キルギスのカルチャーショック第3部6 

キルギスのカルチャーショック第3部6

2019年4月作成

キルギス20年記念第2弾です。1999年から今までに変化したこと、しないことを列挙してみます。

1.変化したこと

①車の渋滞、路上駐車が多くなった

市内の車は10倍以上になりました。最初の頃、ソ連、ドイツ、日本の中古車がゆっくり走っていて数は少ないし渋滞など起こらなかったのですが今では少し事故や工事があるとすごい渋滞です。古い車は地方へ売られたのでしょう。ビシケクでは新しい車がたくさん走っています。道路も凸凹だらけでしたが良くなりました。

②物価が上がった

下記の「キルギス七不思議」に物価の例があります。2003、04年頃までは同じくらいでしたが05年のクーデター以来上がりました。アパート家賃や不動産価格も高くなりました。アパート価格は1部屋が3000~4000ドルくらいでしたが今では10倍以上。

③町は明るく鮮やかに、高層の建物も

建物は灰色にくすんで夜は明かりが少なく歩くのに苦労しました。05年の出来事から鮮やかな色が登場しましたがけばけばしい色もあります。以前は高層(?)建築物はツムデパートとアパートが2棟ほどでした。買い物は個人商店やキオスク、後はバザールへ。やがてベータストアやキャラバン、ドルドイプラザが開店しました。

④外国企業の宣伝が急増

最初にテレビで聞いた外国企業の宣伝はコカ・コーラだと思います。さすが早い、一番乗りだと感心しました。

⑤外国人料金

ソ連時代の習慣?外国人からは割増料金を取るカフェやレストランが多かったです。そんな店は早く潰れましたけど今はもうないでしょう。

⑥夏はより暑く冬はより寒く

去年、一昨年は特に暑く寒くなりました。以前は40度の暑さが続くことはなかったし昼間のマイナス10度もそうです。もっとも昔は雪が1メートルくらい積もったそうなのでこれでも暖かいのかもしれません。

⑦キルギス語使用が多くなった

町の買い物などがロシア語主体からキルギス語主体になりました。ミニバスに乗ってロシア語で言うと「え!」と聞かれることが多くなりました。地方から移って来た人たちが多くなりキルギス語への意識が高くなったのでしょう。しかし育った環境からキルギス語は苦手と言うキルギス人は多いです。両親がロシア語で育ち学校もロシア語主体だとやはりそうなります。

⑧イスラム式服装が増えた

05年のクーデターはオシュ州出身の人たちが起こしました。オシュ州はウズベキスタンに国境を接していてビシケクよりイスラム教が厳格です。クーデター前後にビシケクに移って来た人たちが多いのでスカーフ、ロングスカートの女性が目立つようになっています。

⑨バザールは毎日の人出が多くなった

これも05年のクーデター以降人口が増えました。オシュからクーデターに参加した人たちはバザールで働いて決行の時期を待っていたそうです。そのまま残ったり地方から来る人たちも増えて人口が増加。平日は閑散としていたバザールは毎日にぎわうようになりました。キルギス人は遊牧時代の移動テントの感覚でアパート1部屋に10人近くが寝起きして生活するようです。この様式で親戚が集まって来ます。

⑩日本人会が設立、大使館、JICA事務所が

日本人会規約をみればわかりますが設立は2000年と思いました。当時の名簿には20人くらいしか登録してなかったですがその後大使館、JICA事務所が拡大充実して増えました。当初日本大使館はなく日本センターがアルマータの日本大使館への取次事務を行っていました。ビシケクの大使館は当初アッケメホテル内にありJICA事務所はゴイン向かいの建物にあったのを覚えています。

2.変化しないこと

①腹が出ている体型

肉食が原因で若い人でも腹が出ていて男性はズボンのベルトから肉がはみ出しているのをよく見ます。女性もどうしてと思うくらい太りますね。

②席を譲る

これはソ連時代の良い習慣です。バスで老人や幼い子連れなどにすぐ席を譲ります。

③運転手がタバコを吸う

室内で禁煙は良い習慣ですがなぜかバスの運転手が運転中に吸って乗客に文句を言われます。仕事中の労働者は吸ってもいいと言うことでしょうか。最近公共の場での飲酒を罰する法律ができたそうですが運転手の喫煙を罰する法律を作ってほしいです。

