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カルチャーショック 第 1部 1

キルギスのカルチャーショックⅠ           2013年5月

キルギスに来たばかりの頃、七不思議として様々な驚きを書きました。十数年経って慣れて驚きが薄れてきたので、今までの驚きを思い出しながら改訂、加筆し、続編を書きました。生活や習慣は住んでいないと知り得ません。そんな内容を書いてみました。

 

1.時間を守らない

キルギス人と待ち合わせを約束して待っていてもその時間に相手は来ない。来ても1時間くらい遅れてくる。今ではだいぶ良くなってきたように感じますが何千年も半日単位で生活してきたキルギス人だからまだ変わりそうにないでしょう。反面、日本は時間に細かすぎるとは思いますが。

 

2.キルギス料理は5つだけ

キルギスの家庭料理は、ベッシ・バルマック、オロモ、マンティ、ラグマン、プロフ、ショルポ(肉スープ)の六つ。ベッシ・バルマックはお祝いなど特別な時だけなので、いつもは五つ。メニューを考える必要がない。キルギス人の家に1日いれば同じ料理が出てきます。

2-1.キルギス人の食生活は

キルギス人が定住化したのはスターリン時代の1930年代。今はたまたま家に住んでいるだけで生活は遊牧時代と同じ。外で使う大鍋(カザン)を使ってガスで料理を作ります。鍋の底が丸いためガスの火が回りを伝って不経済この上ない。それには全く気がついていないようです。ガスは炎を大きくしてヤカンや鍋からはみ出すほど大きくして使っています。これも野外で薪を使った料理の使い方と思います。

調理器具は少なく、包丁には食事用ナイフを使い、フォークも色々に使っている。まな板は小さく、キャンプに持っていくミニサイズ。調味料はほとんど塩だけ。まれに塩漬け唐辛子を使うだけで、コショウもほとんど使わない。日本はキャンプでもこんなに少なくはないでしょう。

ゴミ箱も鍋も一緒扱いで、普段の料理に使っている鍋に野菜クズや紙などのごみを入れている。他国の文化などを入れようとしないので、いつまで経ってもこのままではないでしょうか。

 

2-2.野菜を食べない

キルギス人が食べる野菜は、ジャガイモ、にんじん、玉ねぎだけといっても過言ではないです。知り合いにキャベツを食べるように言ったら、食べたらお腹がおかしいとかで続きません。あとトマトは食べます。野菜以外に食べるのは羊肉。骨付きで売っているのでそれを長く茹でて柔らかくします。

ロシア人は、きのこ、野菜をたくさん食べますがキルギス人はきのこ類も怖がって食べません。

 

3.先生、答えを教えて

大学で教え始めた頃、テストの時に学生が「この答えは何ですか」と聞いた。どういうことなんだ、これには驚きました。それと答えがわからない学生に教え合う、それにカンニングはするわ。小学校時代からわからない人には教えなさい、と言われているらしいのでこうなってしまう。それにしてもテストの時に教えなさい、はないでしょ。

 

4.紅茶、コーヒーに砂糖を4,5杯

学生が来たりお客に行ったりしてびっくり。みんな紅茶などに砂糖をたくさん入れます。体を悪くするのではと心配するほどでした。これには訳があって、料理に砂糖を使わないので、その分を飲み物で摂るようです。

 

5.気温の差が大きい

大陸なので前線が通過すると雨や雪になり気温が15度、20度下がる。反対に晴れると急に上がる。フライパンの上で生活しているようだと常々感じています。熱すればすぐ暑くなり、冷めればすぐ寒くなる。

キルギスは天山山脈の盆地にあるので、通常、風はないです。しかし前線の端が来ると突風が吹き、その後天気が変わります。風が吹けば桶屋が、という落語がありますけど、風が吹けば天気が、はキルギスです。

 

5-1.風呂から出ると寒い

これは湿度が高い日本ではわからない感覚です。出るとき体を拭いていると寒くなります。温度が低いのではなく、乾燥しているので水分がすぐに蒸発して気化熱を奪うので寒くなるのです。体はさっぱりしていいですが、風邪などに注意しないといけません。日本では出ても汗だくになり、もう一度入りたくなります。

 

6.警察官はゆすり、たかり屋

来たばかりの頃、自分が外国人だという自覚を忘れて繁華街(といっても当時は静かなもの)を散歩しました。すると警察官にパスポートは、と聞かれ、大学にあるので持っていないと答えた。そうしたら近くの詰所に連れて行かれ所持品を調べられた。

私は教師でパスポートは大学だと言っても承知せず、開放してやるからと言って財布の中にあった金を要求された。なぜ金をと言うと本当ならもっと多く必要だと、多分そう言ったと思います。大学にパスポートを預ける時、コピーを取るように言ってくれれば良かったがもう遅かった。

金を払って?開放されたがいろいろな意味でショック。金を払えば何でも許されると知ったのは後のこと。

 

7.交通警察も賄賂要求

道路に警察官らしき人が立って車を停止して調べています。車内に定められた書類や器具などがあるかを調べて、ないと金を要求します。これはロシアやカザフでも同じ事で、日銭が入るから希望者が多いとか。

賄賂は以前20ソム、次に30ソムになり、今はいくら?

 

7-1.電気、ガスメーターの改ざんは当たり前

アパートの電気、ガスメーターはなぜか部屋の中にあり、毎月の使用量はドアの前に書いて貼り出します。水道、熱水は頭割りの請求なので書きません。このメーターを該当会社の検針員や技術者が賄賂をもらって逆回しさせるのです。アパートでは少ないようですが、一戸建てでたくさん使う家ほど悪事をします。これを毎月やっているので会社に入る料金は少なく、経営が悪化します。

 

7-2.私腹を肥やしたバキエフ前大統領

2010年4月のクーデターで国外逃亡したバキエフの政権時代、ダムの貯水量が少なく発電量が足りなくなったと言って計画停電をしました。曜日、時刻で停電になり、豆腐、納豆の製造であたふたでした。しかし、これは関係者が賄賂をもらいウズベキスタンに電気を売ったために生じたことだったのです。

政権末期に電気料金を2倍以上にするとしていました。アパート代は電気料込みだったので大家は値上げすると言いました。その直後クーデターがあり政権が代わり、電気料金は値上がりせず却って安くなりました。バキエフは何らかの私腹を肥やすつもりだったのでしょう。追放して良かった。

