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キルギスのカルチャーショック第3部4

キルギスのカルチャーショック第3部4      2018年11~12月

徒然なるままに・・の心境で書いているこのシリーズですが日本人会の読者?を意識して記事がだいぶ変化してきました。今回は食べ物の記事が多いようです。ここで訂正とお詫びです。前回第3部3の9.キルギスでは何が起こっても・・・の項で「西はチムール帝国」と書きましたが「西はコーカンド・ハーン国」の間違いでした。ちゃんと調べないといけません。

 

1.今日はお祭りです

日本語を話すキルギス人に祝日について聞いてください。これはどういう日ですか、と。答えは大体「お祭りです」と返って来ます。お祭り?うーん?となりますがキルギス語で祝日とお祭りは一つの言葉「マイラム」なのです。キルギス人の先生だとしっかり教えないのでしょう。祝日とお祭りを分けて覚えないといけない。

 

2.スターリン時代の闇

11月7日ビシケク市から南に行ったチョン・タッシという所で追悼式があり大統領がお悔やみの言葉を述べました。ここは1930年代スターリンの命令により殺された120人ほどのキルギス人(他民族もいた)を埋葬している場所です。スターリンは当時の社会的指導者を監禁し暗殺する命令を出したわけで作家チンギス・アイトマトフの父親も含まれています。これ以外にもキルギス全体で何千人以上もスターリン時代に行方不明になり帰らなかった人がいるようです。旧ソ連の各国で同様なことが行われ全体では4000万人が殺されたようです。

チンギス・アイトマトフの作品で登場人物がスターリンは死んだか、と待ち望んでいる記述があります。ソ連第一書記は何と終身制だったので反体制派を粛清し続ける恐怖政治を終わらせるには直接殺すか死を待つかしか方法がなかったのです。ソ連の国民がこぞってスターリンの死を待っていたのでしょう。現在、国家指導者の終身制は北朝鮮とトルクメニスタンだけですか。ところで毛沢東は6000万人を殺したそうです。上には上がある。

 

3.袋を息でフー

イスラム教では人の吐く息はきれいなものとなっているのかどうか。キルギス人、ウズベク人など店で品物を渡す袋を息で膨らめますね。パンや菓子などを買った時これをやられると顔をしかめてしまい買うのを止めようかと一瞬考えます。バザールなどではその日最初に売れた品物の代金に息を吹きかける、というか「プ、プ、プ」と唾を吐く真似をします。次も売れるようにと言う縁起担ぎの動作ですがこれを見ると人の息はきれいだと理解しているのでしょうか。

 

4.即席ラーメンの作り方

なんだ即席ラーメンか、となりますがされど即席ラーメンおいしくなる作り方はあります。特別な材料などを使うのではなく麺とスープを別に調理するだけです。しかしこれだけで随分違います。それと麺を茹でる時、湯が沸騰する少し前(30秒か1分か)乾麺を入れて麺に水を吸わせその分だけ時間を短くします。麺は麺、スープはスープで作って合わせる。これをお試しください。もうやっていますか。

 

5.マグロ刺身もどき

市内あちこちで塩漬けニシン(ロシア語はシリョウトカまたはシリョウトキ)が売られています。来たばかりの頃、三枚に下して塩抜きし刺身で食べるとマグロのようで美味いと教えられました。刺身に飢えていたので早速食べたらうーん!美味い。ただし骨が多いので頭、内臓を取ったら背骨を尾の方から頭の方に向けて取ると大きい骨は取れます。小骨はさらに取ることになります。それと塩抜きは2時間以上、水を流しながら浸けて置く必要があります。

他に冷凍シシャモ(ロシア語はモイバ)を開き、頭、背骨などを取って三杯酢に漬けてもイケます。これも骨抜きは尾の方から背骨を外せばいいです。ニシンはキロ160ソム位、シシャモは140ソム位でマグロブロックの1400ソムに比べてずっと安いです。ただし頭付きなので身はキロ300ソム以上になるでしょう。

 

6.日付が10.10.10

昔アパートの大家に家賃を払いに行って領収の記載をしてもらった時です。何気なく見ていたら日付を10.10.10と書きました。おー!そうか、今日は2010年10月10日だったのか。ロシア語、キルギス語の日付は「日・月・年」の順に書きますから日本語と逆になります。しかしこの日はどちらでも同じ数字が並ぶわけです。大家が来年は11.11.11があって再来年は12.12.12があると言いました。気が付かないで生活していたのは良くないと反省しました。

 

7.日本語の難しさ

日本語を学習する人にとって難しいことの一つに助数詞があります。1枚、2本、3台、4個など数字の後に付ける単位ですがロシア語にもキルギス語にもないので覚えるのは大変です。30や40はありますからこれは何を数える時にと分けて覚えるのは無理でしょう。まずは5種類くらいを覚えれば何とか。

日本語の上手な知人がいて外人とは知らせず日本人とメールをしていました。最初は気づかれなかったのですがある時「え、外国人?」と聞かれました。原因は助数詞で日本人なら間違えるはずがない所を間違えたのです。例えば「テレビを1枚」とか「リンゴを3台」という風に。普段使っているので気が付きませんが日本語は難しいです。

 

8.中国製品は重さでチェック

ビシケク郊外のドルドイバザールに輸入され市内のバザールや商店に出回る中国製家電製品。粗悪品、不良品、在庫品などが多くて買う時は余程注意しないといけません。中国に何年か住んでいた人から聞いたのですが中国本土では不良品を重さで見分けているそうです。例えば電気ポット。あまりに軽いのは材料が悪いから止めて少し重いくらいのを選ぶのです。軽いと板金は薄いしコイルも材質が悪い、ということです。全部に当てはまるわけではないですが中国製品は重さで判断するのが一つの目安かもしれません。

 

9.懐中電灯は枕元に

先日起きて明かりを点けたら暗いまま。電球が切れたかと思いましたがどうも停電のようです。いつも枕元に置いてある懐中電灯を点けてろうそくを探し点火。昔は停電が多かったので懐中電灯、ろうそくは常備品になっています。懐中電灯は充電式が使いやすいでしょう。乾電池式は電池が切れたり数が足りないとお手上げですから。もちろん忘れず充電を。

 

10.中国からの寄贈バス

もう10年位前でしょうか、中国から友好の証として大型バスが何十台も寄贈され市内各路線に配備されました。ちょうどいい路線バスがあったので利用していましたがいつの間にか来なくなりました。今運行しているのはたぶん7、21、35、38番の路線だけ。当初の半分くらいです。原因はバスがすぐ故障してしまい直す部品がないからであちこちの駐車場に放置されています。中国は廃車するバスを修理点検もせず寄贈したのです。これでキルギス人の中国嫌いがまた高まったかも。

 

11.熱水供給センターの責任者

ニュースでちょっと見ただけなので確かではありませんが通称「テツ тец」と呼ばれる熱水供給センターの最高責任者はロシア人でした。ソ連崩壊後独立したキルギスからほとんどのロシア人技術者が帰国し、その後釜にあまり知識のないキルギス人が就きました。しかし「テツ」は自前では稼働できなかった。責任者にはキルギス人しか任命されないと言う制度を作ったもののここだけは例外的にロシア人としたのではないでしょうか。ロシア人は技術をキルギス人に伝えなかったか伝えられなかった。設計・建設技術でいえばキルギス人がどの程度の技術を持っているのか疑問なので新しい高層建築物には住みたくありません。

 

12.アジの開きもどき

5.の項で書いたのとは別の食べ方です。塩漬けニシンの頭、内臓を取り除き開いて塩抜きします。背骨を尾の方から頭の方に向けて取るのはマグロもどきの時と同様。刺身より長い時間塩抜きしないと塩っぱくなるのでご注意を。次に天日干し、陰干しします。半日くらい干したらオーブンかフライパンで焼きます。これもなかなか美味いと思います。

 

13.しめ鯖

市内のバザールや魚の店で鯖(ロシア語はスクンブリア)を売っています。以前は魚と言えば塩漬けニシンかシシャモくらいだったのでインターネットで鯖やマグロを売っている店を見つけた時は感激しました。その後バザールでも売るようになったのは歓迎すべきことです。

鯖は解凍して三枚に下してから刺抜きなどを使って小骨を取ります。次にタッパーに米酢(濃度5%位 ゴインに売ってます)と砂糖少々、昆布少々を入れ漬けます。20分ほど置いて酢をこぼし後は冷蔵庫で熟成します。一晩おけば食べられますからお楽しみください。心配な寄生虫のアニサキスは冷凍輸送されてくるため心配ありません。厚生省の基準では-20度以下48時間以上の処理です。

 

14.キルギス語を習いましょう。

キルギスにいるのだから習うのはキルギス語、ですか。挨拶だけでも話せれば相手の印象が違います。ビシケクではロシア語の使用割合が多いですが地方に行けばキルギス語主体です。それにキルギス周辺に仲間の言語がたくさんあるので旅行でも使えます。カザフ、ウズベク、ウイグル、トルコ、アゼルバイジャンなどが兄弟語で30~50%位は共通になります。カザフ語よりトルコ語の方が近いような。

私もキルギス人の先生とキルギス語を習ったのですが教科書はロシア語で記載、先生は日本語を知らない、ということで頭がパニック状態になりました。まずキルギス語・ロシア語辞典で調べて次に露和辞典で引くので学習は進みません。少し慣れるまで半年くらい経ちました。若い頃ならもっと早かったでしょうけれど。

 

(キルギスのカルチャーショック第3部5 に続く)

キルギスのカルチャーショック第3部 2 

キルギスのカルチャーショック第3部 2          2018年10月

初雪の話題を書いたら本当に降りました。関連して、集中暖房の開始・停止日、最終降雪日など日記を調べて書いてみました。今月初めは気温30度以上だったのに2週間ほどで30度下がったわけです。さすが中央アジア、いつもながら驚かされます。今回も雪の記事があるので早めに発行します。

1.集中暖房の開始、停止日等

下記のデータで降雪の前日気温を書いたのは暖かいのに降るという気温の差を表したかったためです。99年には4月25日頃に降り本当にショックでした。5月に入ってから降ったことがあるとか。その時はイシククリ湖でも降って、栽培しているリンゴの開花期だったため花が落ちてしまい大打撃だったそうです。

次の降雪は今月終わりころでしょうか。いつも2回目は間隔が開きますから。それから集中暖房はもう一度降らないと入らないでしょう。昼間の気温が0度にならないとだめなようです。なお集中暖房の開始、停止は温水配管の関係で地区により多少(2,3日)違いがあります。

(年) (初雪) (前日気温) (暖房始)   (終雪)  (前日気温)  (暖房停)

2018 10/16   14℃     ?        3/16     4℃      3/22

17   9/30    10℃    10/20        4/06      7℃      不明

16   10/18    14℃     不明        3/19      6℃     3/11

15   10/22    18℃    11/1?       4/02      8℃      不明

14   10/27    18℃    10/27       4/13      13℃      3/28

13   10/27(*) 13℃    10/27      3/09      2℃     3/25

12   10/18    14℃     不明      3/19      10℃      3/30

11   10/28    14℃    10/30      4/03     24℃     3/29

10   10/21    20℃    11/13     3月不明    不明       不明

09   11/09     8℃    11/11       3/19     14℃      3/25

08   11/11     8℃     不明      4/17     16℃       不明

07   11/09    19℃    11/09       2/27     12℃       3/27

06   11/21     8℃    11/13      4/09     25℃       3/29

05   11/14     9℃    11/02      4/05     28℃       3/26

04   10/15    24℃    11/06        4/07     10℃       4/01

(注)上記(*)の日付は、前回11/20と書きましたがこの日に雪が舞っていました。

(注)2010年3月の日記がないので日付等不明です。

 

2.宇宙船

現在はロケットで打ち上げている宇宙船ですがなんとも前時代的な物に見えるのはどうしてでしょう。それに打ち上げの度に燃料タンクや付属品を捨てるので宇宙はゴミの山になっています。宇宙ゴミ回収の話も出たり消えたりで進みません。地球の重力を脱出するためにロケットではなく別の方法が開発されればゴミは出なくなります。将来、重力子とでもいうのか重力の粒子を制御できるようになればいいのです。飛行機も重力制御になれば飛行場の滑走路がなくても済みます。

 

3.日本ではロボット犬と散歩する?

日本で試作されているロボットがニュースで紹介されるともう一般的に使われていると思う人が多いようです。日本で町を散歩する人は皆ロボット犬を連れているのか、と聞かれたことがあります。あれは試作だからと説明しましたが納得しない様子。介護ロボットや自動掃除機も登場していますから家のペットもロボット、食事や掃除もロボットが、そんな時代が来るのも近いかも。

 

4.キルギス蕎麦

昔ですが蕎麦を食べたくなってバザールのそば粒(グレーチキ)を挽いてもらい手打ちしたことがあります。つながって麺になったものの・・香りも味もなく不味い。中央アジアでは粒を茹でて食べるので麺にするにはそば粒の保存方法が合わないのでしょう。ソバは世界的に栽培されていますが、食べ方は粒で茹でる、粉にして焼くなどが大半で麺にするのは少数派。今のところ中国製、韓国製の乾麺を利用するしかないです。

 

5.サンタクロースはキルギスから?

サンタクロースはキルギスが発祥の地だ、キルギスでは「アヤーズ・アタ」と言って昔から言い伝えがある。ということでアラトー広場に学生を動員して大規模に宣伝したのは何年前だったか。今でもやっていますか?サンタクロースをキルギスでは「アヤーズ・アタ(寒さの父)」、ロシアでは「デット・マローズ(寒さのお祖父さん)」、その娘は「スニェ・グーロチカ(雪娘)」と呼ばれます。

サンタクロースの起源はキルギスだ!と思い付きで始めてすぐに終わるのではなく何十年も続ければそれなりに効果があるのに。気まぐれですから。

 

6.景品のグラスが割れていた

バザールの路上で紅茶を安売りしていました。欲しかったので買って家で見たら中に入っている景品の小グラスが割れている。これでは危なくて飲めないので捨てました。X線検査で割れているのがわかった不良品を中央アジアに輸出したのです。中央アジアは中国のゴミ箱と思っていますが本当です。バザールの安売りは要注意、何か問題がある商品です。

 

7.自動販売機

日本は自動販売機の展示会のように様々な種類がありどんどん変化しています。音声付きなどは当たり前でしょうか。しかしビシケクでは見たことはないです。空港に飲み物の販売機があったくらい。街頭に設置したら危ないでしょうね。すぐ盗まれるか金を奪われます。治安の良い日本だから設置できるともいえます。

自動販売機は24時間暖・冷の保温状態なので電力の無駄遣いと思いますがどうですか。それと販売機設置は販売会社負担ではなく設置者が機械を買取ると思ったのですが。品物が売れた時に設置者の収入になる訳なので販売会社は損がないようにできている。

 

8.村の土地を売ったのは誰?

