「Kyrgyz tabi」タグアーカイブ

キルギス共和国について

キルギス共和国について  (ウィキペディアより)

キルギス共和国(キルギスきょうわこく)、通称キルギスは、中央アジアに位置する旧ソビエト連邦共和制国家である。首都はビシュケク(旧名フルンゼ)。かつての正式国名はキルギスタンであり、改称以降も別称として公式に認められている。

内陸国で、北から時計回りにカザフスタン中華人民共和国タジキスタンウズベキスタンと国境を接する。西部のバトケン州内にはタジキスタンとウズベキスタンの飛び地がある(「バトケン州#飛地」参照)。ソビエト連邦から独立したウズベキスタン、カザフスタン、トルクメニスタン、タジキスタンとともに中央アジアを形成し、独立国家共同体 (CIS) 加盟国である。旧ソ連を構成していた中央アジア5カ国で「最も民主的」といわれるキルギスでは、2005年と2010年に野党勝利による政変があった。しかし、キルギスの大統領たちは政権交代による第一野党勝利後にそれぞれ国外に亡命している

国名[編集]

正式名称はキルギス語では Кыргыз Республикасы(Kyrgyz Respublikasy; クルグズ・レスプブリカス)、ロシア語では Киргизская Республика(Kyrgyzskaia Respublika; キルギースカヤ・リスプーブリカ)。別称は Кыргызстан(Kyrgyzstan; クルグズスタン)。

1991年の独立時にキルギス語の国名を Кыргызстан РеспубликасыKyrgyzstan Respublikasy; クルグズスタン・レスプブリカス)としたが、1993年に憲法を改正して正式国名を現行の Кыргыз Республикасы に改めた。ただし、国名変更以降も旧称 Кыргызстан が別称として公式に認められている。

公式の英語表記は Kyrgyz Republic。別称 Kyrgyzstan。 国民・形容詞はKyrgyztani。

日本語の表記はキルギス共和国[3]通称キルギス

クルグズ(キルギス)の語源は「кырк(クルク)」が40の意味で、40の民族を指し、また中国人にかつて「гунны(グンヌィ、匈奴)」と呼ばれていた背景から、それらを合わせてクルグズとなったと言われている。 ちなみに、テュルク系言語で40を意味する「クゥルク」に、娘や女の子を意味する「クゥズ」を合わせた「クゥルク・クゥズ」は、“40人の娘”という意味になり、中央アジアに広く伝えられるアマゾネス伝承との関連をうかがわせる。したがって、「40の民族」というよりも、「40の部族」ないし「40の氏族」という意味のほうが適切である。

日本語名のキルギスは、ロシア語表記の「Киргиз」に由来する。

独立時に、キルギスのロシア語表記・英語表記は、キルギス語の自称に基づいた КыргызKyrgyz に改められたが、日本語ではそのままキルギスと呼び続け、正式国名の日本語名はキルギスタン共和国と表記された。その後のキルギス共和国への国名変更を経て、依然キルギスと通称されている。タジキスタンやカザフスタンなどにみられる「~スタン」とは、ペルシア語で「~が多い場所」を意味する言葉である。詳しくはスタンを参照。

本項では「キルギス」の国名を使用するが、中央アジアの研究者には正確な発音に近い「クルグズ」と表記すべき、との声もある。

 

Version:1.0 StartHTML:000000229 EndHTML:000262918 StartFragment:000237115 EndFragment:000262862 StartSelection:000237115 EndSelection:000262858 SourceURL:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%82%B9キルギス – Wikipedia

国際関係[編集]

ロシアと密接な関係を保ちつつ、中国や欧米、日本などともバランス外交を展開している。ロシア主導のユーラシア経済連合集団安全保障条約に加盟している[3]

上海協力機構の加盟国でもあり、中国はキルギスを「一帯一路」の対象国を一つに位置付けている[5]。 一方で、経済の過度な対中依存や中国人の流入などへの不満から反中デモも起きている[6]

日本は1991年12月28日に国家承認し、翌1992年1月26日に外交関係を樹立。大使館は日本が2003年1月27日に、キルギスが翌2004年4月にそれぞれ置いた。日本はキルギスに政府開発援助(ODA)を提供し、ビシュケクに「キルギス日本人材開発センター」を開設した[3]

地理[編集]

キルギスの衛星写真

キルギスの地図

国土全体の40%が標高3000mを超える山国。国土は東西に長く、中国との国境には天山山脈が延びる。南に位置するタジキスタンに向かってパミール高原が広がる。

国土の中央など東西に山脈が走り、国土を数多くの峡谷に分断している。最高峰は、中国国境にそびえるポベティ山(Pobeda または Jengish もしくは 勝利峰、7439m)、ついでハン・テングリKhan-Tängri または Kan-Too、6995m)である。4000m級の峰は珍しくない。各都市の標高は首都ビシュケクが800 m、フェルガナ盆地に位置するオシュが963 m、イシク湖畔のバルイクチが1610 m、カラコルが1745 mとなっており、ナルイン州の州都ナルインは2044 m、中国やタジキスタンとの国境に近い南部のサリタシュは3170 mもの高地に位置している。

主な河川は、シルダリア川支流のナルイン川。主な湖は国内北東部に位置するイシク湖 (Isik-Köl)。東西180km、南北60km、周囲長700kmに及ぶ。湖面の標高は1600m。イシク湖とナルイン川は水系が異なる。

ビシュケクと第2の都市オシュ、中央部のナルインにはソ連共和国時代に大規模な灌漑施設が敷設されているため、綿花を中心とした耕作に向く。これらの灌漑地はシルダリア川、ナルイン川の支流から水を得ている。

気候[編集]

隣国のカザフスタンや中国とは異なり、国内に砂漠は存在せず、この地方の中では気候に恵まれている。人の居住に適した東西に伸びる渓谷部分はケッペンの気候区分では、夏季に雨が少ない温帯地中海性気候 (Cs) に相当する。これは、イタリアローマアメリカ合衆国サンフランシスコと同じ気候区である。山地は亜寒帯湿潤気候 (Df) 、特に高地は高山気候 (H) となる。天山山脈をはさんで南方の中華人民共和国と、テスケイ・アラ・トー山脈英語版を挟んで北方のカザフスタンには、ステップ気候 (BS) と砂漠気候 (BW) が広がる。

実際に降水量を比較すると、天山山脈の100km南方に位置する中国新疆ウイグル自治区喀什(カシ、カシュガル)の年降水量は60mmだが、ビシュケク(北緯43度、標高800m)の降水量は450mmに達する。これはローマやサンフランシスコと同水準である。ビシュケクの平均気温は、1月に-20度、7月に30度で2017年度は7月に最高気温43度、2月に最低気温-31度を記録している。

地方行政区分[編集]

キルギスは7つの州 (oblast) と1つの特別市 (shaar) から成り立つ。州はさらに地方 (raion) に分かれる。地方長官は中央政府が任命する。aiyl okmotu と呼ばれる自治体は、最大で20程度の集落から構成されており、選挙で選ばれた村長のほか議会が設置されている。

主要都市[編集]

経済[編集]

色と面積で示したキルギスの輸出品目

農業および牧畜鉱業が主である。農業は主として輸出品目にもなっている綿花タバコの栽培が活発に行われている。鉱業は水銀アンチモンなど。1997年に採掘がはじまったクムトール鉱山は、世界屈指の金鉱山である。また水銀(ハイダルカン鉱山)は2002年のデータで世界第3位の産出量を誇っている。

ソ連から独立後は、観光産業に早くから注力する。旧ソ連邦でも先駆けてヨーロッパや日本からの観光目的の入国に際し、査証不要を打ち出した。

キルギスは石油製品、天然ガスを輸入し、水力発電による電力、葉タバコ綿を輸出している。ただし、金の輸出が急速に伸びている。2000年における輸入相手国は、ロシア、ウズベキスタン、カザフスタン、アメリカ合衆国、中華人民共和国の順。輸出相手国は、ドイツ、ウズベキスタン、ロシア、中華人民共和国、スイス。キルギスの対日本への貿易は2012年の財務省貿易統計によると輸入57.6億円(機械類及び輸送用機器、自動車、建設用・鉱山用機械)、輸出0.8億円(アルミニウム及び、同合金)となっている。

キルギスに対する2000年における主要援助国(団体)は、日本アジア開発銀行世界銀行アメリカ合衆国国際通貨基金の順である。日本の援助額は5500万米ドル。

通貨はキルギス・ソムである。

交通[編集]

国内にはバス航空網が敷かれている。外国との間にはフラッグキャリアキルギスタン航空が、ビシュケクのマナス国際空港からアジアヨーロッパ各国に就航しているほか、同空港には各国の航空会社が乗り入れている。

鉄道は首都ビシュケクからバルクチまでの国内線の他、ビシュケクとロシアカザフスタンとの間に国際列車が運行されている。

またマルシュルというバスがありそれが国民の足となっている。ビシュケク市内では10ソム(約16円)で乗ることができ、遠距離移動の際には便利となる一面を持つ。タクシーも走っており、日本と比較すると安価で乗ることが出来るため利便性は高めである。

なお、キルギス国内で走行している車両の70%は中古の日本車である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/キルギス#歴史

 

カルチャーショック 第 1部 2

キルギスのカルチャーショックⅡ     2013年5月

カルチャーショックとして書き始めたらたくさん出てきました。本当に驚いたというものから日本にはないちょっと面白いものまで、いろいろ書きました。

書くきっかけは日本語の授業で学生に「キルギスのカルチャーショックは何でしたか」と聞かれたことです。いろいろあるけど、と思いながらなかなか出てきませんでした。生活に慣れてしまったのでしょう。これではいけないと書き始めました。(Ⅲを執筆中)

 

1.日本は特殊な国

日本との習慣や考え方が大きく違うので、来たばかりの頃はショックでした。どうしてこんなに違うのか、と悩んだりしました。そのうち、日本が特殊な国でキルギスなど中央アジアは世界的には一般的な国だ、と考え始めたのです。

日本人は親切、嘘を言わない、時間を守るなどいい所がたくさんあります。しかし、世界からみるとこれは一般的ではない。どうしても日本の感覚で考えてしまうので、相手の国を疑問視している。これは見方が逆なのです。

逆転の発想まで何年かかかりましたが、「あーそうか」と眼から鱗でした。

この発想が最大のカルチャーショックだったかもしれません。

 

2.クーデターが2回も

2005年と2010年に大統領追放クーデターがあったことは、ショックとしてもっと早く書かなければいけませんでした。2005年は初代大統領アカーエフをバキエフが追放。2010年はバキエフをアタンバエフ(現大統領)が追放。アカーエフは、政治について何もしない私腹を肥やす無能な大統領で、2代目は初代のように私腹を肥やしたいと出てきました。2005年は無血で終了したのに、2010年は大統領側がいきなり発砲、狙撃手が20人近くいて群集を狙い撃ちし、500人以上の死傷者が出ました。

2005年のクーデターを知っている人は、まさか発砲するとは思わず大統領府の近くにいました。デモ隊ではなく単なる通行人も撃ったのです。大統領一族は国家財産を盗み海外に逃亡。逃亡までの時間稼ぎに地元で民族紛争に見せかけた騒ぎを起こしました。

2回ともクーデターの夜に市内で略奪、放火がありました。高価な商品を略奪、中国人経営の商店などは放火されました。

 

3.大家は泥棒だった

これもショックでした。2軒目のアパートでは大家(ロシア人女性)が泥棒に入ったのです。疑うことなく大家とドアの鍵を共有していたのが間違いでした。大学に行って帰ってきたらドアが開いています。大家が来ているのかと入ったら誰もいなくて、バッグなど荷物が散らばっています。

それからが大変でした。ちょうど学生が来たので警察を呼んでもらいました。警察にはどういう人間が部屋に出入りしていたかと聞かれ、大家と他に2人ほどあげると、室内の指紋を取ってから主な3人を警察に同行し取調べが始まりました。

翌朝、調べられていたキルギス語の先生から電話があり警察に来てくれといいます。昨日からまだ調べていたとは思いませんでした。

警察に行ってみると担当者が(なんかニヤニヤして)「誰かを犯人にしなければならないが、誰を告発するのか」と聞きます。その時はもう誰をという気にはならず、わからないと答えました。担当者はまたニヤニヤしながら、相手がいなければなくなった金は自分で使ったという書類を書いてくれと言います。自分では書けないので一緒にいた学生に書いてもらいました。これで取調べ中の3人が解放されたわけです。

後で考えてみると、大家は何回か理由をつけては部屋に来ていました。その時に金がどこにあるのか目星を着けていたのでしょう。部屋の鍵は壊されていたわけではなく、犯人は決まっていますが告発することは止めました。

これも後でわかったのですが、大家が犯人だと警察はわかったが大家は賄賂を払ったので、警察は告発されないよう私に書類を書かせたのです。

キルギス語の先生と学生には、苦労をかけたお詫びに慰労金を渡しました。その後すぐ引っ越したのは言うまでもありません。このこと以来、引っ越したらドアの鍵を交換しています。

 

4.女性は皆ジーンズ、パンツルック

女性はジーンズ姿ばかり、スカートは全然見ませんでした。何年かしてからもスカートはたまに見る程度。今は多くなったとはいうものの、ほとんどがジーンズなどで日本に比べればはるかに少ないです。

ただし、以上のことは若い女性で、中年(というより30過ぎ)になると急に太るのでスカートになります。

5.小学生からピアス、マニキュア

女の子は幼稚園くらいで耳にピアスを付けます。全員が幼稚園からではありませんが、耳に開けるのはイスラムの風習のようです。それにマニキュアをして、学校に行くので先生に怒られます。指輪や手首にする飾りも学校にしていきます。

化粧はもちろん、付けまつげやマスカラなどもしている子供がいます。私の日本語の生徒(小学生)はマスカラをしてました。日本では小学生でマニキュアなどしない、祭りの時くらいだというと驚かれます。

 

6.花嫁は誘拐して

花嫁は盗む、これが忌まわしい伝統です。全く相手の同意なしに車などを使って複数の人間で誘拐します。その後、花婿の家に連れて行き初めて対面。逃げ出すことはできず、そのまま生活することになります。オシュ方面では村の女性以外でも誘拐するとか。地方の村だけではなく都会のビシケクでも行われます。しかし、その後共同生活が続くかというとそうではなく、別れて別の人という話はよく聞きます

これは立派な犯罪です。しかし、キルギスだけでなく中央アジア遊牧民の風習のようです。このような略奪婚がどう始まったのか、まだ調べたことはありません。

 

7.生徒が突然消えてしまう

アパートで日本語を教えていますが、生徒が突然来なくなるのにはびっくりしました。勉強が嫌で来なくなったのではなく、学校や仕事が忙しくなったなどの理由。「次は何日に来ます」と言って帰ったのに待っていても現れない。今日は都合が悪くなったのだろう、と次の予定日に待っていても来ない。電話番号を教えてあるのに連絡が無く辞めてしまいます。そうかと思うと半年くらい経って電話が来て、「また勉強したいです」という。

休む時は電話しろ、と言ってあるのに、小学生から社会人までどの生徒も皆同じ。伝統的に親が子供に教育していないのでしょう。

 

8.肉はキロ単位

来たばかりの頃、バザールに行って肉を買いました。そんなには要らないので、300グラムと言ったら変な顔をされました。その時はわからなかったのですが、肉はキロ単位で買うのが普通でした。骨付きで売っているので、実質は半分くらいになります。それと骨付き肉を切るのも一苦労、日本では親切に細切れですから切ったことなどありません。

馬肉の新しいのを薄く切って馬刺しで食べたこともあります。しかしこれは、血抜きや病気の関係で危険でした。肉は黒くなるくらいよく焼く、時間をかけてよく煮るのが原則です。

 

9.焼き肉は石炭焼き

カフェやレストランの串焼き肉(シャシリク)は石炭で焼いています。低温で燃える石炭があるので、木炭ではなく石炭焼きです。店の外で足の付いた細長い箱に鉄串を並べて焼いているのがそうです。

 

10.バックします

向かいの店に肉か何か納入に来た車から「バックします」という声がします。車体に「~肉屋」と書いてある日本からの中古輸入車からです。突然の日本語で、ここは日本かと一瞬錯覚します。しかし、車からの声は誰も理解できませんね。「いつも出るけど何の音か」と思っていることでしょう。

パキスタン人が日本からたくさん輸入販売しているので、車体に「~神社」「~販売」などと貼ってある車が目に付きます。

 

11.電気もガスも強力

電気の電圧は220V、ガスは天然ガスなので日本よりずっと強力です。電気ポットの湯はすぐ沸くし、ガスにかけた水もすぐ熱湯になります。とはいってもガスの自動点火がないのは不便です。マッチか電池式の火花を出す点火器かチャッカマンを使うしかないです。しかし中国製チャッカマンはすぐ壊れます。早いのは2日、2週間以上もったのはありません。

デパートやバザールで探しても自動点火式のガス台は売っていません。ソ連時代は宇宙ロケットを打ち上げても自動点火は考えなかった?