 

7-3.就職にも賄賂

就職は、試験があるわけでなく知人がそこにいるか紹介する人がいないとだめです。そして、いざ就職となったら上司に賄賂を払います。これは日本や外国系の会社、組織では関係ありませんが。

収入が多い仕事は賄賂も当然高くなります。警察や官公庁も同じで、ホワイトハウスの就職は6000ドルとか聞きました。

8.期限を過ぎても返さず雲隠れ

大学にいた頃から金額の多少はあるものの金貸しを頼まれました。学生や卒業生の顔見知りからですが、心配なので借用書を書かせました。しかし返さないのが多い。個人的な借用書は全く気にしないようで、請求されれば、今はない、と平気な顔です。

三井先生から何百ドルか借りていたスルガク(人文大)は、先生が帰国する直前に呼び出して請求したらアパートの電話を切りどこかへ雲隠れ。何年か経って町でひょっこり顔を合わせましたが、三井先生のことはもう終わったと言う訳かすっかり忘れていました。

日本人はいつか帰国するから、それまで引き伸ばしていれば返済しなくていい、という意識なのです。そんなことですから、金を貸す時はくれるつもりで、返ればもうけものと思うのがいいでしょう。

日本人に顔が似ていて日本語を話していると、私もそうですが、どうしても日本的な感覚を持っていると思ってしまいます。歴史や生活環境が違う別の人種と理解するのは時間がかかります。

 

9.信号のない道路を渡るな

来たばかりの頃、車は年式が古く量は少ないし、道路はでこぼこで早く走る車は少なかったです。そうはいっても、道路を所構わず渡るのは危ない。母親が子供の手を引いて渡るのを見ると、どういう感覚をしているのか、それとも心中かと思ったものです。

慣れとは怖いもので、今では私も横断するようになってしまいました。運転手は人が横断するのを承知しているので事故は少ないようです。上手に渡らないとクラクションを鳴らされますけど。赤信号、皆で渡れば・・ですが日本ではすぐ病院行きです。

9-1.信号はどう渡る

最近は赤信号の間隔が伸びたものの、以前は道が広い割には信号の間隔が短く10秒くらいしかなかったです。信号が黄色になった時に渡り始めないと向こう側に着かないため青でも構わず渡るので、最初は渡るタイミングがわかりませんでした。仕方がないので他の人と一緒に渡るのですが、青なのに渡っていて車が来たりするので何も参考にならなかったです。

車は右、人は左の逆転思考に適応するにも時間がかかりました。日本が特別なのですけど、最初に左を次に右を見る習慣は難しい。今は日本でつい逆を見てしまい慌てます。

ところで、市内モスクワ通りは、車は一方通行でもトロリーバスが交互通行になっています。あるとき車に気を取られ道を渡ったら、反対方向からトロリーバスが来て私の前で急停止。女性運転手が大きく手を広げ叫んでいました。トロリーバスを2回も止めてしまいました。モスクワ通りは道路計画の間違い、一つ北側は反対方向の一方通行なのでこちらをトロリーバスが通るはずだったのでしょう。

 

9-2.バスの運転は運転手の都合で

市内の公共交通機関は、トロリーバス、大型バス、マイクロバスです。トロリーバスはバスに架線が付いたもので線路は無し。マイクロバスは路線が決められている乗合いワンボックスカーです。

困るのはバス、マイクロバスの運転手が運転中にタバコを吸う、バスを停め途中で自分の飲み物など買い物をする、携帯電話で話すことです。それとマイクロバスで乗車客が少なくなると近くに来ている同じ系統のバスに移らされます。休憩か食事をするのでしょう。こういうのはお互い様になっているようで別運賃は取られません。労働者はソ連時代の慣行で自分の都合優先で仕事するのでこうなります。

反面、便利なところもあります。マイクロバスは停留所以外でもどこでも止まりますが、トロリーバス、バスでも信号で止まっている時に運転手に「降りてもいいか」と言えばドアを開けてくれます。日本はバス停だけですからね。

10.間違い電話が毎日

最近は減ったものの以前は毎日。原因は番号の押し間違いか電話局の接続ミスらしい。最初はロシア語で「もしもし」と出ていたものの、相手が早く話すので意味がわからず、日本語で「もしもし」と言うことにしました。

知らない、変な言葉が聞こえれば相手が切るだろうとの計算。「電話番号が違います」という言葉が最初に覚えたロシア語です。しかし、同じ人からすぐにまた間違い電話がかかって来るのはどうしてでしょうか。

 

11.歌手は口パク

来て少し経ってからテレビで歌手の口と言葉が合わないことに気がつきました。口は「あ」なのに「う」と声が出たり、口を開けていないのに声が出たりしている。おかしいなと思っていたらロシア、カザフの番組もそうでした。

しばらくして、昔は録音テープ、今はCDで曲を流しているからと判明。いつからこんなことになっているのかは不明です。独立後、ヨーロッパから入ってきたと言う話を聞きましたが。

 

12.生徒はウルトラマン

学校で生徒が手を挙げる格好は、ウルトラマンがスペシューム光線を出す時にそっくり(例が古いですが)。挙げる反対の手は机につけ、挙げる手の肘を机から離さず手先を左右に動かしている。はい、はい、と上に挙げる日本とは、随分違う。

 

13.車を止める時は手を横に

バスやタクシーを止める合図は、手の甲を上にして自分の横か車に向かって手を伸ばします。最初はどうも違和感があって、つい上に挙げたくなりましたが、今は慣れて普通になりました。

 

14.お金のジェスチャーは

お金の話をする時は、親指と人差し指をこすり合わせて数える仕草をする。ロシア人も同じ動作をするのでロシア式かも。

自分のほほに人差し指を当てて下に動かすのは「恥ずかしい」意味。日本では「悪い奴」ですが。

首の横に手を持っていき水平に動かすのは「もう満杯で要らない」ということ。首切りの動作ですね。

手の甲を上にして相手の方に向けて伸ばし、親指以外の指で握る動作を繰り返すのは「さようなら」。どうしても「こっちに来て」と間違えます。

所変わればジェスチャー変わる。

 

15.お元気ですか、を何回も

これはショックではありませんが。大学にいた頃、同じ学生が何回も「お元気ですか」と声をかけてきます。さっき会っただろうと思いつつ返事をしていました。これはキルギス語、ロシア語も「お元気ですか」に相当する言葉は同じ人に何回でも使っていいからです。