キルギスの来たばかりの頃、学生とオシュ方面に出かけました。立ち寄った村で最近ウズベキスタンとの国境が変更になって村の土地が狭くなった。どうして変更になったのかこれについて誰も知らない、と言います。誰も知らないのではなく誰も真実を言わないのだろう。地元の役人が金欲しさに中央を巻き込んで土地を売ってしまったのではないか、などと想像しました。金のために土地を売ったのなら本当の売国奴ですが。

 

9.カルパックは正しくかぶれ

カルパック(キルギスの民族帽子)をよくかぶっています。薄い材質のは夏に、厚いのは冬にと分けていますが薄い材質は中国製の土産用なので本物ではない、本物は通気性がいいので夏も冬も同じカルパックで大丈夫と言います。私がかぶっていると、ほー、と感心して見る人が多いものの、かぶり方が間違っているようでよく直されます。裾の切れた部分を前にして外側に折ってかぶるのは知っていますがそれだけではだめ。折り方がどうの、切れた部分は正面にとか細かいです。バザールなどへ行くと似合うよ、と言ってくれる人もいて自分はキルギス人だと喜んでいます。

 

 

 

(キルギスのカルチャーショック第3部 3に続く)

カルチャーショック 第 1部 3

キルギスのカルチャーショックⅢ     2013年5月

ショックな話と住んでいないとわからない興味深い話を併せて書きました。

 

1.お札で商品をパタパタ

朝早くバザールで買い物をしたとき、渡したお札で売り手が他の商品の上をパタパタ叩きました。「ん!」と思って聞いたら、最初の売上金でこうして、あとでたくさん売れるようにとの縁起かつぎでした。

商売の縁起かつぎでは、最初の売上金にプップッ、とつばを吐く真似をする動作があります。中近東からロシアで見られるそうで、韓国で見たとインターネットサイトにありました。

 

2.「パトーム」と「ザーフトラ」

「パトーム(後で)」・・・買い物をして手持ち金が足りないと言うと、店の人が言います。後で持って来ればいい、と思ったのですが、どうも言い方が違います。足りない分は要らない、負けるから買ってくれ、という意味でした。日本でも「あとでいいよ」と言いますが、やはり持ってくるのが前提でしょう。辞書だけではわかりません。

「ザーフトラ(明日)」・・・何かするべきことがあってもできない時、わからない時に言います。店に欲しいものがなくて「いつあるか」と聞くと「ザーフトラ」。「明日に」ですが、明日になってもあるかわかりません。明日の明日は、その明日は、となっていつになるかわからない、ということで、「いつかわからない」ということになります。

貸した金を請求すると「ザーフトラ」と返事します。明日また請求すると「ザーフトラ」、これで1ヶ月、1年、やがて相手は諦めます。

学生はこれを日本語に訳して「明日、明日」と言うのですが、意味はまったく違いますね。

 

3.酒は密造酒が横行

店で売っているウオッカは、蒸留酒ではなく工業用アルコールをブレンドしたものがほとんどです。しかも同じラベルでビンに入っていても、質の悪いアルコールで作った自家製密造酒が横行しています。公認印紙を貼ってあるのですが、収入印紙は本物をバザールで売っているそうで中身は粗悪品。普通の店で正常なウオッカと一緒に売っているので、飲んでみるまでわかりません。

サマゴンという名前の砂糖から作る蒸留酒があります。個人で作るのはいいのですが売るのは違法です。ソ連時代、身障者に収入を与えるため特例で製造販売を許可していました。2年ほど前までは街頭で売っていましたが、突然街頭から消えました。吟醸酒の味がしておいしいのでよく買っていたのに。販売禁止になったのでしょう、あちこち探してもありません。ロシア人は自家用に作るので、個人的に分けてもらうしかないです。

 

4.電球爆弾

アパートに帰ってきて電気のスイッチを押したら、ボンと音がして何か下に落ちました。電球のねじ込む部分の線がショートし、ガラスが割れて落ちたのです。これは何回かありました。最近は中国製蛍光電球(らせん状に丸い型)を使っているので爆発はありません。

 

5.おからの保冷剤

豆腐のおからを冷凍して保冷剤にしたら、なかなか優れ物です。夏の配達に保冷剤が欲しいとあちこち探しましたがありません。ふと、何年か前にお客さんがおからを冷凍しておくと話していたのを思い出しました。それで、冷凍して保冷剤にしました。

水と違って溶けてもぐちゃっとならないし、形を色々変えられて便利です。買う必要なし、古くなれば交換、廃物利用になって一石三丁。

 

6.中国のゴミ箱か

中国にある外国企業の工場や自国会社の電化製品などが陸路を通って大量に流れてきます。しかし、製品の質は良くありません。年式落ち、在庫、検査落ちなどが持ち込まれています。中央アジアは在庫処分地かゴミ箱扱いです。キルギスには工業製品の会社がないので不良品でも買うしかありません。

チャッカマンは2日で壊れ、電気ポットは分解してしまう、と言った調子でした。最近はだんだん良くなり、ゴム手は長持ち、液晶テレビ、DVDデッキは使えます。

 

6-2.拡大する郊外大型バザール

市の北部郊外にドルドイと言う大型バザールがあります。衣料品から家庭用品、電気製品など多品種の商品を安価で売っているので、安いものを求めて1時間くらいバスに乗って買いに行きます。

しばらく行かないと新しい販売区域ができています。どこも貨車のコンテナーを利用した店舗で売っていて、売り場番号をメモしていないと同じ場所には戻れません。それほど広いのです。中央アジアで一番大きい規模とかで、中国から大型トラックで大量に商品が運ばれています。

 

7.授業は生徒が移動

第一学校では授業毎に生徒が移動します。日本語教室で待っていると生徒がやってくるわけです。しかし、授業と授業の間が5分なので、生徒は移動に忙しいです。授業以外で生徒はどこにいるかというと、学年の教室があってそこにいます。

生徒の成績は5段階評価、学期ごとに生徒の手帳に記入します。授業後、生徒が書いている学科のノートにその日の評価を記入したりします。1クラスで生徒の数が5,6人なのでいいですが、それでも面倒です。

大学で学生が教室を移動するのは日本も同じですね。大学では毎月月例テストがあり、成績は学期ごと手帳に記入するのは生徒と同じ。卒業証書は、見開きになった厚い表紙の冊子で成績が記入してあります。

 

8.「はい」は1回だけにしろ

大学にいた頃、学生が「はい、はい、はい」と続けて返事をします。日本でも言いますが、単なる同意の「はい」と意味が違ってきます。これはロシア語の影響でした。ロシア語は同意・承諾の意味でも「ダー(はい)」を3,4回繰り返してもいいのです。

 

9.パンが美味しい

日本のパンは小麦粉を漂白しているので、小麦粉の味がしません。それでジャムやクリームなどを入れないと美味しくないのです。こちらのパンは薄い茶色、焼いた小麦粉の色です。外国人が日本のパンを見たら驚くでしょう。どうして白いんだ、と。

こちらのパンは、小麦粉の味がして美味しいのでよく食べています。丸いパン、四角いパン、もちろんリンゴやイチゴなどのジャムパンもあります。パンを始め、野菜、果物、ハムなど美味しい物を食べに来て欲しいです。

 

9-2.笑顔がない売り手

店やカフェなどどこでも売り手は笑顔なし、無表情です。最初は売りたくないのかと思いました。買っても無表情、おつりは手渡しではなくカウンターに置くだけ。日本のマニュアルを読ませてあげたい。レストランではハイアットホテルのウエイトレスだけ笑顔を見せます。

 

10.傘がない、帽子がない

雨が降っても傘をささないで歩いている人が多いです。日本と違ってあまり降らないし、降っても小雨で長くは降らない、というので持ち歩かないのでしょう。買う余裕が無いのもあるでしょうけど。それで、たまに強く降った時は、ずぶ濡れになりながら歩いています。

傘をしまう時には干さないで、たたんだままです。それで布がくっついて

すぐ悪くなります。

それと、夏の強い日差しでも帽子をかぶりません。日本人なら、病気になるぞ、と注意されるところです。「カルパック」という民族帽子があるのに、かぶらないのは何故でしょうか。来たばかりの頃、普通の帽子が売っていなくて探すのに苦労しました。

 

11.キルギスは夫婦別姓

キルギスでは、結婚しても夫の姓になるかは選択できる夫婦別姓の制度です。夫の姓になる人がほとんどのようですが、最近は別姓の人も多いとか。別姓でも子供の姓は父親の姓になります。

 

11-1.結婚式は交通事故の元

アメリカ式、ロシア式でしょう、結婚して登録署名を済ますと新郎新婦を乗せた車が町へ繰り出します。飾りを付けた仲間の車が隋送してクラクションを鳴らしながら走ります。しかしスピード違反や信号無視をするので、一般の車と事故を起こした現場をよく見ます。車が少なかった昔と違い、今では危ない行為です。

新郎新婦用の車は、アメリカ製の長ロングボディーの車が使われています。

 

11-2.蒙古班

実際に見たことは無いですが、キルギス人の乳児にも蒙古班があるそうです。モンゴル系の遺伝子があるわけで、チンギスハン以後モンゴル人がウズベキスタンやロシア方面に進行していますから、その辺の関係でしょうか。

 

12.子守は男の仕事?

キルギス人でもロシア人でも若い男性が一人で乳母車を引いて散歩しているのをよく見かけます。夫婦の場合も男が引いています。日本では見ないでしょう。

そうかと思うと、小さい子が赤ちゃんをお守しているのもよく見ます。自分と同じ大きさくらいの赤ちゃんを抱っこしたりしています。感心しますが危なくないの?

 

13.ドルが消えた

10年以上前ですが、アパートからドルが消えてしまいました。消えたと言う表現がぴったりします。誰もいなかった、何も異常は無かったのに、1回に何千ドルが消えたのです。当時、銀行は毎年倒産するところがあって危なかったので、現金でアパートに置いてありました。寝る前に確認して、朝にはなくなっている、ということが何回かあって、合計一万ドル以上が消えました。それも子供の誕生日に、です。

全く訳がわからずショックでしたが最近になって思うに、あれは運命の神様が一時預かりしてくれたのではないか、ということ。金を持っていれば使ってしまう私の性格を知っていて預かった。そして、近年になって豆腐、納豆などの注文が増え、預かり金を還元しているのです。

神様の配慮は有難いことだ、そう考えているこの頃です。

 

14.静岡のビニール袋が

だいぶ前ですが、バザールで買い物をしたらビニール袋をくれました。ふと見ると「生活倉庫」と書いてあります。静岡センター近くにあったデパートのもので、はるばるキルギスまで運ばれて来たのです。

これに限らず、時々日本の袋を見かけます。ひらがな、カタカナはどの国の文字か誰もわからなないでしょう。

 

15.引越しは10回近く

これはショックではないものの、少し関係します。

  • 最初のアパートで何千ドルか消えたので引っ越しました。
  • 引越し先で大家が泥棒をしてまた引越し。
  • 次のアパートは大家夫妻が離婚してアパートを売ることになり、2ヶ月でまた引越しに。泥棒大家と離婚大家のアパートは、ダミーラに探してもらった場所です。また頼むと良くないことになりそうなので止めました。

次は、④ちょうど三井先生が一時帰国するというので留守番を兼ねて同居しました。次のアパートを探していたら、

  • たまたま人文大学の先生から紹介があり引越し。そこは半年の約束だったので⑥次はアスカルの母親が持っているアパートに行きました。2年位してアスカルの両親が離婚、母親と娘たちが住むことになり突然の引越しになりました。当時、民間日本語学校で教えていたので、
  • 学校で探してもらい市の東端地区のアパートに引越し。1年位して、日本へアルバイトに行くためアパートを引き払い、荷物を彼女の家に頼みました。

⑧帰ってきて人文大学の教師用アパートに引越し。そこは氏原氏が入居していることになっていたのですが、大学に又貸しがばれ、移転を余儀なくされました。

次を探しているところで、

⑨たまたま今のアパートが空いていたのです。日本人教師が住んでいたのですが、一時帰国中に発病して国外には出られなくなりました。在住日本人からの情報で滑り込みセーフ、いい所が見つかりました。神様が用意してくれた気がします。

交通や生活に便利な場所なので、もう4年住んでいます。これは今までで居住の最長記録です。

 

16.逮捕者や裁判風景を放送

逮捕された人物を取調べる様子や裁判が行われている様子をテレビニュースでよく放送しています。手錠をかけての写真撮影やインタビュー、調書作成風景などです。ソ連時代からの慣習なのでしょうが、日本ではあり得ません。

 

16-1.変に長く映す

テレビニュースの記者会見では変な撮り方をしています。会見している人より取材に来ている関係者をよく撮っているのです。美人系の取材者が多く、たまに撮影している他局のカメラマンを撮ったりします。しかも時間が変に長い。

ロシアのニュースもそうなので、ソ連時代に教えられてそうなったのでしょう。時間が余ったからと思ってしまいます。ニュースの違和感は未だに消えません。

 

17.キルギスにあって日本にないもの

日本にあってキルギスにないものはたくさんありますが、キルギスにあって日本にないものは。

1.トロリーバス(バスの天井に架線を付けた型式の電車)

2.マルシルートカ(乗合の路線マイクロバス)。バス停以外でも停車

3.バザール         4.ボズイ(移動式テント)

5.プレハブのキオスク

6.カイマック(ロシア語はスメタナ)、(サワークリーム)

7.セミチカ(ひまわりの種を炒った物。ペットではなく人が食べます。)

8.密造酒(ウオッカ等)、密造薬    9.氷河を抱く高山

10.東西180kmの湖や標高3000mにある湖

11.交通警察(賄賂徴収)

12.市内のアパートに熱水を送る熱供給センター

13.路上でタバコ一本、ガム1個売り

14.路上で木樽に入れた飲料水のコップ売り(ショロ社)