 

12.挨拶は、ほっぺにチュ

来て大学で教え初めた頃、女子学生同士がほっぺにキスし合っているのを一日何回も見ました。こちらの習慣を知らないので、二人はレズじゃないか、と他の学生に言ったりしました。それにしては多い。

お互いにほほをすり合わせて軽くキス。相手に向かって左側または右側にキス。観察していると左側が多いようです。ダブルで左と右に、さらにはトリプルの場合、よほど親しいか懐かしい相手でしょう。

この挨拶はロシア人もキルギス人も同様で、年齢に関係なく女同士や男と女でもします。しかし、男同士は握手してから相手の背中を叩きあいます。

そういえば、最初のアパートの大家(男)からほっぺたの挨拶をされた時は、慣れていないので身構えて体が硬くなりました。

 

13.信号手前でグッズ販売

幹線道路の信号少し手前で道路中央に人が立っていて、停止した車から小銭を無心します。大体、身障者やフーテンぽい人が立ってます。事故にならないのが不思議。もう見慣れてしまったので風景の一つになりました。最近は何か小物を売ってる人がいます。

 

14.中央アジアはバザール経済

日本にはない販売様式バザールの、ごちゃごちゃした雰囲気が好きです。大きいバザールが市内に3つ、郊外に1つ、小さいバザールはたくさんあります。売り場がごったなので、慣れないとどこに何が売っているかわかりません。

だいぶ前、中心部にあったバザールや幹線道路から見えるバザールが撤去されて公園などになりました。モスクワ通りとソビエト通り角にあった深夜営業のバザールが撤去されたのは10年位前でしょうか。景観の問題からなのか、わかりません。

それと最近は、幹線道路近くにあるプレハブの店「キオスク」も撤去されています。アパート近くにあったキオスクがかなり減りました。何日か行かないと「あれ!」なくなっています。

 

15.トロリーバス、マイクロバス

大型バスに架線を付けたようなトロリーバスは日本にはありません。タイヤで走るので線路なしです。架線は昆虫の角のように長く伸びて電線と接触しているので、時々外れて運転手が屋根に上って戻しています。

市内を網の目のように多くの路線で走っている乗り合いマイクロバス。これも日本にはありません。系統番号は100番から始まって市内は300番未満、近くの市町やイシククリ方面へも出ている長距離は300番以上の番号です。

面白いのは料金を乗車するとき払いますが、乗車してから人伝いに渡して払う方法があるのです。お釣りは逆方向で渡ります。最初の頃、金を渡されたとき何かわからずとまどいました。面白いことにバス停以外でも止まる場所を言えば停まります。

車内のマナーは良く、老人や妊婦など弱者にはすぐ席を譲ります。これは日本で見習って欲しい。反面、つり革に両手でつかまり通路をふさぐキルギス人、まだ降りないのに出口に陣取る人には閉口します。村から出てきたばかりの人間かなと思われます。

 

16.タバコは外で吸え

タバコを吸わない人にとって近くで吸われるのは困ります。その点、ソ連時代は建物の外で吸ういい習慣を徹底していたようです。ただし、大型バス、マイクロバスの運転手が運転中に吸っているのはどういうことなのでしょうか。携帯で話をするし、ラジオの音楽を大きくかけたりして、聞きたければ客がいないときにしてほしい。

 

17.成績が悪ければ賄賂

成績が悪く留年になりそうな場合、教師や学部長に賄賂を払えば解決できます。大学で教えていた時、留年の成績を付けた学生がそのまま進級していたのは、学部長に払ったからでしょう。卒業も同様で、こんな調子で人材を育てていたらキルギスはどうなる。

 

18.キルギス伝説

キルギスに昔二人の兄弟がいて、魚が好きな方は日本へ行き、肉が好きな方がキルギスに住んだ、という伝説があります。伝説なのか比較的新しい話なのか不明ですが、日本に親近感を持っている訳です。相手が日本人だと聞くとこの話をよくします。

 

19.バカ、はキルギス語で

キルギス語に「バカー」と言うのがあって、「カエル」のことです。「タシバカー」は、「タシ」が「石」で「カメ」のことです。「カイダン」は「どこから」という質問です。

20.テレビ放送が半日休み

ロシアのテレビ局では何ヶ月かに一度、放送を半日休みます。放送局の維持管理のためですが、日本もやったらどうでしょう。それと番組と番組のつなぎ時間が空くと画面に時計が出てきて5~10秒くらい待ちます。これはキルギスの放送局もやってます。日本も見習ったらいいのでは。でもコマーシャル単価が高いからだめでしょう。

 

21.近くにあります

日本からお客さんが来て、学生の案内で旅行した時です。目的の場所は近いから歩いて行きましょう、と言うので出かけたら、30分歩いてもまだ着かない。まだか遠いな、というともう近いです、という返事。結局1時間近く歩きました。キルギスの広い草原や畑を見ていると30分くらいなら歩いても近くだ、ということになるのでしょう。

 

 

 

(カルチャーショックⅢに続く)

カルチャーショック 第 1部 3

キルギスのカルチャーショックⅢ     2013年5月

ショックな話と住んでいないとわからない興味深い話を併せて書きました。

 

1.お札で商品をパタパタ

朝早くバザールで買い物をしたとき、渡したお札で売り手が他の商品の上をパタパタ叩きました。「ん!」と思って聞いたら、最初の売上金でこうして、あとでたくさん売れるようにとの縁起かつぎでした。

商売の縁起かつぎでは、最初の売上金にプップッ、とつばを吐く真似をする動作があります。中近東からロシアで見られるそうで、韓国で見たとインターネットサイトにありました。

 

2.「パトーム」と「ザーフトラ」

「パトーム(後で)」・・・買い物をして手持ち金が足りないと言うと、店の人が言います。後で持って来ればいい、と思ったのですが、どうも言い方が違います。足りない分は要らない、負けるから買ってくれ、という意味でした。日本でも「あとでいいよ」と言いますが、やはり持ってくるのが前提でしょう。辞書だけではわかりません。

「ザーフトラ(明日)」・・・何かするべきことがあってもできない時、わからない時に言います。店に欲しいものがなくて「いつあるか」と聞くと「ザーフトラ」。「明日に」ですが、明日になってもあるかわかりません。明日の明日は、その明日は、となっていつになるかわからない、ということで、「いつかわからない」ということになります。

貸した金を請求すると「ザーフトラ」と返事します。明日また請求すると「ザーフトラ」、これで1ヶ月、1年、やがて相手は諦めます。

学生はこれを日本語に訳して「明日、明日」と言うのですが、意味はまったく違いますね。

 

3.酒は密造酒が横行

店で売っているウオッカは、蒸留酒ではなく工業用アルコールをブレンドしたものがほとんどです。しかも同じラベルでビンに入っていても、質の悪いアルコールで作った自家製密造酒が横行しています。公認印紙を貼ってあるのですが、収入印紙は本物をバザールで売っているそうで中身は粗悪品。普通の店で正常なウオッカと一緒に売っているので、飲んでみるまでわかりません。

サマゴンという名前の砂糖から作る蒸留酒があります。個人で作るのはいいのですが売るのは違法です。ソ連時代、身障者に収入を与えるため特例で製造販売を許可していました。2年ほど前までは街頭で売っていましたが、突然街頭から消えました。吟醸酒の味がしておいしいのでよく買っていたのに。販売禁止になったのでしょう、あちこち探してもありません。ロシア人は自家用に作るので、個人的に分けてもらうしかないです。

 

4.電球爆弾

アパートに帰ってきて電気のスイッチを押したら、ボンと音がして何か下に落ちました。電球のねじ込む部分の線がショートし、ガラスが割れて落ちたのです。これは何回かありました。最近は中国製蛍光電球(らせん状に丸い型)を使っているので爆発はありません。

 

5.おからの保冷剤

豆腐のおからを冷凍して保冷剤にしたら、なかなか優れ物です。夏の配達に保冷剤が欲しいとあちこち探しましたがありません。ふと、何年か前にお客さんがおからを冷凍しておくと話していたのを思い出しました。それで、冷凍して保冷剤にしました。

水と違って溶けてもぐちゃっとならないし、形を色々変えられて便利です。買う必要なし、古くなれば交換、廃物利用になって一石三丁。

 

6.中国のゴミ箱か

中国にある外国企業の工場や自国会社の電化製品などが陸路を通って大量に流れてきます。しかし、製品の質は良くありません。年式落ち、在庫、検査落ちなどが持ち込まれています。中央アジアは在庫処分地かゴミ箱扱いです。キルギスには工業製品の会社がないので不良品でも買うしかありません。

チャッカマンは2日で壊れ、電気ポットは分解してしまう、と言った調子でした。最近はだんだん良くなり、ゴム手は長持ち、液晶テレビ、DVDデッキは使えます。

 

6-2.拡大する郊外大型バザール

市の北部郊外にドルドイと言う大型バザールがあります。衣料品から家庭用品、電気製品など多品種の商品を安価で売っているので、安いものを求めて1時間くらいバスに乗って買いに行きます。

しばらく行かないと新しい販売区域ができています。どこも貨車のコンテナーを利用した店舗で売っていて、売り場番号をメモしていないと同じ場所には戻れません。それほど広いのです。中央アジアで一番大きい規模とかで、中国から大型トラックで大量に商品が運ばれています。

 

7.授業は生徒が移動

第一学校では授業毎に生徒が移動します。日本語教室で待っていると生徒がやってくるわけです。しかし、授業と授業の間が5分なので、生徒は移動に忙しいです。授業以外で生徒はどこにいるかというと、学年の教室があってそこにいます。

生徒の成績は5段階評価、学期ごとに生徒の手帳に記入します。授業後、生徒が書いている学科のノートにその日の評価を記入したりします。1クラスで生徒の数が5,6人なのでいいですが、それでも面倒です。

大学で学生が教室を移動するのは日本も同じですね。大学では毎月月例テストがあり、成績は学期ごと手帳に記入するのは生徒と同じ。卒業証書は、見開きになった厚い表紙の冊子で成績が記入してあります。

 

8.「はい」は1回だけにしろ

大学にいた頃、学生が「はい、はい、はい」と続けて返事をします。日本でも言いますが、単なる同意の「はい」と意味が違ってきます。これはロシア語の影響でした。ロシア語は同意・承諾の意味でも「ダー(はい)」を3,4回繰り返してもいいのです。

 

9.パンが美味しい

日本のパンは小麦粉を漂白しているので、小麦粉の味がしません。それでジャムやクリームなどを入れないと美味しくないのです。こちらのパンは薄い茶色、焼いた小麦粉の色です。外国人が日本のパンを見たら驚くでしょう。どうして白いんだ、と。

こちらのパンは、小麦粉の味がして美味しいのでよく食べています。丸いパン、四角いパン、もちろんリンゴやイチゴなどのジャムパンもあります。パンを始め、野菜、果物、ハムなど美味しい物を食べに来て欲しいです。

 

9-2.笑顔がない売り手

店やカフェなどどこでも売り手は笑顔なし、無表情です。最初は売りたくないのかと思いました。買っても無表情、おつりは手渡しではなくカウンターに置くだけ。日本のマニュアルを読ませてあげたい。レストランではハイアットホテルのウエイトレスだけ笑顔を見せます。

 

10.傘がない、帽子がない

雨が降っても傘をささないで歩いている人が多いです。日本と違ってあまり降らないし、降っても小雨で長くは降らない、というので持ち歩かないのでしょう。買う余裕が無いのもあるでしょうけど。それで、たまに強く降った時は、ずぶ濡れになりながら歩いています。

傘をしまう時には干さないで、たたんだままです。それで布がくっついて

すぐ悪くなります。

それと、夏の強い日差しでも帽子をかぶりません。日本人なら、病気になるぞ、と注意されるところです。「カルパック」という民族帽子があるのに、かぶらないのは何故でしょうか。来たばかりの頃、普通の帽子が売っていなくて探すのに苦労しました。

 

11.キルギスは夫婦別姓

キルギスでは、結婚しても夫の姓になるかは選択できる夫婦別姓の制度です。夫の姓になる人がほとんどのようですが、最近は別姓の人も多いとか。別姓でも子供の姓は父親の姓になります。

 

11-1.結婚式は交通事故の元

アメリカ式、ロシア式でしょう、結婚して登録署名を済ますと新郎新婦を乗せた車が町へ繰り出します。飾りを付けた仲間の車が隋送してクラクションを鳴らしながら走ります。しかしスピード違反や信号無視をするので、一般の車と事故を起こした現場をよく見ます。車が少なかった昔と違い、今では危ない行為です。

新郎新婦用の車は、アメリカ製の長ロングボディーの車が使われています。

 

11-2.蒙古班

実際に見たことは無いですが、キルギス人の乳児にも蒙古班があるそうです。モンゴル系の遺伝子があるわけで、チンギスハン以後モンゴル人がウズベキスタンやロシア方面に進行していますから、その辺の関係でしょうか。

 

12.子守は男の仕事?

キルギス人でもロシア人でも若い男性が一人で乳母車を引いて散歩しているのをよく見かけます。夫婦の場合も男が引いています。日本では見ないでしょう。

そうかと思うと、小さい子が赤ちゃんをお守しているのもよく見ます。自分と同じ大きさくらいの赤ちゃんを抱っこしたりしています。感心しますが危なくないの?