④ニュースは2か国語で

テレビニュースは同じ内容でキルギス語、ロシア語と2回放送します。インタビューに答える人が両方話せればいいですが片方だと翻訳されることになります。

⑤信号のない道路を横断

車が増え危険になったのに相変わらず道路を渡ります。私も同様に渡るようになったのは困ったことです。

⑥時間を守らない

キルギス人は半日単位で生活しているのでしょう。約束時間の5分や10分遅れは誤差のうち。時間を過ぎたので電話するとまだ家にいたりします。もっとも日本人が細かすぎると思います。色々な面で日本は世界的にみると特殊な国です。

⑦車の罰金

毎日見る道路警察(略してマイやガイと言います)の検問。昔罰金は20ソムで値上がりして30ソムになったのは知っていますが今はいくらなんでしょう。違法駐車を取り締まってほしいと言っても管轄が違うからだめ。

⑧エイズセンターの証明書

エイズセンターで検査して証明書を受け取る時に20年前と同じで手書きなので時間がかかる。受付はコンピューター入力しているのにどうして手書きなんだと。ソフトがないのか、もしかしたら証明書は手書きでないと無効となっているかも。大学の契約書類は手書きでないとだめですから。

⑨テストの答えを聞く

学校でも大学でもテストの答えを友達や何と先生にも聞く、教え合うことは変わらないです。テストの前は教え合っても当日も教え合うのは何か勘違いしているんじゃない?

⑩バザール商法

バザールなどでいつも同じところで買うと、どうせまた来るだろうということか悪い物を売ったりお釣りを品物で寄こすということはよくあります。そういう店はもう行きませんが日本とは大違いです。

⑪新しい店はできても

カフェや商店など新しい店ができても半年しないで閉店するのは相変わらずです。派手に宣伝して最初に儲けようとするので客は二度と来ませんね。どうなるかわからないから早く儲けようとするのはキルギス人気質でしょうか。

⑫大事なことを教えない、知らないと言わない

キルギス人に質問すると聞かれたことだけ教えて関係する大事なことは言いません。まさかこんなことを言わないなんてと後で驚くのです。それとソ連時代に知らないと言うなと教育したのでしょうか道を聞いても間違ったことを教えます。知らない、わからないと言えばいいのに。

⑬1カ月の温水停止

5月から1か月の温水停止は相変わらずです。5月はもう暑いのでもう少し早い時期にやったらどうかと思いますが。ソ連時代からでロシアも同様だそうなのでキルギスだけ止めることはなさそうです。

⑭歌手の口パク、テレビ番組はロシアのパクリ

歌手の口パクはロシアでもそうなので当分なくならないでしょう。テレビ番組ではタレントがサーカス演技をする、一般人が1分の特技をする、生放送の番組、最近では対談形式の番組をパクっています。形式は似ていますが予算も時間もないのでしょう内容がありません。

3.危なかったこと

ついでに危なかったことです。このシリーズで以前書きました。

1)頭上から街路灯が

2)トロリーバスを2回停めた

3)アパート大家が泥棒だった

4)クーデターの狙撃現場近くを通った

5)知人の飼い犬に噛まれた

 

4.キルギス七不思議

下記はこのシリーズの元となった文章でキルギス紹介のため日本にいる知人たちに送信しました。

キルギス七不思議

1998年8月に初めてキルギスに来てから、不思議だと思った事項です。  1999年10月

1.日本にもいるぞ、という顔がたくさん、でも日本語を話さない。

日本人と似ている、どう見ても日本人、という顔がたくさんいるけれど、キルギス語やロシア語で話している。不思議です。中国や韓国の人より日本人に似ているのは、どうしたことでしょうか。

2.日本にもあるぞ、という物がたくさん。

うどんに似た「ラグマン」、餃子に似た「マンティ」、肉まんに似た「サムス」、おこしに似た「チュクチュク」、炊き込みご飯に似た「プロフ」などがある。楽器のコムスは、三味線と同じ三弦楽器である。米では、オシュに近いウズゲンで作っている「ウズゲン米」は小豆色で、赤飯の色である。この米を見たとき、「赤飯だ」と叫んでしまった。日本人が赤飯にしているのは、これが原型ではないかと思う。

中国系ドゥンガン人の踊りは、盆踊りの手の形にそっくりだ。夏に食べる「アシランフー」は、冷しソーメンという感じがする。ドゥンガン人の作る麺は、手で引き伸ばしていく。ラグマンにはこの麺がよく合う。似ているものがたくさんあって、日本人のルーツを感じてしまう。