15.料金メーターがない個人タクシー

16.石炭で焼いて売る串焼き肉

17.美味しい生ハム、乳製品、釜焼き丸パン

18.通常湿度50%前後の気候

19.10カ国以上の人種が居住する町(キルギス、ロシア、カザフ、ウズベク、

トルコ、中国、韓国、ドゥンガン、ウイグル、タジク、パキスタン等)

20.国内ニュースでも2カ国語(キルギス語版、ロシア語)のニュース。

21.いつも口パクで歌う歌手

22.冷たいのを飲んでも腹を下さない牛乳

23.音程がずれている国立オーケストラ

(2015年2月、12~追加)

 

18.アパートは北向きが良か

ビシケク市は130年ほど前、帝政ロシア時代に都市計画決定されました。公共施設、アパートなど実際の建設は1950年代になってからです。設計は白夜の都市モスクワで行ったので、何千キロも離れた暑い国の様子はわからなかったのでしょう。アパートの向きは東向き、西向きなど様々。北向きもあります。土地は十分にあるのに、南向きではなくわざわざ西向きにして西日が当たるようにしてあるのは何とも不便です。今でも新しく建設するアパートを西向きにしているのを見かけますが理解できません。

19.頭上注意

これはショックな出来事です。大きな交差点で人を待っていた時、広い道をトロリーバスが通り天井の架線が外れて止まりました。その振動が道の向こうから電線に伝わり私が立っている方にやってきて、頭上の街路灯がギシギシと揺れました。何となく危険を感じて数歩移動した途端、つい数秒前に私が立っていた場所に街路灯の大きなランプとカバーがドスンと落ちました。あの場所に立っていたらどうなったことか。

他に人がいなかったのは幸いでした。帰りにカフェでウオッカを飲んで厄払いしました。

 

20.新築アパートは自分で内装を

最近まで日本語の勉強に来ていた生徒(主婦)がアパートを買いました。それで毎日修理に行っていると言います。新築なのになぜ、と思ったら、内装は自分たちで行うというのです。設備のあるアパートは高いので、内装も何もないアパートを買って、電気、ガス、水道も自分たちで設置すると聞いてびっくり。これが一般的な売買のようで、今まで知りませんでした。

生徒が買ったのは12階のアパート、しかもまだエレベーターが動かず毎日階段を上がっているそうです。

 

21.豆腐、納豆作りは「石の上にも4年半」

私の豆腐、納豆作りについて書きます。

キルギスに来た当初から日本の食べ物が欲しくなって何かを作ろうと考えました。今のように日本のカフェはなかったですから。それで豆腐、納豆がいい、と決めました。

まず、作る方法と材料、道具探しから始めてバザールをあちこちしました。当時働いていた人文大学の春休み、夏休みなど長期の休みだけに作ったので、豆腐が固まるまで、納豆が糸を引くまで4年以上かかってしまい、途中何度もやめようと思いました。

できなかった最大の原因は大豆です。バザールで一般的に大豆として売っているのは大豆と何かの掛け合わせなので大豆成分が少なく、韓国大豆という種類でないとだめだったのです。

失敗の原因は他にもいろいろあって、豆腐では大豆の粉砕が弱かったり、納豆では大豆が乾燥しすぎたりでした。豆腐が固まった時と納豆が糸を引いた時は本当に喜びました。

その後、これは売れるかな、と思い、知り合いに声をかけ売り始めてからもう10年です。初期の製品はあまり良いものではなかったものの、珍しさから買ってもらえました。といっても日本人が少なかったので(当時は20名以内)、注文は細々でした。今は150人くらいになって、日本食カフェができたりしているので注文は多くなりました。

常に作り方や容器を改良し、より良いものをと心がけています。カザフやロシアにも売っている人はいないようで、お土産に買っていく人もいます。試行錯誤で悩みましたが途中で止めなくて良かったです。

 

22.エンジンを止めろ

ガソリンスタンドで燃料を入れる際でもエンジンを止めません。爆発でもしないかと心配になりますが、事故はないようです。それより水が混入したガソリンを売っている方が困るかも。タンクの防水が悪く水が混ざっているガソリンを売っていたりします。今はないでしょうが。(2014年3月追加)

 

23.薬を量り売り

薬局に風邪薬の錠剤を買いに行ったらいくつ買うかと聞きます。いくつだって?と聞き返したら薬が入った新しいビンを見せて錠剤をいくつ買うのかと言います。それでビンを開けてから袋に分けてもらいました。何回か買っている薬局ですがこういう売り方は知りませんでした。タバコを一本ずつ売っているのは知っているけど何年いても驚くことは出てくるものです。(2014年10月追加)

 

(カルチャーショックⅣ に続く) 大滝

カルチャーショック 第 1部 6

キルギスのカルチャーショック Ⅵ    2015年2月

このシリーズはキルギスでのカルチャーショックとして書き始めましたが別の内容が多くなっています。キルギス情報として読んでください。

つれづれなるままにひぐらし こころにうつりゆくよしなしごとを そこはかとなくかきつくれば あやしゅうこそものぐるをしけれ の心境です。

 

1.ルーブルが下がってソムも下がった

去年8月はキルギス通貨のソムは1ドル51~52ソムでした。それが9月に53~54ソムと動き始め、1月になったら60ソム台に今は61ソム台です。ロシアルーブルと連動していてルーブルが下がった結果です。

ドルの両替にはソムが増えていいですが、流通商品はほとんど輸入なので物価が

上がりました。

 

2.硬貨は嫌い

7,8年前、通貨に1、3、5、10ソムの硬貨が登場し、2,3年前までにすっかり紙幣に取って代わりました。それまであった1,5,10ソムの紙幣は探すのも大変なくらいです。同じ時期に20、50、100、200、500、1000ソムの紙幣は少し小ぶりに新しくなりました。

不便なのは硬貨の大きさ、色、形がほとんど同じこと。10ソムは少し大きくて8角形ですが1ソムと3ソムは数字が刻印されていてもほとんどわからない。色は全部日本の1円玉の色なので困ります。安く作るためにこうなったか大臣が賄賂を受け取ってこうなったかは不明です。紙幣の方が良かったのに、財布がジャラジャラして硬貨は嫌いです。

不思議なのはソムの下の補助通貨トゥイィンも紙幣から硬貨になって使われているのです。といっても一般的ではなく郵便局の支払いや銀行の両替に使われるくらいですが。日本で言えば1銭、2銭の単位です。15年前は紙幣で使われていたもののもう消えてしまったと思っていました。

 

3.通りにゴミ箱が増えた

ここ1,2年でしょうか町の歩道沿いに小型のゴミ箱が増えました。ゴミを道に捨てるのは日本もキルギスも同じ。ゴミ箱はどこのバス停にもあるし商店の前には自分たちで用意した箱が置いてあります。これで町がきれいになればうれしいです。しかし捨てられるタバコとひまわりの種は減りそうもないです。

 

4.大型乾燥機

台所が狭いため暑くなるので換気扇を買いました。通り側の窓に外向き送風にしたら効果なく、内向きにしたらガスの炎が消えそう。少し考えて風呂側の窓ガラスをはずして枠に置いたら今度は良かった。しばらくして風呂側に乾燥した風が送られるので乾燥機代わりになると気がつきました。伸縮棒に洗濯物をかけて送風して風呂場は大型乾燥機に変身。

洗濯機がないので洗うのは手ですが乾燥機が欲しいと思っていたのでちょうど良かった。

 

5.大学の副学部長

日本でいう副学部長とは大違い、学部長の事務担当という役です。女性がほとんどで学部の教室割りや成績書類作成などの雑務をこなして忙しいです。学部長は学生や親から賄賂を受け取りますが副学部長には回ってきません。

 

6.あなたの仕事は私のではない

大学でも官庁でも仕事の担当は独立していて、隣の席でもまるで関知せず、担当がいなければ何もわからない。ある担当がバタバタしている横で何も手伝いません。これは日本関係機関の現地スタッフでも同じでしょう。ソ連時代はリーダーに従えとなっていた、しかし今リーダーはいない。交互に補佐しあうようになるのはいつのことやら。

 

7.アパートのガードマン

アパート前にいつも3,4台個人タクシーが停まっています。私が来てから5年以上、その前はいつからたむろしているのか。毎日、朝6時から夜10時まで1年365日、日曜祝日関係なしで停まっています。こんな朝からどうしてと思うのですがわかりません。

私がどの部屋に住んでいるかを運転手はみんな知っています。私が台所など窓側に立つとこちらが見えるのでしょう。あんたは何をしていた、とか言います。うるさいなと思っていたのですが、ふと考えたらアパートのガードマン役をしていると気がつきました。朝から晩まで人がいたら泥棒は入ってくる暇がない訳です。

これで少しは騒がしさに我慢できます。

 

8.キルギスの孫

もう10年以上行き来しているキルギス人母子がいて、去年、娘に女の子が産まれました。自分の娘や息子と思えているのでその子供は孫。キルギスで孫の誕生です。子供たちは母親をおばあさん、私をおじいさんと呼んでいるので嬉しいです。ただ困ったことに孫は私の顔を見て泣きそうになるのです。たまにしか行かないからでしょうか。一方、息子の妻はもうお腹が大きく、今年二人目の孫が産まれます。

 

9.自家製ワインは好評

ブドウとパン酵母からワインができます。ブドウを手で潰して砂糖を加え、酵母をパラパラ振っておけば1日で醗酵を始めます。あまり温度が高いと早く進みすぎるので冷蔵庫に置きます。1週間ほどで醗酵が終わるので布で漉して、1週間後に上澄みを分けます。上澄みの分けを3回ほど繰り返せば出来上がり。キルギス人親子にあげたら美味いと好評でした。

 

10.無慈悲な神

市内のバザールで売り場の通路を歩いていたら向こうから子供が青年に手を引かれて歩いて来ます。バザール見物に来たのでしょう。しかし遠目にも何か変。近くなってすれ違う時にチラッと見たら・・目から下の皮膚の色が変質し垂れ下がっています。ライ病とかハンセン氏病というのでしょうか。目は輝きを持っていたので、きっと頭のいい能力ある子供と思いますがあのままでは・・・。無慈悲な神は何十万人か何百万人に一人、このような試練を与えます。

ロシアのテレビ局に生放送番組があって、1ヶ月ほど前この病気にかかっている人が何人かスタジオに来ていました。テレビに出るくらいですから性格は前向き、大学を卒業したりして病気と闘っています。手術で治療する医者も登場したり、モスクワにある学校の校長が出て子供に入学してくれと話したりしていました。

 

11.納豆サンドはいかが

パンにバターかマヨネーズを塗って上に納豆を乗せていただきます。結構いけると思ったので何人かにお勧めしました。しかし食べてみたという話を聞きません。先入観があって食べてはいないのでしょう。いけると感じるのは私だけですか?

 

12.日本人ビザ

2000年から日本人のキルギス入国ビザが不要になり去年2014年まで続きました。入国ビザ不要といっても長期滞在では外国人登録が必要で、それにはビザと同じ手続きが必要でしたけれど。

去年、大使館からのメールでビザと外国人登録が必要になると知り慌てました。最初、外務省は長期滞在者が一度外国に行き、そこのキルギス大使館でビザ手続きを始めるように言ったのです。大使館からキルギス外務省へ交渉して手続きが簡略になり良かったです。隣国カザフに行けばいいと言ってもそれは大変ですから。

現在、2ヶ月以内の滞在ならキルギスへの入国ビザ、外国人登録は不要です。それ以上の滞在は、日本のルギス大使館で滞在手続きをしてくるか一度外国に出てそこのキルギス大使館で手続きをする必要があります。

 

13.超能力学生

日本語弁論大会があるというのでテーマについて学生が相談に来ました。今考えているテーマというのを聞いていて最初は意味がわかりませんでした。

「読む」?「人の考えを」?? えー???!!!その学生は同級生の考えていることが読めると言うのです。じゃ、今私が何を考えているかわかる?と聞いたら、体調が特別な時でないとだめで、ごくたまにだと言います。

それにしても心を読むとは・・超能力です。人間は能力の何分の一、何十分の一しか使っていないと言います。たまに使える人が出てきて驚かせますが。とりあえず学生には弁論大会のテーマとしては合わないよ、と言いました。

私はといえば人の「気」を感じるくらいです。清水にいた時もありましたがビシケクでも、後ろから私を追ってくる「気」を感じて緊張しているとポンと肩を叩いてあいさつがありました。投げ飛ばさなくて済んで良かった。

 

14.超豪華学生

大学の日本語クラブで去年折紙を教えた時です。日本製の折紙を見せて好きな色を2枚ずつ取っていいよ、と言いました。他の学生はオレンジ色や緑色などを取ったのですが、ある学生は1枚ずつしかない金色と銀色を取りました。どこにでもこういう人はいるものだと思わず笑ってしまいました。学生はその折紙で今日の題材の鶴を折っていました。

 

15.建築ブーム

もう5年以上前からビシケクは建築ラッシュ。あちこちでクレーンが動いています。アパート南側も10階建ての大きなマンションを建築中。すぐ隣にある古いアパートには日が当たらなくなりました。通り一つ向こうにもマンションが完成。しかし造っている所を見ていましたが材料、施工は感心しません。

ホテルも何箇所か、JICA事務所や体育館近く、私のアパート近くにも建ちました。こんなに必要かなどと考えてしまいます。

 

16.カルパック(民族帽子)は便利

2年前、半年ほど外国人登録が切れていました。頼んであった知合いのキルギス人が手続きを進めないのです。それで、町で警察官に尋問されないようカルパックをかぶることにしました。登録が切れている時は精神的に良くないです。幸い尋問されることはなく登録更新ができました。

それから何か癖になってしまい毎日カルパックをかぶっています。白い羊の毛で作ってあるのでかぶっていると汚れて灰色になってきます。洗うのが面倒とほっておいたらキルギス人に交換しろと注意されたので洗いました。

前に洗ったカルパックは縮んでしまったのですが、今回洗ったのは山高帽の形を保っています。

 

17.日本との時差は3時間

2005年のクーデターの後、ロシアに合わせていた夏時間を廃止しました。それで日本との時差は夏3時間、冬2時間でしたが常に3時間となりました。ロシアは夏時間、冬時間を採っているので2時間、3時間の季節による差はあります。

3月と9月の最終日曜日だったと思いますが時間を直し忘れると大変でした。約束した時間に会えなかったり授業時間に遅れたりしますから。

 

18.日本語学校が消えた!