 

13.ドルが消えた

10年以上前ですが、アパートからドルが消えてしまいました。消えたと言う表現がぴったりします。誰もいなかった、何も異常は無かったのに、1回に何千ドルが消えたのです。当時、銀行は毎年倒産するところがあって危なかったので、現金でアパートに置いてありました。寝る前に確認して、朝にはなくなっている、ということが何回かあって、合計一万ドル以上が消えました。それも子供の誕生日に、です。

全く訳がわからずショックでしたが最近になって思うに、あれは運命の神様が一時預かりしてくれたのではないか、ということ。金を持っていれば使ってしまう私の性格を知っていて預かった。そして、近年になって豆腐、納豆などの注文が増え、預かり金を還元しているのです。

神様の配慮は有難いことだ、そう考えているこの頃です。

 

14.静岡のビニール袋が

だいぶ前ですが、バザールで買い物をしたらビニール袋をくれました。ふと見ると「生活倉庫」と書いてあります。静岡センター近くにあったデパートのもので、はるばるキルギスまで運ばれて来たのです。

これに限らず、時々日本の袋を見かけます。ひらがな、カタカナはどの国の文字か誰もわからなないでしょう。

 

15.引越しは10回近く

これはショックではないものの、少し関係します。

  • 最初のアパートで何千ドルか消えたので引っ越しました。
  • 引越し先で大家が泥棒をしてまた引越し。
  • 次のアパートは大家夫妻が離婚してアパートを売ることになり、2ヶ月でまた引越しに。泥棒大家と離婚大家のアパートは、ダミーラに探してもらった場所です。また頼むと良くないことになりそうなので止めました。

次は、④ちょうど三井先生が一時帰国するというので留守番を兼ねて同居しました。次のアパートを探していたら、

  • たまたま人文大学の先生から紹介があり引越し。そこは半年の約束だったので⑥次はアスカルの母親が持っているアパートに行きました。2年位してアスカルの両親が離婚、母親と娘たちが住むことになり突然の引越しになりました。当時、民間日本語学校で教えていたので、
  • 学校で探してもらい市の東端地区のアパートに引越し。1年位して、日本へアルバイトに行くためアパートを引き払い、荷物を彼女の家に頼みました。

⑧帰ってきて人文大学の教師用アパートに引越し。そこは氏原氏が入居していることになっていたのですが、大学に又貸しがばれ、移転を余儀なくされました。

次を探しているところで、

⑨たまたま今のアパートが空いていたのです。日本人教師が住んでいたのですが、一時帰国中に発病して国外には出られなくなりました。在住日本人からの情報で滑り込みセーフ、いい所が見つかりました。神様が用意してくれた気がします。

交通や生活に便利な場所なので、もう4年住んでいます。これは今までで居住の最長記録です。

 

16.逮捕者や裁判風景を放送

逮捕された人物を取調べる様子や裁判が行われている様子をテレビニュースでよく放送しています。手錠をかけての写真撮影やインタビュー、調書作成風景などです。ソ連時代からの慣習なのでしょうが、日本ではあり得ません。

 

16-1.変に長く映す

テレビニュースの記者会見では変な撮り方をしています。会見している人より取材に来ている関係者をよく撮っているのです。美人系の取材者が多く、たまに撮影している他局のカメラマンを撮ったりします。しかも時間が変に長い。

ロシアのニュースもそうなので、ソ連時代に教えられてそうなったのでしょう。時間が余ったからと思ってしまいます。ニュースの違和感は未だに消えません。

 

17.キルギスにあって日本にないもの

日本にあってキルギスにないものはたくさんありますが、キルギスにあって日本にないものは。

1.トロリーバス(バスの天井に架線を付けた型式の電車)

2.マルシルートカ(乗合の路線マイクロバス)。バス停以外でも停車

3.バザール         4.ボズイ(移動式テント)

5.プレハブのキオスク

6.カイマック(ロシア語はスメタナ)、(サワークリーム)

7.セミチカ(ひまわりの種を炒った物。ペットではなく人が食べます。)

8.密造酒(ウオッカ等)、密造薬    9.氷河を抱く高山

10.東西180kmの湖や標高3000mにある湖

11.交通警察(賄賂徴収)

12.市内のアパートに熱水を送る熱供給センター

13.路上でタバコ一本、ガム1個売り

14.路上で木樽に入れた飲料水のコップ売り(ショロ社)

15.料金メーターがない個人タクシー

16.石炭で焼いて売る串焼き肉

17.美味しい生ハム、乳製品、釜焼き丸パン

18.通常湿度50%前後の気候

19.10カ国以上の人種が居住する町(キルギス、ロシア、カザフ、ウズベク、

トルコ、中国、韓国、ドゥンガン、ウイグル、タジク、パキスタン等)

20.国内ニュースでも2カ国語(キルギス語版、ロシア語)のニュース。

21.いつも口パクで歌う歌手

22.冷たいのを飲んでも腹を下さない牛乳

23.音程がずれている国立オーケストラ

(2015年2月、12~追加)

 

18.アパートは北向きが良か

ビシケク市は130年ほど前、帝政ロシア時代に都市計画決定されました。公共施設、アパートなど実際の建設は1950年代になってからです。設計は白夜の都市モスクワで行ったので、何千キロも離れた暑い国の様子はわからなかったのでしょう。アパートの向きは東向き、西向きなど様々。北向きもあります。土地は十分にあるのに、南向きではなくわざわざ西向きにして西日が当たるようにしてあるのは何とも不便です。今でも新しく建設するアパートを西向きにしているのを見かけますが理解できません。

19.頭上注意

これはショックな出来事です。大きな交差点で人を待っていた時、広い道をトロリーバスが通り天井の架線が外れて止まりました。その振動が道の向こうから電線に伝わり私が立っている方にやってきて、頭上の街路灯がギシギシと揺れました。何となく危険を感じて数歩移動した途端、つい数秒前に私が立っていた場所に街路灯の大きなランプとカバーがドスンと落ちました。あの場所に立っていたらどうなったことか。

他に人がいなかったのは幸いでした。帰りにカフェでウオッカを飲んで厄払いしました。

 

20.新築アパートは自分で内装を

最近まで日本語の勉強に来ていた生徒(主婦)がアパートを買いました。それで毎日修理に行っていると言います。新築なのになぜ、と思ったら、内装は自分たちで行うというのです。設備のあるアパートは高いので、内装も何もないアパートを買って、電気、ガス、水道も自分たちで設置すると聞いてびっくり。これが一般的な売買のようで、今まで知りませんでした。

生徒が買ったのは12階のアパート、しかもまだエレベーターが動かず毎日階段を上がっているそうです。

 

21.豆腐、納豆作りは「石の上にも4年半」

私の豆腐、納豆作りについて書きます。

キルギスに来た当初から日本の食べ物が欲しくなって何かを作ろうと考えました。今のように日本のカフェはなかったですから。それで豆腐、納豆がいい、と決めました。

まず、作る方法と材料、道具探しから始めてバザールをあちこちしました。当時働いていた人文大学の春休み、夏休みなど長期の休みだけに作ったので、豆腐が固まるまで、納豆が糸を引くまで4年以上かかってしまい、途中何度もやめようと思いました。

できなかった最大の原因は大豆です。バザールで一般的に大豆として売っているのは大豆と何かの掛け合わせなので大豆成分が少なく、韓国大豆という種類でないとだめだったのです。

失敗の原因は他にもいろいろあって、豆腐では大豆の粉砕が弱かったり、納豆では大豆が乾燥しすぎたりでした。豆腐が固まった時と納豆が糸を引いた時は本当に喜びました。

その後、これは売れるかな、と思い、知り合いに声をかけ売り始めてからもう10年です。初期の製品はあまり良いものではなかったものの、珍しさから買ってもらえました。といっても日本人が少なかったので(当時は20名以内)、注文は細々でした。今は150人くらいになって、日本食カフェができたりしているので注文は多くなりました。

常に作り方や容器を改良し、より良いものをと心がけています。カザフやロシアにも売っている人はいないようで、お土産に買っていく人もいます。試行錯誤で悩みましたが途中で止めなくて良かったです。

 

22.エンジンを止めろ

ガソリンスタンドで燃料を入れる際でもエンジンを止めません。爆発でもしないかと心配になりますが、事故はないようです。それより水が混入したガソリンを売っている方が困るかも。タンクの防水が悪く水が混ざっているガソリンを売っていたりします。今はないでしょうが。(2014年3月追加)

 

23.薬を量り売り

薬局に風邪薬の錠剤を買いに行ったらいくつ買うかと聞きます。いくつだって?と聞き返したら薬が入った新しいビンを見せて錠剤をいくつ買うのかと言います。それでビンを開けてから袋に分けてもらいました。何回か買っている薬局ですがこういう売り方は知りませんでした。タバコを一本ずつ売っているのは知っているけど何年いても驚くことは出てくるものです。(2014年10月追加)

 

(カルチャーショックⅣ に続く) 大滝

カルチャーショック 第 1部 4

キルギスのカルチャーショック Ⅳ     2015年2月

Ⅰ~Ⅲを書いてから時が過ぎました。今月、お客様と豆腐、納豆の話をしていたらまた書く気になったので続編を執筆します。新しいショックやまだ書いていなかったものなどいろいろです。

 

1.ムーシ・ザ・チャス

ビシケクに「ムーシ・ザ・チャス」という会社があります。ロシア語ですが直訳すると「1時間だけの主人」となります。最初は主婦向けのホスト派遣会社かと勘違いしました。派遣は派遣でも実は家庭の電気、水道などを修理する職人を派遣する会社です。

修理屋を頼むと金がかかるから一般には家庭の主人があちこち修理するので、修理職人は「1時間の主人」となります。

 

2.入院は大変

入院患者の食事は家族や親戚が作って持っていきます。それと患者の付き添いは終日必要です。これは交代ですることになります。

それに担当の医者や看護婦には心づけを持っていかないと禄に看てくれません。医者は給料が安いので患者からの収入が頼りなのです。最近は患者にうまいことを言って高い薬や用品を売っている医者がほとんどのようで医は算術を実践しているわけです。手術しても効果はないのにとにかく手術、手術だと言い張り自分の収入を増やそうとする。騙される患者はいい迷惑です

 

3.お産は大変

出産前の検診時から医者に心づけを渡さないとよく看てくれません。それに出産して3日もすると退院だ、と追い出されます。医者は新しい患者が来れば実入りがあるのでどんどん入れようとするからです。それに何かと理由をつけて帝王切開を勧めます。これも自分の収入のためです。妊娠後9ヶ月で産めと医者が言っているとか。生まれないのはおかしいから手術だという言い分です。ひどいものです。

帝王切開後1週間で退院させられたキルギス人を知っています。キルギスで医は算術、医者は収入のことしか考えていません。

キルギス女性は昔の日本人のように出産の直前まで働きます。大きなお腹をしてふうふうしながら大学で働いている人を何人も見ました。

4.ぎっくり腰は大変

もう何年も前ですが重症のぎっくり腰になりました。民間の日本語学校で教えていた時でその日はどうも背中が痛かった。生徒の親に塗り薬を教えてもらったのですが買わずに帰って来ました。

次の日の朝、起きようとしたら体が動かない。金縛りにあったようにどうしてもだめなので、ベッドを転がり床に足を着いて降りました。しかし起き上がれない。這ってトイレに、しかし立ち上がるにも大変。ドアに手をかけてみても力が入らない。しかも何かの拍子に背中を電気が走って、あまりの痛さにしばらく動けない。

当然、学校へは休みの電話をしたものの何があったのか訳がわからず、当惑したまま這ってベッドに戻りました。近くに知合いのキルギス人がいたので電話して塗り薬を買ってきてもらいました。

ちょうど豆腐のお客さんにJICA協力隊員の鍼灸師がいたので電話したら来てくれるといいます。診断はぎっくり腰、しかし原因がわからない。そんなに力を入れた覚えはないし・・。ふと思い出したのが何日か前、公園の腕相撲の機械でよせばいいのに力試しをしたこと。背中の筋が痛んだ覚えがありました。

それから1週間、ひたすらベッドに寝ていました。床を這うのと背中に電気が走る苦しみはもう御免です。協力隊員に教えてもらったストレッチなどをいまだにやっています。私は背中の筋肉が弱いのです。

 

5.風邪薬も一大事件

風邪を引いて日本の薬を飲んでいたのですが1ヶ月すっきりしません。知合いのキルギス人に町の薬局で売っている風邪薬を買ってきてもらい飲んだら1発で治りました。念のためともう1回飲んだら目眩がして、1,2日経って目眩が治まるまで寝ていました。

薬局で売っている薬は日本人には強過ぎです。というより日本の薬が弱すぎるのかもしれません。薬害を心配して弱くしてあるのでしょう。

何年かして、また風邪が治まらないので頼んで買ってきてもらった薬を飲んだらまた副作用が。今度の目眩は強烈で3日ほど外出できず寝ていました。日本人には強い薬を買うなと言ってあるのにまた強いのを買って来た。イギリス製とか書いてあるものの、薬はバザールの路上で密造薬を売っているほどなので薬局の薬も安心できません。風邪で寝ているより副作用で寝ている時間の方が長くなります。

余談ですが、薬局や路上で注射器と液を買って病院で注射だけしてもらう。または注射できる人に頼んでやってもらうなど行われています。この方が安いからです。

6.ロシア語それにキルギス語も・・

キルギスに来て大学で日本語を教えているとき、学生がキルギス語と日本語は文法が同じですと言いました。そうか、じゃあ勉強してみるかと思いキルギス人の日本語教師に頼んで始めました。しかし文法が同じというのは大きな間違いだとすぐ気がつきました。語順が同じだけであって、名詞の複数形はあるし動詞の人称変化はあるし文法は全く別。学生の言葉に乗ったのは間違いだったと反省したものの後の祭りです。キルギス語で「同じ」と「似ている」は同じ言葉です。学生は「文法が似ている」というところを「同じ」と言ってしまったのでしょう。どちらを言われても勉強したとは思いますが。

キルギス語・日本語の教科書がないので小学校1年生の教科書で始めました。日本にいるときは日本語だけで生活していたので言葉の学習能力は錆付いていました。覚えられなくて頭の中が真っ白になり夢に見たりもしました。

ロシア語で説明してある教科書を使うようになるとまた大変。キルギス語を露和辞典から調べることになりました。ロシア語、キルギス語の両方を覚えることになってしまったのです。キルギスでは生徒のときから両方を勉強していますが私には無理。やはり何度も止めようと思いながら続けたのは何だったのでしょうか。

今では勉強して良かったと思っています。反面、英語は頭の隅に追いやられてしまい、英語で聞かれてロシア語で答えたり、キルギス語でいいですかと相手に聞いたりしています。とはいえキルギス語で買い物するとキルギス人は喜びますね。

 

7.逆転の発想が必要

もう買い換えたらと言われそうな7年前に新古品で買ったノートパソコン(東芝製)を使っていて、以前はよくプログラムが止まりました。最初は不安定な電圧のせいだと思い整流器を買ったりしました。しかしまた止まったので内部の熱が原因と考え小型ファンを買って送風しました。一時は良かったもののまた停止。

ふと思いついて送風の向きを逆にしました。パソコンに向けていたのを排熱口から外に向けたのです。これは大成功。止まらなくなりました。

他にインクジェットプリンターを使っていますがカートリッジは交換が必要です。

日本で買ったり送ってもらったりしたもののいつまでもこうではいけないと考えていました。こんな時、中国ショップでキャノンの詰め替えインクを見つけました。試しに買って入れようとしたらカートリッジに注入口がない。せっかく買ったのにと思いつつ、裏返しにしてインクが出るスポンジから試しに注入して印刷してみたらうまくできました。これも大成功。逆転の発想でうまくできた例です。

8.キルギス15年記念に禁断の食べ物を

昨年の初めにふと考えたら1999年2月にキルギスに来てから丸15年経とうとしていました。それで何か記念のことをと考え、それまでキルギスでは一度も食べたことがなかった生卵を食べることにしました。最近は卵を洗って売っていますが以前は産みたてを汚れたまま売っているのが多く、とても生で食べる気がしなかったのです。少し前から何人かの日本人から生で食べているとちらほら聞いていたのも決心するきっかけになりました。

自家製として売っている新しい卵の殻を熱湯で洗い念には念を入れ、いざ禁断の食べ物に挑戦。熱いご飯にかけて食べました。腹は痛くならなかったのでそれ以来よく食べています。

日本では一般的な食事で生卵を食べますが世界的には特別な食べ方と思います。キルギスではオペラ歌手が声の調整用に食べる程度のようです。

9.サマゴンに再会

去年、知合いのキルギス人にサマゴンを造っているロシア人を紹介してもらい飲むことができました。何年も探していたので美味しかった。

 

10.日本食にも必ずパンを食べる

大学で教えていると学生をアパートに呼んで日本食をご馳走したりします。しかしどうしてもパンを食べたくなるようで、寿司を食べてもカレーを食べても自分たちで買って来たパンを食べます。

食習慣は変えられないようで日本人からみるとえー!となります。パンを食べないと食べた気がしないのでしょう。とはいえ、パンは日本よりずっと美味しいのに米でないと食べた気がしないのは日本人の食習慣といえますが。

11.キルギスは呪術の国か

知合いのキルギス人は病気になった人の話を聞くと悪い人がその人をじっと見たからだと言います。自分が病むと誰かが見たからだとも。みんながこう言うか知りませんが一般的な言い方に思えます。

 

12.キルギス式マッサージ

マッサージなるものを2回、別の人にやってもらったことがあります。どちらも

ぎゅうぎゅう力任せに体を揉んで筋をグリグリいわせます。もう少し別のやり方があるだろうに、と言いたくなります。

去年の秋から大学の職員相手に週1回ほど指圧をしています。指圧を日本式マッサージと説明してもマッサージと聞くとグリグリやるイメージがあるのでしょう。知らない人に指圧しますかと聞くと、えー!という顔をします。

