シルクロードについて

シルクロードについて

シルクロード絹の道英語Silk Roadドイツ語Seidenstraße繁体字:絲綢之路, 簡体字:丝绸之路)は、中国地中海世界の間の歴史的な交易路を指す呼称。

ただし「シルクロード」の概念は一義的ではなく、広義にはユーラシア大陸を通る東西の交通路の総称であり、具体的には北方の草原地帯のルートである草原の道、中央の乾燥地帯のルートであるオアシスの道、インド南端を通る海の道の3つのルートをいう[1]。狭義にはもっとも古くから利用されたオアシスの道を指してシルクロードという[1]

オアシスの道は中国からローマへは、アルタイ山脈から中国へはが重要な交易品となっていたことから、このルートは「絹の道」あるいは「黄金の道」と呼ばれており、のちに草原の道や海の道が開けるまでは最も合理的な東西の交易路であった[2]。その一部は2014年に初めて「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」としてユネスコ世界遺産に登録された。

(ウィキペディアより)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89

Silkroutes

キルギス国内のシルクロード

キルギスのシルクロード

キルギスの世界遺産

登録名)シルクロード 長安・天山回廊の交易路網

2014年にキルギス、カザフ、中国の共同で上記交易路が登録されました。この登録には33の遺跡が含まれています。キルギスで登録されたのは①砕葉城(アクベシム)、②バラサグン(ブラナ)、③ネヴァケト(クラスナヤ・リエチカ)の3ヶ所です。(参考)ユネスコ世界遺産サイト  http://whc.unesco.org/ja/list/1442

地図 アクベシム遺跡、ブラナ遺跡、クラスナヤリエチカ遺跡

アクベシム、ブラナ地図

1)砕葉城(アク・ベシム)は唐の時代、西域の拠点として造られました。砕葉城の中国読みは(スイヤブ)です。アクベシムはこの遺跡がある村の名称です。この砕葉城は当時、交易の中心として栄えた都市でした。「西遊記」で有名な三蔵法師も、シルクロードを通ってインドに向かう途中にこの地を訪れています。また唐の詩人李白が産まれた町であるとも言われています。

トクモク市アクベシム遺跡2 19年6月
トクモク市アクベシム遺跡2 19年6月

2)ブラナの塔はミナレットとも呼ばれイスラム教寺院のモスクに付随する塔です。アク・ベシム遺跡のすぐ近く、南に約10キロメートル離れたバラサグン村にあります。塔の高さは現在24メートルですが、建てられた時は46メートルの高い塔でした。何度も起きた地震の影響で破損し現在の高さになりました。(skytiket.jp/guide キルギスの世界遺産より一部修正)

ブラナの塔にまつわる昔話は当ホームページメニュー「キルギスの昔話その3」の第3にあります。

ブラナの塔 19年6月
ブラナの塔 19年6月
ブラナ 石人 19年6月
ブラナ 石人 19年6月 写真3点撮影大滝

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