もう10年位前ですが民間の日本語学校で2年くらい教えていました。キルギス人、日本人の夫婦が学校を始め日本からの中古コンピューター、中古車輸入の会社を創ったのです。学校の1年目は順調でしたが2年目、経営はいいもののキルギス人学校長はじめ事務スタッフの仕事がどうもちぐはぐです。無責任な行動が多くなり、どうもおかしいなと思い始めました。

夏休みに日本へ1ヶ月ほど行って来て学校に電話すると聞きなれない声で学校はない、と言います。驚いて学校に行ったらもう別の会社が入っていました。学校はどこへ移転したと聞いても知らないという返事。学校が突然消えてしまった。

あとで経営者夫妻に聞いた話では校長やスタッフが突然閉鎖したと言います。仕事にやる気をなくして閉めてしまったのでしょう。自分が経営する学校ではないのに無責任な話です。

 

19.すごい確立だった

気に入った床屋を探すのも一苦労です。今はアラミジンバザールの床屋ですがその前はアパート近く、その前はソビエト・キエフ通り交差点の店でした。

日本と違って床屋と美容院は分かれていなくて同じ店で男女の場所が違うだけです。女性専用という店も増えていますね。外国人や金持ちが行く高級な店がたくさんできましたが高くていけません。

キエフ通りの店は女性理容師が頭の後ろを短くしてくれるのですっきりします。それで気に入って通っていました。半年くらい続けて行って次に行ったら別の人。今日は休みかと思い次に行ったらまた別の人。

後で聞いたら一日おきに来ていると言います。ということは半年以上たまたま行った時その人だったのは、2分の1掛ける6か7というすごい確率で当たっていたことになります。毎日来ていると思っていました。

その理容師はしばらくしていなくなってしまったので、また店探しをしました。

 

20.1階は食料品店

アパート1階にテナントで食料品店が入っています。アパートに来たばかりの頃は洋品店でしたが1年ほどで代わりました。最初は品数が少なかったもののだんだん充実してきて便利になったので、私はパンを買うくらいでしたが利用していました。いつもお客が一杯でこれは成功したなと。

もう一軒、すぐ通り向かいにも食料品店があって、この店も朝7時から夜11時頃まで営業、同様にいつも込んでます。2軒ともセブン・イレブンですね。

1年ほど前、いつのまにか1階食料品店の経営者が代わりました。心なしか客が減ったような、どうなんでしょうか。

 

21.テレビ局の取材が

最近、JICA事務所の方からテレビ局の取材打診があるがどうかと聞かれました。世界の辺境地を扱っている番組から納豆を販売している日本人がいるそうだからというのです。日本への近況報告になるかもしれませんが面倒なので今回も今まで通り断りました。

 

(カルチャーショックⅦ に続く)

 

カルチャーショック 第 1部 7

キルギスのカルチャーショック Ⅶ     2015年3月

Ⅳ~Ⅵを2月に一気に書いて少し疲れました。豆腐や納豆を作っている時、突然文章が頭に浮かんでくるので困ります。今それが少なくなりました。今回で少し休んでゆっくり進めることにします。

 

1.キルギスは昔見た故郷の風景

表題のことはまだ書いてなかったですね。外部の事象は書いても自分内部のショックはまだ書いていなかった。

キルギスにツアーで来たのが98年8月、そのすぐ後10月に個人旅行で1ヶ月ほど来ました。その時、日本語教師をしていた先輩から教師の誘いを受けて、翌99年2月に来て以来16年になります。

どうしてそんなに?

それはツアーで来た時に見た景色を以前見たことがあると感じたから。これはショックでした。私はここから来たのだと。何千年もかかって私の中に入った遺伝子が覚醒したのでしょう。何人もの方に話しましたがやはり理解できない。

子供の頃から漠然と、自分はどこからきたのか、どこへ行くのか、と考えていました。漠然としていたので人に話したことはありません。何でそんなことを言うのか、と一笑されるのがわかっていたからでもあります。

富士山や桜、刺身や純米酒も好きですが日本は何か違和感があった。自分がいるところではないような。

人生で周りまわってやっと故郷に来たわけです。運命の神様や多くの人の助けでこれまで多くの困難を乗り越えられました。感謝しています。

 

1-2.バトケン人質事件

このショックな事件はまだ書いてなかったです。

来たばかりの99年8月、ウズベク国境に近いキルギス南西部のバトケン地方で日本人鉱物技師4人とキルギス人通訳などがイスラム過激派部隊に人質にされました。過激派はウズベクに移動する途中でキルギスは通過するだけだったのですが外国人がいたので人質にしたのです。

過激派が国境を越えたという知らせは地元に入っていましたが警察は自分たちが守るからと言っていたようです。しかし武器の差が大きすぎて警察はたちまち逃走し、残された人たちが人質に。

他の外国人は独自の判断で退去していましたが日本人は日本の本社や地元の様子を元に判断し留まった。この差が大きな結果になりました。危機管理という言葉がこの頃出てきたような気がします。

この事件の取材に日本から多くの報道陣が来て、日本語教師や学生が雇われました。

身代金を払って人質が解放されたのは何ヶ月後だったか。この時期、お前は大丈夫かという日本からのメールがたくさん来ました。

事件のまだ最中、人質から解放されたというキルギス人が市内のカフェで親戚や仲間と来ているグループと隣り合わせました。周りは喜んでいても本人の顔色は冴えません。まだ緊張が去らないので当然です。

事件後しばらくして、市内オシュバザールで板の上に座って援助を乞うている若者を見ました。両足の膝から下を失っていました。「バトケン」がどうのと紙に書いてあったので、彼は兵士だったのか警官だったのか、あの事件の犠牲者だとわかりました。

過激派はこれほどの火器を持っていた。地元の警察はピストルかライフルくらいだったのでは。竹やりで戦車に向かったようなものです。

1-3.青酸カリ流失

これもまだでした。大きな事件を忘れていました。

キルギスの東南部ナリン州の山中にカナダのクムトールという金採掘会社の採掘現場があります。金の精製は最終段階で青酸カリを使いますがこれをカナダから空輸しています。ナリンに行く途中でこの青酸カリを運ぶタンクローリーとすれ違ったことがあります。前後をパトカーや警備の車に守られ、すごいスピードで走っていきました。

2000年くらいだったと思いますが運搬のタンクローリーが山道で転落、青酸カリがナリン川に流失し下流にいた何人かが水を使い亡くなりました。当時の大統領アカーエフは地元に砂糖などの食料を送り慰霊しました。

精製工場で青酸カリを扱っていて成分を吸い、頭がおかしくなった人も多いとか。会社は秘密にしているのでニュースにはなりませんが。

何年か前からクムトールを国営会社にしようという議論が国会でされていますがまだ結論は出ていません。最近「アイウル」という銀行がクムトールの出資でできました。これは国営化に対抗する手段なのでしょうか。

 

2.トルコが、中国が、ロシアが

3年ほど前から大きなイスラム教礼拝堂を建設していて4本の尖塔ができました。トルコの金で建設しているとか。10年以上前からトルコ資本のデパート、靴販売、パン・ケーキ販売などに進出してくる業種が増えました。

中国関係は繊維バザール、食料関係、レストランなどができていて、最近は韓国ショップが目立ちます。最近ロシア、カザフなどと関税撤廃同盟を結んで今年から発効しました。これからロシア製品が入ってくることでしょう。

キルギスは輸入超過で国はどうなるのか。輸出産業を育てないといけません。

 

3.銀行は夕方7時まで

最近は土日休業、午後4時閉店ですが、2,3年前は土曜も営業、平日は7時頃まで開いていました。昔は毎年倒産する銀行があったほどです。今はカザフやロシア資本、キルギス資本の銀行など随分増えています。

 

4.昔バザールがあったとさ

市内のバザールで大きいものはオシュ、アラミジン、オルトサイの3箇所、市境に布地関係でマディナバザール、郊外にドルドイバザールがあり、小規模なバザールはたくさんあります。

以前は、モス・ソビエトと呼ばれる市の中心地にもバザールがあり、深夜まで営業していました。それが撤去され今は噴水と駐車場に変わっています。他にもミラ通りとアフンバエバ通り交差点にあったバザールも撤去され今は緑地です。ジャル団地にあったバザールも同様になりました。屋根のない屋外での販売を禁止したということでしょう。

モス・ソビエトのバザールがなくなってからモスクワ通りを少し東に行った所に屋内のバザールができました。しかし、ここはどうも高いです。周辺に外国人が多く住んでいて高くても買うからだそうです。

2m×1m位のプレハブ式店舗のキオスクは、何年か前から撤去されたり動路面から引っ込められたりしています。

 

5.デジタル計り登場

以前、バザールや路上での販売は手持ちのばね計りを使っていました。10年くらい前からデジタル表示の計りが登場しました。中国からの輸入でしょうから何万台も輸入した業者は儲かったでしょう。

 

6.誕生日おめでとう番組

キルギス国営放送のテレビ番組に家族や友人からの依頼で誕生日を祝う放送があります。本人の写真を見せるだけの簡単なものから、コンサート場面を出したり自作のビデオなどが入ったりします。局に払う依頼料の違いで凝ったものは高いそうです。

番組を最初見たときは、言葉がわからないこともあって何を放送しているのか理解不能でした。日本にこういう番組はないですから。番組では本人の名前を呼んで依頼者の名前と祝辞を伝えます。この担当アナウンサーの声は私が聞いてからずっと同じ。もっと前から何十年も担当しているかもしれません。

 

7.天気予報は単純

ロシアもそうですが天気予報は水力発電所センターが発表します。大雨や洪水などダムの水管理のため予報を担当していると思います。なので予報は単純、明日は雨(雪)が降ります、降りません。気温は、風力は・・だけです。午前中曇り、午後は雨になりますとか全然言いません。天気に細かい日本人としては、もう少しな、と注文をつけたいです。

それとテレビの予報画面が非常に見にくい。州ごと(日本で言えば地方)の天気を伝えていてもどこの州なのか文字が小さいし、晴れや雨のマークが見えにくい。大事な部分はもっと大きくしてほしい。

一方、去年辺りから天気予報が当たるようになりました。例えば、来週は雪になりますというと最近は降ります。以前はまったく当たりませんでしたね。下駄を投げて予報していると思っていたくらいです。

 

8.テレビ番組に出演

3年程前、知合いのキルギス人プロデューサーから番組を撮影するから来て欲しいと電話がありました。しかも今日の午後と言います。断ろうかと考えましたが世話になっている人なので仕事をやりくりして出かけました。

「外国人のためのキルギス語講座」という自主制作番組で、私は友人から家に招待されてバザールでお土産を買うという設定です。ホームビデオのカメラを使って何箇所かで撮影しました。うまくできなかったキルギス語の台詞は後で録音しなおしました。なるほどこうやって作るのか。何人かからテレビを見たと言われました。

以前、テレビのニュースに知人とサーカス場にいた時、路上で写真を撮っている時など映っていたと言われました。キルギスは狭いから撮影スタッフと出会うことは多いです。

 

9.鍵の管理がどうも

大学で教室の鍵を借りるのですがキーホルダーに教室の番号が付いているわけではなく鍵だけ渡されます。いくつか混ざったらわからなくなるでしょうと言いたい。仕方がないので自分のキーホルダーを提供しました。

大学に限らず一般の家の鍵なども同様の扱いになってます。遊牧時代は鍵などなかったから扱いがわからない?

 

10. ガスの炎がどうも

お湯を沸かしたり料理を作ったりする時、キルギス人はガスの炎を大きくし過ぎます。ヤカンの底から50%くらい炎がはみ出しています。テレビドラマや映画のシーンでも同じように炎は大きいのでこれは一般的でしょう。

煮物は「カザン」と呼ばれる底の丸い大きい厚鍋で作ります。形が丸いので炎は鍋を伝っていきなかなか熱くなりません。この鍋は遊牧時代の必需品で何でも作ります。キルギス人にガスはかまどとは違う、ガスが不経済と注意しても聞きません。

定住化して3世代くらい、母親や祖母から伝わったのは遊牧時代の料理法なので直るのは何年先かわかりません。

 

11.ウイグル人、アゼルバイジャン人

中国ウイグル自治区に住むウイグル人の顔立ちはアジア系ではなく中近東系。ずっと昔、移住して行ったそうです。DVDでウイグル映画を見たら言葉はキルギス語に非常に似ています。例えば「ありがとう」はキルギス語で「ラフマット」、ウイグル語は「ラフメット」です。ウイグル映画では大体どんなことを言っているかわかります。

チュルク語系言語というのですがトルコ語もキルギス語に似ているので大体わかります。トルコ人とキルギス語で話したこともあります。

市内のバザールで豆腐容器などプラスチック製品を売っていて、ある時、売り手が数を数えるのを聞いていたらキルギス語とほとんど同じ。え!と驚いてキルギス人かと聞いたらアゼルバイジャン人でした。数はほとんど同じ、言葉も共通語が多いと言います。キルギス語の仲間は多いのです。

 

12.オリジナル製品とは

十何台か二十何台目かのミキサーが壊れてバザールに買いに行きました。今まで色々なメーカーを買っていますが不良品が多く、最短はスペイン製のミキサー2分で壊れました。モーターは良くても回転軸部分が壊れ、モーターの回転が回転部に伝わらない。これは修理してもだめでした。

今使っているメーカーはモーターも良くて最長1年ちょっと持ちました。最短は2ヶ月。差が大きいです。今回も探したものの古い型しかなくて他のメーカーを考えながらたまたま新しい店に入ったらありました。しかし5割も高い。これはオリジナル製品だからというのです。

オリジナルというのはどういうことか。メーカーの工場製で本物?ということはほかで売っているのはみんなコピー商品?