 

13.町のエチケット

ソ連時代からの町のエチケットで非常にいいことがあります。タバコを建物の中で吸わない。バスでお年寄りや妊婦に席を譲る、などです。

日本ではタバコを職場で吸うなと最近うるさくなったでしょうが、吸わない人にとっては迷惑千万な状況でした。しかし、バスの運転手は今でも運転中に吸っているし携帯電話をかけて運転してます。これはどういうことか。労働者の権利というやつですか。

 

14.町の交通量

ビシケクに来て何年かしてから大通りの舗装工事がありました。それまでは穴だらけでしたが、交通量が少なく道を渡る時左右を見なくてもいいくらいでしたから影響は少なかったです。それに車は古く、ソ連時代の「ラダ」、「ニバ」製中古車、ドイツのVW、ベンツ、日本のニッサン、マツダの中古車も走っていました。

交通量は今では10倍くらいになったし車の年式が新しくなりました。ビシケクの中古車は地方の町や村に売られていったのでしょう。車の量が増えたので事故や工事があるとすぐ渋滞に。以前は多少工事していても渋滞にならないほど車は少なかったです。今いる人は昔からと思うでしょうがこの7,8年で随分増えました。

 

15.町のトイレ考

公衆トイレを始め大学のもそうですが仕切りが低く膝の高さしかありません。

隣に座った人と話しながら用が足せます。女性用トイレも同じように仕切ってあるそうです。

ある公衆トイレでは便が床中に高く積もっているトイレがあって入る気にはなりませんでした。もちろん男性用小トイレには仕切りはありません。シドニーの高級デパートの小便器は円形に向かい合って用を足していたのを思い出しました。

 

16.町の生活は何語で

ソ連時代はロシア語主体だったので、独立以前はキルギス語で勉強する学校はビシケク市内に1校しかなかったそうです。今はキルギス語主体ですが当時の教育を受けた親はキルギス語が苦手、ニュースや番組はロシア語で見ます。その子供たちはロシア語主体が多く、世代が代わって状況が変わるには時間がかかります。

もっともこの話は首都ビシケクでのことで、地方ではキルギス語主体です。村から働きに来たバス運転手にロシア語で停車を伝えても「はー?」となります。

アパート向かいにある店でのこと。ロシア語で買い物をしたら、どうしてキルギス語ではないのかと注意されました。そうか、と思いキルギス語に切り替えましたが、外国人でキルギス語を話す人はまずいないと言いたい。キルギス語はマイナーだから勉強する人は少ないでしょうに。

公共放送は同じニュースをキルギス語、ロシア語と2回放送しています。取材を受けた人で両方話せる人は多くないので、その場合は放送で翻訳音声をかぶせています。

 

17.キルギス人は算数が苦手

人文大にいた頃、旅行の費用を幾通りか比較しようと2人の学生と計算しました。学生2人がそれは違う、これが正しいと言い合っています。何かと思ったら1日の総計を出すのにどれを足した、まだ足してないと言い合っているのです。そんな事は表を作って項目を書いていけばすむ事で、日本では小学生か中学生の授業です。

別の大学でのことです。日本語の授業は何曜日の何時間目か教えて欲しいと言ったらメモをくれました。しかし、見ても何年生がいつなのかわかりません。これも表を作ればわかり易いことなのにと教えてやりました。大学を卒業した人間2人がいたのにわからないメモしかくれませんでした。キルギス人は表を作らないようです。

 

18.家造りは苦手

遊牧時代のイメージがあるのでしょうキルギス人が造る家のトイレは外です。日本も昔はそうでしたけど。一方、客用のホールはやたら広く豪華に造ります。ところが台所は貧弱。これはキルギス人が経営するカフェやレストランも同じで、客席は多いのに厨房に入ると驚くほど設備がありません。さすがに中国、韓国の店では揃っています。

もう一つ、大きな家なのにどうして風呂とトイレを一つに造るのでしょう。それに2階、3階に客用の寝室があるのに洗面台は1階に1箇所だけです。キルギス人の家に行くと「うーん、不便だな」と思ってしまいます。

 

19.冬の朝の珍入者

何年か前の冬、朝5時頃1階インターフォンから呼び出し音が鳴りました。その時間はいつも起きてますが通常呼び出しには出ません。しかし、その時は何となく出たら女性の声で「隣に来たので開けてくれ」と言います。こんな早く泥棒に来る人はいないと思い1階入り口を開けました。

これで終わりと思ったら次にドアのブザーが鳴りました。ドアの覗き穴から見ると若い女性2人です。返事をすると「隣に来たが寝ていて開かないので休ませてくれ」とのこと。部屋に入れるのはちょっと考えましたが寒いことだし女性ならいいかとドアを開けました。

キルギス人2人でさっきまで飲んでいたらしい様子、酔っています。隣のブザーを鳴らしますが誰も出ません。その内にビールはないか、ウオッカはないかと言い出す始末。ないというと、どうしてないとか言います。人の部屋にきて何を言うかと頭に来たので、ここは私の部屋だと言い返しました。

だんだん疲れが出たらしく休みたいというので2人を私のベッドに寝かせました。

台所で豆腐を作っていると起きだしてきて、やがて隣が開いたのでそちらに行かせました。ドアを開けたばかりに珍入者の侵入でしたが刺激になって少し面白かった。

 

20.乗り合いミニバス

中国から7,8年前に寄贈された大型バスはいつの間にか消えていました。大型バスはバザールや配達に便利な路線があり利用していたのに。聞いた話では故障して部品がないので駐車場に眠っているようです。そういえば床が錆びて穴が空いていたり窓が壊れたりとか不備が多かったです。中国は格好だけで使い古しのバスを寄贈しました。

交通は市内を網の目のように走るミニバス路線があります。ミニバスは便利ですが路線番号を覚えていないとどこに行くかわかりません。行く場所を表示してあっても順番が違う。とんでもなく遠回りということになります。この表示は何とかしてほしい。

ミニバスは車内が込むのでスリが多いです。スリはペアで乗って一人が降りる道を邪魔して後ろから盗るのです。被害をいろいろ聞きます。

 

21.バザールは気をつけて 1

市内のオシュバザールで2回閉じ込められたことがあります。買い物をして帰ろうとしたら門が閉まっています。別の所も同じで閉まっています。来た時に売っている店が少ないし売り手たちが集会を開いていていつもと違うとは思いました。原因はバザールの店賃値上げに対して売り手が反対行動を取り、経営者側は門を閉めたわけです。

門をよじ登って出る方法もありますが落ちたら大変。しばらく待つと門が開いたので良かったです。こんなことがもう1回ありました。

22.バザールは気をつけて 2

やはりオシュバザールですがスリの未遂に遭いました。買い物をしていて売り手がどこから来たのかと聞くので日本だと答えたら、その売り手が大げさに驚いて日本からだってと大きな声を出したのです。それを近くにいたスリが聞いていたのでしょう。私が歩き出したら道を塞ぐように邪魔する人がいます。一度立ち止ってまた歩き出すと邪魔します。その時、肩に掛けていたウエストバックに何かを感じたのでふっと後ろを振り返りました。すぐ後ろにイラン系の男が立っていて困ったような顔をしました。私はその場を立ち去りましたが、その日の財布には100ドル札が入っていて盗られたら被害大でした。

別の日にまた同じ売り手のところに行ったら、あの日不審な男2人が私の後に歩いて行ったといいます。原因はアンタが大きな声を出したからだと言いたかった。

 

22.図書室は気をつけて

人文大にいた時です。大学の図書室で本を読んでいて、図書室の係員がドアの鍵を閉めて外に出て行く音がしました。昼時だったので食事だと思い待っていましたがなかなか帰ってきません。もしかしたらこのまま来ないのかと心配になり自分で出る方法を考えました。窓を開けて外に出るか、しかし3階で足場もない。外で掃除をする人の気配があったので、もう仕方なくドアを叩いて開けるように頼みました。鍵を持ってきて開けてくれた時はほっとしました。

後で聞くと他の人も閉じ込められたことがあったとか。図書室に誰もいないことを確認してから閉めてもらいたい。自分の都合でしか仕事していない係員でした。

 

 

(カルチャーショック Ⅴに続く)

 

 

カルチャーショック 第 1部 7

キルギスのカルチャーショック Ⅶ     2015年3月

Ⅳ~Ⅵを2月に一気に書いて少し疲れました。豆腐や納豆を作っている時、突然文章が頭に浮かんでくるので困ります。今それが少なくなりました。今回で少し休んでゆっくり進めることにします。

 

1.キルギスは昔見た故郷の風景

表題のことはまだ書いてなかったですね。外部の事象は書いても自分内部のショックはまだ書いていなかった。

キルギスにツアーで来たのが98年8月、そのすぐ後10月に個人旅行で1ヶ月ほど来ました。その時、日本語教師をしていた先輩から教師の誘いを受けて、翌99年2月に来て以来16年になります。

どうしてそんなに?

それはツアーで来た時に見た景色を以前見たことがあると感じたから。これはショックでした。私はここから来たのだと。何千年もかかって私の中に入った遺伝子が覚醒したのでしょう。何人もの方に話しましたがやはり理解できない。

子供の頃から漠然と、自分はどこからきたのか、どこへ行くのか、と考えていました。漠然としていたので人に話したことはありません。何でそんなことを言うのか、と一笑されるのがわかっていたからでもあります。

富士山や桜、刺身や純米酒も好きですが日本は何か違和感があった。自分がいるところではないような。

人生で周りまわってやっと故郷に来たわけです。運命の神様や多くの人の助けでこれまで多くの困難を乗り越えられました。感謝しています。

 

1-2.バトケン人質事件

このショックな事件はまだ書いてなかったです。

来たばかりの99年8月、ウズベク国境に近いキルギス南西部のバトケン地方で日本人鉱物技師4人とキルギス人通訳などがイスラム過激派部隊に人質にされました。過激派はウズベクに移動する途中でキルギスは通過するだけだったのですが外国人がいたので人質にしたのです。

過激派が国境を越えたという知らせは地元に入っていましたが警察は自分たちが守るからと言っていたようです。しかし武器の差が大きすぎて警察はたちまち逃走し、残された人たちが人質に。

他の外国人は独自の判断で退去していましたが日本人は日本の本社や地元の様子を元に判断し留まった。この差が大きな結果になりました。危機管理という言葉がこの頃出てきたような気がします。

この事件の取材に日本から多くの報道陣が来て、日本語教師や学生が雇われました。

身代金を払って人質が解放されたのは何ヶ月後だったか。この時期、お前は大丈夫かという日本からのメールがたくさん来ました。

事件のまだ最中、人質から解放されたというキルギス人が市内のカフェで親戚や仲間と来ているグループと隣り合わせました。周りは喜んでいても本人の顔色は冴えません。まだ緊張が去らないので当然です。

事件後しばらくして、市内オシュバザールで板の上に座って援助を乞うている若者を見ました。両足の膝から下を失っていました。「バトケン」がどうのと紙に書いてあったので、彼は兵士だったのか警官だったのか、あの事件の犠牲者だとわかりました。

過激派はこれほどの火器を持っていた。地元の警察はピストルかライフルくらいだったのでは。竹やりで戦車に向かったようなものです。

1-3.青酸カリ流失

これもまだでした。大きな事件を忘れていました。

キルギスの東南部ナリン州の山中にカナダのクムトールという金採掘会社の採掘現場があります。金の精製は最終段階で青酸カリを使いますがこれをカナダから空輸しています。ナリンに行く途中でこの青酸カリを運ぶタンクローリーとすれ違ったことがあります。前後をパトカーや警備の車に守られ、すごいスピードで走っていきました。

2000年くらいだったと思いますが運搬のタンクローリーが山道で転落、青酸カリがナリン川に流失し下流にいた何人かが水を使い亡くなりました。当時の大統領アカーエフは地元に砂糖などの食料を送り慰霊しました。

精製工場で青酸カリを扱っていて成分を吸い、頭がおかしくなった人も多いとか。会社は秘密にしているのでニュースにはなりませんが。

何年か前からクムトールを国営会社にしようという議論が国会でされていますがまだ結論は出ていません。最近「アイウル」という銀行がクムトールの出資でできました。これは国営化に対抗する手段なのでしょうか。

 

2.トルコが、中国が、ロシアが

3年ほど前から大きなイスラム教礼拝堂を建設していて4本の尖塔ができました。トルコの金で建設しているとか。10年以上前からトルコ資本のデパート、靴販売、パン・ケーキ販売などに進出してくる業種が増えました。

中国関係は繊維バザール、食料関係、レストランなどができていて、最近は韓国ショップが目立ちます。最近ロシア、カザフなどと関税撤廃同盟を結んで今年から発効しました。これからロシア製品が入ってくることでしょう。

キルギスは輸入超過で国はどうなるのか。輸出産業を育てないといけません。

 

3.銀行は夕方7時まで

最近は土日休業、午後4時閉店ですが、2,3年前は土曜も営業、平日は7時頃まで開いていました。昔は毎年倒産する銀行があったほどです。今はカザフやロシア資本、キルギス資本の銀行など随分増えています。

 

4.昔バザールがあったとさ

市内のバザールで大きいものはオシュ、アラミジン、オルトサイの3箇所、市境に布地関係でマディナバザール、郊外にドルドイバザールがあり、小規模なバザールはたくさんあります。

以前は、モス・ソビエトと呼ばれる市の中心地にもバザールがあり、深夜まで営業していました。それが撤去され今は噴水と駐車場に変わっています。他にもミラ通りとアフンバエバ通り交差点にあったバザールも撤去され今は緑地です。ジャル団地にあったバザールも同様になりました。屋根のない屋外での販売を禁止したということでしょう。

モス・ソビエトのバザールがなくなってからモスクワ通りを少し東に行った所に屋内のバザールができました。しかし、ここはどうも高いです。周辺に外国人が多く住んでいて高くても買うからだそうです。

2m×1m位のプレハブ式店舗のキオスクは、何年か前から撤去されたり動路面から引っ込められたりしています。

 

5.デジタル計り登場

以前、バザールや路上での販売は手持ちのばね計りを使っていました。10年くらい前からデジタル表示の計りが登場しました。中国からの輸入でしょうから何万台も輸入した業者は儲かったでしょう。

 

6.誕生日おめでとう番組

キルギス国営放送のテレビ番組に家族や友人からの依頼で誕生日を祝う放送があります。本人の写真を見せるだけの簡単なものから、コンサート場面を出したり自作のビデオなどが入ったりします。局に払う依頼料の違いで凝ったものは高いそうです。

番組を最初見たときは、言葉がわからないこともあって何を放送しているのか理解不能でした。日本にこういう番組はないですから。番組では本人の名前を呼んで依頼者の名前と祝辞を伝えます。この担当アナウンサーの声は私が聞いてからずっと同じ。もっと前から何十年も担当しているかもしれません。

 

7.天気予報は単純

ロシアもそうですが天気予報は水力発電所センターが発表します。大雨や洪水などダムの水管理のため予報を担当していると思います。なので予報は単純、明日は雨(雪)が降ります、降りません。気温は、風力は・・だけです。午前中曇り、午後は雨になりますとか全然言いません。天気に細かい日本人としては、もう少しな、と注文をつけたいです。

それとテレビの予報画面が非常に見にくい。州ごと(日本で言えば地方)の天気を伝えていてもどこの州なのか文字が小さいし、晴れや雨のマークが見えにくい。大事な部分はもっと大きくしてほしい。

一方、去年辺りから天気予報が当たるようになりました。例えば、来週は雪になりますというと最近は降ります。以前はまったく当たりませんでしたね。下駄を投げて予報していると思っていたくらいです。

 

8.テレビ番組に出演

3年程前、知合いのキルギス人プロデューサーから番組を撮影するから来て欲しいと電話がありました。しかも今日の午後と言います。断ろうかと考えましたが世話になっている人なので仕事をやりくりして出かけました。

「外国人のためのキルギス語講座」という自主制作番組で、私は友人から家に招待されてバザールでお土産を買うという設定です。ホームビデオのカメラを使って何箇所かで撮影しました。うまくできなかったキルギス語の台詞は後で録音しなおしました。なるほどこうやって作るのか。何人かからテレビを見たと言われました。

以前、テレビのニュースに知人とサーカス場にいた時、路上で写真を撮っている時など映っていたと言われました。キルギスは狭いから撮影スタッフと出会うことは多いです。

 

9.鍵の管理がどうも

大学で教室の鍵を借りるのですがキーホルダーに教室の番号が付いているわけではなく鍵だけ渡されます。いくつか混ざったらわからなくなるでしょうと言いたい。仕方がないので自分のキーホルダーを提供しました。

大学に限らず一般の家の鍵なども同様の扱いになってます。遊牧時代は鍵などなかったから扱いがわからない?