母語に訳しただけで使っているとこうなってしまいます。日本では1回だけだぞ、と注意してもなかなか直りませんでした。

それと祝日のお祝いに「おめでとう」を言います。「ノールズ(春分の日)おめでとうございます。」といった調子です。これもロシア式、キルギス式です。日本は言わないといってもなかなか直りません。

 

16.道につばを吐くな

キルギス人、ロシア人とも外でよくつばを吐きます。誰かを待っている人の周りには、つばの池ができそうです。つばを飲み込めないのでしょうか。私と話していて、人の顔を見ながらつばを吐かれた時は、「俺に何か文句あるのか」と言いたくなりました。相手はいつもやっているので何も感じていませんが、日本人からは「おいおい!」と閉口します。

 

17.ガスが、電気が止まる

最近はなくなりましたが、以前はガスが年に1,2回、2週間ほど止まりました。輸入先のカザフ、ウズベクに輸入代金を払えないと元を止められて、払えば復活。電気はカザフ、ウズベクに売っているので、使用量を減らすため村では夜中の停電が今でも続いています。

最初に住んでいたアパートでは、前の道路で熱水管の敷設工事を半年ほどやっていました。当然お湯は出ず、そのうちガスが止まり、さらに地区で何日か停電になった三重苦のときがありました。料理ができないのでサラダとパンを買って暗くなる前に食べて、あとは何もできないのですぐ寝ました。

 

17-1.熱水も止まる

市内のアパートは集中暖房を兼ねた集中給湯式になっています。これが毎年5月に1ヶ月間止まります。経費節約なのか会社の休暇なのかわかりませんが、モスクワも止まるとかでソ連時代からの行事です。

もう暑くなっている時期なので不便です。仕方なく鍋やヤカンでお湯を沸かして行水します。

18.海産物がない

日本では毎日刺身など食べていたのにキルギスでは何も手に入らない。キルギスに来て何ヶ月かして体中の海産物エキスがなくなりストレスが溜まりました。ニシンの塩漬けを塩抜きすると刺身風になると教えられ作ってみたら、刺身に飢えていたのでこれでも結構満足。冷凍シシャモを3枚に下ろして酢漬けで食べたり、いろいろやってみました。

7,8年前、韓国の店でマグロのブロックや蛸、鯖を見つけたときは感激しました。高すぎて手が出ませんでしたが今では昆布、わかめなど韓国店で手に入ります。まだカツオだしは売っていないもののいい生活環境になりました。

 

19.野菜、果物、乳・肉製品は美味しい

海産物は高価ですが乳・肉製品は日本よりずっと安くて美味しいです。それに野菜・果物が豊富で甘い。

牛や豚、馬、鴨の燻製ハムはバザールでキロ600~1000円くらいです。随分高くなりましたが日本のとは段違いに美味しい。これは伝統技術の違いでしょう。日本の製品は化学薬品の味です。他に自家製チーズ、プレーンヨーグルトも売っていて美味しいです。

蛇足ですが、日本で牛乳を飲むといつも腹を下したのに、こちらの牛乳は問題ないです。何が違うのかわかりません。

野菜・果物は気候が乾燥していて土がいいので甘くて美味しいです。日本の子供たちが食べればピーマン、にんじん嫌いが直ります。ピーマン、にんじんはこんなに甘かったの?と。

出回っている野菜・果物は、国内産だけではありません。きゅうり、トマトなど中国、ウズベク、パキスタンなど、オレンジは中国、イラン、モロッコから、その他陸続きの国から入ります。

スイカ、メロンも甘くて美味しい。キルギスには果物が豊富な夏に来るのがいいでしょう。

20. 町は暗闇の中

以前は街灯があっても切れているか故障していて、店も営業しているかわからないほど明かりを小さくしているので夜になると町は真っ暗に。夜出歩くときはよほど注意しないと水溜りなどに入ります。マンホールの蓋がない所が多いのも困りものです。外出には勇気が必要で、下を向いて歩こう、でした。

 

(カルチャーショックⅡに続く) 大滝

 

カルチャーショック 第 1部 2

キルギスのカルチャーショックⅡ     2013年5月

カルチャーショックとして書き始めたらたくさん出てきました。本当に驚いたというものから日本にはないちょっと面白いものまで、いろいろ書きました。

書くきっかけは日本語の授業で学生に「キルギスのカルチャーショックは何でしたか」と聞かれたことです。いろいろあるけど、と思いながらなかなか出てきませんでした。生活に慣れてしまったのでしょう。これではいけないと書き始めました。(Ⅲを執筆中)

 

1.日本は特殊な国

日本との習慣や考え方が大きく違うので、来たばかりの頃はショックでした。どうしてこんなに違うのか、と悩んだりしました。そのうち、日本が特殊な国でキルギスなど中央アジアは世界的には一般的な国だ、と考え始めたのです。

日本人は親切、嘘を言わない、時間を守るなどいい所がたくさんあります。しかし、世界からみるとこれは一般的ではない。どうしても日本の感覚で考えてしまうので、相手の国を疑問視している。これは見方が逆なのです。

逆転の発想まで何年かかかりましたが、「あーそうか」と眼から鱗でした。

この発想が最大のカルチャーショックだったかもしれません。

 

2.クーデターが2回も

2005年と2010年に大統領追放クーデターがあったことは、ショックとしてもっと早く書かなければいけませんでした。2005年は初代大統領アカーエフをバキエフが追放。2010年はバキエフをアタンバエフ(現大統領)が追放。アカーエフは、政治について何もしない私腹を肥やす無能な大統領で、2代目は初代のように私腹を肥やしたいと出てきました。2005年は無血で終了したのに、2010年は大統領側がいきなり発砲、狙撃手が20人近くいて群集を狙い撃ちし、500人以上の死傷者が出ました。

2005年のクーデターを知っている人は、まさか発砲するとは思わず大統領府の近くにいました。デモ隊ではなく単なる通行人も撃ったのです。大統領一族は国家財産を盗み海外に逃亡。逃亡までの時間稼ぎに地元で民族紛争に見せかけた騒ぎを起こしました。

2回ともクーデターの夜に市内で略奪、放火がありました。高価な商品を略奪、中国人経営の商店などは放火されました。

 

