラ・バレー劇場と名称を変えています。

ビシケク オペラ・バレー劇場 19年5月
ビシケク オペラ・バレー劇場 19年5月

オペラの初演は、39年の「アイチュリョク」でした。

現在の建物は、1955年に開館しました。設計は、ラブレンコというロシア人でした。

 

アイチュリュク・デパート(ツム・デパート)

1974年に開館、当初1階は家庭用品、2階は婦人用品、3階は男性用品だった。売り場面積6763平方メートル、1982年の売上は88.4百万ルーブル。5階建ての建物は鉄筋コンクリート造。

ビシケク ツムデパート19年6月
ビシケク ツムデパート19年6月

トクトグル・サトルガノフ記念国立音楽堂(フィラルモーニア)

建物は、キルギス国立劇場の民族楽器オーケストラに基づいて、1936年に創設されました。最初の音楽指導者はB.フェレで、音楽堂には1939年からトクトグル・サトルガノフ記念という名称をつけました。1939年に民族楽器オーケストラ、キルギス民族舞踊アンサンブル、ロシア民族音楽アンサンブル、ドゥンガン民族アンサンブル、吹奏楽団が活動し始めました。

これらのアンサンブルは、日本をはじめカナダ、フランス、アメリカ、スエーデンなどに公演に行きました。1939年には、労働赤旗勲章が音楽堂に授与されました。

今の建物は、1980年にペチョンキンの設計で造られ、中には2つのホールがあります。大きいホールは1200席、小さい方は300席です。コンサートは、主にこの音楽堂とスポーツ会館で開催されます。(上記写真 マナス像後方の建物がフィラルモ-ニア)

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