 

10. ガスの炎がどうも

お湯を沸かしたり料理を作ったりする時、キルギス人はガスの炎を大きくし過ぎます。ヤカンの底から50%くらい炎がはみ出しています。テレビドラマや映画のシーンでも同じように炎は大きいのでこれは一般的でしょう。

煮物は「カザン」と呼ばれる底の丸い大きい厚鍋で作ります。形が丸いので炎は鍋を伝っていきなかなか熱くなりません。この鍋は遊牧時代の必需品で何でも作ります。キルギス人にガスはかまどとは違う、ガスが不経済と注意しても聞きません。

定住化して3世代くらい、母親や祖母から伝わったのは遊牧時代の料理法なので直るのは何年先かわかりません。

 

11.ウイグル人、アゼルバイジャン人

中国ウイグル自治区に住むウイグル人の顔立ちはアジア系ではなく中近東系。ずっと昔、移住して行ったそうです。DVDでウイグル映画を見たら言葉はキルギス語に非常に似ています。例えば「ありがとう」はキルギス語で「ラフマット」、ウイグル語は「ラフメット」です。ウイグル映画では大体どんなことを言っているかわかります。

チュルク語系言語というのですがトルコ語もキルギス語に似ているので大体わかります。トルコ人とキルギス語で話したこともあります。

市内のバザールで豆腐容器などプラスチック製品を売っていて、ある時、売り手が数を数えるのを聞いていたらキルギス語とほとんど同じ。え!と驚いてキルギス人かと聞いたらアゼルバイジャン人でした。数はほとんど同じ、言葉も共通語が多いと言います。キルギス語の仲間は多いのです。

 

12.オリジナル製品とは

十何台か二十何台目かのミキサーが壊れてバザールに買いに行きました。今まで色々なメーカーを買っていますが不良品が多く、最短はスペイン製のミキサー2分で壊れました。モーターは良くても回転軸部分が壊れ、モーターの回転が回転部に伝わらない。これは修理してもだめでした。

今使っているメーカーはモーターも良くて最長1年ちょっと持ちました。最短は2ヶ月。差が大きいです。今回も探したものの古い型しかなくて他のメーカーを考えながらたまたま新しい店に入ったらありました。しかし5割も高い。これはオリジナル製品だからというのです。

オリジナルというのはどういうことか。メーカーの工場製で本物?ということはほかで売っているのはみんなコピー商品?

明日は豆腐を作るのでとりあえず買ってきました。どこという訳ではなく使い勝手がいいです。これがオリジナルの差でしょうか。製品は突然壊れることが多いのでいつも2台を交互に使っているのでもう一台買いました。あとは長期に使えることを願っています。

 

13.ロシアの漫談

ロシアのテレビ放送に日本で言えば漫才番組があります。その中で漫談というのか一人で話す人がいます。楽器を使う人もいますが何も使わず手に持った原稿を元に短い話をするスタイルがあります。これは日本にないですね。ロシアの真似をするのが多いキルギスですが、この漫談はキルギスにはありません。

14.キルギスのテレビ番組

キルギスのテレビ番組はロシアのパクリが多い。芸能人のサーカス演技やクイズ番組、生放送番組などロシアのパクリです。しかし予算がない、スタッフが少ない、という訳で随分と簡単な内容になっています。さすがに芸能人のペアスケート番組はやりませんでした。スケートができる人はいないのでしょう。

それから日本人が好きな連続ドラマがない。舞台の脚本家はいてもテレビドラマの脚本家がいないのでしょうか。ドラマが始まったなと思っているといつの間にか終わっています。

 

15.市内のプール

3年ほど前の夏、市内のプールを周りました。最近は民間のプールもできていますが高い。周ったのは学校や大学のプールで10箇所くらいありました。オルトサイバザール近くの7番団地内、南部の10番団地内など。体育大学のプールは大きいですが水が冷たくて長く入っていられません。12番団地内で学校のプールを改装新規オープンした温水プールもありました。ここはロッカー、シャワーがあって使いやすいです。

 

16.大学の制度はいろいろ

大学で学ぶ制度がいろいろあって、いまだによくわかりません。通常は5年間で卒業ですが、4年で卒業してから2年大学院で学ぶ方法、4年で卒業してしまう方法、通信教育で学ぶ方法などいろいろです。

今年の3年生から4年生で卒業したあと2年間修士課程で学ぶ制度になったようです。

 

17.私たち寿司を食べたいです

これは先日のこと。3月8日国際婦人デーではキルギスを始め旧ソ連圏で女性の祝日として大いに祝います。その祝日が近い授業で、学生からお祝いに寿司を食べたいとねだられました。

寿司の作り方を課外授業で教えたりしたので私が作るのを知っています。また食べたいという訳なので次の授業に持って行きました。寿司を食べたいというのは日本語を勉強している学生に共通の欲求です。市内に寿司バーがありますが高いので学生は行けないし美味くない。私の寿司の方が美味いでしょう。

 

18.勝手な床屋

もう1年以上バザールにある床屋に行っています。襟首辺りを短くしてくれるのですっきりします。注文しても短くしてくれない店は2度と行きません。同じバザールに床屋はいくつもありますが安かったのでたまたま入ってみました。

理容師が言うには私の頭は刈りやすいとかで、私が行くのを待っています。ただし、寒くなったから少し長くしてくれと注文しても今までと同じに刈ってしまうので困ります。似合うからあなたにはこれでいいの、と言われ終わり。客の注文を聞け、と言いたい勝手な床屋です。

 

19.10年ぶりにばったり

スーパーでの寿司販売を考えて知合いのロシア人が売っているスーパーに行った時のことです。場所を借りると賃貸料、ショーケースなど出費が大きいです。考えていると今ある店に販売を依頼するという方法を教えられました。

キムチを売っている店で相談しようとロシア人と一緒に行くと店員の韓国女性が私の名前を呼びます。え!とよく見るとキルギスに来たばかりのころ買いに行っていたミニバザールのおばさんでした。ロシア語を知らない時なのでいつも辞書を持っていて時々教えてもらいました。

アパートを引越しても近くを通った時買っていました。しかし、おばさんがバザールを替えたりして顔が見えなくなってしまい10年くらい会っていませんでした。それがばったり再会。

おばさんは売り場の所有者ではないので、その後で所有者と交渉して売ってもらうことになりました。

 

20.バザールの売り場で

何年かぶりにふらっと出かけたバザールの肉売り場。これをくださいと注文したら「あんた、前に来たことがあるね」と売り手の女性が言います。よく見ると見覚えがありますがもう5年は来ていなかったはず。以前来た時、日本人だと言って話したような気がしますけど。それにしても売り手はよく覚えているものだと感心しました。

 

21.足乗り猫

何年も前ですが、知合いのキルギス人の家に生後何日かの猫が近所から拾われて来ました。最初は手のひらに乗るくらいの大きさでした。もうこの頃から私がソファーに座っているとやってきて、膝の上に乗って休んでいました。だんだん大きくなって腿から片足はみ出すくらいになっても乗ってきました。落ちそうになるとズボンに爪を立ててつかまっています。

日本で犬は飼っていましたが猫は知りません。こんな調子で休んでいる猫がいるのでしょうか。その猫が家出してしまい別の猫が拾われてきましたが、また足に乗ってきました。私は猫の生まれ変わりかなどと考えてしまいます。

 

22.女性のスカーフ、ロングスカート

2005年のクーデターはキルギス南部オシュ市出身の政治家が起こしました。その際オシュ地方から多くの人が首都ビシケクに入ってきたのでしょう。イスラム女性特有のスカーフ、ロングスカートが増えました。

オシュ地方はイスラム教の戒律がビシケクより強く守られています。家にお客が来ても食事の時など男と同席することは許されない。スカーフは常用しなければいけないなど。ビシケクとは随分違います。

ここ何年かでイスラム色が強くなって、カフェや肉屋で「ハラール(イスラム式で屠殺した肉)」という表示が増えました。酒、タバコ禁止のカフェも増えました。

23.名を名乗れ

キルギス人もロシア人も電話して相手が出ても自分を名乗りません。こちらが名乗ってもそのまま。誰かなと考えていると親しそうに話しています。仕方がないのでどなたですかと聞くしかないです。

日本式の名乗りは世界的には少ないのでしょうか。英語圏では名乗ると思いましたが。

 

(カルチャーショック Ⅷに続く) 大滝

カルチャーショック 第 1部 8

キルギスのカルチャーショック Ⅷ       2015年3月~5月

前回のⅦから少し休んで書き始めました。書くことが頭に浮かんでもメモできないと忘れます。どうして仕事中に浮かんでくるのでしょうか。

今年は4月にもう30度になりました。例年は5月になって30度の日が出ます。今年も夏は猛暑になるのか。

 

  • 乾燥体質になったか

日本は湿度90%前後ですが、キルギスは50%前後なので来たばかりは喉が渇いて仕方がなかったです。今では体が慣れたのか体質が変化したのか喉が渇く度合いが減りました。日本に行くと2,3日で何キロか太るのは、美味しいので日本食の食べすぎかそれとも水分が抜けて行かないからかもしれません。

春になると街頭で「ショロ」という商品名で麦を炒って作った飲み物を売っています。これは民間に昔からあった「マクシム」という飲み物を商品化したものです。街頭で売るようにしたのは社長のアイデアです。社長はほんの20年程前にはバザールで「ショロ」を個人販売していたそうで、美味いとの評判で商品化したのでしょう。その発想はたいしたものです。

私には糠みそのジュースに思えてほとんど飲みませんけど。最近は新商品でレモンティーなどを売っているのでそちらを飲んでいます。乾燥気候なので需要は大きいです。

 

  • 標高1000メートルからひろがる草原

キルギス語で「ジャイロー」と呼ぶ高地草原は、山あいの谷間に広大に広がっています。標高1000メートルにあるもの、2000メートル、4000メートル。ここでキルギス人は夏に馬や羊を放牧しています。少ないですが今もここで生活している人たちがいます。昔キルギス人はこういうジャイローや国境を越え各地を転々としていたわけです。

 

  • 3000メートルは低い山

キルギスの最高峰は中国国境にあるパビエダ(勝利)峰7439メートル、2位はタジキスタン国境にあるレーニン峰7134メートル、3位はパビエダ峰の近くでカザフとの国境にあるハンテングリ6995メートルです。

高山はビシケクの近くにも位置しています。町から車でほんの1時間弱のところにあるアラアルチャ自然公園からは4000メートルの山が望め、氷河へのトレッキングもできます。

 

  • 富士山山頂にトンネルが

ビシケクからウズベク方面、西方のオシュ市に向かう道路はソ連時代からありましたが日本のODAで整備された山越えの道です。15年前オシュに行った時は12時間以上かかりましたが今は7,8時間で行けるらしいです。

途中、標高3400メートルの峠にトンネルがあり、片側交互通行なのでここをいかに早く抜けるかがポイントです。

 

  • 車は右、人も右

ビシケクは都市計画で造った町なので歩道はどこも広くゆったり歩けます。双方に歩ける歩道で人は右を歩くか左なのか注意して見ていますが大体の傾向では右が多いようです。

車は右側通行で、人も右側通行ということになります。

 

  • 大学の教室に監視カメラ

私が顔を出している法律大学には以前から各教室に監視カメラが付いています。もう一つの大学には去年暮れに付いたと学生が教えてくれました。

ある時、学生が荷物を置いたまま鍵を掛けずに出ようとするので危ないからと注意すると、カメラが付いているから大丈夫という返事。しかしカメラは写しているだけで誰かが監視している訳ではないでしょう。それにどのくらい記録を残してあるか不明なので盗まれてしまってから慌てても役に立たない。学生は過信しすぎ。それでとにかく閉めさせました。

 

7.変な車に乗りました

だいぶ前のことですが道でタクシーを拾うため手を挙げて待っていたら小型の車が停まりました。ボディーにはコカコーラの宣伝が書いてあります。

乗ってから聞いたら懸賞で当たった車だとか。それで今日、始めて乗ったばかりだそうで運転が危なっかしい。そんな運転なのに人を乗せるな、と言いたいくらい変な車でした。

 

8.ジプシーが増えた

ロシア語ではツィガンと言いますが、ジプシーが増えたなと感じて何年くらい経ちますか。道沿いに子供や乳児を抱いて座って物乞いをしています。ジプシーは国を持たず国籍もなくどこへ行くのも自由。しかし村へ行ってももらいはないから町へ来ます。世界的には定住するジプシーもいるとか。

 

9.女性のイスラムスタイルが増えた

夏の暑い時でもロングスカートにスカーフというイスラム女性のスタイルが増えました。これは2005年のクーデターをキルギス南西部オシュ地方出身者が起こしたので、その際デモに加わるために上京し住みついた人が多いからでしょう。オシュ地方はウズベクに接しているのでイスラム色が強いのです。そこに家族が集まってきたからだと思います。2005年以前は全くと言っていいほど見なかった姿です。今ではイスラム服や専用スカーフを売る店までできました。

 

10.動物の本能

知合いの家に生まれたばかりの子猫が2匹もらわれてきました。しばらく飼っていて友達の家にあげました。車で30分くらいの所なので20キロくらい離れていたでしょう。

1週間位して知合いの家に行って玄関に立ったらニャーニャーと猫の声がして私の所に来ました。見るともらわれていった子猫のようです。これには驚きました。匂いをたどって来たのでしょうが車が多い大通りもあるし20キロ近くをよく辿り着いたものです。行った先が何か嫌だったのでしょう。

子猫たちはしばらくして別の家にもらわれていきましたが今度は戻ってきませんでした。きっと気に入ったことと思います。

同じ家の犬の話です。しばらく飼っていた犬を近所に欲しい人がいてあげました。行った先は庭が広く快適なはずなのになぜか帰ってきたくて毎日泣く、それも涙を流したそうです。結局戻ってきて狭い場所で暮らすことになりました。どこが違ったのか。

 

11.朝、ドアが開いていた

朝出かけようと入り口の鍵を回すと、あれ回らない。なんと夕べから開いていたのです。これは何回かありました。3年ほど前に1階入口はインターホン式になり人の出入りは制限されました。しかし、その前の時にも部屋のドアが開けたままだったことがありました。危ない。何事もなくて良かった。

 

12.食事作法

先日、日本語弁論大会を聞きに行ったらこんな発表がありました。

お客で行った時、日本では出された料理を全部食べると家の人は喜ぶ、しかしキルギスでは少し残さないといけない。

確かにキルギスでは料理を全部食べるとまた追加を持ってきます。満足していないと理解されるわけです。お客が来た時はテーブルの上に隙間なく料理を並べないといけないそうで、これほどあなたを歓迎しているという意思表示です。

料理はサラダから始まってスープ、パン、肉が出てもう終わりかと思うと少し休憩してまた出てきます。これを知らない時は次々出てくるので食べられなくて参りました。キルギス料理は少し残して、「お腹一杯です。十分いただきました。」と示さないといけません。

 

13.マグロのカマ

やはり弁論にありましたが、日本で食べた刺身船盛りにマグロの頭が乗っていて気持ちが悪かったと言います。それはそうでしょう。見たことがない形の生き物ですから。日本人から言うと羊の頭が皿に乗っているのが気持ち悪いのと同じです。生活の中で見慣れないものは驚くものです。

 

14.トイレットペーパー

変な話になりますが、キルギス人はトイレットペーパーを水に流さず横に置いた箱に入れておき、あとでゴミとして捨てます。これは大・小に使ったに関係なく全部そうします。

どうしてか?想像するに、昔は新聞紙やノートなどの固い紙を使ったとか、質が悪いトイレットペーパーでよく詰まったとかでしょうか。今はトイレットペーパーの白く柔らかいのが多いですがまだダンボールのような厚いのを売っています。

真実はわかりません。追求してみましょうか。

 

15.ロシアは大統領と首相が交代

キルギスではなくロシアの話題です。現プーチン大統領は大統領多選禁止の規定があるため、仲間を大統領に推し首相に転じました。一任期後大統領に復職、仲間を首相に就任させました。国民の人気、信頼があるためこのようなことができるのでしょうが、え!と驚きます。

 

16.連絡してくれ!