3.大家は泥棒だった

これもショックでした。2軒目のアパートでは大家(ロシア人女性)が泥棒に入ったのです。疑うことなく大家とドアの鍵を共有していたのが間違いでした。大学に行って帰ってきたらドアが開いています。大家が来ているのかと入ったら誰もいなくて、バッグなど荷物が散らばっています。

それからが大変でした。ちょうど学生が来たので警察を呼んでもらいました。警察にはどういう人間が部屋に出入りしていたかと聞かれ、大家と他に2人ほどあげると、室内の指紋を取ってから主な3人を警察に同行し取調べが始まりました。

翌朝、調べられていたキルギス語の先生から電話があり警察に来てくれといいます。昨日からまだ調べていたとは思いませんでした。

警察に行ってみると担当者が(なんかニヤニヤして)「誰かを犯人にしなければならないが、誰を告発するのか」と聞きます。その時はもう誰をという気にはならず、わからないと答えました。担当者はまたニヤニヤしながら、相手がいなければなくなった金は自分で使ったという書類を書いてくれと言います。自分では書けないので一緒にいた学生に書いてもらいました。これで取調べ中の3人が解放されたわけです。

後で考えてみると、大家は何回か理由をつけては部屋に来ていました。その時に金がどこにあるのか目星を着けていたのでしょう。部屋の鍵は壊されていたわけではなく、犯人は決まっていますが告発することは止めました。

これも後でわかったのですが、大家が犯人だと警察はわかったが大家は賄賂を払ったので、警察は告発されないよう私に書類を書かせたのです。

キルギス語の先生と学生には、苦労をかけたお詫びに慰労金を渡しました。その後すぐ引っ越したのは言うまでもありません。このこと以来、引っ越したらドアの鍵を交換しています。

 

4.女性は皆ジーンズ、パンツルック

女性はジーンズ姿ばかり、スカートは全然見ませんでした。何年かしてからもスカートはたまに見る程度。今は多くなったとはいうものの、ほとんどがジーンズなどで日本に比べればはるかに少ないです。

ただし、以上のことは若い女性で、中年(というより30過ぎ)になると急に太るのでスカートになります。

5.小学生からピアス、マニキュア

女の子は幼稚園くらいで耳にピアスを付けます。全員が幼稚園からではありませんが、耳に開けるのはイスラムの風習のようです。それにマニキュアをして、学校に行くので先生に怒られます。指輪や手首にする飾りも学校にしていきます。

化粧はもちろん、付けまつげやマスカラなどもしている子供がいます。私の日本語の生徒(小学生)はマスカラをしてました。日本では小学生でマニキュアなどしない、祭りの時くらいだというと驚かれます。

 

6.花嫁は誘拐して

花嫁は盗む、これが忌まわしい伝統です。全く相手の同意なしに車などを使って複数の人間で誘拐します。その後、花婿の家に連れて行き初めて対面。逃げ出すことはできず、そのまま生活することになります。オシュ方面では村の女性以外でも誘拐するとか。地方の村だけではなく都会のビシケクでも行われます。しかし、その後共同生活が続くかというとそうではなく、別れて別の人という話はよく聞きます

これは立派な犯罪です。しかし、キルギスだけでなく中央アジア遊牧民の風習のようです。このような略奪婚がどう始まったのか、まだ調べたことはありません。

 

7.生徒が突然消えてしまう

アパートで日本語を教えていますが、生徒が突然来なくなるのにはびっくりしました。勉強が嫌で来なくなったのではなく、学校や仕事が忙しくなったなどの理由。「次は何日に来ます」と言って帰ったのに待っていても現れない。今日は都合が悪くなったのだろう、と次の予定日に待っていても来ない。電話番号を教えてあるのに連絡が無く辞めてしまいます。そうかと思うと半年くらい経って電話が来て、「また勉強したいです」という。

休む時は電話しろ、と言ってあるのに、小学生から社会人までどの生徒も皆同じ。伝統的に親が子供に教育していないのでしょう。

 

8.肉はキロ単位

来たばかりの頃、バザールに行って肉を買いました。そんなには要らないので、300グラムと言ったら変な顔をされました。その時はわからなかったのですが、肉はキロ単位で買うのが普通でした。骨付きで売っているので、実質は半分くらいになります。それと骨付き肉を切るのも一苦労、日本では親切に細切れですから切ったことなどありません。

馬肉の新しいのを薄く切って馬刺しで食べたこともあります。しかしこれは、血抜きや病気の関係で危険でした。肉は黒くなるくらいよく焼く、時間をかけてよく煮るのが原則です。

 

9.焼き肉は石炭焼き

カフェやレストランの串焼き肉(シャシリク)は石炭で焼いています。低温で燃える石炭があるので、木炭ではなく石炭焼きです。店の外で足の付いた細長い箱に鉄串を並べて焼いているのがそうです。

 

10.バックします

向かいの店に肉か何か納入に来た車から「バックします」という声がします。車体に「~肉屋」と書いてある日本からの中古輸入車からです。突然の日本語で、ここは日本かと一瞬錯覚します。しかし、車からの声は誰も理解できませんね。「いつも出るけど何の音か」と思っていることでしょう。

パキスタン人が日本からたくさん輸入販売しているので、車体に「~神社」「~販売」などと貼ってある車が目に付きます。

 

11.電気もガスも強力

電気の電圧は220V、ガスは天然ガスなので日本よりずっと強力です。電気ポットの湯はすぐ沸くし、ガスにかけた水もすぐ熱湯になります。とはいってもガスの自動点火がないのは不便です。マッチか電池式の火花を出す点火器かチャッカマンを使うしかないです。しかし中国製チャッカマンはすぐ壊れます。早いのは2日、2週間以上もったのはありません。

デパートやバザールで探しても自動点火式のガス台は売っていません。ソ連時代は宇宙ロケットを打ち上げても自動点火は考えなかった?