明日は豆腐を作るのでとりあえず買ってきました。どこという訳ではなく使い勝手がいいです。これがオリジナルの差でしょうか。製品は突然壊れることが多いのでいつも2台を交互に使っているのでもう一台買いました。あとは長期に使えることを願っています。

 

13.ロシアの漫談

ロシアのテレビ放送に日本で言えば漫才番組があります。その中で漫談というのか一人で話す人がいます。楽器を使う人もいますが何も使わず手に持った原稿を元に短い話をするスタイルがあります。これは日本にないですね。ロシアの真似をするのが多いキルギスですが、この漫談はキルギスにはありません。

14.キルギスのテレビ番組

キルギスのテレビ番組はロシアのパクリが多い。芸能人のサーカス演技やクイズ番組、生放送番組などロシアのパクリです。しかし予算がない、スタッフが少ない、という訳で随分と簡単な内容になっています。さすがに芸能人のペアスケート番組はやりませんでした。スケートができる人はいないのでしょう。

それから日本人が好きな連続ドラマがない。舞台の脚本家はいてもテレビドラマの脚本家がいないのでしょうか。ドラマが始まったなと思っているといつの間にか終わっています。

 

15.市内のプール

3年ほど前の夏、市内のプールを周りました。最近は民間のプールもできていますが高い。周ったのは学校や大学のプールで10箇所くらいありました。オルトサイバザール近くの7番団地内、南部の10番団地内など。体育大学のプールは大きいですが水が冷たくて長く入っていられません。12番団地内で学校のプールを改装新規オープンした温水プールもありました。ここはロッカー、シャワーがあって使いやすいです。

 

16.大学の制度はいろいろ

大学で学ぶ制度がいろいろあって、いまだによくわかりません。通常は5年間で卒業ですが、4年で卒業してから2年大学院で学ぶ方法、4年で卒業してしまう方法、通信教育で学ぶ方法などいろいろです。

今年の3年生から4年生で卒業したあと2年間修士課程で学ぶ制度になったようです。

 

17.私たち寿司を食べたいです

これは先日のこと。3月8日国際婦人デーではキルギスを始め旧ソ連圏で女性の祝日として大いに祝います。その祝日が近い授業で、学生からお祝いに寿司を食べたいとねだられました。

寿司の作り方を課外授業で教えたりしたので私が作るのを知っています。また食べたいという訳なので次の授業に持って行きました。寿司を食べたいというのは日本語を勉強している学生に共通の欲求です。市内に寿司バーがありますが高いので学生は行けないし美味くない。私の寿司の方が美味いでしょう。

 

18.勝手な床屋

もう1年以上バザールにある床屋に行っています。襟首辺りを短くしてくれるのですっきりします。注文しても短くしてくれない店は2度と行きません。同じバザールに床屋はいくつもありますが安かったのでたまたま入ってみました。

理容師が言うには私の頭は刈りやすいとかで、私が行くのを待っています。ただし、寒くなったから少し長くしてくれと注文しても今までと同じに刈ってしまうので困ります。似合うからあなたにはこれでいいの、と言われ終わり。客の注文を聞け、と言いたい勝手な床屋です。

 

19.10年ぶりにばったり

スーパーでの寿司販売を考えて知合いのロシア人が売っているスーパーに行った時のことです。場所を借りると賃貸料、ショーケースなど出費が大きいです。考えていると今ある店に販売を依頼するという方法を教えられました。

キムチを売っている店で相談しようとロシア人と一緒に行くと店員の韓国女性が私の名前を呼びます。え!とよく見るとキルギスに来たばかりのころ買いに行っていたミニバザールのおばさんでした。ロシア語を知らない時なのでいつも辞書を持っていて時々教えてもらいました。

アパートを引越しても近くを通った時買っていました。しかし、おばさんがバザールを替えたりして顔が見えなくなってしまい10年くらい会っていませんでした。それがばったり再会。

おばさんは売り場の所有者ではないので、その後で所有者と交渉して売ってもらうことになりました。

 

20.バザールの売り場で

何年かぶりにふらっと出かけたバザールの肉売り場。これをくださいと注文したら「あんた、前に来たことがあるね」と売り手の女性が言います。よく見ると見覚えがありますがもう5年は来ていなかったはず。以前来た時、日本人だと言って話したような気がしますけど。それにしても売り手はよく覚えているものだと感心しました。

 

21.足乗り猫

何年も前ですが、知合いのキルギス人の家に生後何日かの猫が近所から拾われて来ました。最初は手のひらに乗るくらいの大きさでした。もうこの頃から私がソファーに座っているとやってきて、膝の上に乗って休んでいました。だんだん大きくなって腿から片足はみ出すくらいになっても乗ってきました。落ちそうになるとズボンに爪を立ててつかまっています。

日本で犬は飼っていましたが猫は知りません。こんな調子で休んでいる猫がいるのでしょうか。その猫が家出してしまい別の猫が拾われてきましたが、また足に乗ってきました。私は猫の生まれ変わりかなどと考えてしまいます。

 

22.女性のスカーフ、ロングスカート

2005年のクーデターはキルギス南部オシュ市出身の政治家が起こしました。その際オシュ地方から多くの人が首都ビシケクに入ってきたのでしょう。イスラム女性特有のスカーフ、ロングスカートが増えました。

オシュ地方はイスラム教の戒律がビシケクより強く守られています。家にお客が来ても食事の時など男と同席することは許されない。スカーフは常用しなければいけないなど。ビシケクとは随分違います。

ここ何年かでイスラム色が強くなって、カフェや肉屋で「ハラール(イスラム式で屠殺した肉)」という表示が増えました。酒、タバコ禁止のカフェも増えました。

23.名を名乗れ

キルギス人もロシア人も電話して相手が出ても自分を名乗りません。こちらが名乗ってもそのまま。誰かなと考えていると親しそうに話しています。仕方がないのでどなたですかと聞くしかないです。

日本式の名乗りは世界的には少ないのでしょうか。英語圏では名乗ると思いましたが。

 

(カルチャーショック Ⅷに続く) 大滝

カルチャーショック 第 2部 1

キルギスのカルチャーショック (第2部)Ⅰ   2015年6月―16年1月

カルチャーショックが10になったので第一部として、少し休んで第2部を書き

始めました。新しい動きなど書いていけたらと思います。

 

1. パスポートセンターが突然スーパーに

トルストイ通りにフルンゼというスーパーマーケットがあって隣がパスポートセンターでした。居住登録をするため半年ぶりに行ったらシャッターが閉まっています。移転した?しかし、どこにも案内がない。他にも一人来ていましたがわからない様子。近くにいるタクシーに聞いたら旧空港の建物に移転したと言います。何も移転表示がないのはさすがキルギスですね。

どうも隣にあるスーパーフルンゼが売り場を拡張する様子です。パスポートセンターは一時的に借りていたのかもしれません。

 

2.マイクロバスの前転

交差点でバスを待っていたらマイクロバスがやってきて信号手前でブレーキをか

けたら、どういう加減か見事に前転、屋根で滑って停まりました。運転手は無事

に這い出してきて連絡に行ってしまいました。

映画のシーンを見ているようで車はあんなに回転するんだと感心しました。

 

3.親ばかですね

民間の日本語学校で教えている時、日本語を勉強させたいと言って3歳くらいの

男の子を親が連れてきました。他にも英語や何か、いくつも習っているようでし

たがこんな小さい子を教える方法を知らないと断りました。子供が少し覚えると

もっと習わせたいと考えてしまう、親ばかですね。

 

4.本物の紅茶はどれだ

もう15年近く前ですがベータというトルコ系会社の紅茶は美味しかった。味がわからない私でも甘みや味があって美味しいと感じました。それがいつの間にか、味がない、色素と香料だけのお茶になったのは残念です。ベータに限らず他のメーカーも似たり寄ったりで甘みがなく色は色素を加えただけのまがい物が多いです。

最近は「アクバル」というのを飲んでいますがいつまで品質がもつのか。売れると偽物が出たり質を落としたりするのでしょう。すぐひどい味になります。

昔は緑茶ばかり飲んでいたのに今は紅茶主体になってしまいました。それでなおさら美味しい紅茶はどれなんだ、教えて欲しいです。

 

5.「オタキ」と呼ばれて

来たばかりの頃、道でよく「オタキ」と呼ばれ振り返ったりしました。私の名前を知っているはずはないし・・・しかしそう言っているのです。大学で「オタキ」という言葉はあるのかと聞いたらないという返事。

だいぶ経ってからロシア語の「ボト、ターキ」だとわかりました。「ほら、こんな」という意味なので結構使います。私が聞くと「オタキ」に聞こえるので、その度に「うん?」と注意を向けることになります。

 

6.ヤポーニアとヤ・ポームニュ

ロシア語で「日本」は「ヤポーニア」または「イポーニア」です。発音が似ている表現で「ヤ・ポームニュ」があります。ロシア語で「(私は)知っている。わかる。」という意味なのでよく使います。

歩いるとき「ヤ・ポームニュ」と聞こえると、どうしても「ヤポーニア」と聞いてしまいます。「え、日本がどうした?」と注意が向きます。

 

7.一万円札で10円の買い物

マルシルートカと呼ばれる路線マイクロバスが市内を始め郊外へも運行してい

ます。運賃は市内の1回乗りで10ソム(20円)、郊外に延びる路線は高くなり

カザフ国境までは30ソムです。運賃は運転手に直接払うワンマンバス方式でしか

も両替などの料金箱はないので運転手は忙しいです。

時々、支払いに500ソム札(1000円)や1000ソム札で払うのを見かけ

ます。日本で言えば1万円札で10円の物を買うようなものです。払うのは2、

3人分なのに細かいのは持っていないのでしょうか。

 

8.マイクロバスは乗換えさせられる

路線マイクロバスの乗客が少なくなると同じ路線の別のバスに移らされる事が多

いです。自分の食事など運転手の都合によるわけですが乗客が少ないとまた移動

かと面倒になります。

 

9.マイクロバスはエアコンがない

燃費が悪くなるからでしょう、どのマイクロバスにもエアコンは付いていません。余程古いバスは別にしてエアコン仕様なので窓ははめ殺しです。天井に通風口を開けてあればまだいいですが夏には長く乗っていられません。

 

10.必要ですか、と聞かれて

日本からの郵便物を取りに行きたいから一緒に行ってほしい、と頼んだら「それは必要ですか?」という返事。必要でないのに日本から送るものか、と怒りたくなります。日本語学習者から「必要ですか」という返事を以前から何人も聞いています。どうもロシア語を訳したようです。

ロシア語の意味合いが違う、それか言い方が違うのでしょう。言葉の使い方で相手を怒らせることになります。

 

11.1日違う

「~日まで休みます」、「~曜日まで休みです」、という表現で、日本語とロシア語、キルギス語は1日違うようです。

例えば、「9月1日まで夏休みです」と言った場合、日本語では9月1日は休みになります。しかしロシア語、キルギス語では9月1日に授業や仕事があるのです。

以前から違いがあると気がついていたので、~日は休みですか、~曜日はどうですか、と聞くようにしています。

 

12.「オタキ」と呼ばれて その2

私の名字は「おおたき」ですが、「おおたき」ですと紹介しても相手は「オタキ」と呼びます。キルギス人、ロシア人ともにそうですから「おお」は言いにくいのでしょう。

 

13.真夏でもスカーフ、ロングスカート

敬虔なイスラム女性は戒律を守り、顔、手先以外は人に見せません。夏にイスラムスタイルを見ると暑くないのかと心配しますが、素材が良い物なのでしょうか涼しげな表情です。街の女性は短パンにタンクトップというのに違いは大きい。私のクラスの学生もこのスタイルが2人います。

 

14.茹でトウモロコシ

路上で茹でトウモロコシを売っています。日本と違って塩を入れないで茹でて

売るときに塩を振り掛けます。塩茹での方が全体に塩味がついておいしいのでは

ないかと思うのですが。

 

15.猫語

アパートの入り口に来たら野良猫らしき猫が寄ってきました。足の周りを回って

なにやら意思表示をしています。「何だ?」と聞いたら「ニャ-」と答えました。

理解不能。いつか猫語を習わないといけません。

 

16.ラジオ体操

ある大学で職員の希望者に簡単な指圧をしていました。私は専門家ではないので

すが少し施術料をいただきました。よく「ハンドロース」というロシア語を聞き

ました。辞書で調べたら軟骨炎らしいです。しかし軟骨とは違うようで、日本で

いえば肩こりなどの症状ではないかと思います。コンピューターなどで長時間仕

事すれば肩こりになります。

キルギスで日常の体操はしないようなのでラジオ体操を始めたらどうでしょうか。

 

17.バスの席譲り

日本と違ってバス車内ではお年寄り、妊婦、子供を抱いた人などに席を譲ります。

建物内でタバコを吸わないことと並んでソ連時代からのいい習慣です。私にも譲

ってくれてありがたいですが、そんなに年ではないぞ、このくらいは大丈夫なの

に、などと偏屈に考えてしまいます。若い人から見れば相当の年に見えるのでし

ょうね。

18.携帯電話

私が来たときには携帯電話会社が2社ありました。99年のバトケン人質事件の

ときに日本から取材陣が大挙押しかけ電話会社は繁盛したようです。

最初のころは携帯に度数を入れるのは電話会社が発行するカードからでした。カ

ードのコードを電話に入力するのです。しかし使用期限が短く2週間しかありま

せん。切れる前に次の度数を入れないと消えてしまいます。次に3ヶ月の期限に

なり今は期限なしで会社窓口やキオスク、最近は入力端末器で度数を入れられます。

最初の頃にあった会社「カテール(KATEL)」は今でもあるのか知りません。

もうひとつの会社「モバイル(MOBIL)」は2007年ころ「ビーライン」

という会社に変わりました(吸収合併か)。同じころ、新しく「メガコム(ME

GACOM)」という会社が登場し盛んに宣伝し始めました。2代目大統領が起

こしたクーデターの後なので大統領関係かも。

何年かして「オー(O!)」という会社が参入、料金が安くインターネットなど

多くの利用ができるので利用者はかなり増えています。現在はビーライン、メガ

コム、オーの3社が利用者獲得に懸命です。日本と違い1台の携帯でも別会社の

登録チップを入れれば使えます。それでバザールの街頭などでそのチップを売っ

ています。

 