あるキルギス人教師から大学のイベントで寿司を作りたいと相談がありました。大学の外国言語コースごとにイベントをするようです。大学が費用を出すのでネタを何にするとか2回ほど打ち合わせしました。

しかし、その後予定された日の近くになっても連絡がありません。当日の予定を空けるため自分の日程を変更していたのに当日も音沙汰なしでした。

後で聞いたら打ち合わせした内容を変更して学生と自分たちだけで作ったので私は必要がなくなったというのです。それなら連絡してくれ、と言いました。この件に限らず必要がなくなるとキルギス人は連絡してよこしません。

必要となると色々な伝をたどって私の所に電話して来ます。え!と思う相手から電話が来ます。そして、すぐに必要です、作ってくださいとか言って用事が終われば何の連絡もなし。

日本では稀にありますがキルギスでは日常的です。まともに相手の希望を聞いてはいけません。

 

17.調味料は塩だけ

キルギス料理は五つしかないと前に書きましたがその調味料は塩だけです。日本も昔はそうだった訳ですがキルギスは今も塩だけです。ロシア料理も砂糖や胡椒を使わないので調味料の種類が増えるのは何百年も先です。

 

18.宝くじが大評判

何年も前から宝くじが売られていて私も試しに買ったことがあります。しかし、いつ発表なのか、どのように発表するのかわからない宝くじでした。これは金を集めていただけでしょう。

今は韓国系の会社が大々的に宣伝しています。1枚100ソム(200円)のくじで1等800万ソム(1600万円)、150ソムのくじで1等2000万ソムという設定です。最近は簡易宝くじ販売所を街頭に置き拡大を図っています。それにアパート1階の店や近くの店の壁に宝くじの大型宣伝シートが貼られました。

それから、会社の宣伝ニュースで高額賞金を獲得した人を放送していますがこれは危ない。顔が出てしまい親戚を始め皆が知るので、地元に帰った途端に金を貸せとか言って親戚中が集まってくることでしょう。もし当たってもニュースには映らない方がいい。私も買っていますが当たったことはないので関係ないですが。

 

19.行き倒れも多い

酔っ払って歩道で寝ている人も多いですがどうもこれは死んでいるのでは、と思える人もいます。商店前のベンチで横たわっている人がいて、横で泣きわめいている場に出会ったことがあります。亡くなったばかりだったのでしょう。

 

20.どこでも住める

昔あった日本食カフェ亙の隣に空き地がありました。配達で毎週通っていましたがある時シャツなどが干してありました。店で聞いたら村から出てきたキルギス人が何人か住んでいるといいました。

空き地は建物の壁が残っているのでそれを使って紐を渡し寝る場所もあります。チラッと見ると鍋や食器が見えました。他の空き地でも住んでいる形跡を見た事があります。どこにでも住んでしまうノウハウがあるのです。

(カルチャーショックⅨ に続く)  大滝

 

 

カルチャーショック 第 1部 9

キルギスのカルチャーショックⅨ     2015年5月

このシリーズは日本にいる人たちに向けて書いてきました。最近、ビシケクにいる方にもお渡ししています。キルギス情報として読んでいただければと思います。

 

1.借りたアパートを汚すな

2年前アパート家賃がいきなり50%も上がってから払うのが大変になりました。豆腐など販売した以上に家賃に消えていきます。困った、困ったと思っていたらある大学で日本人教師をアパート無償提供で募集しているという話を聞きました。これはいいと飛びついて今年9月から教えることになりました。神様ありがとう。

今の家賃を節約したいのですぐにでも引越ししたいのですがインド人の学生が住んでいるので卒業したら入れるということでした。それなら6月にでも引っ越せるのにと思ったら汚れているので修理と掃除が必要とか。どんなに汚れているのか見た事がないので何ともいえません。

インド人が住んでいた後のアパートに入った方の話では、台所は油だらけ、冷蔵庫もひどい状態、排水パイプは油をこぼして固まっていたとか。これでは確かに修理は必要。パキスタン人も汚すので貸すのを敬遠されるらしいです。中国人も油で汚すようです。日本人は油を少なく使うし掃除くらいはしますよ、大家さん。

 

2.洗濯物を歩道で売る

来たばかりの頃、歩道の電柱などに紐を渡してシャツやコートなどを掛けてあるのを見かけました。ただ干しているのかと思いましたが実は売っていたのです。それから歩道に体重計を置いて座っている人がいます。紙に1回いくらと書いてありこれも商売。

大通りの信号手前で手や足が不自由な人が停まった車から金をもらっています。物を売っている人もいますが事故がないかと心配です。

 

3.年上が好み

私が教えている大学の女子学生3年生20歳、彼氏はバイト先で知り合った45歳のコックだそうです。好きになったので結婚するとか言っています。同級生はそんなに年上で恥ずかしいとか非難していますが取り合いません。この先どうなるか見守っていきたいです。

 

4.交通規則なのか

アパート横にいつも4,5台個人タクシーが並んでいます。朝6時から夜10時まで日曜祭日、年末年始に関係なくいるのでガードマン代わりになっているといつか書きました。

その車は未舗装部分が十分あるのに舗装部分ぎりぎりに停めています。どの車も同じなので交通規則でそうすることになっているのか。しかし交通量が少し多くなったり反対側にも車を停めたりすると渋滞の原因になっています。近くでマンション建設をしているので大型車が通り、ゴミの清掃車が通ったりするとすぐ渋滞。

窓から見ると、渋滞を見ながら文句が出ても車を動かそうとしません。どうして渋滞しているのかと不思議そうです。お前だ!原因は!

 

5.ビストロ形式の食堂が増えた

食堂に入ってトレイを持ちケースから好きな物を取ったり注文したりしてレジで支払う。ビストロ形式というのでしょうか、このような食堂が増えました。アパート近くに2軒、アラトー広場近くにも2軒、フィラルモーニア横にもマナス通りにもできました。

便利ですが料理の質や値段に結構差があります。どこが一番いいか、目に付いたら食べ歩きをしてみますか。

 

6. 第3回中央アジア日本語弁論大会

私が来た1999年にビシケクで第3回中央アジア日本語弁論大会が開催されました。4月に民族大学本館講堂で行われましたが、それまでの準備が大変。大体、弁論大会がなぜビシケクで行われるのかよくわからないのです。どうもウズベクのある大学がロシアのCIS大会に対抗して始めたというのが発端のようでした。第1回はウズベク、2回目はカザフ、持ち回りで3回目はキルギスという訳で、しかし引継ぎがないのでわからない。私は2月に新米日本語教師で来ていたので準備当初から加わりました。

やらなくてもいいのではなどの意見もありました。それでもやろうということになり、まず各大学から日本語教師を召集して組織作り。当時は日本語教師会がなかったので主催は各大学の連名で実行委員会として開催。

大会の横断幕は民族大学の職人にパソコンで打ち出した文字を渡して、それを真似て手書きで書いてもらいました。そのほか全部手作りの準備が始まったわけです。

4月下旬の大会当日、前日まで暑いくらいだったのに雪が降りました。このカルチャーショックⅠに書きましたがこれが中央アジアかと本当にショックでした。

さて、今年4月ウズベクで開催された中央アジア大会は第何回でしょうか。タジキスタンや他の国からの参加があると聞きました。予選のキルギス大会にはビシケク市内だけでなくオシュやナリンからの参加があります。ますます盛んになって欲しいです。

 

7.日本語教師会

前項の弁論大会開催後に日本語教師会の設立をという意見が出てきました。日本人教師、キルギス人教師で準備を始めましたが教師会規約をどうするかという話になりました。他の国の規約を参考にするにしても時間がかかる。それで私が作りますと申し出ました。市役所で条例、規則の仕事をしたこともあり他の人より知識はあります。参加教師をどの範囲にするとか概要を話し合って決め、素案を作成し準備会で了承されました。

蛇足ですが中央アジア日本語弁論大会の開催要領も私が作り、第6回キルギス大会の教師会議で了承されました。それまで開催要領がなく、作成のためキルギス大会前にウズベク側から提案された案は大会実行委員会の規約でした。これでは趣旨が違うので合いません。これを大会開催要領として全面的に改正し、その素案を会議に提案し了承されました。

市役所での仕事がひょんな所で役立ちました。

 

8.病気です

人文大学にいた頃、授業に来ていない学生はどうしたと聞くと同級生がすかさず病気ですと答えます。最初はそうかと思っていたのですが、病気のはずの学生が息を切らせて入ってきたりしてこれは違うと。学生だけでなく社会人でもそう答えます。都合が悪いとみんな病気にしてしまいます。

 

9.舌打ちするな

日本人から見てキルギス人の、え!と思う悪い癖があります。

一つは道につばを吐くこと。これはカルチャーショックⅠに書きました。

もう一つは舌先でチェッと音を出す舌打ち。これも気になります。学生など若い女性にされると人間性も疑いたくなります。ずっと以前は日本人もやっていたはずですが駆逐されたのはいつ頃なのでしょう。料理の舌鼓は許されても会話での舌打ちは何とかなりませんかね。

 

10.ハンバーガー

ロシア語でガンブルゲルと呼ばれていますが、少し前まで日本のとは少し違っていました。パンの間に焼いた肉の塊を薄く切って挟みます。サラダ菜やトマトなど併せてのせてケチャップかマヨネーズで味付けして食べます。

薄く切った肉の代わりにハンバーグをのせて、日本で売っているハンバーガーと同じものが登場して何年か経ちました。ベギモトというキルギス資本の?チェーン店や他にも何軒か名前を見ます。

試しに2回ほどベギモトのハンバーガーを食べましたが不味い。肉はパサパサで味がない、パンと味が合っていない。こんなものを並んで買っている人たちの気が知れません。今まで通りのハンバーガーもあちこちで売っているのでこちらを買った方がいいでしょう。

 

11.シシャモ唐上げ

以前は私の注文メニューにシシャモ唐揚げがありました。何年か前、アパートで揚げていたら上の階から匂いについて苦情が来ました。次の時は窓やドアを開けて作ったのにまた苦情が。匂いが嫌だと遠くに逃げ出すしかないのでこれは問題です。

それで換気扇を付けようとしたら台所の換気口は途中までしか開いていないとわかり却下。窓から匂いを出すように改装するのは大仕事です。

結局メニューから消しました。1戸建ての家に住めば復活できるかもしれません。

 

12.豆腐後継者

何年か前から豆腐や納豆作りの後継者育成を考えています。しかし豆腐作りが余程好きでないと続きません。特にキルギス人は飽きやすいから最初は面白がってやっても少し慣れたり儲からないとわかると辞めてしまいます。

お客さんはほとんど日本人なので日本語ができて注文通りちゃんと配達するとなるとキルギス人は不適、と言わざるを得ません。後継者探しは当分の課題です。

 

13.ゴインとゴイン2

中国スーパーマーケットのゴインは食材や電気製品を扱う店が並んでいてよく利用しています。向かって2,3軒左隣にゴイン2という小ぶりのスーパーがあり、ここも大豆などで利用しています。もう長くゴイン、ゴイン2で買い物をしているので店員とは顔なじみ。割引をしてくれます。

何年も前ですがゴインの食料品店で買った大豆を持ってゴイン2に入ったら、その大豆はどこで買ったと聞きます。隣だと答えたらあの店で買うな。それなら今度あんたの大豆値段を上げると言います。これには驚きました。逆にゴイン2で買った大豆を持ってゴインに寄った時もあの店では買うなと言われました。

どういう経緯かわかりませんが店同士張り合っています。それで一度にはどちらかの店にしか行けないのです。

ゴイン2の店は何年も利用していたのに看板もないし店名を聞いたことがありませんでした。ある時、店の名前は?と聞いたらゴイン2だと言います。え!ゴイン?全く別の名前を想像していたのでびっくりしました。何か訳ありですね。

14.トロリーバスも速い

市内をトロリーバス(大型バスに架線を付けてタイヤで走るバス、線路なし)が走っています。いつもはゆっくりでマイクロバスなどに追い越されています。

しかし、ある時乗ったトロリーバスは速かった。広い通りで交通量が少ないから?それにしてもちょっとスピードを上げ過ぎと思いますが。周りの普通車やマイクロバスをどんどん追い抜いていきましたから。へー、こんなに速く走れるんだと感心しました。運転手の気分が良かったのか悪かったのか、とにかく飛ばしていましたね。これは1回しか経験ありません。

 

15.トロリーバスは走らなかった

バス停で待っていたらトロリーバスが来ました。ドアが開いて乗ったのですがなかなか動きません。女性運転手がスイッチをガチャガチャ動かしています。とうとう外に出て点検を始めました。

結局動かずマイクロバスに乗り換えました。トロリーバスに乗った途端に故障という、これも1回だけありました。

 

16.何とかならないか給排水設備

旧ソ連国のどこでも給排水設備の調子が悪く住民は苦労していると聞きます。修理してもまたどこか調子が悪くなるのです。

私のアパートも同様に調子が悪くあきらめ状態です。台所の水がちょろちょろしか出ない。給水管の栓を開ければ栓の辺りから水漏れがするので開けられません。それにトイレ水槽の器具は管のピッチが合っていないのでいつも水が出ています。

風呂場でお湯を使うと台所の水もお湯になってしまいます。どういう構造になっているのか修理した職人に聞いてみたい。

修理は会社や工務店ではなく新聞の案内欄で工賃の安い個人職人を頼みます。それで安かろう、悪かろうになることはしばしば。前に書いたムーシ・ザ・チャスという会社はしっかり修理しています。その分割高ですが。やがてはこういう会社に統合されていくことでしょう。しかし時間はかかります。

 

17.何とかならないかその2 答えを教えてください?・・

大学のテストで答えを教えてください、と言われて驚いたのはカルチャーショクⅠで書きました。このシステムはずっと健在で小学生から大学生まで同級生、教師に聞きます。これは何とかならないでしょうか。

大学で教えていた時、皆で教えあうのに対抗してテストの問題を3種類作ったことがありました。問題は同じでも書いてある順番を変えたのですがこれも効果がありませんでした。教えあうテクニックは小学校時代からの年季が入って上手です。

この状況を変えたくても、大体、教えている教師がそういう環境で勉強してきたからなくなるわけがありません。成績が悪ければ教師に金を払う、教師も何らかの報酬を要求するのは当たり前というのがソ連時代からの習慣です。

この調子では、医者など生命に関する仕事をする人からバザールで売っている人まで、すべて危ない人が育つとしか言いようがありません。

 

18. 兄弟は6人、7人は普通

学生に兄弟は何人かと聞くと6人、7人と言う答えが多いです。日本では少なくなってしまったけれどキルギスではまだまだ子沢山。兄弟の上と下では親子ほど年が違うことになります。

 

19.何とかならないかその3 航空便

2年前だったか日本へ航空便で小包を送りました。船便より少し高いだけだったのです。しかし船便と同じくらいの日数がかかりました。1ヶ月経っても着かないので郵便局に問い合わせたらモスクワには着いたと言われましたがそこから先は不明。ゴミにされて燃えてしまったのか、などと心配しました。

結局2ヵ月半かかって清水に着きました。着いただけいいと思うしかないです。郵便局の窓口に飛行機ではなくバイクか何かで運んだのではないかと冗談を言っておきました。どうもモスクワでの処理が停滞しているようで郵便物が増えているのに施設やシステムが昔のままなのでしょう。

 

20.大豆畑がほしい

3,4年前から知人の別荘の中庭で趣味の野菜などを育てています。最初は土が痩せていて固くて大変でした。毎年、所有者が堆肥を入れたりいろいろ栽培しているので柔らかくなってきました。今年は大豆、トウモロコシを蒔き、苺の苗を植えました。片道1時間かかるので週に1、2回ほどしか作業に行けませんが行く度に野菜が育っているのを見るのが楽しみです。

できれば大豆を育てるもう少し広い畑が欲しいです。畑というより庭程度で十分ですが、近くにはないですね。

 

(カルチャーショックⅩ に続く)  大滝

 

カルチャーショック 第 1部 10

キルギスのカルチャーショックⅩ     2015年5月

いつの間にかシリーズが第10編になっています。今回は15年以上経っても慣れない不便な点や不都合な点が色々頭に浮かんできました。便利になるのは何十年も先でしょうか。

1.何とかならないか その4 電気・ガスメーター

電気・ガスのメーターが部屋の中にあるので毎月15日にメーターの数字を紙に書いてドアに貼ります。慣れてしまいましたが面倒です。メーターを外に置けばいいのにと思うのですが外に置くと何か不都合がある?またはメーターを盗まれる?