3.風が吹くと天気が変わる。気温の変化が大きい。

風は、いつもはあまり吹いていない。そよ風程度しか吹かないけれど、木の枝をゆするほど吹くときがあって、その後に天気が変わる。雨や雪になることが多い。風が吹くと桶屋がもうかる、ではなくて、天気が変わるビシケクである。気温は、昼間でも日が隠れると、10度以上気温が下がってしまう。夏では、昨日は40度、今日は20度で肌寒いことがよくある。

4.車道をどこからでも横断する。信号の間隔は短い。

交通量が多くないとはいえ、信号にはお構いなし、途中からでもどんどん渡る。日本と違って、人間優先だからなのか、また、車はゼイゼイ言いながら走っていて、スピードが出せないし、という条件があるからなのかわからない。母子が手をつないで、道路の途中から渡っていくのを見ると、親子心中かと思ってしまうのは、私だけでしょうか。

信号は、「青」から「青」の間隔が10秒ちょっとくらいしかない。「青」が点滅してから「黄色」に、そして、すぐ「赤」に変わる。人は「青」が点滅すると渡り始める。車は点滅すると停止する。間隔が短いので、このタイミングでないと反対側まで渡ることができない。途中で信号が変わってしまっても、道の中央で待っていれば、車は避けてくれるし、すぐ次の信号になる。渡りはじめのタイミングに慣れるのが大変で、最初は地元の人がいるときにしか渡らなかった。

5.食料品は安い。

大体、日本の10分の1から20分の1くらいの値段である。野菜など、きれいにして売ってはいないし、米はごみやシイナが混じっているが、じゃがいも、にんじん1k10円、トマト1k5~10円、米は1k75~100円くらいで売っている。乾めん1k40円、紅茶100g50円。

カフェで、二人で昼食を食べて300円くらいだろうか。ラグマン50円、ペリメニ70円、ナンと紅茶で10円、皿に肉とご飯で120円くらい。レストランは少し高い。食料品以外は、相対的に高くなる。それでも電気製品は、日本より安いものがトルコ、韓国、中国からたくさん入っている。

6.バザールは大小たくさん、キオスクはそこら中にある。

市場(バザール)では、朝市のような形式で食料、日用品、電気製品などを売っている。大きなバザールはルイノックと呼ばれていて、市内に四つある。小さなバザールは、あちこちにある。新聞、飲み物、パンなどは専門のキオスクがあり、交差点やバス停などにたくさん立っている。

7.ホテルの庭で、羊が草を食べている。

首都の大通り、日本でいえば新宿辺りを馬に乗った人が渡ったり、大通り脇の歩道で羊が草を食べている。田舎の雰囲気をたくさん残している。「イシククリホテル」の庭で、牛が草を食べていた。大学近くの歩道で、よく羊や牛が草を食べている。人が歩いているのに、街路樹をリスが行ったり来たりしている。こういう感じは、非常に好ましいと思う。アルマーティでは車や人が多くて、羊がのんびり草を食べるどころではない。

8.道路に穴が開いている。下を向いて歩こう

歩道の真中にあるマンホールのふたがなくなっていて、ぽっかり穴が開いている。それから、橋の踏み板が落ちていたりする。夜は明かりもなく暗いので、落ちる人もいるだろう。夜は特に、昼間でも下を向いて歩かないと危険。

9.町は、ひまわりの種で埋まっている。

歩きながら、ぽりぽりと食べている。最初は、何を食べているのかわからなかった。セミチカという、ひまわりの種を炒ったものを、歯で殻を割って食べる。

上手に食べるが、殻をそこら中に捨てていくのが困る。町が埋め尽くされるのでは、と思うほどだ。

(以上 キルギス七不思議)

5.カルチャーショック第1部 初回序文

以下は「キルギス七不思議」を元にこのシリーズを書き始めた初回序文です。きっかけは学生にキルギスで日本と違う所、驚いた所は何ですか、と聞かれたことでした。たくさんあるよと言いながらすぐには答えられずどうも生活に慣れてしまったなと感じたからです。書き疲れてこのシリーズが停まるとその都度刺激を与えてくれる人が現れて書き続けています。最初は日本にいる知人にキルギスを紹介するという観点で書き始めましたが少しずつ変化しています。

キルギスのカルチャーショックⅠ           2013年5月

キルギスに来たばかりの頃、七不思議として様々な驚きを書きました。十数年経って慣れて驚きが薄れてきたので、今までの驚きを思い出しながら改訂、加筆し、続編を書きました。生活や習慣は住んでいないと知り得ません。そんな内容を書いてみました。       (以上 初回序文)

 

キルギスのカルチャーショック第3部7 に続く

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