 

12.挨拶は、ほっぺにチュ

来て大学で教え初めた頃、女子学生同士がほっぺにキスし合っているのを一日何回も見ました。こちらの習慣を知らないので、二人はレズじゃないか、と他の学生に言ったりしました。それにしては多い。

お互いにほほをすり合わせて軽くキス。相手に向かって左側または右側にキス。観察していると左側が多いようです。ダブルで左と右に、さらにはトリプルの場合、よほど親しいか懐かしい相手でしょう。

この挨拶はロシア人もキルギス人も同様で、年齢に関係なく女同士や男と女でもします。しかし、男同士は握手してから相手の背中を叩きあいます。

そういえば、最初のアパートの大家(男)からほっぺたの挨拶をされた時は、慣れていないので身構えて体が硬くなりました。

 

13.信号手前でグッズ販売

幹線道路の信号少し手前で道路中央に人が立っていて、停止した車から小銭を無心します。大体、身障者やフーテンぽい人が立ってます。事故にならないのが不思議。もう見慣れてしまったので風景の一つになりました。最近は何か小物を売ってる人がいます。

 

14.中央アジアはバザール経済

日本にはない販売様式バザールの、ごちゃごちゃした雰囲気が好きです。大きいバザールが市内に3つ、郊外に1つ、小さいバザールはたくさんあります。売り場がごったなので、慣れないとどこに何が売っているかわかりません。

だいぶ前、中心部にあったバザールや幹線道路から見えるバザールが撤去されて公園などになりました。モスクワ通りとソビエト通り角にあった深夜営業のバザールが撤去されたのは10年位前でしょうか。景観の問題からなのか、わかりません。

それと最近は、幹線道路近くにあるプレハブの店「キオスク」も撤去されています。アパート近くにあったキオスクがかなり減りました。何日か行かないと「あれ!」なくなっています。

 

15.トロリーバス、マイクロバス

大型バスに架線を付けたようなトロリーバスは日本にはありません。タイヤで走るので線路なしです。架線は昆虫の角のように長く伸びて電線と接触しているので、時々外れて運転手が屋根に上って戻しています。

市内を網の目のように多くの路線で走っている乗り合いマイクロバス。これも日本にはありません。系統番号は100番から始まって市内は300番未満、近くの市町やイシククリ方面へも出ている長距離は300番以上の番号です。

面白いのは料金を乗車するとき払いますが、乗車してから人伝いに渡して払う方法があるのです。お釣りは逆方向で渡ります。最初の頃、金を渡されたとき何かわからずとまどいました。面白いことにバス停以外でも止まる場所を言えば停まります。

車内のマナーは良く、老人や妊婦など弱者にはすぐ席を譲ります。これは日本で見習って欲しい。反面、つり革に両手でつかまり通路をふさぐキルギス人、まだ降りないのに出口に陣取る人には閉口します。村から出てきたばかりの人間かなと思われます。

 

16.タバコは外で吸え

タバコを吸わない人にとって近くで吸われるのは困ります。その点、ソ連時代は建物の外で吸ういい習慣を徹底していたようです。ただし、大型バス、マイクロバスの運転手が運転中に吸っているのはどういうことなのでしょうか。携帯で話をするし、ラジオの音楽を大きくかけたりして、聞きたければ客がいないときにしてほしい。

 

17.成績が悪ければ賄賂

成績が悪く留年になりそうな場合、教師や学部長に賄賂を払えば解決できます。大学で教えていた時、留年の成績を付けた学生がそのまま進級していたのは、学部長に払ったからでしょう。卒業も同様で、こんな調子で人材を育てていたらキルギスはどうなる。

 

18.キルギス伝説

キルギスに昔二人の兄弟がいて、魚が好きな方は日本へ行き、肉が好きな方がキルギスに住んだ、という伝説があります。伝説なのか比較的新しい話なのか不明ですが、日本に親近感を持っている訳です。相手が日本人だと聞くとこの話をよくします。

 

19.バカ、はキルギス語で

キルギス語に「バカー」と言うのがあって、「カエル」のことです。「タシバカー」は、「タシ」が「石」で「カメ」のことです。「カイダン」は「どこから」という質問です。

20.テレビ放送が半日休み

ロシアのテレビ局では何ヶ月かに一度、放送を半日休みます。放送局の維持管理のためですが、日本もやったらどうでしょう。それと番組と番組のつなぎ時間が空くと画面に時計が出てきて5~10秒くらい待ちます。これはキルギスの放送局もやってます。日本も見習ったらいいのでは。でもコマーシャル単価が高いからだめでしょう。

 

21.近くにあります

日本からお客さんが来て、学生の案内で旅行した時です。目的の場所は近いから歩いて行きましょう、と言うので出かけたら、30分歩いてもまだ着かない。まだか遠いな、というともう近いです、という返事。結局1時間近く歩きました。キルギスの広い草原や畑を見ていると30分くらいなら歩いても近くだ、ということになるのでしょう。

 

 

 

(カルチャーショックⅢに続く)

カルチャーショック 第 2部 5

キルギスのカルチャーショック第2部 5          2018年2月

第2部も頑張ってシリーズが増えてきました。

今年の冬は何十年振りかの寒さでした。暖かくなったとはいえまだ雪は降ります。ご用心。

 

1.灰色の町がカラフルに

今のビシケクやオシュの町を見ているとわかりませんが私が来た頃町は灰色にくすんでいま

した。走っている車はソ連製とアウディなどドイツ製、ニッサンなどの中古日本車でした。

夜になると町は真っ暗で歩道を歩くのも大変。道が崩れたりマンホールの蓋がなかったりす

るので下を向いて歩きました。2005年のクーデター辺りから町は少しずつ明かりと色が

増えました。しかしドギツイ色もありますね。

 

2.市役所の方から来た詐欺師

知り合いのキルギス人の話です。市内の電信柱やバス停などに求人、仕事斡旋などの紙を糊

で貼ってあり、バス停の広告が見えなくなるほど多いですがその関係の詐欺事件。

知り合いが開催する講座の貼り紙を読んで市役所の方から来たと言う2人連れが来ました。

市役所で貼り紙を失くす活動をしているので新聞、テレビで知らせるから費用を出してくれ

と言ったそうです。2人の事務所に電話したら人がいたので金を渡したと。聞いたら結構な

金額でした。しかし新聞にもテレビにも宣伝が流れることはなかったとか。

市役所でそんな活動をするのかがまず問題だし確認は事務所ではなく市役所に電話しなけれ

ばだめなのに。だんだんこの手の詐欺が増えてくるのでしょうね。日本でも市役所の方から

来たと言って消火器を売りつける商売がありました。

 