時々貼り出した数字とメーターが合っているか検針に来るので住民を信頼しているわけではないのです。

電気・ガス会社の検針員、技術者とグルになってメーターを逆周りさせている人が多いというのは前に書きました。たくさん使っている人ほどそれをやっているので収入は減ります。料金値上げのニュースを見ますがそんなことをしても同じこと。逆回りさせている社員を刑務所に入れて正規料金を取れば値上げしなくても済むはずです。

 

2. 学校の夏休みは長い

私の行っている大学は今年5月26日から、小中高一貫学校は6月初めから8月末まで夏休みです。休みの前に試験があって大変ですが休みは楽しみでしょう。宿題がたくさん出るのは日本と同じです。日本の休みが短いのは教えることが多く余裕がないから。

 

3.試験は図書室でも職員室でも

大学のテストで日本語は日本式にペーパーテストをしますがそれ以外の科目は口答試験が多いです。それにテストの教室がないと図書室など空いている部屋を見つけて行います。一人ずつなので廊下は順番待ちの学生で溢れることになります。

 

4.パン漬けが美味しい

来たばかりの頃は糠漬け用に日本から糠を持ってきていたのですがすぐなくなります。10年以上も前、日本人の方からパンを使っても漬物ができると教えられました。作り方は、売っている丸パンや角パンをミキサーでするか手で細かく千切って入れて塩を少々、水を湿らす程度に入れます。最初は何か野菜の切れ端を入れて乳酸菌を繁殖させ、2,3日したらきゅうりやカブ等を漬けます。

パンは白、黒どちらでもOK。室内に置くと早く漬かりすぎて酸っぱくなるので私は冷蔵庫に入れています。

 

5.タバコ1本どうぞ

街頭で台にタバコやガムを並べて売っていて、タバコ1本、ガム1個売りが普通です。1箱買ったら中身はひどいタバコだったと昔聞いたことがあります。今でもあるのかもしれません。

 

6.キルギスの移動式テント

キルギス語でボズイ、ロシア語はユルタ、モンゴルではパオと呼ばれます。円形に格子を並べ羊の毛で作った厚い布で覆います。天井はドーム状で天窓があり、この窓の形がキルギス国旗に使われています。

慣れた人なら組立は2人で1時間もかからないようです。壁となる格子はいくつかに別れていて、使う時は伸ばし移動の時は縮めて運びます。大きさはいろいろあって、部族の長は大型ですが一家族用は4畳半くらいでしょうか。

テント内にクムス(馬乳酒)の樽を置き1日何回もかき混ぜます。天気が悪ければ煮炊きはテント内で行い、客をもてなし寝ることまで同じ場所になるわけです。この様式はキルギス人が造る町の住宅につながっているので、何とも不便な住宅になってしまいます。

 

7.何とかならないか その5 温水停止

毎年のことですが今年も市内全域で5~6月に温水が停止しています。設備点検か燃料費節約か会社の休暇かわかりません。モスクワでも停止するそうですが向こうは白夜の街、こちらは何千キロも南に下った暑い町です。外から汗をかいて帰ってきても温水が出ないと気分が落ち込みます。

 

8.何とかならないか その6 ラグマン

中国ウイグルのうどん(ラグマン)はマディーナバザールの店が美味しいと前に書きました。しかし長く一本につながっているので食べにくく、皿に盛って出てくるのでいつも具と汁がシャツに付いてしまいます。短く切ってほしいのと皿ではなく丼で出してほしいですが。

 

9.キオスクはプレハブ

飲料水や新聞、雑誌などを売っているキオスク、小さいのは1メートル*50センチくらい、2倍の大きさもあります。道路から見えるキオスクが撤去されていることは前に書きましたがもうほとんどなくなりました。

少し大きい1間半*1間くらいのプレハブ店舗、こちらでは「マガジン(店)」と呼びますがこれも道路近くの店は撤去されています。

 

10.1学年に一人は産休が

昔、人文大にいた時ですが1学年十数人の日本語学生で1人は産休がいました。キルギスの悪しき風習で花嫁に盗まれたりした人もいました。日本では在学中の産休はほとんどいませんね。

 

11.何とかならないか その7 レジの支払い

アキアン(大洋)というレストランがあって隣は冷凍魚介類の店になっています。この店の支払いがどうも面倒です。魚介類を計った値段を聞いてから近くのレジに行ってその金額を告げ支払い、レシートを受け取ります。レシートを持って先ほどの売り場に戻って品物を受け取るので行ったり来たりするわけです。ソ連時代がこんな支払い方法だったようですがもう変えてもらいたいです。

原因はレジが隣の売り場との中央にあって、出入り口が魚介類売り場にあるからでしょう。品物を受け取ってレジを通らず出てしまうからと思われます。店内の配置を変えレジを出入り口に置けばいいはずですが提案する人がいないのでしょう。

 

12.何とかならないか その7 外国人料金

今では少なくなったと思いますが、カフェなどに行って外国人とわかるとサービス料を追加されたり別料金を請求されます。しかし、こういう店は半年もするとつぶれます。最初に多く儲けようとするからで一度行った人はもう行きません。大体キルギス人の店です。

私が来た時にはあった「クラシック」というカフェは今でも営業しています。外国人が経営しているそうで15年以上経っているカフェは珍しいです。

 

13.車のノイズが増えた

どこにでも車の排気マフラーを改良してノイズ(エクゾーストノイズ)を喜ぶ奴がいるものです。アパート前をいつもうるさい音を出して走っていく車がいて迷惑です。近くにある大統領アカデミーの学生かも。金持ちの勉強しない子弟が多い学校ですから。

 

14.教師が消えた

人文大にいた時、日本語のキルギス人教師が突然出勤しなくなりました。学生は来ているのに授業がないのでだんだん騒ぎが大きくなりました。その教師は学生に授業に来ないと伝えたらしいですが学科室や事務関係には何も言わなかった。後でわかったのは近くのトルコ系大学で働くことになったので来なくなったのです。

こんな調子で突然来なくなるケースはよくあります。生徒が突然来なくなる、生徒が消えることは前に書きました。しかし教師も消えるのです。

以前あった日本食カフェでは、ウエイターが突然来なくなると言って経営者が嘆いていました。学生のアルバイトですが試験があるから少し休むといってそのまま来なくなります。気まぐれなので他の仕事が見つかるとそちらへ行ってしまいます。

 

15. 何とかならないか その8 花嫁を盗む

カザフ、ウズベクではどうか知りませんが、キルギスでは自分の花嫁を盗みます。盗むというより誘拐(強奪)するわけです。昔は馬で、今は車を使って無理やり押し込めて誘拐します。相手の意思に関係なく行うわけですからこれは立派な犯罪です。地方ではもちろん首都ビシケクでも日常的に行われています。

しかし、盗んだ相手と末永く暮らすならまだしも様々な理由で別れてしまいます。花嫁を誘拐するこの悪しき風習はなくならないのでしょうか。

 

16.何とかならないか その9 道につばを吐く

人待ちをしている人の周りには、セミチカというひまわりの種を炒った殻が散らばり、吐いたつばがたくさん見かけられます。つばを飲み込むことができないのでしょうね。小さい子もつばを吐いています。これを女性もするので日本人から見ると、えー!となります。美人でもつばをぺっぺっとやられると恋も冷めます。

特に人の顔を見ながらこれをやられると・・おわかりですね。

 

17.プリンターは16年

今も使っている小型インクジェットプリンターはキャノン製で16年使っていて、よく動いているものだと感心します。インクカートリッジは逆さにしてインクが出る部分から交換用インクを入れていることは前に書きました。逆転の発想でカートリッジを新規に買う必要はなくなったのです。

プリンターはこれからも大いに活躍してもらうことになります。

 

18.ひげそりは40年

「シック」という会社のひげそりでカミソリ刃部分を交換するタイプがあります。握り手部分は学生の頃から使っていてもう40年です。もうさすがに交換刃の仕様が変わったようで私の部品に合うのは売っていません。

それで韓国製の刃を使用と書いてある使い切りかみそりに替えました。使い切りといっても何ヶ月も使えて切れ味もいいです。ひげそりは選手交代しました。

 

19.声が暗いアナウンサー

市内にトルコ系の大学があってFM放送局を持っています。何年も前ですがたまたま聞いた番組のアナウンサーは声が暗かった。少し年配の声でしたがなんといっても明るさがない。聴視者とのやり取りを聞いていると気分が沈んで来ます。その後どうなったのでしょうか。

 

20.鶏肉は2時間煮る

スープのだしを取るのではなく食べるためですが鶏肉は2時間煮ると聞きました。ばい菌が心配なのです。2時間煮るとだしが出てしまい肉の味はなくなります。これはやはり遊牧時代からの引継ぎと思われます。定住生活になってガスを使っているからもっと短い時間でいいでしょうに。

しかし豚肉、牛肉は真っ黒になるほど焼いたほうがいいです。ついこの間の豚肉はどうも焼きが弱かったようで腹を下しました。いつもは塩水に1時間以上漬けておいて血抜きをするのですがこれをやらなかったのも原因かもしれません。

 

21.預言者

ビシケクの西、車で1時間ほどのソクルクという村に預言者というのか呪術師というのか、そんな人がいるそうです。様々な相談に来る人が多く朝早くから並ばないと観てもらえないそうです。その人がこれを飲みなさい、これを使いなさいとか言うと近くに売っている店で買うわけです。

しかし売っているのはどういう物なのか、取り巻きが適当に作ったまがい物ではないか、私は信用しない性質なのでつい考えてしまいます。預言者は本物でも儲かるのは取り巻きの人たちというのは日本でもありますね。一度行ってみましょうか。

 

21.今年は念願の居住権を

もう10年以上前からキルギス居住権について知人やビザの事務所で聞いたりしていました。しかし会社を創れと言われたり他の課題があったり手続き料が3000ドルと聞いたりで手が出せずに終わっていました。

去年ある大学で居住権のことを話したら制度を調べてくれて、ボランティアで教えているなら書類もあまり要らないと教えてもらいました。

これが実際にどうなるかはわかりませんが申請してみることにします。

 

22.第一部終了

このシリーズがⅩになったのでこれを第一部とします。

高坂さん(奥様)に感謝します。シリーズⅢで止まっていたものを豆腐作りの質問で私のスイッチを入れ、頭に溜まっていた文章を引き出してくださいました。

第2部に続けるよう少し心身を充電したいと思います。

2015年6月 大滝

カルチャーショック 第 2部 1

キルギスのカルチャーショック (第2部)Ⅰ   2015年6月―16年1月

カルチャーショックが10になったので第一部として、少し休んで第2部を書き

始めました。新しい動きなど書いていけたらと思います。

 

1. パスポートセンターが突然スーパーに

トルストイ通りにフルンゼというスーパーマーケットがあって隣がパスポートセンターでした。居住登録をするため半年ぶりに行ったらシャッターが閉まっています。移転した?しかし、どこにも案内がない。他にも一人来ていましたがわからない様子。近くにいるタクシーに聞いたら旧空港の建物に移転したと言います。何も移転表示がないのはさすがキルギスですね。

どうも隣にあるスーパーフルンゼが売り場を拡張する様子です。パスポートセンターは一時的に借りていたのかもしれません。

 

2.マイクロバスの前転

交差点でバスを待っていたらマイクロバスがやってきて信号手前でブレーキをか

けたら、どういう加減か見事に前転、屋根で滑って停まりました。運転手は無事

に這い出してきて連絡に行ってしまいました。

映画のシーンを見ているようで車はあんなに回転するんだと感心しました。

 

3.親ばかですね

民間の日本語学校で教えている時、日本語を勉強させたいと言って3歳くらいの

男の子を親が連れてきました。他にも英語や何か、いくつも習っているようでし

たがこんな小さい子を教える方法を知らないと断りました。子供が少し覚えると

もっと習わせたいと考えてしまう、親ばかですね。

 

4.本物の紅茶はどれだ

もう15年近く前ですがベータというトルコ系会社の紅茶は美味しかった。味がわからない私でも甘みや味があって美味しいと感じました。それがいつの間にか、味がない、色素と香料だけのお茶になったのは残念です。ベータに限らず他のメーカーも似たり寄ったりで甘みがなく色は色素を加えただけのまがい物が多いです。

最近は「アクバル」というのを飲んでいますがいつまで品質がもつのか。売れると偽物が出たり質を落としたりするのでしょう。すぐひどい味になります。

昔は緑茶ばかり飲んでいたのに今は紅茶主体になってしまいました。それでなおさら美味しい紅茶はどれなんだ、教えて欲しいです。

 

5.「オタキ」と呼ばれて

来たばかりの頃、道でよく「オタキ」と呼ばれ振り返ったりしました。私の名前を知っているはずはないし・・・しかしそう言っているのです。大学で「オタキ」という言葉はあるのかと聞いたらないという返事。

だいぶ経ってからロシア語の「ボト、ターキ」だとわかりました。「ほら、こんな」という意味なので結構使います。私が聞くと「オタキ」に聞こえるので、その度に「うん?」と注意を向けることになります。

 

6.ヤポーニアとヤ・ポームニュ

ロシア語で「日本」は「ヤポーニア」または「イポーニア」です。発音が似ている表現で「ヤ・ポームニュ」があります。ロシア語で「(私は)知っている。わかる。」という意味なのでよく使います。

歩いるとき「ヤ・ポームニュ」と聞こえると、どうしても「ヤポーニア」と聞いてしまいます。「え、日本がどうした?」と注意が向きます。

 

7.一万円札で10円の買い物

マルシルートカと呼ばれる路線マイクロバスが市内を始め郊外へも運行してい

ます。運賃は市内の1回乗りで10ソム(20円)、郊外に延びる路線は高くなり

カザフ国境までは30ソムです。運賃は運転手に直接払うワンマンバス方式でしか

も両替などの料金箱はないので運転手は忙しいです。

時々、支払いに500ソム札(1000円)や1000ソム札で払うのを見かけ

ます。日本で言えば1万円札で10円の物を買うようなものです。払うのは2、

3人分なのに細かいのは持っていないのでしょうか。

 

8.マイクロバスは乗換えさせられる

路線マイクロバスの乗客が少なくなると同じ路線の別のバスに移らされる事が多

いです。自分の食事など運転手の都合によるわけですが乗客が少ないとまた移動

かと面倒になります。

 

9.マイクロバスはエアコンがない

燃費が悪くなるからでしょう、どのマイクロバスにもエアコンは付いていません。余程古いバスは別にしてエアコン仕様なので窓ははめ殺しです。天井に通風口を開けてあればまだいいですが夏には長く乗っていられません。