19.携帯電話 その2

最初の頃は携帯電話を使っていませんでした。なくても困らないし、という訳で

す。何年かして清水市の先輩たちがビシケクを訪問するというのでそれを機会に購

入しました。その後あまり使わないので何年も気にしていなかったのですが度数

の減り方が早いのに気がつきました。度数を入れに行った店で聞いたら電話会社

の契約料金体系が古いためと言われました。それで会社の受付窓口に行って新し

い料金制に変えてもらいました。もう7年くらいそのままだったので窓口の人は

こんな古い料金契約をまだ使っていたのかと呆れていました。

日本の携帯電話との違いは、

1.電話機は買取  私が使っているのはカメラや録音などの機能がないもの

なので4000円です。

2.使用料金は後から請求されるのではない。電話機に度数(料金)が入ってい

ないと受信はできても発信できない。

3.一つの電話機に別会社の登録チップを入れて別番号で使える。

20.8年ぶりの引越し

2008年暮れにジベックジョル沿いのアパートに引っ越してからいつの間にか

7年経っていました。配達先に歩いて行けるしバザールも近いので便利です。

しかし、だんだん家賃が上がり豆腐などの収入が全部家賃に消えていく有様で

した。そんな時、国際大学で教えるとアパートを提供すると聞き早速契約しました。

早く引越ししたかったのですが留学生がまだいて5月に卒業、帰国するというの

で待つことに。しかも留学生がアパートを汚してしまったので修理、掃除をすると

いうのです。どんな使い方をしていたのか不明ですが。

キルギスのことで修理、掃除がなかなか終わらず、7月という話が8月になり・。

修理が終わったアパートを見たのですが電話線の配線がまだとか言ってゴーサインが

でません。これでは来年になると思い電話線は自分で取り付け9月下旬に引越しする

と大学担当者に伝えて勝手に引っ越しました。

8年経って体力が落ちていました。豆腐などの営業を早く始めてしまったので疲れ

て臨時休業する結果になりました。

 

20-1.8年ぶりの引越し その2

インターネットは国際電話が使える電話でないと今までのプロバイダーにつながり

ませんでした。大学に国際電話が使える契約にしてほしいと交渉しましたが首を縦

に振りません。理由は何年か前、留学生が国際電話を使って料金を払わないで帰国

したからだと言います。とんでもない留学生がいたものですが私はそんなことは

しないと言っても信用しません。

仕方がないのでインターネット契約を別のプロバイダーとしなければならず面倒

でした。とはいえ瓢箪から駒で、送受信速度が20倍くらい速くなったので楽にな

りました。

(第2部 Ⅱに続く)

カルチャーショック 第 2部 3

キルギスのカルチャーショック第2部 3

(2017年12月~2018年1月)

10月に再開したらいろいろ出てきました。何かをしている時頭に浮かんでくるのでメモで きなくて忘れることが度々です。なお項目の番号は便宜的なもので話の順番ではありません。最後から読んでも問題なし。

1.豆腐、納豆を再開

2015年5月に豆腐納豆を休業しロシアに行く予定でした。これは中止したものの納豆な

ど再開は考えませんでした。もう作る体力気力がなかったからです。今年4月お客様にイベ

ントでお会いしたらやはり納豆がほしいという希望が。しかし作る気力が出てきません。し

ばらくしてやっと試作でき5月からわずかながら配達を始めています。

 

2.知らないと言ってはいけないのか。

学生などキルギス人に何々について知っているか、と聞くと一応答えが返ってきます。しか

しとんでもない、どう見ても違うだろうという答えもあります。大学の授業で欠席の学生に

ついて聞くと「病気です」とすぐ答えます。しかし病気の学生が息を切って入ってくること

はよくあります。

知らないと言えばいいのに何か答えないといけないのか。これがソ連時代の教育なのかキル

ギスの習慣なのかわかりません。相手の答えを信じる、信じないは自己責任。どうもおかし

いと思ったら別の人に聞くことです。

 

3.キルギス人は頼むときだけ

学校のイベントや自分の用事で手伝ってくれと言われ何回か打ち合わせします。しかし後は

何の連絡も来なくなります。予定はどうなったのか、もう終わったのかなど考えますが後で

聞くと予定が変わってやらなくなったと。それなら連絡しろと言っても意味が伝わらない、

手伝う必要がないのにどうして連絡するのかというわけです。必要があると何が何でも連絡

してくるのに。

このことは何人かのキルギス人で経験したことなので大半のキルギス人はそうだと思います。

キルギス人に頼まれた時は眉唾で聞いて必要ならまた言ってくるさと、真面目に準備しない

ほうが賢明です。とにかく、あちこちに声を掛けまくりますから。

 

4.オリジナル製品だって?

豆腐を毎日作っていた頃よくミキサーが壊れ何台も買い換えました。あるときバザールでオ

リジナル、と書いてある店があり値段を聞くと7,8割高い。どうして高いのか聞くとオリ

ジナルだからと言います。えー!他で売っているのは偽物なのか?長く使えればいと試しに

買ってみたら何か調子がいい。

その店で何回か買いどこから仕入れているのか聞いてみました。会社の工場ではないが信頼

できる工房で作っているとか。安く売っている製品は家内工業の製品でしょうか。

 

5.両替した金が足りない

これは気を付けた方がいい事項です。オシュバザールに私設両替所が並んでいる一角があり

ます。銀行よりレートが良いので利用してみました。なぜか高額紙幣ではなく細かい札で寄

越します。数える計数機はないかと聞くとないという返事。仕方ないので何十枚も数えて疲

れましたが1枚足りない。もう一回数えても足りない。店の人に数えてもらったらやはり足

りないので追加してもらいました。

別の日に別の店で両替した時もやはり1枚足りないのでこの一角の全部の店は誤魔化してい

るのです。表示レートが高くても受け取るのは少額です。近くに銀行があるのでそちらを利

用しましょう。

 

6.ウオッカを飲め飲め

ソ連時代にロシア人が移植してくる前、キルギスのアルコールは小麦粉を発酵させた「ボゾ

ー」という度数が低い物でした。それがウオッカになりロシア式に小グラスで何回も乾杯す

る様式に変わりました。キルギス人はウオッカにすっかりなじんでしまい、飲め飲めの強要

が浸透しています。そのためアル中も多く仕事せず飲んだくれ入院する男は後を絶ちません。

離婚の原因にもなります。

 

7.運転免許は買え、卒業も買え

来たばかりの頃聞いた話ですが車の免許は自動車学校か教官に金を払えば練習しなくてもく

れるというのです。自動車学校は校内での練習場はなく教官との路上練習なので教官に払う

のでしょう。免許を持っているのか?と思うような運転をする車を見かけますが金で買った

人かも。

それと学校や大学で勉強しなくて成績がひどくても金を払えば卒業できます。金で買った卒

業生が多くなってキルギスはどうなるのか。通常授業でも成績を盾に金を要求する教師が多

いとか。教師はある意味特権階級ですから親はしぶしぶ払います。

すっかりキルギス化した日本人が学生に金を要求する事態にならないことを願っています。

 

8.電信柱の下を歩かない

市内の電柱は細いので斜めに支えがあります。電柱と支えは三角形を作りますがこの間を歩

いてはいけないと聞きました。いわゆる迷信か何かで歩くとどうなるかは知りません。

町で観察すると皆通っていて私も知らずに。ある地方だけの迷信かもしれません。

 

9.やはりキルギス人は気まぐれ

今のアパートに越すとき前払い金と予定より1週間早い引っ越しを要求されました。なぜか

と言えば、以前借りると言った何人ものキルギス人は来なかったからだそうです。引っ越し

まで2週間も待っていて来なかったら困る。その間に別の借家人を探せるのにというわけで

す。私は日本人だから借りると言ったら必ず来る、と言っても納得しません。それで家賃の

前払いと少し早い引っ越しをしました。

それと最近、前日のタクシー予約はできないと知りました。朝早く出かける用事があったの

で前日予約を知り合いに頼んだらできなかったのです。前日予約してもキルギス人はいない、

というのが理由。口では必ずいると言ってもどこかに行ってしまう、これは私も知っている

ので納得しました。日本人なら必ず待っているのにキルギス人は1日先の予定もないのです。

 

10.ベータ・ストアで社員の贈り物が盛ん

ビシケクにあるベータ・ストアーのことでだいぶ前に聞いた話です。トルコ人社員は気に入

ったキルギスの女性従業員に贈り物攻勢をして自分との男女関係を迫るそうです。願い通り

になる人もいるし贈り物が嫌で辞める人も多いとか。この贈り物攻勢はまだ続いているの

でしょうか。トルコ人は手が早いから。

キルギス人でも金持ちはやはり贈り物攻勢をして自分の第2婦人になどと口説きます。第3

婦人(第4婦人か?)まで認められているのであちこちで行われていることでしょう。

 

11.カザフ人は親切

一人で2回ほどカザフのアルマータに行きました。カザフ国境で教えてもらった宿をアル

マータのバスターミナルで聞きました。聞いた相手はタクシー運転手と思ったら待っている

人でタクシーは高いからと走っている車を止めてくれました。

それと次の朝バス停で女性に道を聞いたらなぜかバス代をくれました。日本人だと言ったか

らかどうかわかりませんが。

次に前回の宿に行ったら閉まっていたので近くのホテルに寄ったら高い。安い宿を聞いたら

探してタクシーも手配してくれました。そんなことでアルマータは気に入っています。

カザフ人は日本人並みに親切です。

 

12.テレビニュースに映りました

1回目は、街路樹に人形など打ち付けてあって面白いなとカメラで写していたらちょうど近

くにいたテレビカメラに映されました。2回目は、芸能人がサーカス演技に挑戦するという

ロシアのパクリ番組の撮影があって知り合いと見に行った時観客席にいた姿を映されました。

もう1回あったのですが忘れました。

どれも自分では気が付かず人から教えられました。テレビカメラで見るとこんなところに外

国人がいたというのがわかるのでしょう。

 

13.明けまして・・・ありがとう

キルギス人やロシア人に新年のあいさつをすると「ありがとう」という返事が返ってきます。

新年の挨拶も「誕生日おめでとう・・ありがとう」と同じ受取り方ですね。そうすると日本

語で言わないほうがおかしいのか。新年以外のおめでとうは「ありがとう」で返しますから。

もっとも誕生日などは個人の祝い事、新年は暗く寒い冬が終わり、春が近づくみんなの祝い。

「明ける」は「開ける」、暗い季節が明るく開けていくみんなの祝いだから「ありがとう」

は言わないのでしょう。

14.カザフの店が続々

最近アルマータに行く機会があり、町を歩くとあれ?ビシケクにある店だと言うのが目につ

きました。電化製品の「テクノドーム」「プラネータ」「スルパック」、スーパーの「アル

ザン」「アルマ」、カフェの「ナバット」などです。みんなカザフの店だったのか。

 

15.車のナンバープレートが変更に

2年ほど前から新しく登録した車のナンバープレートが形式変更してロシア式?になってい

ます。以前は最初にアルファベットでビシケクや州の頭文字、ビシケクはB,チュイ州はS,

イシククリ州はIなどがあり次に4桁数字でまたアルファベットでした。

今度は左が2段書きで上に01.02などの分類番号で下にKG、右は3桁数字と3個のア

ルファベットが書いてあります。

ビシケクの車は私が知っている時期からは10倍以上に増えました。以前は交通量が少ない

ので渋滞などなかったですから。

 

16.2年前マナス空港で貨物機事故が

事故では香港発ヨーロッパ方面行のトルコ国空貨物機が着陸時に滑走路を大幅に越してしま

い周辺民家に突っ込み多くの家族で犠牲者が出ました。貨物機は燃料が足りないことに気づ

き中央アジアの空港に臨時着陸の許可を求めましたが他の空港で断られマナス空港へ着陸。

それが大事故になってしまったのです。

しかし燃料が足りなくなったと聞いても理解できません。出発に際し燃料を確認するなどは

基本的なことです。予定外の航路を通った訳でもないしどうしてでしょう。

昨日(1月14日)テレビで追悼モニュメントの除幕式を放送していたので書きました。

17.100円ショップは便利

キルギスでは50ソムショップ、日本でいえば100円ショップ、関西では100均ですか。

各バザールに店があり生活用品が結構揃うので利用しています。特別な商品は100ソム、

300ソムなどで売っています。

この商品はどうやって来るのか。まさか密輸品では。キルギスへの輸入品は陸路大型トラッ

クで運ぶので運転手の余禄用に税金を払わない商品が混ざっています。バザールで「即売」

と書いて売っているのはこの商品です。さて50ソムショップはどうでしょうか。

 

18.隠れたバザール

ビシケク市内にある大きなバザールはオシュバザール、アラミジンバザール、オルトサイバ

ザールの三つですがオシュバザールに隣接して小さなバザールがあります。名称はベレケッ

トバザールでオシュバザールの西側道路とアラミジン川との角にあります。

目立たないのでビシケクに長くいる人でも知らない人が多いでしょう。中に入ると通路は迷

路で縦横斜めに交差しているため少し歩くとさっきの店に戻れない。最初の頃は出口もわか

らなくなりうろうろしました。ここで電化製品はないものの生活用品はオシュバザールより

安いです。

カルチャーショック第2部 4 に続く

カルチャーショック 第 2部 4

キルギスのカルチャーショック第2部  4       2018年1月~2月

新年になっても引き続き書いています。日本人会の皆様に読んでいただき恐縮しています。

このシリーズがよく続いていると自分でも感心します。何回かの中断を再開させてくれた

学生や豆腐のお客様などに感謝を。今回は日本人会藤嶋さんの言葉がきっかけです。

 

1.兵役

キルギスは徴兵制度があり18歳から28歳までの間に2年半くらい軍隊に入って訓練しま

す。この入隊がすこぶる評判が悪い。いじめや暴力で精神や体が損傷を受けまともな生活が

できなくなったという例が新聞に出ます。

2年半の入隊期間を短縮する制度があって大学(民族大など。人文大は不可)在学中に銃の

操作や教科などの学習をすれば1カ月くらいに短縮できます。

 

2.お客で行ったら注意

キルギス人の家に招待された時の注意事項です。キルギスは親日なのでお客で日本人が来る

となれば大歓迎となり、何日か前から料理など色々準備することでしょう。出てくる料理の

量が半端なく多いので最初に食べてしまうと後で大変なことになります。もう終わりだろう

と思っても次々出て、中休みをしてまた食べることになるからです。ベッシ・バルマックと

いう麺と羊肉の混ぜ物が出たらようやく最終です。

小皿で自分に出された料理を全部食べるとまた追加されるので少し残して置く方がいいです。

皿が空くとまだほしいと解釈するのでこれは日本とは違う習慣ですね。

食事の合間にウオッカで乾杯が延々続くのも困りもの。親戚が顔を出せばその度に乾杯なの

で何杯も飲むことに。あまり飲まず小グラスに残すと注意されます。これも困ったものです。

 

3.銀行のキャッシュカード

銀行のドル口座は持っていたもののカードを作ったのは2年前。以前はカードの引出し手数

料が1%、窓口引き出しなら0.7%だったので作るのは止めました。しばらくしてカード

引出し手数料を聞いたら0.7%に下がっていたので、じゃあ、と作ることにしました。

申請して1週間後に銀行で受け取ってキャッシュコーナーに行こうとしたら引き出しできな

いと窓口の女性が言います。できない?どうして?ドル口座に残高はあるのに、と疑問符が

頭の上に点滅しました。

理由はカードに残高がないからと言います。えー!カードに?と今度は感嘆符も点滅。結

局ドル口座からカード口座に現金を振り込む手続きをしました。日本でこんな手続きはしな

いと文句を言いましたが仕方ないです。日本でも他の国でも現地通貨で引き出せるカードと

の説明でしたが行ってみないとわかりません。

 