3.キルギスの医者は算術家

キルギスの医者は金儲けのため患者を食い物にする俗物と化しています。給料が安いので患

者から取るしかないのです。

病院に入院したら患者の家族は食事の用意をし交代で24時間付き添いますが担当の医者や

看護婦に付け届けの金を渡さないと碌に診てくれません。

外科関係の医者はやたら手術をしろと迫ります。手術をすれば自分に金が入るからで病気が

改善されるからではないのです。

産婦人科では出産後3日で次の産婦を入れるため病院を追い出されます。もちろん次の産婦

から金を取るためです。さらに切開手術をやたら勧めます。9か月を過ぎたらもう出産が遅

いとかいい加減な理由をつけて。一度手術すると次の時もしないといけないので一粒で二

度おいしいことになります。

4.ビシケク・イシククリ汽車の旅

ビシケクからイシククリ湖のバルクチまで汽車が出ています。単線でディーゼル車、時間が

かかる、空調がないので夏は暑い、というのでまだ乗ったことがないです。とにかく一度乗

ってみようと駅で聞いたら冬は運行がなく5月からで1日1往復、料金は片道40ソムとか。

実はこの鉄道敷設には日本人が大きく関係しています。終戦後抑留者としてソ連各地に配属

された日本兵がキルギスにも来て建設に関わったのです。

終戦後、戦勝国の日本分割統治を主張するロシアに日本兵の労働力を提供するという密約を

示しました。戦争で数千万の若年労働者を失っていたロシアはこの密約を受け入れ日本兵の

抑留が行われました。

キルギスへの抑留者は鉄道だけではなくイシククリ湖東南のタムガ保養所建設と近くの製材

工場作業、ビシケクのオペラバレー劇場などにも関わっています。

鉄道敷設中に亡くなった方も多いでしょう。線路脇の土地にある土盛は名も知れず亡くなっ

た方の墓かもしれません。鉄道線路を見たらそんな思いを馳せてほしいです。

 

5.キルギス大統領考

ビシケクでスカーフをかぶった女性のイスラム風俗が見られます。今は結構増えましたが2

005年の第1回クーデター前は全然見ませんでした。 クーデターを起こし第2代大統領に

就いたのは西のオシュ州出身の議員だったのでクーデターに参加した人たちがビシケクに住

み始めた結果でしょう。オシュ州はウズベクに国境を接する地区でイスラムの戒律がビシケ

クより厳しいです。家でパーティーなどがある時も女性は男性と同席を許されないのです。

イスラム教は女性蔑視の宗教ですね。

 

6.小学生もピアス、マニキュア

私が顔を出している学校では女生徒たちは皆ピアス、マニキュアをしています。赤ちゃんで

ピアスをしているのを見たことがありますからしないといけないのかも。昔教えていた小学

生はマスカラもしてました。学校では禁止になってるでしょうけど監視が緩やかだから放任

状態です。日本だったら学校がパニックになります。

 

7.ドルの交換レートが違っていた

ずっと前は50ドル以上とそれより下の少額ドル札で交換レートが15%以上違っていまし

た。今どうなのか知りません。1998年には日本から持ってきたトラベラーズチェック

(小切手式引出し)が一般の銀行ではできなくて焦りました。チュイ通りの国立銀行に行き

やっと交換できました。

 

8.キルギス人は偏食家

キルギス人の食事品目が5つしかないのは前に書きました。当然食材も決まったものだけ。

野菜はジャガイモ、ニンジン後はキュウリ、トマトくらい。キャベツもキノコ類も食べま

せん。調味料は塩だけでコショウも使わない。もちろんしょう油、ごま油など見たこともな

いです。

キルギスの料理番組を見ると野菜を切って皿に盛り、茹でたジャガイモか焼いたソーセージ

を添える程度で何も参考になりません。

 

9.テレビで啓蒙しても

何年も前、国際機関の関係でしょうかテレビで啓蒙宣伝を流していました。2パターンあっ

て、警察官が交通違反車を捕まえたが賄賂を受け取り見逃した。その車で自分の子供が事故

に遭い死んでしまう、というのが一つ。もう一つは医科大学で賄賂を払って卒業した外科医

がミスで患者を死なせてしまう、というものでした。

しかしこれを見て考えを変えるキルギス人はいませんね。自分の子供が死んだにしても賄賂

の受取を止めようとは考えない。患者を死なせてもなんとも思わない、自分の責任ではない

と言い張ります。責任感がない、追及されれば逃げるのがキルギス人の特徴です。

キルギス人は日本人は兄弟だと言いますが兄弟にしても異母兄弟、生活環境が違うし性格な

どは全く別でしょう。

 

10.最初のカルチャーショック

キルギス最初のショックは警察官に賄賂を要求されたことだと第1部に書きました。

パスポートを大学に預けたままモス・ソビエト通りを歩いていたら呼び止められパスポート

がないと言ったら詰め所に連行。見逃してやるからと賄賂を要求されました。持っていない

のは私の落ち度、外国だと言う意識が希薄だったことは確かですが。

今でも外国人から小遣いを稼ごうと狙っていますから来たばかりの方、要注意です。日本と

は違いますから。

 

11.昔、床屋で

昔アパート近くにある床屋に行ったときのこと。髪を切りながら女性理容師が仲間とキルギ

ス語で話していました。何となく聞いていると、自分の親戚かどこかに行った後そこにいた

青年が私の名前などいろいろを聞いていたらしいわ、という内容でした。思わず笑ってしま

ったら、え!わかるの?と言うので少しわかるよと。あなたは良い娘だから青年は気になっ

てしまったんだと言っときました。

 

12.祝日が2日増えた

今日2月23日はロシア革命の赤軍結成日、祖国防衛の日で祝日です。私が来た時この日は

祝日ではなく「男の日」と呼ばれていて女性から男性にお祝いのカードなどを送る行事でし

た。祝日になったのは2010年第2回目クーデターの後だと思います。それと11月7日

の10月革命記念日は2005年第1回クーデターの後から始まったはずです。

他に第1回クーデターの後は夏時間を廃止、通年同じ時間帯にしました。ロシアはまだ夏時

間を採用しているので時差は3月から10月は2時間、後は3時間になります。

夏時間は日本にないので腕時計を始め持っている時計の時刻を変えるのは一苦労でした。夏

時間になった次の日待ち合わせ時刻を間違えたこともあります。

 

13.日本語話者

キルギスは親日国なので私が来た時から日本語学習者は多かったです。日本語クラスがある

ビシケクの高等教育機関は5大学と日本センター、中等教育も何校かありオシュやナリンに

も高等教育機関があります。

不思議なもので学習者の性格により使う日本語の違いが出てきます。攻撃的な性格はなぜか

攻撃的な言葉や話し方になります。本人は普通に話しているつもりでしょうが知っている教

師は攻撃的な話し方で聞いていてムカムカします。他の教師の日本語はそうではないのでや

はり性格でしょう。これは注意しても直りません。さて、私が話すキルギス語は攻撃的?