 

10.必要ですか、と聞かれて

日本からの郵便物を取りに行きたいから一緒に行ってほしい、と頼んだら「それは必要ですか?」という返事。必要でないのに日本から送るものか、と怒りたくなります。日本語学習者から「必要ですか」という返事を以前から何人も聞いています。どうもロシア語を訳したようです。

ロシア語の意味合いが違う、それか言い方が違うのでしょう。言葉の使い方で相手を怒らせることになります。

 

11.1日違う

「~日まで休みます」、「~曜日まで休みです」、という表現で、日本語とロシア語、キルギス語は1日違うようです。

例えば、「9月1日まで夏休みです」と言った場合、日本語では9月1日は休みになります。しかしロシア語、キルギス語では9月1日に授業や仕事があるのです。

以前から違いがあると気がついていたので、~日は休みですか、~曜日はどうですか、と聞くようにしています。

 

12.「オタキ」と呼ばれて その2

私の名字は「おおたき」ですが、「おおたき」ですと紹介しても相手は「オタキ」と呼びます。キルギス人、ロシア人ともにそうですから「おお」は言いにくいのでしょう。

 

13.真夏でもスカーフ、ロングスカート

敬虔なイスラム女性は戒律を守り、顔、手先以外は人に見せません。夏にイスラムスタイルを見ると暑くないのかと心配しますが、素材が良い物なのでしょうか涼しげな表情です。街の女性は短パンにタンクトップというのに違いは大きい。私のクラスの学生もこのスタイルが2人います。

 

14.茹でトウモロコシ

路上で茹でトウモロコシを売っています。日本と違って塩を入れないで茹でて

売るときに塩を振り掛けます。塩茹での方が全体に塩味がついておいしいのでは

ないかと思うのですが。

 

15.猫語

アパートの入り口に来たら野良猫らしき猫が寄ってきました。足の周りを回って

なにやら意思表示をしています。「何だ?」と聞いたら「ニャ-」と答えました。

理解不能。いつか猫語を習わないといけません。

 

16.ラジオ体操

ある大学で職員の希望者に簡単な指圧をしていました。私は専門家ではないので

すが少し施術料をいただきました。よく「ハンドロース」というロシア語を聞き

ました。辞書で調べたら軟骨炎らしいです。しかし軟骨とは違うようで、日本で

いえば肩こりなどの症状ではないかと思います。コンピューターなどで長時間仕

事すれば肩こりになります。

キルギスで日常の体操はしないようなのでラジオ体操を始めたらどうでしょうか。

 

17.バスの席譲り

日本と違ってバス車内ではお年寄り、妊婦、子供を抱いた人などに席を譲ります。

建物内でタバコを吸わないことと並んでソ連時代からのいい習慣です。私にも譲

ってくれてありがたいですが、そんなに年ではないぞ、このくらいは大丈夫なの

に、などと偏屈に考えてしまいます。若い人から見れば相当の年に見えるのでし

ょうね。

18.携帯電話

私が来たときには携帯電話会社が2社ありました。99年のバトケン人質事件の

ときに日本から取材陣が大挙押しかけ電話会社は繁盛したようです。

最初のころは携帯に度数を入れるのは電話会社が発行するカードからでした。カ

ードのコードを電話に入力するのです。しかし使用期限が短く2週間しかありま

せん。切れる前に次の度数を入れないと消えてしまいます。次に3ヶ月の期限に

なり今は期限なしで会社窓口やキオスク、最近は入力端末器で度数を入れられます。

最初の頃にあった会社「カテール(KATEL)」は今でもあるのか知りません。

もうひとつの会社「モバイル(MOBIL)」は2007年ころ「ビーライン」

という会社に変わりました(吸収合併か)。同じころ、新しく「メガコム(ME

GACOM)」という会社が登場し盛んに宣伝し始めました。2代目大統領が起

こしたクーデターの後なので大統領関係かも。

何年かして「オー(O!)」という会社が参入、料金が安くインターネットなど

多くの利用ができるので利用者はかなり増えています。現在はビーライン、メガ

コム、オーの3社が利用者獲得に懸命です。日本と違い1台の携帯でも別会社の

登録チップを入れれば使えます。それでバザールの街頭などでそのチップを売っ

ています。

 

19.携帯電話 その2

最初の頃は携帯電話を使っていませんでした。なくても困らないし、という訳で

す。何年かして清水市の先輩たちがビシケクを訪問するというのでそれを機会に購

入しました。その後あまり使わないので何年も気にしていなかったのですが度数

の減り方が早いのに気がつきました。度数を入れに行った店で聞いたら電話会社

の契約料金体系が古いためと言われました。それで会社の受付窓口に行って新し

い料金制に変えてもらいました。もう7年くらいそのままだったので窓口の人は

こんな古い料金契約をまだ使っていたのかと呆れていました。

日本の携帯電話との違いは、

1.電話機は買取  私が使っているのはカメラや録音などの機能がないもの

なので4000円です。

2.使用料金は後から請求されるのではない。電話機に度数(料金)が入ってい

ないと受信はできても発信できない。

3.一つの電話機に別会社の登録チップを入れて別番号で使える。

20.8年ぶりの引越し

2008年暮れにジベックジョル沿いのアパートに引っ越してからいつの間にか

7年経っていました。配達先に歩いて行けるしバザールも近いので便利です。

しかし、だんだん家賃が上がり豆腐などの収入が全部家賃に消えていく有様で

した。そんな時、国際大学で教えるとアパートを提供すると聞き早速契約しました。

早く引越ししたかったのですが留学生がまだいて5月に卒業、帰国するというの

で待つことに。しかも留学生がアパートを汚してしまったので修理、掃除をすると

いうのです。どんな使い方をしていたのか不明ですが。

キルギスのことで修理、掃除がなかなか終わらず、7月という話が8月になり・。

修理が終わったアパートを見たのですが電話線の配線がまだとか言ってゴーサインが

でません。これでは来年になると思い電話線は自分で取り付け9月下旬に引越しする

と大学担当者に伝えて勝手に引っ越しました。

8年経って体力が落ちていました。豆腐などの営業を早く始めてしまったので疲れ

て臨時休業する結果になりました。

 

20-1.8年ぶりの引越し その2

インターネットは国際電話が使える電話でないと今までのプロバイダーにつながり

ませんでした。大学に国際電話が使える契約にしてほしいと交渉しましたが首を縦

に振りません。理由は何年か前、留学生が国際電話を使って料金を払わないで帰国

したからだと言います。とんでもない留学生がいたものですが私はそんなことは

しないと言っても信用しません。

仕方がないのでインターネット契約を別のプロバイダーとしなければならず面倒

でした。とはいえ瓢箪から駒で、送受信速度が20倍くらい速くなったので楽にな

りました。

(第2部 Ⅱに続く)

カルチャーショック 第 2部 9

2018年7月配信

キルギスのカルチャーショック 第2部 9    2018年4月~7月

少し休んでまた書き始めました。キルギス詩人や昔話の訳を始めたのでこの記事が進まなくなりました。

 

1.プロパンガス

アパートでプロパンガスを使う必要があってキルギス人にどうしたらいいか聞きました。ガ

スボンベはガソリンスタンドで、ガス台はバザールで、プロパン用バーナーは~で、ホース

は~でそれぞれ自分が用意する、と言います。

聞いているうちに嫌になりどこか一括して用意する業者はないかと聞いたら、ないと。一括

請負を考える人間はいないのか、何か制度の問題でできないのかわかりません。

家を修理するにも資材や部材は自分で用意して職人は造るだけです。作る道具も用意してく

れという職人もいます。水準器なども持っていないのです。これはソ連時代に役割分担が作

られたのでしょうか。職人は造るだけだ、材料は家主が用意するというような。

 

2.ジェッキー・チャン

昔学生から、ジェッキー・チャンを知っていますか、と聞かれました。はて?聞いたような、

聞かないような。ほら映画の、カンフーのと言われて、ああジャッキー・チェンなのか、知

ってるよと言いました。

しかし、少しの違いで全然違う人に聞こえます。ロシアではこう呼んでいるそうですがロシ

ア語的に聞く方が近いのかそれとも日本語が近いのか。どうですか。

 

3.携帯ですぐ切る

携帯の度数が足りない時、度数を使いたくない時に学生などがよくやる方法。相手の呼び出

し音が鳴ったらすぐ切ります。記録に残るので相手は返信する訳ですが誰が考えたのかいい

方法ですね。

 

4.極細そうめん

テレビのキルギス放送で中国西部のジュンガルという地区(ウイグル自治区か?)の番組を

放送しています。たまたま見たら極細そうめんの製造を紹介していました。手で伸ばして竹

に交差してかけて干しだんだん細くしていきます。これは小豆島のそうめん作りと同じ手法

です。どういう経路か中国から小豆島へ伝わったのでしょう。極細そうめんを欲しいときは

中国へ行けばいいのです。

 

5.航空切符の予約システム

キルギスの航空券予約システムは不便この上なく困ります。予約をすると出発日時変更に手

数料が結構かかる、最初予約した人の名義変更はできない、もし搭乗しなくなっても代金は

返ってこない。一度予約したらその日程で乗らないと全額没収なので大変なことになります。

オンラインシステムだからと言っていますがこんな鉄筋コンクリートのようなガチガチシス

テムでは利用したくないと思うのは私だけでしょうか。最近の日本はどんなシステムですか。

それからビシケク・オシュの運賃は1カ月くらい前に予約すると安いですが出発日が近くな

ると3~4倍高くなります。日本も事前予約割引はあるもののこんなに違いはないのでは。

 

6.売る人の対応が

キルギスに来た日本人すべてが感じるのはデパートでも店でも街頭の物売りでも客に対する

売る人の対応がひどすぎることと思います。特にキルギス人がひどいです。まともな対応を

するのはどこでしょうか?指折り数えても片手が満たせません。

売っているのに売ってやるという態度、これは日本人だから感じることで大概の国ではキル

ギスと同じとは思います。日本に来た外国人が店員の対応に感激したというニュースはうな

づけます。

キルギスはバザール経済、相手に金がありそうなら高く売るのは常識。これが改善されるこ

とはなさそうです。日本に留学したとか研修に行った人をたくさん知っていますが日本を参

考にキルギスを変えようと言う人はいません。やはりキルギスが一番ということなのか。

外国機関が増えているので昔通りの対応では雇ってくれるところはありません。これに気付

いていけば変化があるとは思いますが気が付かない、変えようとしないのです。

 

7.いかつい生徒からハグが

市内西にある学校に何年も顔を出しています。ある時、休み時間で廊下に集まっている生徒

たちの所に行った時です。結構体の大きい、いかつい顔をした男子生徒が私を見てハグして

きました。突然なので、何だ何だと言いながらもそのままにしていたらやがて戻って行きま

した。

この学校は地方から来て寮生活をしている生徒が多いです。ハグして来た生徒もそうなのか、

私を見て親を思い出したのかなどと後で考えました。

 

8.ゴインとゴイン2

ソビエト通りとジベックジョル通り交差点に中国マーケット「ゴイン」があります。その向

かって左、少し離れて小さいスーパーがあり「ゴイン2」と言います。ゴイン1階の食料品

店とゴイン2が競い合っているのは前に書きました。

どちらの店ももう10年以上利用していて大豆を毎週何キロも買っていたりしたので責任

者や店員と顔なじみになりました。ゴインでは何%か割引があり、ゴイン2の主人は値段の

端数をおまけしてくれるほどになりました。

 

9.断食月

今年もイスラム暦第9月の断食月が始まりました。キルギス語はオロゾ、ロシア語はラマダ

ンまたはラマザンです。太陽暦とは毎年10日間くらいずれて今年は5月17日から6月

15日まで。15日はオロゾアイトというお祝いになります。

実はキルギスに来たばかりの頃に1回だけ断食を実行したことがあります。学生や教師がオ

ロゾ、オロゾというので、どういうものかとやってみたくなったのです。その時は冬で1月

だったかと思いますが飲食禁止になる日の出前にお茶を入れ、たくさん飲んでおきました。

30日間の半分くらいまでは苦痛ではなかったですが後半が大変。飲食できる時間になって

もそれほどは食べたくないので体内のエネルギーが消費されていきます。やがて頭がボーと

してきました。神を見ることがある、などと言うようですが確かにあるかも。

最悪だったのは最終日の夕方、終わる寸前の時間帯。もうすぐ終わるとあって精神的に落

ち着かなくなりイライラして体の置き場がなく困りました。さすがに懲りてそれ以来1回も

していません。

夏場にする人は少ないようですが働きながら実行している教師などをみると宗教の力はすご

いと感じます。

 

10.天気予報は発電所から

日本は気象庁発表ですがロシアの天気予報では水力発電所センター発表と言います。ロシア

は国土が広く水力発電所が数多くあり、豪雨などの自然災害を予測する必要からこうなった

のでしょうか。キルギスは発電所センターではないと思いましたが、さて。

 

11.キルギス人の名前

①男女共通の名前

例えば、マクサト(意味は目的)、チョルポン(意味は金星)があります。

チョルポンは語尾にベック(強い)を付け、男性用のチョルポンベックもあります。

②よく聞く名前

男性名はヌル(光)+ベック(強い)=ヌルベック、

ヌル(光)+スルタン(王)=ヌルスルタン

女性名はアイ(月)+ヌル(光)=アイヌール、

アイ(月)+グル(花)=アイグール

アイ(月)+スルー(美)=アイスルー   などよく聞きます。

 

12.ビタミン ツェー

「ВИТАМИН С」・・これはロシア語表記ですが読みは「ビタミン ツェー」。ロシア

語の「C」は「エス」と読むので「ビタミン エス」となるはずですが例外です。

「C」を「ツェー」と読むのはドイツ語、ドイツから「ビタミン ツェー」が伝わった時に

読みがそのまま残ったのでしょう。

 

13.ビシケクのアパート

新しく建ったアパートの1階で床コンクリートにペンキを塗っただけで住んでいる。スリッ

パや絨毯ではとても対応できません。それで住人は体が冷えて病気になってしまう。こうい

う話をいくつも聞きました。病気になるのは当然です。

アパートを買った人が経費節約のため自分たちで内装をするのがほとんどなので床板を敷く

ことをしなかった。何考えてるんだ、となりますがキルギス人は定住化してまだ数十年しか

経っていないので家屋や定住生活の知識がない。表面的には街の生活ですが実は遊牧生活の

まま暮らしています。

 

14.外での飲酒禁止令

大使館に寄ったら道路やターミナルなど公共の場での飲酒禁止制度ができたと貼り紙があり

ました。これは知らなかった。キルギスでは周知期間なしで昨日法律ができたから今日は禁

止だ、罰金だとなるでしょう。制度を知らない旅行者や外国人を狙って警察官が小遣いを取

りに行きます。缶ビールなど飲んではいられません。

これとは別に、客が乗っているのにバスの運転手が喫煙する、買い物に行く、なども取り締

まってほしい。運転手の言い分は「我々は労働者だ。自分が必要なことをする権利がある。」

と言うのでしょうけれど。

 

15.宵越しの金は持たないキルギス人

一般的キルギス人、特に村ではそうですがいつもカツカツの生活をしている。その反動なの

かまとまった金が入るとすぐに全部使ってしまう。ある時に使わないと明日はどうなるかわ

からないのでしょか。こういう人をたくさん知っているので大半の人はそうなのでしょう。

日本人とキルギス人は兄弟と言いますが貯蓄しないキルギス人は異母兄弟ですか。

 

 

(カルチャーショックシリーズの休刊)

このシリーズを第2部9まで書いてきましたが少し疲れたので休刊させていただきます。

来たばかりの頃、警察官に見逃し料として財布から金を抜かれたのが第一のショックでした。

以来警察官を見ると・・・

このシリーズ、当初は日本にいる知人に向けキルギス紹介ということで書き始めました。最

近は日本人会の皆様にも読んでいただくようになり役員の藤嶋さんに感謝しています。

再開をお待ちください。

2018年7月 大滝

 

カルチャーショック第2部 休刊