4.個人高利貸もいます

日本でも終戦後すぐは個人高利貸がいて当然利息は高い。緊急に現金がほしいと「といち」

十日で一割、という言葉もありました(話が古いですね)。今キルギスでは事務所を持って

いない全くの個人高利貸がいます。いくらの利率で貸しているのか知りません。銀行の貸

付利率は一時期より下がって年率15%くらい、それより高いのはもちろんですね。

 

5.キルギス通貨の変遷

1)キルギス通貨

旧ソ連時代ルーブルでしたが独立後はソムになりました。独立前に発行されたソ連ルーブ

ルはバザールやガレージセールで1枚5ソムか10ソムで売られていて私も買いました。今

やただの紙で記念に買うだけですが社会変化によるこんな経験をしたことがないので当時の

様子を思い起こしてしまいます。

2)トゥイイン

ソムの下の単位で補助通貨のトゥイイン紙幣(1、3、5、10、50トゥイイン)は私

が来てしばらくありましたが使われないのでいつの間にか姿を消しました。ところが2,3

年前、銀行で両替したら小さなコインをくれました。これは何だと聞いたらトゥイインだと

言います。コインで復活したんだと驚きました。郵便本局で料金を払ったときもお釣りでく

れましたがその後見ません。

3)硬貨

現在1、3、5、10ソムは硬貨ですが10年くらい前は紙幣でした。3年くらいで紙幣

は硬貨に代わってしまい重くなりました。紙幣の方が良かったのに。まだ当時の紙幣を何枚

か持っています。

 

6.キルギス式紅茶の入れ方、飲み方

キルギス式というか中央アジア式の入れ方は紅茶の葉を多くお湯を少なく入れ濃く出します。

それをカップに注ぎお湯を足して薄めて飲みます。中央アジア式は茶葉を残して最後まで出

すためでしょうか。

砂糖をたくさん入れるのは前にも書きましたが砂糖をスプーンでカップに入れてかき混ぜて

スプーンをまた容器に戻すのにも驚きます。スプーンが湿っているので砂糖はだんだん固ま

り容器にくっついていきます。1本のスプーンで済まそうとするからでしょう。スプーンは

別にした方が良いと言うのですが直りません。

 

7.バザールの符丁

バザールで1000ソム単位の値段を言う時の言い方です。例えば3500ソムは「3」と

言って次に「500」と言い「1000」を言わないのです。「3」、「500」で最初は

何かわからなかったので聞き返したら正しく言い直してくれました。

ロシア語の「1000」は長くて面倒なのでこうなったのでしょう。ドルドイなどどこのバ

ザールでも使っているのでロシアでもそうだと思います。

 

8.キルギス人はお節介

お節介というか詮索好きとでもいうのか、さっき初めて会ったばかりなのに結婚してるのか、

子供がどうの、給料はいくらだなどと聞いてきます。あんたはどこの調査員かと言いたくな

りますが何千年も遊牧生活をしていてたまに来る見知らぬ人や旅人にはこんな聞き方をして

いたのかと想像します。

タクシーに乗ってこの調子で質問されるともうここで降りると言いたくなります。相手は嘘

でも何でも聞けば満足するわけだから気にすることはないんですが。

 

9.今冬は何十年振りかの寒波 集中暖房の弊害も

今冬は寒波で昼間でもマイナス20度とか18度が続きました。こんなに寒い冬は知らない

ので何十年振りかの寒波です。こういう時に市内に熱水を供給している熱センター(通称

テツ)でトラブルがあり市内全域が凍えました。最初自分のアパートだけかと思いこんなに

寒いアパートなら引っ越しだと考えていたら別のアパートもそうだとわかりました。

「テツ」は市内に1か所だけなのでトラブルがあると影響は甚大です。通常でも「テツ」から

遠くなったり配管の関係で熱水の温度が違います。特に暖房はアパートによっても階によっ

ても随分違い、半袖でも暑いアパートから上着を着ても寒い所まで出てきます。

電気の中継所のように中間に小規模の「テツ」を造ることが必要と思います。

 

10.ミニバス  その1

市内を走るミニバス(マイクロバス)は市民の足で欠かせないものです。前にも書きまし

たが日本にはないこの制度にはいろいろ特徴と問題点があります。

例えば

1.ワンマンカーなので運賃は乗った時に払うか座ってから近くの人に運転手まで手渡し

してもらう。お釣りは逆経路で。

2.乗客が少ないと同じ路線の別バスに乗り換えとなる。

3.運転手は運行中にたばこを吸う、飲み物など買う、ガソリンを入れる、携帯で話す

などです。

通常は決められた路線を運行しますが時々利用者のいない場所に行かないことがあります。

乗客に~へ行く人はいるかと聞いていなければ曲がらずまっすぐ行くとか。これは運転手の

都合です。

運転中にたばこを吸うのは止めてもらいたいです。仕事や家庭の室内で吸わない良い習慣が

あるのに公共の場でバス運転手が吸うのは理解できません。労働者の権利でこうなったのか。

 

11.ミニバス  その2 どこでも停まる

ミニバスは停留所だけではなくどこでも停まり乗客を乗り降りさせます。大通り交差点角で

も停まるので続いてきてミニバスが進めなくなりクラクションが絶えません。私も停めます

が交差点ではなく少し入った交通妨害にならない場所を選びます。村ならともかく町で停め

る利用者がなくならない限り問題は続きます。

 

12.ミニバス その3 「モージナ」と言って乗る。

もう何年も前ですが小学生たちが乗る時に「モージナ?(いいですか?)」と言っていた時

期がありました。最初何を意味しているか不明でしたがどうも無料で乗せてくれと言ってい

るようです。乗せる運転手もいましたが大概は断られていました。子供たちの遊びで始まっ

たのでしょか。やがてこういう生徒はいなくなりました。

 

13.ミニバス その4 バスのボディーを叩く。

乗りたいミニバスが目の前で発車しようとした時バスのボディーをトントン叩き待ってもら

います。いつの間にか私も叩くようになりました。慣れは怖い。

 

14. ビザの問題

ビザの更新では毎年頭を痛めます。期限の何か月も前に申請してもキルギス側の書類作成が

いつも遅れるからです。しかも罰金を払えとかカザフに行って短期ビザ取れとか自分たちの

責任を取りません。罰金は以前500ソム、600ソムだったのが今は一万ソム。不法滞在

の外国人が多いので増額したのでしょうが毎年更新しているのに不法滞在者と一緒に扱わな

いでもらいたいです。

さらに日本とのビザ手数料無料の相互協定があるのにキルギス側だけ勝手に手数料を取って

いる。3年ほど前でしょうか手数料がかかると聞いたとき信じませんでした。協定があるの

になぜと思い払わないでいたら期限切れで罰金を払う結果になり精神が落ち込みました。旧

ソ連という体制を引き継ぐキルギスはまともな神経では理解できません。政府ODAは中止

にしたらどうでしょう。

15.同僚は仕事の補完はしない旧ソ連式

大学でビザ手続きをやってもらっていますが担当者は一人で隣にいる同僚は仕事が別なので

しょう全く手伝いません。これは他の大学にいた時も同様で全く独立して担当します。労働

者のための国を、と立ち上げた旧ソ連でしたが労働者はそれぞれ別個にそれぞれ自分勝手に

利用者を無視して働くようになったのです。改善されるのは何百年か先でしょう。

 

16.日本酒はゴミになって着いた

昨年暮れに日本から航空便で日本酒を送ってもらいました。郵便本局に着いたと喜んだのも

一瞬、受取ったのは粉々になったガラス瓶と梱包材でした。酒はモスクワ郵便局の床が飲ん

でしまったのでしょう。今回は割れ物扱いとはいえビニールシート包装だったのですが他の

国に送ったのは無事着いたそうなのでモスクワでの扱いが荒いのです。発泡スチロールに入

れて送るしかないのです。

 

17.新紙幣登場

先日(2月9日)ドルを両替したら見慣れない紙幣がありました。なんと新紙幣の2000

ソム札で人物ではなくマナス像が印刷されています。こんな単純な絵でいいのかと思いまし

たが移動テント(ボズイ)のカラー絵柄が付いているのでこれが秘密かも。

 

キルギスのカルチャーショック第2部 その5 に続く

カルチャーショック 第 2部 6

キルギスのカルチャーショック 第2部 6        2018年3月

このシリーズは日本にいる知人にキルギスの様子を知らせる視点で書き始めました。最近は 日本人会の方たちにも読んでいただいているので少し書き方が変化したようです。

1.オシュのイチジク

去年の夏オシュ市に行った時バザールで見たことがない物を見つけました。花だと思って聞

いたら果物でそのまま食べればいいと言うので4個か5個100ソムで買いました。食べた

らイチジク、熟していて皮は柔らかく甘く日本のより断然おいしかったです。

 

2.オシュとジャララバードの滝

オシュ州からバトケン州に向かう山中に「アブシル・アタ」という観光地があります。ここ

では岩山の中腹から水が滝になって落ちています。

どうして中腹から水が?多分ですが元々地下水が流れていた水路をそれと交差して流れる川

が何万年もかかって山を削り水路を中断させてしまったのではないかと。現在の川は滝の水

路よりずっと下を流れていますが最初はずっと上を流れていたはずです。削った岩山にたま

たま地下水路があったのでしょう。何万年もかけた自然の創造物です。

オシュ州の北隣にあるジャララバード州のアルスサンボブという所にも滝があります。低く

広がった滝と離れた所に高さ100mはありそうな滝がありここも観光地になっています。

キルギスの伝説にアルスサンボブは世界のクルミの発祥地とあります。アレキサンダー大王

がここからクルミの木を持ち帰って広がったそうです。

アルスサンボブに向かう途中には小石を積んだような小山が並んでいます。これは勝手な推

測ですが氷河が運んだ石ではないでしょうか。氷河期の終わりに山から石を含んだ氷河が移

動してきて溶け運ばれた石が積まれたのでは。

イシククリ湖にもサンタッシ(訳は数える石)という土地に石が積まれた山がありこれに

ついて昔話があります。昔、戦いに行く兵士が石を一つずつ積んで行き、帰って来た時も一

つずつ積んだ。帰って来た兵士の数は少なかったので高さが異なる山になった、というもの

です。ここも氷河が運んだ石でしょうが昔話は情緒があります。

 

3.キルギス(クルグズ)と言う由来

イシククリの昔話を書いてそういえばキルギスの名前の由来を書いてなかったと気が付きま

した。

キルギスというのはロシア語、キルギス語は「クルグズ」ですがその始まりについての伝説

があります。昔、大きな戦争があり多くの人々が死んでしまった。その時40人の若い女性

たちが残りこの女性たちからキルギスが始まったというものです。

伝説にある数字の40はキルギス語で「クルック」、若い女性を「クズ」と言います。これ

を続けて「クルック・クズ」が「クルグズ」になったと言います。どうして40という数字

なのかは民俗学的な考察が必要、とはいえ手元に資料はありません。

 

4.キルギスの昔話

昔話の一部を概略紹介します。地元で聞いたり本で読んだりしたものです。

<どうしてイシククリ湖に水が溜まったか>

昔、イシククリにある金持ちの家で働いていた女性が主人から何か疑いをかけられ悲しんで

家の井戸に身を投げた。そこから水が湧いてきて湖ができた。

別の話では、何かの原因で恋人を失った女性が悲しんで流した涙で湖ができた。涙でできた

から水は塩辛くて暖かい。(イシククリはロシア語、キルギス語はウスク・コルでウスクは

熱い、暖かい、コルは湖という意味です。)

<ナリンとアトバシー>

ナリンはキルギス語でナルン、馬肉を使った料理の名前です。アトバシーは馬の頭という意

味です。

昔遠方から来た旅人がアトバシーで少し休みました。ところが乗って来た馬が逃げ出して

しまい、怒った旅人は馬を捕まえて殺してしまった。それで頭をアトバシーに置いて肉を

ナリンに持って行き食べました。

<オシュという呼び方>

皆さんオシュと言いますがキルギス語は「オシ」です。これは馬や羊を追う時の「オシ」、

「オシ」という掛け声から来たと言います。

 

5.コムスには楽譜がない

キルギスに3弦の民族楽器コムスがあります。日本でいえば三味線ですか、しかしバチでは

なく指先で引きます。他にオズコムスという口琴やクヤークという馬の尻尾の毛を弦にした

2弦楽器もあります。

私はひょんなことからコムスを半年ほど習ったことがあります。土産物店の人にコムスを買

いたいと伝えたらコムスと一緒に教える先生も来たのです。折角だからとその先生が教えて

いる学校に行って生徒と一緒に習いました。

楽譜がないので押さえる弦と場所を先生が示してそれを少しずつ覚えていきます。調弦も大

変です。帰って来てから復習、また行って次を覚えるという繰り返しでした。結局簡単な曲

を2曲練習してギブアップしました。生徒たちはすぐ上手になりましたけど。

 

6.2010年クーデターの痕跡

2010年のクーデターでは大統領府の屋上から複数の狙撃兵が周辺にいる市民を無差別に

撃ちました。クーデター後しばらくは大統領府の鉄柵に銃弾が貫通した穴が残っていました。

いまではもう取り替えたと思いますが大統領府近くに行った時は周りを歩いて探してくださ

い。大口径の銃で撃ったので大きな穴が開いているはずです。

 

7.優秀な占い師が就職か

昔の天気予報はまるで当たらず下駄でも投げているのかと思ったくらいです。暑いと言えば

寒くなる、雨だと言えばいい天気、昨日の天気を言っていたのか。しかし今は専門家が育成

されたのか当たっています。それとも優秀な占い師を雇ったか、などと言うのは失礼ですね。

 

8.ロシア数字、文字がわからない

筆記体のロシア数字が読みにくくて困ります。「1」は頭に小さい丸が付くので「9」と似

ている。「4」は右横線が出ていないし「5」と「6」も紛らわしい。「7」は斜めに線が

入っている。ということで品物に値段が付いている時はいつも聞いて確認します。

それに筆記体の文字はどこで切れているかわからないので読むのに苦労しています。子供の

頃から使っていればわかるのでしょうけど。一方、日本語学習者は漢字の音読み、訓読みで

苦労します。

 