 

14.重曹を見つけた

来たばかりの頃、気分転換に手打ちうどん、ラーメンなど作りました。うどんはできたもの

のラーメンの麺はブツブツに切れ食べられませんでした。以前「かん水」が嫌なので使わず

卵だけで仕込んだのが失敗した原因と最近わかりました。重曹(重炭酸ソーダ)かベーキン

グパウダーでもできるとか。この材料で作った手打ち麺はしこしこで美味しかったです。

昔、重曹を探して「ソーダ」と書いてあるのを見ましたがどう見ても台所洗浄用にしか思え

ない箱デザインだったのでパス。今回これが食用重曹だと判明。20年近く洗剤と思い込ん

でいたわけで20年前と同じ箱デザインはいい加減変えてほしいです。

 

15.日本語がわからない

これはキルギスの話題ではないですが日本の新しい本やインターネットを見ているとわから

ない日本語が出てきて調べます。外来語を日本語に取り込む日本人の得意技で作られたり社

会現象でできたりしています。

例えば「ハグ(する)」「スルー(する)」、「ツンデレ」「ドキュン((DQN)」「神

対応」など。日本にいればわかるでしょうが私の方は浦島太郎状態。いつの時代もこんな風

に言葉ができているんだと実感しています。昔は何百年もかかって広まっていたのに今は

あっという間です。消えていく言葉もあっという間でしょうけど。

16.キルギス人は自分の意見を言わない

キルギス人に何か相談すると自分で決めてくださいと言います。こちらがわからない、決め

られないから聞いているのに。しかし、相談した内容はなぜか覚えていてこうした方が良か

ったとか後で言います。何人かのキルギス人が同じ対応だったのでもう相談しません。

 

17.日本は特殊な国

インターネットに日本を訪問した外国人が町はきれい、秩序がある、人は親切、礼儀正しい、

ので驚いたと出ています。日本人なら当たり前と思っていることが別世界なのです。私も日

本とキルギスを比べてカルチャーショックでしたが日本は特殊、日本と外国を比べてはいけ

ないと気が付き、前にも書きました。

キルギスでは日本式を忘れないといけません。嘘を言わない、約束を守る、人を騙さない、

など実行している人は少ないですから。

(キルギスのカルチャ―ショック第2部 6 に続く)

カルチャーショック 第 2部 7

キルギスのカルチャーショック 第2部 7    2018年3月

まだ頭が疲れていないようで記事は浮かんできます。カルチャーショックというよりエッセイの様相になってきましたがキルギス情報なのでいいかなと思っています。

 

1.円形交差点

ヨーロッパではよくある円形交差点ですがビシケクでは1か所(たぶん)アフンバエバ通

とアルマティンスカヤ通との交差点にあります。左回りに進みますがあまり流れは良くない。

ここしかないので慣れないのでしょう。

日本にもあるとインターネットで見ました。愛知県かどこだったか?

 

2.パノラマ台

ビシケクの円形交差点近く、少し南側に行った高台を上がると通称パノラマと呼ばれる市内

を展望できる場所があります。カフェが2軒あるだけですがお茶やビールを飲みながら町を

眺めるのもいいでしょう。カフェに駐車場はないのですが通る車が少ないので路肩駐車で問

題なし。

ここは「ダーチャ」と呼ばれる、週末を過ごす別荘地への入り口です。

3.円形街区

来たばかりの頃ビシケクの地図を見たら、あれ?丸い形の町がある。という訳で興味本位に

行ってみました。大きい街区なのでそこに立って見て道が円形に曲がっている感じはなかっ

たです。モスクワにこういう街区があるのかどうか、試行的に設計したのかもしれません。

 

4.スクランブル交差点は無理

渋谷のスクランブル交差点の話題がインターネットに出ています。外国人はこれを見たり旅

行で実際に行ってみて驚くようです。それは、

1)信号が変わるまで誰も渡らない

2)多数の人が同時に渡るのに衝突などの混乱はない  からです。

この交差点をビシケクか中央アジアに設定したらどうなるでしょう。

1)みんな信号無視して渡るから意味がない

2)一斉に渡ったらお互いにぶつかり反対側に着く前に信号が変わる

多分こうなってすぐに中止されるでしょう。

 

5.ガスを点けたまま外出

何回か目撃しましたがキルギス人は煮物の小さい火とはいえガスを点けたまま外出します。

私が一緒に帰ってきたらガスが点いていて慌てましたがキルギス人は気にしていない。小さ

い火でも何があるかわからないのに。遊牧時代にかまどで料理していた火の扱いと同じ感覚

ですね。これでよく爆発が起きないものだと感心します。

 

6.子供の旅行は大変

教師が学校の生徒を連れて飛行機に乗る、またはカザフなど外国に行く時は手続きが大変で

す。パスポートは18歳からなので、まず出かけてもいいと言う親の承諾書を作って公証人

の判をもらいます。それとキルギスで生まれた証明書(これは手帳のような形式になってい

ます)が必要でこれらを旅行会社や国境検問に持って行きます。

最初聞いたときはびっくりしました。ソ連時代は閉鎖政策だった。外国人と話すとスパイ扱

いされ警察に通報されたそうです。

 

7.突然休日に

キルギスでは突然、祝日と祝日、日曜などの間が休日になります。予めわかっているから決

めておけばいいと思うのですがいつも直前にならないとわからない。

それと休日になる会社、大学などの決め方が理解不能。週5日営業の会社などは休日になっ

て、週6日の会社などは営業となります。週5日だけ授業がある大学は休日になり6日ある

大学は授業となるわけです。どういう都合で決めたのか、ソ連式ですね。

 

8.教師は日雇い労働者

教師の給料は週、または月何時間教えているからという日給月給制です。これは学校も大学

も同じです。大学によっては教師の給料をプール制にして配分するかもしれません。しかし

上司がピンハネするかも。

給料が安いので二つの大学を教える教師もいます。日本語関係ではありませんが学生から何

かと理由をつけて金を集める教師もいるようです。出張旅費を上司が横領、教師は学生から

徴収と言う構図もあり歴史が古い大学ほどこの傾向があります。ソ連は横領、贈収賄、書類

改ざんが常態だったようです。理想に燃えどういう国を造ろうとしたのか。

警察官も給料が安いので外国人にたかり小遣いを稼ぎますがそれと同じわけです。

 