9.お湯は飲まないで

来たばかりの頃学生がアパートの湯は飲まないでくださいと言いました。理由は親が熱セン

ター(テツ)を見学した時お湯がとても汚れていたからだとか。どんな状況だったのか詳し

くはわからなかったです。

麺を茹でる時お湯を使っていましたがそれ以来水から沸かすことにしました。なお他の人も

お湯を飲むなと言っているのかは知りません。

 

10.テレビ放送に休暇がある

テレビのチャンネルを選んでも時々放送していない局があります。これは電波が悪いからで

はなく1か月か2か月に1日夕方くらいまで放送を休んでいるのです。どのような理由から

か知りませんが良い制度だなと思います。日本ではスポンサー収入などいろいろ課題があっ

て無理でしょうけど。1日24時間365日ずっと放送ではなく一斉に休む制度があっても

いいのでは。

 

11.日本にこんな電熱器あったかな

日本で電熱器といえばホットプレートを思い浮かべます。しかしビシケクで売っているのは

別製品でしかもかなり強力。何年か前に工事などでガスの中断が続いた時電熱器を探したら

見つけました。それまでの電熱器はニクロム線を使ったものでとても豆腐などはできません。

ホットプレートは熱源を内蔵したフライパンか鉄板といったものですがこの製品は熱源に鍋

やフライパンを乗せて使います。最初は半信半疑でしたが豆腐も納豆もできました。

何という名称なのかロシア語で「太陽光の」と言っていたようです。メーカーは何社もあっ

て大体1300ソムくらい。私の記憶にはありませんが日本で売っていますか。

 

12.クリームとプロフ

キルギス語もロシア語も「L」「R」の発音があります。私の場合この発音というか聞き取り

ができない。キルギス語を習う時も聞き取りができないので当然発音も間違え大変でした。

結局日本語の「ら」行で生活しています。

通常は変な発音と思われながらも何とかなっていますが「クリーム」「プロフ」はどうも

だめです。注文するといつも聞き返されます。発音を一生懸命練習しなければ・・・。

 

13.梅干し

10年以上も前ですがバザールで野菜のシソを見つけ嬉しくなって梅干を漬けました。シソ

は「ライハン」と言います。梅の仲間の「ウルック」を買って天日干しして漬けました。結

果は形が崩れてしまい失敗。原因はウルックが熟し過ぎていたことです。青いのは売ってい

ませんから。いつか青いウルックを買って漬けてみたいです。

 

14.ロシア大統領選挙

今月(3月)18日にロシア大統領選挙の投票が行われます。現職プーチン大統領は調査で

得票率70%弱、他の候補は1ケタ台から0.何%の予想と大きな差が出ています。このシ

リーズが送信される頃は結果が出ているでしょうが結果は予想できます。

ところで、ロシアの現首相は前大統領でした。えー!という感じですがプーチン大統領は多

選禁止の憲法規定があるため一期首相に退き仲間を大統領に就かせました。そして前回の選

挙で大統領に復帰、仲間の大統領は首相に就いたのです。驚きますね。

プーチン大統領は若いので次の多選禁止規定でも首相に退いて・・となるのでしょうか。こ

れでいいのかと思うのは私がロシア国民ではないから?プーチン大統領は人気がありますか

ら良い政治をすれば多選も許すということなのか。

 

15.バスの席譲り

バスに乗ると相当の爺さんが乗って来たと思うのでしょう、私に席を譲ってくれます。断る

のも悪いから座りますが私はなるべく立っていたい。実は足のトレーニングをしたいのです。

少し膝を曲げバスの振動に合わせ体の態勢を調整します。足が弱ると体全体が弱りますから

トレーニングは必要です。ビシケクの皆さん、私に席を譲らないで。

 

16.調音が違うのでは

オペラバレー劇場にマナスという専属オーケストラがあります。何年か前に聞く機会があっ

た時、弦楽器の音がずれている、調音が間違っているのではないかと感じました。不協和音

に聞こえるのは私の耳がおかしいのか。日本で楽器を習っていたわけではないので何とも言

えませんが他の方の意見も聞きたいです。

 

17.アルマータ2泊3日

2月、キルギスビザを取りにアルマータに行きました。12月に申請したのに移民局の許可

書類が遅れて期限が切れるので外国でビザを取ることになったのです。または罰金一万ソム

払うかの二者択一だったので罰金なぞ払うものかとアルマータ行を選択。

アルマータ行ミニバスはビシケクの西バスターミナルからも出ていますが今回はツムデパー

ト前バス停からのミニバスで出発。キルギス国境で降りて検問を通過しカザフ側に停まって

いた別のミニバスでアルマータへ。冬なのでバスの所要時間はおよそ3時間でした。

キルギス領事部は午前中の受付(水曜は休)で午後受け取れました。朝早く出て受付に間に

合えば当日ビシケクへ戻ることは可能かも。ミニバス、ゲストハウス利用で二千ソムちょっ

との格安費用で行ってきました。

キルギスのカルチャーショック第2部 7に続く

カルチャーショック 第 2部 9

2018年7月配信

キルギスのカルチャーショック 第2部 9    2018年4月~7月

少し休んでまた書き始めました。キルギス詩人や昔話の訳を始めたのでこの記事が進まなくなりました。

 

1.プロパンガス

アパートでプロパンガスを使う必要があってキルギス人にどうしたらいいか聞きました。ガ

スボンベはガソリンスタンドで、ガス台はバザールで、プロパン用バーナーは~で、ホース

は~でそれぞれ自分が用意する、と言います。

聞いているうちに嫌になりどこか一括して用意する業者はないかと聞いたら、ないと。一括

請負を考える人間はいないのか、何か制度の問題でできないのかわかりません。

家を修理するにも資材や部材は自分で用意して職人は造るだけです。作る道具も用意してく

れという職人もいます。水準器なども持っていないのです。これはソ連時代に役割分担が作

られたのでしょうか。職人は造るだけだ、材料は家主が用意するというような。

 

2.ジェッキー・チャン

昔学生から、ジェッキー・チャンを知っていますか、と聞かれました。はて?聞いたような、

聞かないような。ほら映画の、カンフーのと言われて、ああジャッキー・チェンなのか、知

ってるよと言いました。

しかし、少しの違いで全然違う人に聞こえます。ロシアではこう呼んでいるそうですがロシ

ア語的に聞く方が近いのかそれとも日本語が近いのか。どうですか。

 

3.携帯ですぐ切る

携帯の度数が足りない時、度数を使いたくない時に学生などがよくやる方法。相手の呼び出

し音が鳴ったらすぐ切ります。記録に残るので相手は返信する訳ですが誰が考えたのかいい

方法ですね。

 

4.極細そうめん

テレビのキルギス放送で中国西部のジュンガルという地区(ウイグル自治区か?)の番組を

放送しています。たまたま見たら極細そうめんの製造を紹介していました。手で伸ばして竹

に交差してかけて干しだんだん細くしていきます。これは小豆島のそうめん作りと同じ手法

です。どういう経路か中国から小豆島へ伝わったのでしょう。極細そうめんを欲しいときは

中国へ行けばいいのです。

 

5.航空切符の予約システム

キルギスの航空券予約システムは不便この上なく困ります。予約をすると出発日時変更に手

数料が結構かかる、最初予約した人の名義変更はできない、もし搭乗しなくなっても代金は

返ってこない。一度予約したらその日程で乗らないと全額没収なので大変なことになります。

オンラインシステムだからと言っていますがこんな鉄筋コンクリートのようなガチガチシス

テムでは利用したくないと思うのは私だけでしょうか。最近の日本はどんなシステムですか。

それからビシケク・オシュの運賃は1カ月くらい前に予約すると安いですが出発日が近くな

ると3~4倍高くなります。日本も事前予約割引はあるもののこんなに違いはないのでは。

 

6.売る人の対応が

キルギスに来た日本人すべてが感じるのはデパートでも店でも街頭の物売りでも客に対する

売る人の対応がひどすぎることと思います。特にキルギス人がひどいです。まともな対応を

するのはどこでしょうか?指折り数えても片手が満たせません。

売っているのに売ってやるという態度、これは日本人だから感じることで大概の国ではキル

ギスと同じとは思います。日本に来た外国人が店員の対応に感激したというニュースはうな

づけます。

キルギスはバザール経済、相手に金がありそうなら高く売るのは常識。これが改善されるこ

とはなさそうです。日本に留学したとか研修に行った人をたくさん知っていますが日本を参

考にキルギスを変えようと言う人はいません。やはりキルギスが一番ということなのか。

外国機関が増えているので昔通りの対応では雇ってくれるところはありません。これに気付

いていけば変化があるとは思いますが気が付かない、変えようとしないのです。

 

7.いかつい生徒からハグが

市内西にある学校に何年も顔を出しています。ある時、休み時間で廊下に集まっている生徒

たちの所に行った時です。結構体の大きい、いかつい顔をした男子生徒が私を見てハグして

きました。突然なので、何だ何だと言いながらもそのままにしていたらやがて戻って行きま

した。

この学校は地方から来て寮生活をしている生徒が多いです。ハグして来た生徒もそうなのか、

私を見て親を思い出したのかなどと後で考えました。

 

8.ゴインとゴイン2

ソビエト通りとジベックジョル通り交差点に中国マーケット「ゴイン」があります。その向

かって左、少し離れて小さいスーパーがあり「ゴイン2」と言います。ゴイン1階の食料品

店とゴイン2が競い合っているのは前に書きました。

どちらの店ももう10年以上利用していて大豆を毎週何キロも買っていたりしたので責任

者や店員と顔なじみになりました。ゴインでは何%か割引があり、ゴイン2の主人は値段の

端数をおまけしてくれるほどになりました。

 

9.断食月

今年もイスラム暦第9月の断食月が始まりました。キルギス語はオロゾ、ロシア語はラマダ

ンまたはラマザンです。太陽暦とは毎年10日間くらいずれて今年は5月17日から6月

15日まで。15日はオロゾアイトというお祝いになります。

実はキルギスに来たばかりの頃に1回だけ断食を実行したことがあります。学生や教師がオ

ロゾ、オロゾというので、どういうものかとやってみたくなったのです。その時は冬で1月

だったかと思いますが飲食禁止になる日の出前にお茶を入れ、たくさん飲んでおきました。

30日間の半分くらいまでは苦痛ではなかったですが後半が大変。飲食できる時間になって

もそれほどは食べたくないので体内のエネルギーが消費されていきます。やがて頭がボーと

してきました。神を見ることがある、などと言うようですが確かにあるかも。

最悪だったのは最終日の夕方、終わる寸前の時間帯。もうすぐ終わるとあって精神的に落

ち着かなくなりイライラして体の置き場がなく困りました。さすがに懲りてそれ以来1回も

していません。

夏場にする人は少ないようですが働きながら実行している教師などをみると宗教の力はすご

いと感じます。

 

10.天気予報は発電所から

日本は気象庁発表ですがロシアの天気予報では水力発電所センター発表と言います。ロシア

は国土が広く水力発電所が数多くあり、豪雨などの自然災害を予測する必要からこうなった

のでしょうか。キルギスは発電所センターではないと思いましたが、さて。

 

11.キルギス人の名前

①男女共通の名前

例えば、マクサト(意味は目的)、チョルポン(意味は金星)があります。

チョルポンは語尾にベック(強い)を付け、男性用のチョルポンベックもあります。

②よく聞く名前

男性名はヌル(光)+ベック(強い)=ヌルベック、

ヌル(光)+スルタン(王)=ヌルスルタン

女性名はアイ(月)+ヌル(光)=アイヌール、

アイ(月)+グル(花)=アイグール

アイ(月)+スルー(美)=アイスルー   などよく聞きます。

 

12.ビタミン ツェー

「ВИТАМИН С」・・これはロシア語表記ですが読みは「ビタミン ツェー」。ロシア

語の「C」は「エス」と読むので「ビタミン エス」となるはずですが例外です。

「C」を「ツェー」と読むのはドイツ語、ドイツから「ビタミン ツェー」が伝わった時に

読みがそのまま残ったのでしょう。

 

13.ビシケクのアパート

新しく建ったアパートの1階で床コンクリートにペンキを塗っただけで住んでいる。スリッ

パや絨毯ではとても対応できません。それで住人は体が冷えて病気になってしまう。こうい

う話をいくつも聞きました。病気になるのは当然です。

アパートを買った人が経費節約のため自分たちで内装をするのがほとんどなので床板を敷く

ことをしなかった。何考えてるんだ、となりますがキルギス人は定住化してまだ数十年しか

経っていないので家屋や定住生活の知識がない。表面的には街の生活ですが実は遊牧生活の

まま暮らしています。

 

14.外での飲酒禁止令

大使館に寄ったら道路やターミナルなど公共の場での飲酒禁止制度ができたと貼り紙があり

ました。これは知らなかった。キルギスでは周知期間なしで昨日法律ができたから今日は禁

止だ、罰金だとなるでしょう。制度を知らない旅行者や外国人を狙って警察官が小遣いを取

りに行きます。缶ビールなど飲んではいられません。

これとは別に、客が乗っているのにバスの運転手が喫煙する、買い物に行く、なども取り締

まってほしい。運転手の言い分は「我々は労働者だ。自分が必要なことをする権利がある。」

と言うのでしょうけれど。

 

15.宵越しの金は持たないキルギス人

一般的キルギス人、特に村ではそうですがいつもカツカツの生活をしている。その反動なの

かまとまった金が入るとすぐに全部使ってしまう。ある時に使わないと明日はどうなるかわ

からないのでしょか。こういう人をたくさん知っているので大半の人はそうなのでしょう。

日本人とキルギス人は兄弟と言いますが貯蓄しないキルギス人は異母兄弟ですか。

 

 

(カルチャーショックシリーズの休刊)

このシリーズを第2部9まで書いてきましたが少し疲れたので休刊させていただきます。

来たばかりの頃、警察官に見逃し料として財布から金を抜かれたのが第一のショックでした。

以来警察官を見ると・・・

このシリーズ、当初は日本にいる知人に向けキルギス紹介ということで書き始めました。最

近は日本人会の皆様にも読んでいただくようになり役員の藤嶋さんに感謝しています。

再開をお待ちください。

2018年7月 大滝

 

カルチャーショック第2部 休刊