9.1年早く入学も可

学校(小中高一貫学校)には6歳で入学します。しかし、私は1年早く入学しましたと言う

学生が結構いました。子供が早く勉強したいと言っているからと入学を早くさせたとか理由

は色々でした。他に飛び級の制度があって優秀な生徒は1年早く進級します。

 

10.何と音声入力辞書変換

学生が携帯電話でインターネットを利用し音声入力の和露辞書変換をしています。日本語を

マイクに入力すると漢字・かなやカタカナで表示され同時にロシア語が表示されます。単語

だけでなく結構長い文章でも変換可能。

最初はえー!と驚きました。今はこういうこともできるのか!音声入力は昔から研究されて

いましたが特定の人の単音を入力しても単語や文の認識は難しかった。今は学生でも私の声

でも事前入力なしで音声入力変換ができるのです。思わず「あんたはえらい」と言ったら

「あんたは偉い」と変換されロシア語も正しく表示されました。コンピューター君、あんた

は偉いよ、意味は分かったかな。

後は文字を写真に撮って変換する機能もあるようで進歩が凄いです。映画スターウオーズに

出てきた通訳ロボットが現れる日も近いことでしょう。

 

11.両替レートの謎

ドルをソムにする時ビシケクの通称モス・ソビエトやマナス・モスクワ通りの私設両替所を

利用した方も多いでしょう。ここに何軒もある両替所毎のレートが異なっています。前から

不思議でしたがどうも利用客を分散する様に時間帯で交換ルートを変えているようです。近

くにある銀行も同様に時間帯で変わります。

ずっと観察していればわかりますがそんな暇人はいませんね。

 

12.ロシア語の変遷

ソ連時代、ビシケクの学校でキルギス語主体に教えるのは1校しかなくロシア語主体だった

のです。しかし地方ではキルギス語主体なので地方から来たキルギス人学生とビシケク育ち

の学生が使用言語のことで喧嘩になったと言います。「お前はどうしてキルギス語を話さな

いんだ!」という訳です。

公用語をロシア語に加えキルギス語を併用するとしたのは初代大統領時代の2000年前後でし

た。今はキルギス語だけになっているのでしょうか。

第1回クーデター(2005年)後からビシケクに地方、特にオシュ地方からの人が入って

来たのでロシア語使用率は減ってきました。ミニバスで運転手にロシア語で伝えたら、あ?

と聞き返されたりしてロシア語の肩身が狭くなっているのは確実です。やがて外国語の一つ

になっていく。

13.生放送

ロシアのテレビ放送で生放送の討論番組を始めたらキルギスでも早速パクって始めました。

しかし予算も人も少ないのでしょうロシアとは比べ物にならない簡単な番組になっています。

2,3人のゲストと司会者の対談が大した話題もなく続くというものです。

今までもロシア放送のパクリ番組はいろいろありました。俳優、歌手などがサーカスの演技

をするものや素人が自分の特技を披露するものなどです。次はどんな番組をパクるか?

ところでキルギスで連続テレビドラマがまだ登場しません。何年か前それらしいのが始まっ

たのにすぐに消えました。脚本家がいないのか?

 

14.乾燥果物

杏やブドウなどの乾燥果物を売っているので時々買っています。買った店で聞いたら水で洗

ってから2時間位ひたひた程度のお湯に入れて置くと美味しくなると教えられました。漬け

て置いたお湯はジュースのようになるので飲めばいいです。日本で乾燥果物を食べたことは

なかったのに郷に入れば、で新しい世界が広がりました。

 

15.守護霊がいるか

今まで私の身が危なかった出来事を書きましたがまとめると

その1)数秒前に立っていた場所に頭の上から街灯ランプが落ちてきた

ギシギシと嫌な音がしたので数歩移動した途端2m近くある街灯が落ちてきました。

その2)2010年クーデターの際、狙撃現場の近くにいた

まさか狙撃しているとは。大統領府近くで新聞を買っていた人などが犠牲に。

その3)トロリーバスを見ずに道を渡りバスを停めた(2回も)

モスクワ通りを配達で渡る際、反対側を見なかった。原因は疲れ。

などです。

他に何回もカフェに財布、鍵の入ったバックを忘れましたが戻ったらそのままあったり店員

が追いかけて来てくれたりして無事に戻りました。バスに落とした携帯電話も拾った人が連

絡して返してくれました。これは奇跡的!バザールに売られてしまうのが普通でしょう。

 

16.キルギス人?中国人?が搭乗拒否された

オシュからの飛行機でタラップに上がる時かなり酔ったキルギス人?中国人?が大声で喚き

ました。それで係員に搭乗拒否され車で戻されていました。近くに酔って顔を赤くした仲間

もいましたが騒がないので搭乗。

 

17.出稼ぎに出る

キルギス国内の産業が少なく仕事に就けないのでロシア、トルコ、アメリカなど出稼ぎに行

きます。その数は50万人とかニュースで聞きました。モスクワに行った時カフェなど外食

産業で働いているのはみんなキルギス人でした。市内でトルコなどでの仕事をあっせんする

宣伝をよく見かけます。

 

18.アルバイト給料は

学生はアルバイトでカフェなどのウエイター、ウエイトレスに行きます。2年くらい前です

が12時間働いて給料は300ソム(450円位)でした。最近小規模工場で働いた例では

12時間で400ソムとか。ウエイターはまだ同じ給料でしょう。

キルギスに来たばかりの頃ハイアットホテルを造っていて(既存建物の改装でした)学生が

アルバイトに行きました。聞いたら12時間で200ソム、仕事が大変なので皆辞めていく

と言っていました。人集めを担当した人間が自分の収入を増やすよう安く人を使ったのでは。

 

19.キルギスのコンサート

昔、有名なキルギス人歌手のコンサートに行きました。キルギスのこと定刻になっても始ま

らず催促の拍手が起こりようやく歌手が登場。しかし顔は真っ赤。コンサートの前にどこか

の結婚式に出て歌い(口パクですが)ウオッカを飲まされてしまったのでしょう。どうせコ

ンサートも口パクだから問題ないよと言われたかどうか。

 

キルギスのカルチャーショック第2部 8 に続く

 

 

 

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